101 ステージに立つモロリーヌ
教養課程の競技会は2日間にわたって開催される。初日が予選トーナメント。2日目が決勝トーナメントだ。初日の今日、決勝戦しかない僕はドクロワル診療所のお手伝いを申しつけられていた。
教養課程の看護教員は魔性レディなのだけど、どの競技にも出場しないドクロワルさんの手が空いている。これに目をつけたリアリィ先生に、騎士課程卒業者の魔性レディには審判を頼みたいから診療所を任せられないかと打診され、ドクロ先生は条件付きで了承したのだ。
アシスタントにモロリーヌをつけることを条件に……
ドクロワルさんがどこからか調達してきた大きなフリル付きエプロンにナースキャップを被せられ、僕は再びモロリーヌにさせられてしまった。審判席のすぐ隣という、観戦するには申し分のない特等席だから文句も言いづらい。
目の前の試合場では、ダブルダウンの予選1回戦が始まろうとしていた。
「捨て身になれば勝てるほど、私は甘くありませんわよっ」
「ぐはあっ!」
試合開始と同時に破れかぶれといった様子でクダシーナ君が踊りかかったものの、主席に軽くキャッチされボディスラムで床に叩きつけられた。ゲシゲシとストンピング攻撃を始めた主席を、「ノー、ノー、ノー」と審判の魔性レディが止めカウントを取り始める。
テンカウントの間に立ち上がらなかったらノックアウト。ではなく、追撃が認められるという鬼ルール。クダシーナ君は必死に起き上がろうとするものの、ダメージが大きいのか上半身を起こせない。魔性レディの「テーン」の声とともに足を取った主席にジャイアントスイングでグルグルと振り回され、勢いよく投げ捨てられた。ゴロゴロと床を転がっていく。
これで2ダウン。クダシーナ君がAクラスになる可能性はなくなった。
かわいそうだけど、勝負の世界は非情なのだ。僕としては、泣きながら走り出した挙句、ゴーレムにはねられてどこかの世界へ転生してしまわないことを祈るばかりである。
「主席は明日の決勝トーナメントまで進みそうだねぇ……」
「世の中は不公平だよなぁ……」
今日の予選でムジヒダネさんと当たることになるロリボーデさんとヘルネストは煤けていた。どんなに訓練してきても、結局は運しだいかよとふて腐れている。負けることが大っ嫌いな【ヴァイオレンス公爵】は追い込まれると殺意のスイッチが入るから、勝ちにいくのも命がけだ。
そのムジヒダネさんは、試験の結果クセーラさんに抜かれて11位に順位を落としている。10位以内にランクインするには、ダブルダウンで優勝することが絶対条件。クセーラさんがゴーレムバトルで決勝戦進出を逃せば逆転だと、殺る気マンマンで準備運動に余念がない。
「骨に異常はないみたいですけど、今日一日は安静に。腫れてきたり、いつまでも痛みが引かないようであれば、再生薬を飲む前に治療室で診察を受けてください」
したたかに背中と腰を打ち付けられ、うんうん唸っているクダシーナ君が担ぎ込まれてきた。ドクロ先生が診察して、今すぐ診察室や治療室に運ぶ必要はないけど、異常を感じたら治療室に来るようにと指示を出す。
「これはいけません。すぐに治療室に運び込んでください」
しばらくして、肘と膝が人体としてあるまじき方向に曲がったヘルネストが担架に乗せられてきた。ドクロ先生は鎮痛薬だけを与えてプロセルピーネ先生のところへ運ばせる。ここではひとりの治療に時間をかけすぎるわけにはいかないので、怪我人を診察室にいる軍医の先生か、治療室のプロセルピーネ先生に振り分けるのが彼女の仕事だ。ちょっとした手当てで済むなら僕に振り分けられる。
「はわゎゎゎ……伯爵っ。お腹が痛くなる薬ちょうだいっ」
運ばれていくヘルネストを見送っていたロリボーデさんが、真っ青な顔で泣きながらすがりついてきた。膝が震えて立てなくなってしまったらしく、床にペタンとお尻をついている。お腹を痛くするからドクターストップをかけてくれという。
「ああぁ……あんな目に遭わされるなら、もらったオオカミで使い魔レスリングに参加するんだった……」
怪我人が出ることを見込んでの診療所なので、傷の手当てに使う薬しかここには置いていない。病人を治療することは想定していないからお腹の薬はないと伝えたところ、次は自分の番なのかと我が身の不幸を嘆き始める。
「怪我をしているわけでもないのにいつまでも……。診察の邪魔ですよ」
「ロリボーデ、次はお前の試合だぞ。審判が呼んでいるからさっさとしろ」
「やだっ、やだぁぁぁ――っ! 先生っ。お願いだから許してっ!」
リアリィ先生とワーナビー指導員に腕を取られ、憐れ【ジャイアント侯爵】はズルズルと試合場へ引きずられていった。
初日の予選トーナメントが終わり、主席、クセーラさん、ムジヒダネさんの3人は明日の決勝トーナメントへと駒を進めた。他では、アキマヘン嬢がゴーレムバトルで勝ち残っている。メルエラもゴーレムバトルに出場していたものの、尻尾の部分が旋回砲塔になったサソリ型ゴーレムだったため、怒り狂ったアンドレーアに破壊されて棄権するハメとなった。
治療室に運び込まれたヘルネストとロリボーデさんのお見舞いに行ったところ、扉を開いたとたん空いた薬瓶が飛んでくる。避ける間もなく魔性レディの額にヒットした。
「――なっ?」
「あんたでしょっ。この娘にロクでもない技を仕込んだのはっ?」
プロセルピーネ先生がツインテールを逆立てて怒っていた。見覚えのある関節の壊し方。【絶叫王】が得意としていた意図的に後遺症を残させるやり方だ。【ヴァイオレンス公爵】に仕込みやがったなと空き瓶を次々とぶん投げてくる。
「しかし……教えてくれと頼みこまれては教師として……」
「あんたは看護教員でしょうがっ! ちったぁ治す時のことも考えろっ!」
騎士課程の教師ではない。看護教員が完治の難しい壊し方を教えてどうすると、プロセルピーネ先生が魔性レディのすねを蹴り飛ばす。言われてみればそうだったと、魔性レディは目をパチくりさせていた。
「ヘル君、大丈夫? 痛くない?」
「すげ~痛かった。あんなやり方をする必要がどこにあったのか、今の俺には理解できない」
ムジヒダネさんに尋ねられたヘルネストは珍しくムスッとした表情で、どうしてわざわざ関節を粉砕したのだと問い質す。
「ヘル君だって、新しい技を覚えたら試合で使ってみたくなるでしょ」
ねっ。と可愛らしく微笑みながら同意を求める【ヴァイオレンス公爵】。とっても似合わない。隣のベッドに寝かされていたロリボーデさんが泡を吹いて気絶した。
「サクラ、そんな理由で許嫁の関節を潰すのかお前は……」
「そんな……、どうしてわかってくれないの……」
哀し気に表情を曇らせたムジヒダネさんが、そっとヘルネストの手を取る。
「やめろサクラッ。やめてくれっ!」
「こんなの絶対おかしいわ。壊し方が足りなかったのかしら?」
ゾッとするような冷たい声でまだ足りなかったのかと口にしたサクラちゃんは、殺意に満ちた魔力を全身に纏ってヘルネストの手首を極めていた。
「そこまでですっ!」
「んぐぅぅぅ――――っ!」
なにやらボンベのついた酸素マスクのようなものを手にしたドクロワルさんが、ムジヒダネさんを抑えにかかる。マスクを口元にあてられた【ヴァイオレンス公爵】は突如として苦しみだし、気を失ってしまったのかパタリとベッドに倒れ伏した。
「先生、成功です」
「想定よりもちょっと早い気がするけど、まあ問題ないでしょ」
なんと、暴れる患者を気絶させるためのイボ汁吸入器だそうな。イボ汁玉と違って、いちおう鎮静効果のある成分も含まれているという。相変わらず他人で実験することを躊躇わないふたりに、魔性レディは顔を引きつらせている。
「ちょっと見せるのです」
呆れたように眺めていたタルトがこれに興味を示した。ドクロワルさんから受け取ると、振ったり、ひっくり返したり、ヘルネストに使おうとして嫌がられたりしている。
「これは使えるのです」
一瞬の隙をついてヘルネストを気絶させたタルトは、何を思いついたのかクスクスと笑いながら借り物のイボ汁吸入器を【思い出のがらくた箱】へしまい込んでしまった。
競技会の2日目。午前中にダブルダウンと使い魔レスリング、お昼を挟んでライフポット、ゴーレムバトルの順に決勝トーナメントが行われる。ライフポットは使い魔と魔術を用いた実に魔法使いっぽい競技なので、本来は最後の目玉になるのだけど、1試合しかないのでは盛り上がらないとゴーレムバトルが最後に回された。
「あ~れぇ~。やられましたわぁ~」
ダブルダウンの準決勝で、主席がわざとらしい悲鳴を上げながら床に転がる。彼女の考えは読めていた。もう次席を突き放すだけの得点は充分に稼げたので、【ヴァイオレンス公爵】と決勝で当たる前に負けてしまおうという魂胆だ。
蜜の精霊が使えないのでは主席に勝ち目はない。
対戦相手のひとつ上の先輩は、勝ってしまってから主席の意図に気が付いたらしい。真っ青になりながら審判長に試合の無効を申し立てていたけど、リアリィ先生に聞き入れられるはずもなかった。
大本命の2連覇でダブルダウンは幕を閉じ、お昼の余興として使い魔レスリングが行われる。参加できるのは、体重で僕と同じくらいの使い魔まで。魔術で砂を固めてつくったステージの上に使い魔が集まって、互いを押し出そうとするバトルロイヤルだ。
砂のステージは時間の経過とともに端っこから崩れてだんだん狭くなってゆき、最後までステージに立っていた使い魔が優勝となる。牙や爪などによる攻撃は禁止で、ステージから落っこちても下は砂なので怪我をする心配はない。砂の坂をコロコロと転がり落ちる使い魔たちが可愛らしいと、子供連れの家族や女子たちに人気の競技である。
「わたくしも参加したいのです」
「来年、出ればいいよ」
案の定、使い魔たちと遊ぶのが大好きな3歳児が出場したいと言い出したので、また来年もあるさと言っておく。来年の今ごろは、こんなに追い詰められてない。と思う……
演奏サークルの皆さんによるどことなく間の抜けた音楽とともに競技が開始され、使い魔たちがポロポロと零れるたびに黄色い歓声が上がる。タルトはオレンジに黒い縞の入ったヒメバシリスクを応援することにしたらしく、まわり込めだの、押し出せだのと声をかけていた。
「ほっ、本当に大丈夫なんですねっ?」
「なにも心配はいらないのです。ドクロビッチは心配性なのです」
お昼が過ぎてライフポットの時間が迫ってくると、急に不安になったのかドクロワルさんが焦ったように尋ねてきた。自分が傷つくことは太陽が西から昇るくらいあり得ないとタルトに言われても、精霊の治し方なんて聞いたことすらないとオロオロしている。
審判長のリアリィ先生がライフポットの開始を宣言し、僕。ではなくモロリーヌの名前を呼ぶ。まあ変装していることだし、アーレイ子爵領の人間が観戦に来ているとも限らないので良しとしておこう。
試合場となるステージの両端には高台となった操演台が設けられている。その手前には背の低い台があって、出場者の代わりとなる水瓶が置かれていた。操演台にタルトがトコトコと登ってゆく。
…………あれ?
「あの……タルト……さん?」
「わたくしが主。下僕が下僕なのです」
何かおかしなところがあるのかと言わんばかりの顔で、3歳児はステージの上を指さした。
ちょっ? 自分は傷つかないって、そういう意味だったのっ?
「待ちなさいっ。いったいなに――なんですかっ?」
ちょっと待てとリアリィ先生が止めに入ろうとしたものの、突如として足元から吹き上げた風にスカートを頭の上までめくりあげられる。タルトの手には、先生の精霊である本が握られていた。
「審判をしていろと言ったのです。ここにある術式を、すべてとき放って欲しいのですか?」
観戦に訪れている人たちの中には子供連れだっている。先生の持っている攻撃の魔術を無制限に放ったらただでは済まないぞと脅されて、リアリィ先生は苦渋に顔を歪ませながら僕がステージに上がることを許可した。
「少しはわたくしを信用するのです」
水瓶の前で『ヴィヴィアナロック』を使って隠れていればいいと言い残して、タルトは操演台へと上がってしまう。
「なんのつもりだっ? そんなことをしても手加減はしないぞっ!」
「手加減なんていらないのです。それとも、負けた時の言い訳をもうしているのですか?」
ステージ上でヒハキワイバーンと相対した僕を見て、生徒が相手なら手加減してもらえると思っているのかとバグジードが声を荒げ、ここぞとばかりにタルトが挑発を繰り返す。
観客席からも驚きの声や悲鳴が上がっていた。
こえぇぇぇ……。ちょ~こえぇぇぇ……
体長で比べるならチャーリーのほうが大きいはずなのだけど、ぶっとい体とでっかい顎を持ったヒハキワイバーンはラトルジラントより遥かに大きく、強そうに感じられた。僕を威嚇するかのように牙をガチガチと鳴らしている。
こちらも負けじと歯をガチガチと鳴らす。というか鳴ってしまった。
騎士とか兵士は、マジでこんなのを相手にしてんのか……
正気の沙汰とは思えない。今さらながら、ティコアの母親に立ち向かった騎士たちの勇気というものを実感する。まだ成長しきっていない亜竜でこれなら、成体のドラゴンなんて心臓が止まってしまいそうなほど恐ろしかったに違いない。
逃げ出してしまいたけど……
タルトには勝算があるのだ。それも、勝利を確信するほどの揺るぎようのない勝算が。そうでなければ、シルヒメさんを賭け物にするはずがない。
僕にも何かを賭けろと言うのなら……
「いいさ。乗ってやろうじゃないか」
Aクラスになりたいのは僕だ。タルトじゃない。それなのに、勝たせてやると言っている。
ここまでお膳立てしてもらって、逃げ出せるものかよ……




