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ゼルディア防衛戦開始

 ホークたちは地割れ地帯をそろそろと渡り、森の中の坑道にそっと侵入する。

「このトンネルは……大丈夫なのか? ドカンドカン地割れ作った後だが」

「崩れてたら他の道を使えばいい。道は何十とある」

「マジかよ……それ全部狙ったところに行けるのか?」

「ここらのトンネルは元々軍事用に作った奴だ。俺らなら好きなように移動できる。わかってねえ奴が入り込むと一生出られなくなったりするがな」

「……おいおい」

「古いまじないがかかっててな。深奥のなんにもねえ場所に意識を引っ張るようにしてあるんだ。だから敵が使おうとしても、入った奴はみんな地の底で餓死しちまうのさ。糸たぐりでもやれば戻れなくはないだろうが、ま、なんにしろ好きに潜って好きに出るってのは無理だわな」

 ドワーフたちのリーダー格であるドルカスはそういって汚い歯を見せて笑う。

「お前らも俺らの案内なしに入ろうとすんなよ? 冗談抜きに死ぬからな。奥にはモンスターも迷い込んでることが多い。まともな種族じゃ穴の奥を見通すこともできやしねえだろう」

「ここに魔王軍誘い込んだらいいんじゃねえかな」

「大挙して潜り込まれたら俺らが使えなくなっちまうだろうが。そもそも人間でギリギリの穴だ、厄介な巨人や鳥人は入って来れねえ。戦力封殺には使えねえよ」

「人間だけでも削れれば御の字だと思うけどなあ」

「魔王軍のクソ装備の人間なんざ怖くねえんだ。奴らはミスリルの武器も防具も持っちゃいねえ。正面からやり合えば俺らの一方勝ちよ」

 改めて、ドワーフの太い腕と分厚い武器、防具をしげしげと見てしまうホーク。

 武器の優劣など、魔剣以外では誤差程度のものと思っていたのも今は昔。ガイラムの作った短剣を愛用する今となっては、彼らが作った上質な武具を全身に纏うことの恐ろしさ、頼もしさがよくわかる。

 この装備に身を固め、待ち伏せ奇襲をするドワーフたちに、今まで出会ってきたような粗末な装備の魔王軍兵が襲われたら、全くの一方的勝利も決して難しくはあるまい。

「すげえよなあ、ドワーフの武具は……世界が変わる」

 ホークは短剣をそっと抜いて眺めつつ、しみじみと言う。

 ドルカスはそれを見て、おっ、と興味を惹かれた顔をする。

「それが親爺の作った短剣か。……ったく、相変わらず顔に似合わねえ繊細な仕事しやがる」

「ベルマーダ最高の鍛冶屋って話だったが、どうなんだ。そりゃドワーフ目線でも本当なのか」

「何をもって最高か、ってのにもよるな。そこそこの品質でどんどん打つ働き者も、ある意味じゃ最高の鍛冶屋と言えるし、昔の技術の復元を完璧にやる奴もいる。それもある意味じゃ大した奴だ。……ガイラムの親爺は寡作で有名だ。飛び込みの客は絶対に受けねえ。何千何万の金貨を積まれたってな。腕もいいが、そういうところが商品価値を引き上げてるってところはあるだろうよ。伝説の鍛冶屋、ってな」

「つまり本当に最高かは微妙ってところか」

「まぁな。とはいえ俺が知る中じゃ、単品のデキで親爺の作品以上のはほとんど見たことはねえけどな」

 ラトネトラの評はあながち間違いでもないらしい。ホークは自分が褒められたわけでもないのに、なんとなく嬉しくなってしまう。

「それにしても……おじさんたち、くさい」

 密度の高い行軍をせざるを得ない中、メイが顔をしかめた。

「おっと。最近は砂風呂にも入っちゃいないからな。嬢ちゃん、堪忍してくれや」

「元々俺らドワーフは穴倉ん中で人生の九割を過ごすような種族だ。当然、鉱石掘りなんかしてる最中はずっと汗だくさ。いちいち洗ったりはしねえ。自分らの垢の匂いにゃ全然鈍感になっちまってんだ」

「王国の式典なんかの前には、礼儀だから体も洗うがな。かえって体がムズムズしちまう」

 ドワーフたちはヘラヘラと笑って誤魔化す。

 ホークも多少匂いは気になっていたが、メイよりはまだ我慢ができる。種族的なものか、育ちか、あるいは男女差か。

 しかしもちろん、何日も一緒にいたいとは思えない悪臭ではある。

「はやく終わらせよう、ホークさん」

「そうは言ったってな。敵さんが押し込んできてくれないことには俺たちも顔は出せない。どこに敵が本陣を置くかも、まだ読み切れてないんだ」

「じゃあ、それがわかるまでずっとここでおじさんたちと待つの?」

「しばらくのことだ、我慢しろ。幸い、コイツがいる。俺たちはキョロキョロしないで、ゆっくり体を休めておけばいい」

 ホークは腕に巻き付いた子蛇を見る。

 子蛇は巻きついたまま不動の構えだったが、ホークの注目に気づいてにょろりと首をもたげた。


「パリエス、どうだ。俺たちは地下に潜った。敵の攻撃は始まってるか」


 ホークの呼びかけに、しばらく子蛇はパチパチと下まぶたを上げて瞬きをしていたが、ややあってパリエスの声で返答した。

「まず鳥人部隊が来ています。弓兵隊と魔術師隊による迎撃で半数は撃墜、もう半数はチョロさんにロータスさんが同乗して相手をして撃墜。こちらのアピールとしてはまずまずというところでしょう」

「こないだので全部じゃなかったってことか。……当たり前か」

「まだ様子見という感じです。鳥人の数は決して多くありません。地割れを把握すれば、いずれ向こうも策を練り直して来るでしょう。……あと、投石紐よりもエリアノーラの直接投擲の方が威力と命中率が高くて、兵たちが困惑しています」

「……その情報いる?」

 驚異的な身体能力は確かに頼もしいが、今は別にホークたちに必要な情報ではない。

「敵軍の姿は地割れの向こう岸に現れ始めていますが、投石兵たちの練習代わりの投射で追い払っています。まだ突撃してくる感じではないですね。……あ、それと朗報です。パリエス教会ベルマーダ支部の神官団が全面協力を申し出てきました。王の説得を聞いてくれたようです」

「お、そりゃ確かに頼もしいな。攻撃魔術が使えりゃ御の字だが」

「せいぜいラピッドボルト程度ですね。それでも、一人で投石兵10人分程度の攻撃密度は作れますが」

「やっぱリュノは優秀だったんだな……」

 リュノは広場ほどの範囲を一気に炎で埋め尽くす「フィールドバーン」など、単体でも相当の魔王軍を相手取れる魔術を習得していた。

 ウーンズリペアの腕も相当なものだったが、ジェイナスとメイは強すぎたのでその腕はもっぱら行き会った無関係の負傷者に発揮され、ホークが見た彼女の活躍はむしろ死者浄化と攻撃魔術の方が多かったと言っていい。

「じゃあそっちはそっちで頑張ってくれ。俺たちは引き続き潜伏する。敵の手札を引きずり出せたらすぐに連絡をくれ」

「わかっています。では」

 パリエスの声が途切れ、子蛇が溜め息をつく。

「かいじんマスクド・ディアマンテさまは、ごじぶんでもすこしたたかったみたいです」

「え?」

「てきにアピールしたかったみたいです。でも、ちょっとしたらおわってしまってすねていました」

「……爺さん止めろよ」

「じこしゅちょうは、てきがよわいうちにと」

 少数の鳥人相手に倒されるパリエスではない。確かにパリエスの存在をアピールするなら今のうちと言えるかもしれない。

 そんな子蛇とホークのやりとりを、メイは羨ましそうに見る。

「ねー、ホークさん。やっぱりチョロちゃんあたしにも貸して」

「……メイ。その名前はワイバーンと丸被りだ。そして所有者はレミリスだ」

「あっちはかわいくないし。こっちは可愛いからチョロチョロのチョロちゃんって感じだし」

「きょうしゅくです」

「他の名前にしろよ! かわいい名前は他にもあるだろ! 思いつかないけど」

「えー。でもチョロちゃんだよ絶対」

「紛らわしいからそれ改めるまでは貸さない」

「あらためてもかさないでください。メイさんにもてあそばれたらぼくはしんでしまいます」

「死なないよぅ。っていうか戦う時はちゃんと返すってば。チョロちゃん持って戦ったりしないってば」

「はいはい、まずは改名な」

 メイがきゃいきゃいとホークにまとわりついているのを見て、ドワーフ兵たちは目を細める。

「俺っとこのカカァも50年前はあんな感じで可愛かったんだよなぁ」

「うちの娘思い出すぜ。もう5年会ってねえ。年頃になってるんだろうなぁ」

「知らんうちに嫁に行ってんじゃねえかそりゃ」

「嫌なこと言うんじゃねぇ」

「あんな子供をこんな泥だらけの戦いに駆り出すなんて、レヴァリアの連中もひでぇもんだ」

 ホークも内心ではドワーフたちに同意したいが、メイの力とレヴァリアの事情を考えるとそうもいかない。

 メイはそのために生まれ、研ぎ澄まされたのだ。彼女の生まれる以前から、多くの血族の努力を経て。

 その力は人類を守るためのとっておきであり、彼女は自分がそうあることに納得している。

 だが、それでも。

 それでも、13歳の女の子らしい毎日を送らせてやりたい。13歳らしい未来を夢見させてやりたい。

 そういう考えは傲慢なのだろうか。

(全部終わらせればいいだけ……とは、言うけどな)

 ホークは気の遠くなる目標を地の底から見上げる。

 当たり前のはずの日常は、今は現実感がまるでないほどに遠い。


       ◇◇◇


 半日後。

 結局メイに取られた子蛇改め「リトルチョロ」略してリトルは、彼女の手の中でピンと首をもたげた。

「リトルちゃん?」

「ホークさん、メイさん、戦闘が……あれはっ……!」

 リトルはいきなりパリエスの声で喋り始めた。

「どうしたパリエス」

「創造体……違う、あの氷術は、ガルケリウス!」

「はぁ!?」

「ガルケリウスが戦場に乱入してきました……!」

「どういうこった? あの黒山羊、魔王軍に寝返ったのか!?」

「わかりません……後背を突かれて、陣が混乱しています。私が出ます」

「待てパリエス! くそ、でも、どうする……パリエス以外に魔族の相手はできるのか……!?」

「も、戻る? ホークさん」

「んなわけには……畜生、でも好きにさせたらどちらにしろ……」

 そこでリトルの声の調子が変わる。

「戻るな、ホーク殿。我々を信じよ」

「……ロータス!」

「パリエス殿一人では無理かもしれんが、私も、パリエス殿の解放した魔剣も、ここにある。撃退してみせる。今はそこで待て」

「……くそっ……!」

 手が出せない。出せば、ラーガス軍を総崩れにする千載一遇のチャンスが失われる。

 ホークは骨が軋むほどに拳を握り締め、そして絞り出すように言う。

「……頼む」

「頼まれよう」

 自分が行けば、勝てる。でも、行けない。

 自分が戦場にいないことを、こんなに苦しいと思ったことはなかった。

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