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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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102 暴かれた秘密

 バグジードの水瓶を護るように立ち塞がっているヒハキワイバーンを見上げながら、手元にある魔導器を確認する。持ってきているのは『ヴィヴィアナロック』と『エアバースト』のふたつだけだ。石造りのステージの上で『ヴィヴィアナピット』は使えないし、『タルトドリル』は操演台の上からでは届かないと思って置いてきてしまった。


 タルトはなにをする気かわからないので、万が一の時のために作戦を考えておく。と言っても、できることは限られている。水の枷でワイバーンの動きを封じ、その隙に『エアバースト』で水瓶をひっくり返すくらいしかない。


 ラトルジラントの時は狙ってやったわけではなく、ヴィロードを捕らえられたのは相手が隙を見せてくれたから。ワイバーンの首を狙って枷を嵌めるなんて……


 ……余裕をぶっこいてるバグジードのことだ。試合開始直後なら機会はきっとある。


 ゴブリンには何もできないだろうと無警戒でいるに違いない。失敗して警戒されてしまったらそれまで。チャンスは一度きりだ。


「それでは、これよりライフポット決勝戦第1試合を始めます」


 決勝戦第1試合って……


 平静を装ってはいるものの、リアリィ先生は心中穏やかではいられないようだ。試合開始の合図を鳴らす魔導器を手に、今ならまだ棄権できるのだぞと視線で訴えてくる。僕にその気がないことを察したのか、諦めたような表情でゆっくりと魔導器を頭の上に掲げた。


 ――パアンッ!


 試合の開始を告げる花火が鳴らされると、ヒハキワイバーンがズシンズシンと一歩ごとにステージを震わせながら近づいてくる。相手の大きさに距離感が掴みづらいけど、『ヴィヴィアナロック』の魔導器を手に慎重に機会が訪れるのを待つ。


 いいぞ……、そのまま近づいて……やばっ!


 首を伸ばしてきたところを水の枷で捕らえてやろうと思っていたのに、ワイバーンはピタリと足を止めた。大きく開かれた顎の奥に炎が揺らめく。


 ブレスがくるっ!


 作戦は失敗だ。ワイバーンを拘束することは放棄して、目の前に『ヴィヴィアナロック』で水の壁を作る。


 うおぉぉぉ……、ワイバーンのブレスってここまで強力なのかよ……


 軍事用の大型火炎放射器を思わせるような、とんでもない量の火炎がワイバーンの口から吐き出された。観客席から悲鳴が上がる。『ヴィヴィアナロック』が破られる心配はないけど、周りはもう一面の炎でワイバーンの姿を見失ってしまう。

 ようやく炎が途切れた時には、もう首を伸ばせば牙が届きそうな所にまで迫ってきていた。


 ひぃぃぃ……、ダメッ、これはダメッ。タルトッ、早くなんとかしてっ!


 グルリと体を回したワイバーンがぶっとい尻尾を水の壁に叩きつける。それでも、『ヴィヴィアナロック』は微動だにしないけど、『ヴィヴィアナピット』と違って同時に作り出せる水の壁は1枚だけだ。防御に使っている限り、相手を拘束することはできない。

 そして、今の状況で水の壁を解くのは自殺行為でしかなかった。


「無様だなアーレイ。ゴブリンがワイバーンに敵うとでも思っていたのか?」


 今なら逃げても追わないでいてやるぞと、操演台の上でバグジードがゲラゲラと笑っている。


「お前こそ、少しは後ろに気を付けた方がよいのですよ」


 こんな状況だというのに、タルトは余裕たっぷりに言い返す。

 後ろ……、あれ?


 バグジードのいる操演台。そこに上がる階段の下に、賭け物にされたメイドさんが立っていた。誰もが試合に注目している中、背後からこっそりとシルヒメさんが忍び寄ってゆく。

 手にしているのは……イボ汁吸入器?


「ふぐうぅぅぅ――――っ?」


 突然羽交い絞めにされ、マスクを口に当てられたメイドさんがもがき始める。タルトの奴、まさか試合中にメイドさんをさらってしまおうという魂胆か?

 そんなことしたって、試合には勝てないというのに……


 だけど、水の壁を攻撃していたワイバーンはピタリとその動きを止めていた。


「なんだとっ?」


 気を失ってしまったらしいメイドさんをその場に横たえると、シルヒメさんはそそくさと試合場を後にしてゆく。そして、僕を攻撃していたワイバーンが怒りの咆哮を上げながらそこに突撃していった。


 こいつは……


 試合場を見下ろす位置にある観客席からは、倒れているメイドさんが襲われているように見えるのだろう。悲鳴や怒号がさかんに飛び交っている。だけど、僕の目にはメイドさんを護ろうと覆いかぶさっているようにしか見えない。


「どうしたのですか? その娘は気を失っているだけですから、心配はいらないのですよ」


 試合はまだ終わっていない。早くワイバーンをステージに戻さなければ、水瓶をひっくり返してしまうぞと3歳児が囃し立てる。そのワイバーンは、メイドさんに誰ひとり近づけまいとしきりに周囲を威嚇していた。

 まるで、主を護る騎士であるかのように……


「なにをしているのですかっ? ワイバーンを落ち着かせなさいっ!」


 試合中に相手以外を攻撃させるなどもってのほか。今すぐおとなしくさせろとリアリィ先生が声を張り上げた。だけど、バグジードはうろたえるばかりで何もしない。


 さては、あの野郎……


「続ける気がないのですか? それとも、その亜竜に言うことを聞かせられないのですか?」

「まさかっ? シャチョナルド君っ、説明しなさいっ!」


 タルトの言葉を耳にして、リアリィ先生もその可能性に思い当たったようだ。バグジードはまったくワイバーンを制御できていない。そして、メイドさんが倒れてからのワイバーンの反応。答えはひとつしかない。


 ワイバーンと契約していたのは、バグジードではなかったのだ。

 タルトの奴。気付いていながら、ずっと黙っていやがったな……


「ワイバーンは使役者が気を失っている状態ですっ。刺激しないようにっ。シャチョナルド君は失格。試合はモロリーヌさんの勝利としますっ」


 審判長が試合の終了を宣言すると、待機していた先生たちが試合場に入ってきて遠巻きにワイバーンを取り囲む。使役者に制御されていない状態なので近づくなと、観客や生徒たちを誘導し始めた。


「あっ、近づいてはいけませんっ」

「お前たちは恐れ過ぎなのです。それが亜竜を苛立たせるのですよ」


 リアリィ先生が止めるのも聞かずに、操演台から降りてきたタルトは無造作にワイバーンへと歩み寄る。主はすぐに目を覚ますから心配はいらないと声をかければ、ワイバーンは威嚇するのをやめておとなしくなった。倒れているメイドさんの頬をペチペチと叩いて気付かせる。


 意識を取り戻したメイドさんは、先生たちに取り囲まれているのを見て状況を察したようだ。ワイバーンをその場に伏せさせて、もう大丈夫ですと手を振ってアピールしてきた。


「シャチョナルド君と、あなたからも事情を聴取させていただきます。よろしいですね?」

「おおせのままに……」

「はなせっ。僕にこんなことをして――ぐふっ」


 これから尋問を行うと宣告を受け、メイドさんはおとなしく同意し、抵抗しようとしたバグジードは魔性レディにワンパン喰らって黙らされた。観客の人たちも落ち着きを取り戻し、状況からおおよそのことは察したのだろう。シャチョナルド侯爵はどういうつもりなのだと、あちらこちらで囁く声が聞こえてくる。


「知っていて、黙っていたの?」

「教えたところで、バナナの1本にもならないではありませんか」


 あのワイバーンとメイドさんをタルトが目にしたのは、春に行われた山狩りの時だけのはず。どうして黙っていたのだと問い詰めたところ、教えたところでなんの得にもなりゃしないと3歳児は抜かしやがった。


 知ってさえいれば、オムツのお世話にならなくて済んだのに……






 一時は大騒ぎになってしまったものの、怪我人や犠牲者が出ることはなかったので競技会はそのまま再開された。今年のゴーレムバトルは3すくみのような関係が出来上がっていて、組み合わせ次第でかなりの大番狂わせが生じるらしい。


 しょっぱなの全力砲撃で撃ち尽くしてしまう斉射型は、頑丈な盾で砲撃をやり過ごそうという防御型に弱い。防御型は大砲に再装填機構を設けた連発型に近づけず、余計なギミックのせいで砲門数の少ない連発型は火力の差で斉射型に負ける状況だという。


 そして、準決勝でクセーラさんの斉射型ゴーレムと相対するのは、アキマヘン嬢の防御型ゴーレムだった。


「どうやらここまでのようね……」

「このクセーラさんのゴーレムが他のゴーレムと同じだと思ったら大間違いだよっ」


 ここで負ければ逆転だと笑うムジヒダネさんに、そう簡単にいくものかとクセーラさんが大見得を切ってみせる。クセーラさんのゴーレムは昨年使ったやつの改修型。装甲板を次席から譲られた再製鉄に変えただけである。工作の課題に時間を取られてしまったので、新型ゴーレムを作っている余裕がなかったそうだ。


 もっとも、ベースは昨年と同じとはいえ、表面だけ固くなるように焼き入れされた鋼の装甲は圧倒的な防御力を発揮した。他の生徒たちのゴーレムが試合を重ねるたびにボロボロになっていく中、クセーラさんのゴーレムだけは損傷らしい損傷を受けていない。アキマヘン嬢のゴーレムは全身を隠せる青銅と木の複合盾を装備しているけど、もう表面はベコベコである。


「両者、ゴーレムを開始位置へ」


 魔性レディの指示に従って、ふたりがゴーレムをリング上の試合開始位置に進ませた。教養課程の競技で使用されるゴーレムは、タルトよりは大きいといったサイズ。巨大ロボバトルではなく、ちょっと大きめのプラモバトルといったところだろうか。


 位置についたアキマヘン嬢のゴーレムが盾を構えて全身を隠す。砲撃を凌いだ後、長い砲身のせいで小回りの利かない斉射型ゴーレムの背後に回り込むという戦法でここまで勝ち抜いてきた。武器はエアバースト砲と同じ原理を利用した杭打ち機だ。

 公爵令嬢がパイルバンカーとはやりおる。


「吹き飛べっ。ファイヤーッ!」


 試合開始の合図が鳴らされるとともに、クセーラさんのゴーレムに装備された12門の大砲が一斉に砲弾を吐き出した。構えられた盾に激突し、もの凄い音を響かせる。


「どうだっ!」


 これまで砲撃に耐えてきたアキマヘン嬢の盾がバラバラに吹っ飛んだ。昨年と同じ青銅製の球形をした砲弾であれば耐えきれたかもしれない。だけど、今年装填されているのは長粒型をした鋼の徹甲弾だった。


「まだですっ」


 アキマヘン嬢のゴーレムはまだ動いていた。盾を支えていた左腕はもぎ取られてしまったものの、杭打ち機を装着した右腕は健在だ。衝撃で関節が歪んでしまったのかぎこちない動きをしながらも、大砲を撃ち尽くしたゴーレムの横にまわり込もうとする。


 残念だったね……


「パージッ!」

「そんなっ?」


 僕がクセーラさんに伝授した戦法は開幕の全門斉射だけではない。動けなくなるほどの大砲を持ち込み、しょっぱなに全弾撃ち尽くして捨てるという戦法だ。昨年はそこまで耐えきれる相手がいなかっただけである。


 大砲を捨てて身軽になったクセーラさんのゴーレムは滑らかな動きで相手を捕まえると、頭の上にリフトアップしてみせた後、リングの外に投げ捨てた。クセーラさんの勝利と、ムジヒダネさんのランク外転落が決定する。


「あれも……アーレイが教えたやり方なの?」

「うん……まあ……そんな記憶が……なくもないような気が……」


 あっさりと期待を裏切られた【ヴァイオレンス公爵】が、殺気のこもった目で僕を睨みつけてくる。ここは逃げの一手だ。捕まったら四肢の壊れた人形にされてしまうに違いない。


「しゅっ、主席っ。助けてっ」


 逃走していく先に主席の姿が見えたので助けを求める。ムジヒダネさんと僕では歩幅がまったく違うので、追いつかれるのは時間の問題。護ってくれる誰かが必要だ。


「ここにいましたのね。探す手間が省けましたわ」


 ヒョイと僕を肩に担ぎ上げる主席。なにか用があったらしい。


「急ぎの用でもあったの?」

「ええ、どうしても伝えておきたいことがありまして……」


 主席の後ろには次席とドクロワルさんもいた。

 なんだろう。Aクラスになったお祝いでもしてくれるのかな?


「ライフポットに出場しただけでは飽き足らず、自分がステージに上がるとはどういう了見ですの?」

「相変わらず……命の危険を顧みない……お仕置きが必要……絶対に……」

「あんな危ないことしてっ。死んじゃったら先生でも治せないんですよっ!」


 ふぉわいっ? 探してたって、お仕置きするためっ?


 ガッチリと担ぎ上げられた状態では、もう逃げることは叶わなかった。僕は主席に怒られ、次席に怒られ、途中でやって来たリアリィ先生にも怒られ、ドクロワルさんからもむっちゃくちゃ怒られた。危ないことばかりするのは男の子なせいだと、次にまたやったら女の子に改造すると言い渡されてしまう。


 ゴーレムバトルはクセーラさんが優勝し、教養課程の競技会はすべての日程を終えた。さんざん叱られて身も心もズタボロな僕は、さっさとベッドにもぐりこんでふて寝である。冬学期の補習はなしだから、このまま春まで寝てしまいたい。


「下僕、起きるのですよ。まずいことになったのです」

「にがあぁぁぁ――――っ!」


 タルトの奴、寝ている僕にイボ汁吸入器を喰らわせやがった。普通に起こせないのかという僕の苦情は聞き流され、外は真っ暗だというのに今すぐ出かけるという。急ぎ支度して外に出てみると、なにやら北の方の空が明るい。タルトに急かされるままそちらに足を向けたところ、向かう先から凄まじい咆哮が響いてくる。


 そういえば、こっちにはバグジードの屋敷が……

 あのバカ、今度は何をやらかしやがった……


 足を速めて咆哮のしてきた場所にたどり着くと、そこには荒れ狂うヒハキワイバーンの姿と炎に包まれる屋敷があった。


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