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軍団強奪

「将軍たち……いや、今は貴族たちと呼んだ方がいいか。彼らの情けなさは目に余る。だが、そうは言っても一人二人ならいざ知らず、あれだけの者たちから領地と民を取り上げ、大過なく統率する力は、残念だが私にもない」

 ベルマーダ王国の現・国王、ディミトリアスは悩ましげに首を振る。

「峻厳なベルマーダの地は、自然と人の流れが小さく、閉鎖的だ。ゆえに領主は自分の領内で小さな絶対王国を作ってしまう。領民が万に満たぬような小さな世界でも、彼らにとっては何もかもが自分のために存在する居心地のいい世界。……それでも、かつては外敵との戦いに備え、その心身を鍛える立派な者たちも多かったのだが……」

「やっぱり敵が来ないんで、親から子へと家督が転がってく中で腐っちまったってわけか」

「その通りだ」

 ホークの言葉に頷く王。

「生まれを鼻にかけた愚か者が多かったな。我々長命の者から見れば、人の累代の栄誉など大した話ではないというのに、自分の高貴は天与の資格と、ああも誇らしげにされては苦笑いしか出ぬ」

「全くだ、エルフの御方。だが、そんな彼らでも兵にとっては君主。手続きに則って廃絶し、仕切り直している暇は、もうない。私の不徳だが、それを覆して戦うためには、パリエス様のお力が必要なのだ」

「うむ」

 ロータスと王は頷き合う。

 どうするつもりなのか、とホークは怪訝な顔をするしかない。

「こいつは教会の伝えるパリエスの姿とは似ても似つかねえ。角も生えてて下半身は蛇、おまけによりによって魔族だぞ」

「そんなものは些細だ。人は、残酷な現実と戦う時、いもしない神より、実在する悪魔に頼るもの。神が本当は魔族だったとしても、パリエス様がここに実在し、人を救うために戦う決意をなされている……それは王よりも将よりも、兵たちを勇気づけることだろう」

「そうかもしれねえが、それでどうしようってんだ」

「今、ガイラムが戻っていることを知っている者は少ない。ゆえに、旧弊の将軍たちを一新する新勢力として、ガイラムとパリエス様を押し立てる。そして今、展開した戦線において将軍たちから指揮権を一気に奪うのだ。救世の魔族と、伝説の将軍のふたつの福音が、兵たちにジリジリとした絶望から希望を与える」

「そこまではいい。でも、仮に、根こそぎ今の貴族たちから主君としての権威を取り上げることができたとしても、そのままじゃ肉壁にしかならねえだろ。人数を把握し、班分けをして、分担を割り振る管理は、領主から下の血縁や信頼関係で固めてあるはずだ。そこまでどうにか手を入れるんでなきゃ……」

「わからんかホーク殿」

 ロータスが得意げに指を立てる。

「並の魔族ならできんかもしれんが、ディアマンテ殿ならできる」

「は?」

「ニジマキヘビだ」

 ロータスの宣言に、王は頼もしげに頷く。

「王家に残る伝説では、パリエス様は、ニジマキヘビを使徒として使い、人々に福音を与え続けたという。やはりそれは真であったか」

「ちょっ……おい、つまり……2万の兵士を蛇で指揮しようってのか!?」

「魔王軍に今まさに食われるか否かの瀬戸際だ。ここまでくれば、むしろ神話めいている手段の方が都合がいい。これで外国人や亜人を小隊指揮官として急に送り込んでも反発されるだけだろう」

 ロータスはパリエスを見る。

「ディアマンテ殿。蛇は一度にどれだけ操れる。どれだけ別々の情報を同時に集め、そして違うことを喋らせられる?」

「それは……限界を試したことはありませんが、交感範囲内にいるならば1000でも2000でも大丈夫です。それぞれの蛇の思考力も殺すわけではありませんから、私の整理しきれない情報を無理に送ってくるということもありませんし」

「ってお前、1000匹の蛇に一度に別のこと喋らせるとかできるの!?」

「それほど難しくはありませんよ。私の頭は人とは機能が違いますから」

「……今初めてお前スゲェんだなって思った」

「それは少し酷いのではないですか」

 覆面のまま膨れるパリエス。

 ガイラムは両手を上げた。

「王。仰ることはわかり申した。が、それでも練度不足、心得不足はいかんともしがたい。個の力で魔王軍には圧倒的に劣っておる以上、負けを幾分遠ざけられても勝ちは難しい。魔王軍がまだまだ切り札を残している可能性もある。楽観にはまだ足りませぬ」

「希望が見えたとたんに弱腰……と、いうわけでもなさそうだな、ガイラム」

「無論。しかし戦争は、指揮官が浮足立ってはならぬもの。特に王、あなた様は最悪を常に意識しておいてくださらねば。戦士は後ろに気が回らぬ。何かが起きた時には慌てず、すぐに次の駒を用意させる。その気構えが王の器というものですぞ」

「肝に銘じよう。……前にそれを聞いたのは、私がまだそこの少年ほどの頃だったか」

「年寄りは細かい記憶が不確かでしてな。繰り返しが過ぎるならご容赦下され」

 ガイラムは一拍置いて、ホークに視線をやる。

「して、貴様がラーガスを倒すというのはどういった算段じゃ。わざわざこの城まで乗り付けてきたからには、軍を使えばやれる確信はあるんじゃろうな」

「まぁな。……こっちにはメイと、俺がいる」

 ホークは、俺、という瞬間に、何か踏み越えられなかった部分を踏み越えるような抵抗を感じた。

 だが、それでも。

 イレーネが置き残してくれたものを無駄にしないという一心で、口にする。


「俺たちは魔剣使いじゃねえ。だが、魔剣使いじゃねえからこそ、奴らの想像を超えられる。……ディアマンテとワイバーン、それに魔剣使いのロータス。うちの派手な連中を使って爺さんたちが攻勢をかけて欲しい。俺たちはその隙に、ラーガスを突く」


「……なるほどな。確かに貴様なら、奴のもとに辿り着きさえすれば……ということか」

「俺たちはゲリラ戦で奴らの気を引いた。案の定、焦れて創造体と鳥人部隊で追い込みに来やがった。……それで味方の魔族を一人失ったが、奴らがこっちを突いてきた今が潮目だ。後顧の憂いを断ったと判断すれば、ラーガスはすぐにでも進撃速度を上げる。そうすれば決戦の先手を取らせることになる。それより前に軍にディアマンテたちが混ざれば、敵はまた警戒して動きを鈍らせることができる」

「そして、こちらが新戦力を押し立てて攻める気を見せれば、奴らはそれを叩くつもりで残りの手を打ってくる……それが狙い目か」

「話が早いな。……同じ喉元攻めるにしても、こっちが少数じゃ、戦力を失ってただ焦っただけに見られちまう」

「じゃが、ベルマーダ軍に合流すれば、本命の作戦がこっちじゃったと思わせることもできる……」

「『智将』がもう切り札を隠してないとは思えねえ。だが、本丸にそれがいくつも残ってたんじゃ困るんだ。俺はそんなに何度も決められねえ」

「……なるほどな。思惑はわかった」

 老ドワーフは唸り、そして王に決然と宣言する。

「やりましょう、王。腑抜け共から軍勢を取り上げ、兵を神話の中に放り込む。そして……儂も護国の神将を演じましょうぞ」

「よく言った、ガイラム」

「本来なら儂も躊躇するところですが……こんな若造が前を見ておる。やらねばなりますまいて」

 ガイラムは腕を組み、ニヤリと笑った。

「見せましょう。この山国の底力を。この大地の要塞に土足で踏み込んだ無礼者らに」


       ◇◇◇


 その日。

 ゼルディア周辺の森から続々とニジマキヘビが這い出し、ゼルディア近郊の平原に集結する兵たちを仰天させた。

 無数の蛇は兵たちの陣を目指して群れを成し、驚いた兵士たちは蛇を退治しようと武器を振り上げたが、寸でのところで蛇の駆除は王から直々の緊急命令で禁止された。

 そして、気味悪がる兵士たちの陣にまんべんなく蛇が行き渡ると、彼らの上空に蛇身の魔族が優雅に舞う姿が目撃される。

 彼女は兵たちの上を一周すると、平原に舞い降りて彼らに相対し、手に手に槍を持った兵士たちに囲まれた。

「恐れないでください、ベルマーダの勇敢なる兵士たちよ」

「な、何者だ! 魔王軍の手先か!」

「私は魔王軍と戦うもの。このベルマーダの地を守るもの。人のささやかな暮らしの安寧を願い、メロナ山より見守っていた魔族。名を怪人マスクド・ディアマンテといいます」

「怪人……?」

「……マスクド……?」

 兵士たちが困惑する。それを言った当のパリエスは今回マスクをつけていなかった。

 パリエスとして言葉を届ける手はずだったからだ。

 最近パリエスと名乗っていなかったので素で間違えていた。

「……あの」

「な、なんだ」

「ごめんなさい、最初からやり直していいですか」

「は……?」

「間違えましたので。あの、本気でちょっと待って下さい皆さんそんな目で見ないであの今私その」

 真っ赤になって混乱し、顔を押さえてしゅるしゅる後ずさるパリエス。

 見ていられず、こっそり潜入していたホークは飛び出した。

「パリエス!!」

「っっ……!」

「逃げるな! もう時間はない!」

「っ……は、はいっ……」

 急に飛び出して兜のひとつも付けていないホークに対し、兵士たちは槍を向ける。

「誰だお前は」

「俺は……」

 名前だけを名乗っても話にならない。レヴァリアの、と言っても同じだろう。盗賊などと普通に名乗れば捕縛対象だ。“祝福”で逃れればいいのだが、そんなので話の流れを止めても仕方がない。

 頭を掻きむしり、ホークは拳を握って下ろし、叫ぶ。

「正義の大盗賊ホーク! 魔王軍と戦いに来た! みんな、こいつの話を聞け!」

「正義の大盗賊だと……」

「聞いたことがあるぞ」

「俺も」

「なんでだよ!?」

 逆にホークがツッコミを入れてしまった。何がどうなってこんなところにまで伝わってしまったのか。

 その間にパリエスは気持ちを落ち着け、そして話を再開した。

「私の名はパリエス。遠い昔、人々に癒しの術を授けた者。あなたたちに故郷と友と家族を守ろうと願う心あらば、どうかその力を私にお貸しください。ディミトリアス王とは話してあります」

「なっ……!?」

「お、王が……魔族と」

 動揺する兵士たち。そこに、王が近衛を伴って到着する。

「兵たちよ! これより魔王軍との戦いのため、我がベルマーダ王国軍の再編を命ずる!」

「王!」

「お、おい、お前たち跪け! 頭を下げろ! 直接見てはならん!」

「よい。皆、面を上げよ。……これよりの戦いは国家存亡の戦い。しかし魔王軍の力は大きすぎ、今の状態では戦いにならぬ。既に故郷を踏み躙られた者もあろう。クラトス、レイドラを奪い、今まさにこの地に進軍してきているラーガス軍は、ろくな調練もできぬ今の我が貴族たちでは止められぬ。よって、女神パリエスのお知恵を借りることにした」

「しかし……お言葉ながら、アレがパリエスだと……?」

「教会で見たパリエス像は、翼こそあの通りでしたが、ああも異形の姿では……」

「それはパリエス教会が行った捏造だ。パリエス様は元々このお姿であり、人々に見られて恐れられ、その優しさゆえに傷つきながらも寄り添って癒しを与えて下さっていた。しかし、癒しの術を体系化し、多くの国々に門弟を派遣していくにあたり、特定の魔族の下にあると思われれば不都合があると考えた当時の司祭たちが、彼女が魔族であることを隠匿するためにイメージを作り替えたのだ」

「……そうです。パリエス教会では、パリエス様の存在はずっと把握していました。そして、メロナ山から出ないようにとお願いしていました」

 王についてきたエリアノーラが、神官らしいローブと大きな帽子を纏い、その事実を告白する。

 ちなみにその役回りを任せるに当たって、教会を裏切ることになる彼女はさんざんにごねたが、最終的にそれをやらなければベルマーダが滅ぶという説得を受け、ガイラムにどうにかなったら弟子にして面倒みてやると約束されて、渋々引き受けたのだった。

「彼女こそがパリエス。……女神が、我が軍を率いてくれる。逃げることばかり考えている貴族たちのことはもう考えるな。今は国が一丸となって闇を追い払うべき時。故郷を勝ち取れ。奪い返せ。ベルマーダはこの世でただ一つの我々の国だ。違うか、我が民よ」

 王が、パリエスが、エリアノーラが、次々に「ここから変わるのだ」という説得をする。

 天変地異のような蛇の大移動で度肝を抜かれていた兵士たちは、彼らの言う革新を認めざるを得ない心境になっていた。

 そして最後にガイラムが現れて、兵士たちに馬鹿声を張り上げる。

「儂がガイラムじゃ! 知っとるものもおろう、知らぬというなら年寄りに聞け! これから貴様らは儂がパリエス様とともに指揮する! 敵は強大、なんでもアリの魔王軍じゃ! 突っ立っておっても八つ裂きにされて死ぬだけじゃ! じゃが、パリエス様のお力で、貴様らがどう動けば戦えるかはいつでも指示できる! それを伝えるのがあの蛇たちじゃ!」

 兵士たちが手近の蛇を見れば、蛇たちは口々に「よろしく」「初めまして」「いじめないでね」などとそれぞれの声を発する。

 先ほど「蛇の思考力もある」などとパリエスも言っていたことだし、実際の蛇たちが考えて喋っていたりするのだろうか、とホークはぼんやりと思った。

 あまり爬虫類が好きなわけではないが、「いじめないでね」と蛇に言われたら可愛く思えてしまうかもしれない。

「伝令を使わずに作戦指示ができるなら、貴様らの練度の不足も補える。戦って、奴らに勝つのじゃ。レヴァリアでもロムガルドでもアスラゲイトでもない、儂らの国をナメたラーガスに目に物見せてやるぞ!!」

 ガイラムが拳を振り上げる。

 兵士たちは顔を見合わせ、そして誰からともなく、ガイラムとパリエスの名は繰り返し掛け声のように叫ばれた。

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