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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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100 舞台は競技会へ

 秋学期の試験が終わり、今日は成績が通知される。順番に成績表が手渡されていく中、なぜか僕は一番最後に回された。


「よく頑張ったと……褒めてもらいたいですか?」


 二つ折りにされた成績表を手渡しながらベリノーチ先生が尋ねてくる。開いてみれば、僕の順位はぴったり30位。それで今、この台詞が出てくるということは、競技会でバグジードに逆転を許さないだけの差をつけられなかったということだ。


「まだ終わってません」


 奴が優勝することはほぼ確実だから課題評価では足りない。競技会でせめて3回戦を勝ち抜けないと、来年Aクラスになることは難しいだろう。課題や補習で忙しかったから、ゴーレムバトルに参加するためのゴーレムなんて用意できていない。ダブルダウンで3試合も勝つなんてまず不可能。強がってはみたものの、バグジードが負けることに期待するしかない状況である。


「……お前には期待している」


 ベリノーチ先生も気付いているだろうに、ここまでだとも、諦めろとも言わなかった。






 何ひとつ妙案を思いつくことができないまま数日が過ぎ、競技会へのエントリー締め切りは本日の夕方まで。課題評価の提出期限も同じである。


「まだ決めてないのなんて、ホモニダスくらいだぞ」

「だから、ホモじゃないって言ってるだろ」


 昼食をとりながらヘルネストがさっさと決めてしまえと催促してくる。部屋から見つかった邪教の聖典のせいで、僕はすっかりホモということにされてしまっていた。クセーラさんからは「ホモリン伯爵」と呼ばれ、クラスメートからも「ホモゴブリン」とあだ名される始末だ。


 主席が調べてくれたところによると、アンドレーアは座学で成績を伸ばし28位。28位だった生徒は調子が悪かったのか、僕にも抜かれて31位にまで順位を落とした。32位にクダシーナ君、33位がバグジードであるという。

 なお、ヘルネストは相変わらずの69位。狙っているのかとツッコミたくなる。


「アーレイ。僕はダブルダウンにエントリーすることに決めたよ。そこを決着の舞台と――」

「する気はないね」


 僕たちのテーブルにやってきたクダシーナ君が、共にダブルダウンにエントリーして決着をつけようぢゃないかと果たし状を突き付けてきた。さっくりと断っておく。


 これは僕に追加点を与えないための申し出だ。工作と調合の授業で僕は2番目に高い評価をいただいたから、互いに課題評価を受けることになっては彼に逆転の見込みはない。僕を0点に抑えて自分だけ得点を得るために、弱っちいくせにダブルダウンにエントリーするなんて博打に出ただけである。


「君はまた逃げるのかっ」

「僕の相手はバグジードだ。悪いけど、クダシーナ君の相手をしている余裕はないよ」


 すでに決着はついているときっぱり申し渡したところ、クダシーナ君は肩を落として去っていった。彼がAクラスになるためには、【ヴァイオレンス公爵】や【ジャイアント侯爵】を下してダブルダウンで優勝するしかない。

 もっとも、それは僕も同じなのだけど……


 やはり、確実に高い追加点が見込める課題評価を受けて、誰かがバグジードを負かしてくれることに期待する他ないのだろうか。それでは、あまりにも他人任せで消極的すぎる。


「なにを迷っているのです。あの亜竜を連れた男をやっつけるのではなかったのですか?」


 ティコアに揚げパンを食べさせているタルトが、どうして悩んでいるのだと不思議そうに首を傾げていた。


「そうなんだけど、上手い方法がね……」

「やっつけるのに、あの男と同じのに参加しないでどうするのです?」


 は……?

 同じのってライフポットに出場しろってことか?


 確かに僕が直接バグジードを下してしまえば、逆転されるおそれはなくなる。ただ、問題は勝てるかどうかだ。


 ライフポットは操演台というところからステージ上の使い魔を操って、同じくステージ上に配置されている相手の水瓶をひっくり返すという競技。先に相手の水瓶から一定量の水を失わせた方が勝利となる。水瓶に満たされた水は出場者の命を表しているらしく、ゆえに「ライフポット」というらしい。


 操演台にいる生徒を攻撃することは禁止されているものの、ステージ上の使い魔や水瓶を魔術で攻撃することは許されている。昨年バグジードの奴がしたように、相手の使い魔を死に至らしめることもある危険な競技だ。ドラゴンに丸呑みされても平気というタルトに余計な心配はいらないと思うけど、勝利条件が相手の水瓶から水を失わせることだけに、頑丈なだけで勝てるほど単純な競技ではない。


「ライフポットは使い魔同士のガチバトルだよ。タルトが出場してくれるの?」

「わたくしにど~んと任せるのです」


 自信満々に握った拳で胸を叩く3歳児。こんな態度を取るということは、あのヒハキワイバーンを相手にすでに勝算が立っているのだろう。何をするつもりだ?


「まさかっ、ワイバーンの契約を解除するつもりじゃないだろうねっ?」


 そうだった。ヴィロードにしたように、タルトは使い魔の契約を解除してしまえるんだった。大勢の人が観戦に訪れる競技会の会場でワイバーンに暴れられたら大惨事になる。命を失う人が出てきてもおかしくない。

 いくらAクラスに入るためといっても、他人の命まで犠牲にするつもりはないぞ。


「そんなもったいないことはしないのです」

「じゃあなに? ワイバーンをヒキガエルにしてしまうの?」


 コイツは生き物をヒキガエルに変えてしまうこともできた。使い魔がヒキガエルにされるところを目の当りにしたら、観客や生徒たちがパニックを起こしかねない。トラウマを植え付けられた人たちから、バグジード以上に忌み嫌われることになるだろう。


「それも、もったいないからしないのです」


 仕上げは自分が引っかけると言ったはず。ひとつ任せておけと、タルトがクスクスと笑う。ヘルネストが3歳児をワイバーンと戦わせる気かと目を剥いていたけど、自分を齧ったところで牙が欠けるだけだとタルトは取り合わない。

 さっさとエントリーを済ませて遊ぶのだと、僕の袖を引っ張ってきた。






 エントリーが締め切られた翌日は、トーナメントの組み合わせを決める抽選会。会場となる講堂は生徒たちでごった返している。


「なんてこった……」

「よりによって公爵と同じブロックだなんて……」


 ダブルダウンのトーナメント表を前に、ヘルネストとロリボーデさんが両手を床についてうなだれていた。順調に勝ち上がっても、ヘルネストは2回戦で、ロリボーデさんは3回戦でムジヒダネさんとぶち当たる。昨年の覇者【ヴァイオレンス公爵】はシード枠なので、ヘルネストが初戦の肩慣らしに使われることは明らかだ。


 ふたりともトーナメント運さえ良ければ決勝戦進出も夢ではなかっただけに、どうして肝心な時にこうなのだと床をペシペシ叩いていた。


 こういったところで妙に引きがいいのが主席。彼女もダブルダウンに出場するのだけど、同じブロックにはこれといって話題になるような相手がいない。初戦のお相手はクダシーナ君である。


 クダシーナ君にはご愁傷さまと言うしかないだろう。ロリボーデさんに次ぐ長身を誇る主席は、武技の成績においてもヘルネストに引けを取らない。気合いや根性でどうにかなる相手ではなく、日々の鍛錬の成果が試される相手だ。


「なにこれ……?」


 ライフポットの抽選に行ったところ、トーナメント表にはすでに名前が書きこまれていた。僕の初戦の相手はバグジード。そしてそれは、決勝戦の相手でもあった。


「ライフポットにエントリーしたのはふたりだけです。抽選は行われません」


 抽選会の監督をしていたリアリィ先生が苦々しそうな顔で教えてくれた。バグジードは相手の使い魔を殺して奪うという話が広まった結果、誰もエントリーしなくなってしまったらしい。

 そりゃまぁ、そうだ……


「Aクラスになるにはこの方法しかないというのは先生にもわかりますけど……」


 精霊を犠牲にするつもりかとリアリィ先生がギロリと睨み付けてくる。タルトがバカみたいに頑丈だということを知らないのだから、これは仕方がない。


「亜竜なんかに傷つけられるようなわたくしではないのです」


 自信満々に余計なお世話だと言い放つ3歳児。参加する本人に言われてしまっては仕方がないと、リアリィ先生が諦めたように首を振る。そこに、やっぱり抽選をしにきたらしいバグジードが姿を現した。


「こんな悪あがきをして、どうなるかわかっているのだろうな。アーレイ……」


 すでに名前が書きこまれているトーナメント表を見て、大事な精霊がどうなっても知らんぞと恫喝するように声を低くするバグジード。その魔力からは殺意が感じられるというのにタルトはまったく臆することなく、「できるものならやってみろ」、「オムツを穿いて謝るなら許してやる」と挑発を繰り返す。


「そういえば、あのシルキーを従えているのはこの精霊という話だったな……」


 どうせ主はいなくなってしまうのだから、自分が勝ったらシルヒメさんを寄越せとバグジードが賭けを持ちかけてきた。


「そのようなことっ――」

「お前も何か出さなければ、賭けは成立しないのです」


 最初から相手を殺害するつもりかとリアリィ先生が止めに入ろうとしたものの、タルトはバグジードも何か賭けろと言い出した。それがシルヒメさんと釣り合うだけのものであれば受けてやるという。


「金なら――」

「わたくしたちに人族のお金なんて必要ないのです」


 フルーツパーラーで大金貨3枚分も注文して僕に借財を負わせやがったくせに、精霊にお金が何の意味を持つのかとぬけぬけと抜かす3歳児。他に思いつかなかったのか、だったら欲しいものを言ってみろというバグジードに、タルトは山狩りの時に連れていたメイドを要求した。


「わたくしがシルヒメを賭けるのですから、お前も同じものを賭けるのです」


 メイドとメイドなら釣り合うという理屈らしい。メイド精霊と人族メイドではまったく釣り合わないと思うのだけど、精霊の……というか、この3歳児の価値観はさっぱりわからない。バグジードも目を丸くしている。


「いいだろう。まさかシルキーが手に入るとはね。アーレイ、これまでの無礼は許してやるよ」


 すっかり勝った気でいるのか、急に寛大になったバグジードは高笑いを残して去っていった。そして、同じように勝った気分でいる者がもうひとり……


「クックック……どうやって話を切り出そうかと思っていましたが、向こうから持ちかけてくるとはバカな男なのです」


 タルトは最初からシルヒメさんを賭け物にするつもりだったらしい。不自然に思われないよう誘導したいと考えていたところに、バグジードの方から話を振ってきてくれたと笑いを漏らしている。シルヒメさんがいるのにどうしてメイドが必要なのかと尋ねたら、ティコアのお世話係にするためだそうな。


「あのワイバーンを相手に、本当に無事で済むのでしょうね?」


 ヒハキワイバーンは普通のワイバーンと違って、その名のとおり炎のブレスを吐くドラゴンもどきの魔獣。骨太な体つきをしている分、空を飛ぶことにかけては劣るものの、牙や爪が発達していて力も強い。主任教員の権限で僕を出場停止にするべきかと、リアリィ先生は難しい顔をしている。


「わたくしの邪魔をすることは許さないのです」


 次の瞬間、リアリィ先生は頭の上から大量の水をぶっかけられた。

 うほっ……濡れた服が肌に張り付いて……下着のラインが……


「そんなっ、この術式はっ?」


 いつの間にスリ盗ったのか、リアリィ先生の使役する精霊であり魔導器でもある本をタルトが手にしていた。これは言うことを聞かない生徒の頭を冷やすために作った術式。自分の精霊に命じて本に収められている魔術を使ったのかと、リアリィ先生がおっぱいを隠すことも忘れて息をのむ。


「リアルビッチは黙って審判をしていればよいのです」


 余計な手出しをするなら、この本に収められている術式を乱れ撃ちにするぞと脅されてリアリィ先生は降参した。なかには危険な術式もあって、こんなところでぶっ放されたら生徒たちの命にかかわるそうだ。


「アーレイ君。あなたという人は……」


 水も滴る下着の透けた女になったリアリィ先生は、こともあろうに僕に矛先を向けてきた。精霊を使って教師を脅迫するなどあるまじきこと。そんなに反省室に入れられたいのかと、目を三角にして怒っている。


 ふおおお……今の先生なら反省室でお説教されてもかまわない。むしろお仕置きして欲しい。


「ずぶ濡れの女教師と反省室でふたりっきりというシチュエーションに興奮を抑えられない」

「なにを口走っているのですかっ!」


 やばいっ。あまりの期待に心の声が口から漏れてしまった。


 怒りの炎……いや、魔力を吹き上げるリアリィ先生に軽く持ち上げられ、カナディアンバックブリーカーで背骨をギシギシと傷めつけられながら運ばれる。抽選はないのだからさっさと出ていけと、そのまま講堂の外へと放り捨てられた。


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