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魔族乱戦

 ロータスは蛇を忍ばせた荷物を置き、魔剣の鞘を両腰に固定する。

 それぞれに入る魔剣は10本ずつ。古の魔剣である「ロアブレイド」「エビルミラー」を始め、頼もしい魔剣は多い。

 が、それでも。

(……ガルケリウス。イレーネ殿と互角にやり合う武闘派魔族……厳しい、な)

 半マイルは離れた場所で殺戮は始まっている。対することのできる戦力はロータスとパリエスのみ。

 レミリスやガイラム、エルスマンは、この戦いの戦力に数えるのは酷だろう。

(改めて、ホーク殿に随分と頼っているな、私たちは。……戦力としても、精神的にも)

 ホークさえいれば、という考えが絶え間なくチラつく。

 チャンスを作ることさえできれば、どんな相手にも確実に致命的な一撃を決められる、という力は、ホーク本人が思っている以上に、味方にとっては心強い。

 そこに防御や回避は通用しない。相手が幻覚などを使う場合と、そもそも急所が分からない場合はその限りではないが、そういった対策をしていないのなら、ホークの前にいるということ自体が、既に死の宣告だ。

 本人は自分の戦闘能力が低い事や、使える回数が少ない事、また、使った後に隙だらけになるデメリットを気にしているが……彼を味方にして戦えるものにとっては、それらを差し引いても申し分ない「切り札」だ。

 また何より、チャンスを逃さず敵を捉えるホークの闘志が、味方にとっては頼もしい。

 他の者には見えない勝ち目も、ホークは見逃さない。時には限界をも突き破りながら、絶対に敵を倒してくれる。ロータスはそう信じるに値する光景を幾度も見てきた。

 だからこそ。

「……だからこそ、貴殿はここで使うわけにはいかんのだ」

 曇り空。盛夏の生暖かい風の向こうに、氷の魔族が暴れ狂う戦場がある。

 ロータスは口布を上げ、超越者の戦場へと駆け出す。


「よう、テメェは……見た覚えがあるぜ」

 歩兵隊の一つを壊滅させた黒山羊の魔族は、ロータスを見て酒に酔ったような口調で呟いた。

 ひとつひとつが巨木ほどもある巨氷を次々と生み出し、貫き、押し潰し、薙ぎ払うという乱暴な戦い。

 かつてレイドラ北部で演じたイレーネとの戦いすらも、おそらくは随分加減したものであったとわかる。人類や亜人如きが到達する魔力では到底成し得ない、荒ぶる邪悪な魔の本能がその光景に凝縮されている。

「テメェ……イレーネと一緒にいた女だろう。俺をブチ殺してくれやがったあのクソガキも、ここにいるってことか?」

「何が目的だ」

 直接ガルケリウスと戦ったのはイレーネとホークだけ。ロータスやメイはどうやら、眠らされて運ばれる最中に彼に顔を見られていたらしい。

 ロータスから見て彼への面識は、ホークが倒した後の生首(しかも両の眼球に短刀が刺さっていた)しかなく、彼がどんな性格で何を目的としているかもわからない。

 果たして、ガルケリウスはニィッと唇を釣り上げた。

「腹いせ。それと野暮用だ」

「野暮用……?」

「知っての通り、俺はアスラゲイトの連中と因縁が深くてなァ……こないだ、呪印契約の解除の礼に、連中の、なんだ、魔術機関って奴をブッ潰しに行ったんだがよ。あらかたムカつく奴はブチ殺したんだが、その後手持無沙汰でフラフラしてたら、あの皇帝とかいうのの馬鹿息子が、俺に契約を持ちかけてきやがってな」

「受けたというのか」

「そう見下げたツラすんなよ。俺だって元々は親人類派って奴だぜ。……まァ、その契約ってのが奴の惚れた女の捜索と抹殺なんだがな?」

「抹殺……?」

「手に入らねえなら綺麗にこの世から消したいんだとよ。人間のくせにえげつねえことを魔族に頼みやがる。……ちょうどその時ムラムラ来て、手近の集落でひと暴れして、ガキを焼いて食いながら女を手当たり次第犯し潰してたんだが、それも魔術機関潰しも見なかったことにして、アスラゲイト領内でまた厚遇してやるとよ。お優しいじゃねえか」

「……なるほど。つまり」

「ワイバーン使いの魔術師レミリス。……ここにいるんだろ。魔王軍相手にワイバーンが暴れてるってのはもうこっちの耳にまで入ってるぜ」

 ガルケリウスはロータスを指差した。

「ま、隠したって構やしねェよ。どっちにしろ俺は好きにやるだけだ。テメェがいるならあの小僧もいる。イレーネもいるかもな。当面、あの二人を殺してェ。おっと、イレーネはたっぷり犯した後でな。一回死んで呪印が消えたのはありがてェが、それはそれとして殺されたのはムカつくんだ」

「……そうか。だが、させるわけにもいかん」

「ほぉ。向かってくるかい。この有様で俺の強さがわからねぇわけでもねェだろうによ」

 ロータスは腰を落とし、鞘から現れた魔剣を握る。

「悪いが、ここに貴殿の出る幕はない。今は魔王軍との戦いのさなかだ。貴殿のような下衆に配役はない」

「言ってくれるねェ。嫌いじゃねえぜ、そういう武張った女にブチ込むのもよ!」

 バキバキバキバキ、と暴力的な音を立てて、ガルケリウスの手の中で無から生まれた氷が成長する。

 見る間に氷は20フィートもの巨槍となり、それを振り回してガルケリウスはロータスに襲い掛かる。

 ロータスはその槍を、「エクステンド・改」で迎撃する。

「はぁあっ!!」

 伸張する剣。そして、その斬撃軌道と無関係の見えないもう一撃が、氷槍を半ばで同時に打ち、断ち割る。

「っ……と、小賢しいな、クソがっ!」

 半分になった氷槍を雑に投げつけつつ、ガルケリウスは冷気をロータスに直射する。

 が、ロータスはもう一方から「エビルミラー」を抜き、冷気を正面から跳ね返す。

「ぶぁっ!?」

 一方で、飛んでくる氷塊は魔剣で受け流そうとするも果たせず、押し負けて背後に滑る。

「……っくそ、変な魔剣持ってやがるな。小器用な奴だぜ」

「感心ついでにやられてくれると助かるが」

「いやいや。さすがにそんなもったいねェこたできねェよ」

 ガルケリウスは顔に付いた霜を撫で剥がし、目を細める。

「じっくりと遊ぼうぜェ? こちとら急ぐこたねェんだよ。俺ァ交尾も好きだが殺し合いも同じくらい好きでなァ……鼻っ柱の強ェ女をじっくりじっくりいたぶって屈服させてから犯し殺すのが生き甲斐なんだ」

「なるほど。わかりやすい御仁だ。褒められた性癖ではないが、それを隠して近づく男よりは好感が持てる」

「褒められてる気がしねェな」

「貴殿をこれ以上褒める言葉は見つからないほどの誉め言葉だぞ」

 ロータスは続いて、「フレイムスロウ・改」を解き放ってガルケリウスに炎を見舞う。

 が、ガルケリウスは煙を払うような仕草で冷気のカーテンを作り、炎の熱を遮断する。

「やはり炎は効かんか」

「冷やすのは得意なんだ。お伽噺じゃあるめェし、反対のものをぶつけりゃ解決とでも思ったか」

「なに、試しただけだ。まだまだ芸はある」

「いいぜ。全部出してきな。尽きた所でいただいてやるよ」

 舌なめずりするガルケリウス。

 その背後から、光弾が直撃する。

「ぐあっ……ってェな、誰だクソが……」

 普通の人間なら二度と起き上がれない威力の魔法弾を、しかしガルケリウスは軽く背を掻いただけで済まし、不快そうに振り向いた。

 そこには翼を持つ蛇身の女神が滞空している。

「ガルケリウス」

「……パリエスじゃねェか。ヘタレのテメェから一発貰うとはな。面白ェ時代になったもんだぜ」

「あなたを排除します。……ここにあなたはいるべきではない」

「つれねェじゃねェか。何百年ぶりかもわからねェ同胞によ」

「同胞。冗談ですか」

 パリエスは腕を振るい、周囲の氷結を一息に消滅させる。

 兵士たちの大半は死んでいたが、凍らされながらも命の残っていたわずかな者たちは、魔族同士の対峙を前に慌てて武器を捨てて逃げ出す。

「私は一度だってあなたをそう思ったことはありません」

「へっ。薄情なもんだねェ。ま、俺もさすがに蛇と交尾はできねェ。……お前は普通に殺すが、いいな」

「ロータスさん」

「承知」

 黒翼の獣頭魔族を挟み、黒衣のエルフと白翼の蛇女神が闘志を滾らせる。

 ガルケリウスは肩をすくめ、しかし笑みを堪え切れない。

「オモチャが増えたぜ」


       ◇◇◇


「ガイラム! 我々は奴にかからなくていいのか!」

「貴様は前を見ておれ! 奴はパリエスたちに任せるしかない……いくら人馬族が豪勇を誇ると言っても無駄死にが増えるだけじゃ!」

「しかし……!」

「ラーガス軍は丸のまま残っておるんじゃぞ! 今、奴らに崩されれば兵たちは流れを見失う! 貴様が気張らねば四つに組む前に勝負が終わるぞ!」

「くっ……!」

 ガイラムとエルスマンは早くも動揺する戦線を維持しようと必死になっている。

 こちらの動きの乱れを見て取り、ラーガス軍は攻勢を始めている。予想通りに獣型のモンスターを前面に押し立てて狭路を突撃させ、多少の被害を引き受けさせた上で陣を崩そうとしてくる。

 合わせて投石兵の陣にも遠くから魔法や魔剣による遠距離攻撃を着弾させ、支援攻撃を途切れさせてくる。やはり付け焼き刃の投射攻撃部隊は、反撃を受ければすぐに混乱し、攻撃能力を失ってしまう。

 そうなれば恐れ知らずの突撃兵たちが防御隊列に襲い掛かり、突破されるところも出始める。

 すぐに後詰がそれを迎撃するのでまだ大きな破綻はないが、背後の動揺がそこにじわじわと影を落とし始めていた。

「パリエス! 聞こえておるか! 戦うなら奴を向こう岸に誘い出して戦え! こちらの陣の中でやっては丸損じゃ!」

「そんなに上手くいくものか」

「努力目標じゃ。儂もそう簡単に行くとは思うとらん。じゃが、どうせなら向こうにも付け目と思わせん事には……奴らの手札を開けさせなくては」

 蛇での連絡を試みながらも、ガイラムは敵陣を睨む。

「ラーガス……儂はここじゃ。この首、取りに来んか」

「将軍! ガイラム将軍! 報告です!」

 手元の蛇が兵士の声で叫ぶ。

「なんじゃ!」

「桁外れに速い鳥人が我々南方面部隊を襲撃、被害が拡大しています!」

「……来たか。くそ、本来ならロータスたちはこちらに回したかったが……エリアノーラ! 神官団を連れて援護に行け! レミリスもじゃ!」


       ◇◇◇


「間に合ったか」

「間に合ってるかは微妙な所だね。急がないと終わるよ、これ」

「なら急ぐしかない。ついて来れるか」

「誰に向かって言ってるんだい? 僕は君より980年は長生きしてるんだよ」

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