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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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10 キノコ部屋にて

 ちょっとした騒動はあったものの、お茶会は和やかな雰囲気のまま解散となり、女の子たちは名残惜しそうに首席に挨拶をすませて茶会室から退出していく。シルヒメさんがお片付けの手伝いをしているので、僕とタルトは少しの間居残りだ。

 ちょうどいい機会だったので首席にちょっと精霊のことを教えてもらうことにする。


「首席の精霊って普通に食事してます?」

「食事は摂らないけど、私だけで甘い物を食べると拗ねちゃうかしら」

「クスリナも同じね……ご機嫌を損ねると後が大変……」


 まだ残っていた次席も話に加わってきた。クスリナというのは次席の使役する発芽の精霊のことだ。ふたりが言うには、3度の食事は摂らないけど甘い物が大好きで、分けてあげないと不機嫌になる。どちらも植物に由来する精霊なせいか怒ると肥料を食べ散らかしたりするらしい。

 首席の家は化学肥料のようなものを扱う商売をしているけど、蜜の精霊は首席がドーナツをひとりで食べてしまったことの腹いせに、配合前の材料、重さにして大型の馬1頭分をヤケ食いし、発芽の精霊も次席が何も与えずにいたら、開花用の液肥を勝手に飲んでグデングデンに酔っ払っい、次席が自分を大切にしてくれないとクダを巻いていたそうだ。


「いたずらの精霊なんて怒ったら何をするか予想もつきませんわね」

「わたくしは慈悲深いですから、いつでも契約を解除するだけなのです」


 うん。それは【真紅の茨】に僕の『初めて』を売り渡すって意味だね。言われなくてもわかってますよ。僕はもう逃げられないって……


 シルヒメさんがお手伝いを終えて戻ってきたので、首席にお招きいただいたお礼を言ってお暇させてもらう。僕がいたばっかりにバグジードを呼び込む結果になってしまったことをお詫びしたら、首席は笑いながら僕がお招きを断るようなら縛り上げてでも連行する気だったと語った。

 そうしなければ精霊の話を聞きたくてしょうがない女の子たちをお茶会で拘束するハメになって、親睦どころか恨まれてしまうところだったらしい。そんなところにまで気を回すなんて、お茶会を催すというのも大変だ。


 軽くなったバスケットを持って僕の部屋がある学生寮へタルトとシルヒメさんを案内する。使い魔なのだから一緒の部屋に住むのは当然だ。シルヒメさんと同居……フヒヒヒヒ。

 誤解しないで欲しいけど、寮室以外で使い魔を住まわせるところなんて馬小屋とか犬小屋くらいしかない。頑丈なタルトは犬小屋でも充分かもしれないけど、シルヒメさんを馬小屋で寝泊まりさせるわけにもいかないので同居も致し方あるまい。


 僕が住んでいるのは紅薔薇寮と呼ばれる6つある教養課程の生徒向け学生寮の内のひとつ。薔薇とつく男子寮と百合とつく女子寮が3つずつあって、それぞれ白、黒、紅の色分けがされている。

 色分けされている理由は、上流階級にありがちな派閥なるもののせい。貴族や士族の子供である以上、どうしても親の派閥の影響を受けてしまうし、一緒にしておくと勢力の強い派閥が他の派閥を排除しようとするので、最初から分けておくほうが手間がかからないのだとか。


 上流階級の派閥というものは結構複雑で、地理的な派閥分けや商売、政策といったさまざまな要因による派閥分けがあり、ひとりの貴族が複数の派閥に属しているのは当たり前のことらしい。日本の政治家にも所属政党とは別に党の垣根を超えた研究会とか超党派の議員連盟なんてあったけど、あんな感じなのだろう。

 ただ、一番強い影響力を持っているのは地理的な派閥分けだ。いわば、日本で言うところの政党にあたる。やっぱり、治めている領地が近いと利害が一致しやすいのだろう。


 生徒たちはこの地理的な派閥によって、南部派、東部派、北部派、西部派の4つに分けられ、南部派は白、東部派は黒、北部派と西部派なら紅とつく寮に住んでいる。僕の入っている紅薔薇寮は北部派と西部派の男子寮ということになり、ドクロワルさんであれば南部派の女子なので白百合寮だ。

 父の実家のアーレイ子爵は東部派なのだけど、父は家を出てしまったので僕はいわば無所属。南部派と東部派は互いをライバル視していて、北部派と西部派はマイペースと聞いていたので紅薔薇寮をチョイスさせてもらった。この歳で派閥抗争に身を投じる気はさらさらない。


 首席やバグジードのように使用人を連れてきている人たちは寮には入らず、館やコテージといったものを1棟丸借りして、そこで使用人たちと一緒に生活している。寮と違って管理人さんがいないため、食事から営繕まで全部自前で賄わなければならない。

 寮ならば朝夕の食事は用意してもらえるし、時間が決められてしまうけどお風呂も沸かしてもらえる。昼食は出ないけど、お願いすれば残り物をお弁当にいただけるので貧乏学生にはありがたい。僕がお昼に食べたコッペパンも朝食の余り物にバターを塗ってもらったものだ。


 各寮はケンカしないよう林の中にある程度の距離を離して建てられているため、どことなく避暑地に建てられた大金持ちの別荘みたいな雰囲気がある。

 寮へと続く道を歩きながら両脇に植えられている桜並木を眺めるものの、残念ながらまだ開花には早いようだった。魔導院は標高があって卒業の季節に桜が咲いてくれないちょっぴり残念な場所に建てられているせいだ。

 ほどなくして、「紅薔薇寮」と彫られた看板が玄関に掲げられ、壁面が濃い赤に塗られた木造3階建ての洋館のような建物にたどり着いた。


「ここが僕の部屋がある紅薔薇寮だよ」

「古いわりにしっかりとした造りの館なのです」

「築60年だそうだよ」


 タルトとシルヒメさんはこの古びた洋館を気に入ってくれたみたいだ。タルトが嬉しそうにニコニコしながら「早くわたくしの部屋へ案内するのです」とせっついてくるので、3階の東側にある僕の部屋へと案内する。

 まさか、女性をお招きすることになるとは予想もしていなかったので散らかっちゃっているのだけど、見られて困るものは厳重に隠してあるので大丈夫だろう。片付けがされていないことを謝りながら招き入れると、タルトはしばらく無言で部屋の中をウロチョロと検分した後、なにかに気が付いたのか得意そうな顔で僕を見上げて口を開いた。


「ここはキノコを栽培するための部屋ですね。わたくしを騙そうたってそうはいかないのですよ」

「いや、ここが僕の部屋なんだけど……」


「わたくしにはお見通しなのです。これはキノコを育てるための棚なのです」

「それベッド……」


「ちゃんと原木まであるではありませんか?」

「それ、踏み台がわりの丸太……」


「これなど、今にもキノコが生えてきそうではありませんか」

「ごめん。最近、洗濯さぼって――だっ!」

「――――!」


 タルトが指さした籠に山積みとなっている物体が菌床ではなく洗濯物であることを白状したとたん、僕の背後に立っていたシルヒメさんが脳天にチョップを落としてきた。メイド精霊である彼女には洗濯物を溜めるということが許せないようで、美しい顔を膨らませてプンプンと怒っていらっしゃる。

 タルトは「絶望した」と言わんばかりの表情で僕を見つめていたけど、だんだんと頬が引きつって目に涙が溢れてきた。やばいっ!


「うわぁぁぁぁぁぁぁん……」


 僕が言い訳をする前に泣き出してしまった。そして、時を同じくして部屋の扉が外から開かれる。


「アーレイッ! 女の子を連れ込んだというのは本当かっ? 正直に白状……なっ!」


 ふたりを案内しているところを誰かに見られてしまったのか、最悪のタイミングで同じ寮に住んでいる男どもが僕の部屋に踏み込んできた。

 泣き叫ぶ3歳女児と僕を糾弾しているかのような美人メイドは、女の子のことが気になって仕方がなく、妄想だけを唯一の楽しみとしている少年たちには刺激が強すぎたようで、一瞬で暴徒と化し部屋の中になだれ込むと僕を縄でグルグル巻きにして自分たちの真ん中に転がす。

 容疑者とか被告人の過程をすっとばして、完全に罪人扱いだ。


「未成人略取の罪は院内引き回しのうえ3日間の磔の後、火刑であってたよな?」

「最後は車裂きじゃなかったか?」

「僕はのこぎり挽きって聞いた」

「ないよっ! そんな残酷な刑罰は残ってないよっ!」


 いつの時代の刑罰だよ。この国にも死刑は残ってるけど、苦しめて殺すことを目的とした刑罰はとっくの昔に廃止されている。弁明の機会も与えずにそんな刑を執行しようとするなど、子供とはなんて残酷な生き物なのだろう。落ち着いて僕の話を聞いてくれ。


「お嬢ちゃん。このゴブリンに何かされたのかい? どこか痛いのかな?」

「この者がわたくしを無理やりこのような場所に寝かせようとするのです」

「のをぉぉぉぉぉぉぉ!」


 タルトがヒックヒックとしゃくり上げながらベッドを指差して、これまた明らかに誤解を招く最悪の答えをしやがった。どうしてそういう言い方するかなっ? わざとなのっ? 君はそんなに僕を殺したいのっ?


「お前たち、炮烙って知ってるよな……?」

「プロセルピーネ先生が体が徐々に腐っていくゾンビ薬を持ってなかったか?」

「体中から猿の手が生えてくる失敗したキメラ薬なら残ってたはず」

「やめぇぇぇぇっ!」


 僕は再びタルトに騙されてペットにされた一部始終を話し命乞いをする。畜生、やっぱりこうなるのか。男どもは女の子と違って笑いを堪えないから爆笑の嵐だ。バカ騒ぎを聞きつけて人が集まってきてしまったため、僕がタルトの下僕にされたという事実はあっという間に寮内中に知れ渡ることとなった。

 タルトは自分が主であることを隠す気がないのだろう、「わたくしが主なのです」と胸を張って大威張りだ。


 男どもは僕たちが同居することに遺憾の意を表明したものの、さりとて別の部屋を用意することもできず、タルトに「ここはすでにわたくしの領域で、わたくしに仕える者が一緒にいるのは当たり前なのです」とゴリ押しされて引き下がる他はない。

 不承不承、僕の部屋を後にする男どもの中に、憎しみに満ちた視線を僕に向けてくる者たちがいることに気が付いた。僕にはわかっている。奴らはシルヒメさんのおっぱいに魂を惹かれてしまった人々だ。遠からず粛清しなければならないだろう。


「ほら、替えのシーツだ。面倒臭がらずにちゃんと毎週交換しろよ……」


 僕の喧嘩っ早くて素行不良でエッチなことに興味津々など~しようもない友人のヘルネストが替えの寝具を持ってきてくれた。僕たちでは寝具のような大物は自分で洗えないので、週末に汚れたものをクリーニングに出して洗濯したものと交換してもらうのだ。

 もちろん僕は面倒なので先週使っていた寝具をそのままにしていた。いや、先々週も同じだった気もするけど……


「ありがと。よく替えの寝具なんて持ってたね」

「汚しちまった時のために替えをキープしておくのは基本だろ」

「何をどうしたらシーツなんて汚すのさ?」

「…………」


 ヘルネスト・ウカツダネ。僕より頭ひとつ分以上背が高いイイガタイが自慢の迂闊な男だ。この男は僕と同じ学年にいるけど、留年生だから年齢はひとつ上の12歳。魔導院には成績が足らなくて留年するのとは別に、入学時から留年している生徒が存在した。

 魔導院の入学年齢は10歳~12歳だけど、10歳で入学し16歳で卒業するのが基本とされ、それを超えてしまっている者はおしなべて留年生と呼ばれるのだ。11歳や12歳の入学者は入学時から留年生である。


 ちょっとかわいそうだけど、この留年入学生のほとんどは10歳の春に魔力が入学に必要な水準に達していなくて、1年間成長を待ってから入学することを選んだ子たちだ。10歳で入学してきた子とは伸びしろに違いがあって、どんなに頑張ってそれまで好成績を維持していたとしても、魔力の成長がピークを過ぎる専門課程の後半あたりから他の子たちにガンガン抜かされていくらしい。

 これまでの留年入学生は、例外なく下から数えた方が早い成績でしか卒業できていないという。


 上流階級向けのエリート校は王都にある国立高等学習院や王国軍士官学校といったところもあり、魔導院に比べれば入学に必要な魔力の水準はずっと低い。魔導院に入学できなかった僕の父親も国立高等学習院を卒業している。

 落ちこぼれることが宿命づけられた魔導院にくるよりも、努力次第で好成績を残すこともできる学習院や士官学校に入学する方が本人のためだと、わざと差別的な名称を使っているそうだ。


 この男は入学時からCクラス。二年生でも僕と同じCクラスの落ちこぼれだ。成績の方は最初から諦めているのだろう。どれほどの努力も無駄に終わることはこれまでの実績が証明しているから。

 でも、この男に同情する必要などまったくない。僕の中にこの男への憐みの情など一片たりとも存在しない。この男が留年してまで魔導院に入学した理由。それは……


 ――幼馴染の許嫁と一緒に入学してイチャコラ学園生活を楽しみたい――


 という、まったくふざけた不純かつ許し難い動機だからだ。そう、ウカツダネ家はムジヒダネ子爵家の分家のひとつであり、こいつはあの和風美人、サクラノーメ・ムジヒダネ嬢の許嫁だったりする。死ねばいいのに……

 別に羨ましいわけじゃない。ムジヒダネさんは確かに長身で綺麗だけど、隣にいられるとちょっと怖いし……おっぱいが残念だからね。

 羨ましくなんかないんだ。毎週、部屋の掃除から寝具の交換まで全部やってくれる世話好きの許嫁なんて……爆発しろよ。

 羨ましくなんかないからね。もう、僕にはシルヒメさんがいてくれる。今日から一緒の部屋で……デュフフフフ。


「気持ち悪い笑いをしてないで、さっさとそれをシルヒメに渡すのです」

「もう夕食の時間は始まってるな。俺は先に行ってるから、お前も早く来いよ」


 おっと、気が付けばもうそんな時間か。シルヒメさんに寝具を渡したら、さすがの手際であっという間にベッドを整えてしまい、綺麗になったベッドの上でタルトが嬉しそうにピョコピョコ飛び跳ねている。

 喜んでいるところ悪いけど、ふたりの夕食なんて用意してないよ。どうしよう……


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