王都ゼルディアへ
「そろそろ爺さんの準備も出来た頃合いだ。直接爺さんに会いに行って、歩調を合わせる」
「本格的にベルマーダ軍と共闘するということですか」
「派手なやり口に限界が見えてきたところだろう。もう充分にラーガスの気は引いた。ここからはそれを利用するタイミングだ」
ホークは宣言する。
「実際のところ、イレーネ抜きでやるなら、後は指揮官の首を直接狙っていくしかねえ。が、そのまま突っ込むんじゃ向こうの思う壺だ。他の作戦に相乗りする形に持ってかねえと、こっちが逆に罠に飲まれる」
「そこでベルマーダ軍との直接共闘か」
「爺さんならうまい具合の作戦も作れるはずだ。それに、ワイバーンとディアマンテはもう相手の士気に影響する規模の破壊の象徴になってる。それを利用するには、軍との連動が一番だ」
「問題は……私たちが直接掛け合いに行って、過剰に警戒されて衝突に至らないか、ということですが」
ファルは不安そうな顔をする。
「そこはもう行ってみる以外ねえよ。とにかくラーガスが俺たちの動きに先回りを始める前に話をまとめねえと」
「ベルマーダも存亡の瀬戸際だ。軽挙で軍を消耗する真似はできんはず。どうしても決裂してしまうなら、また考えればいい」
ロータスも勝算ありと見たらしい。
「あ、あの……私はゼルディア行ったら降りてもいいでしょうかね……」
エリアノーラはおずおずとそんな提案をするが、チラリと横目でパリエスを見て、しばらく停止してから手を下ろす。
「すみません。やっぱり降りません」
「よいのですかエリアノーラ」
「……ディアマンテ様をこの状態で放り出しちゃったら、たとえ戦争に勝っても私の立場ありそうにないので」
「何か引っかかる物言いですが……留まるなら歓迎します」
一般市民にパリエスを知っている者は多くないだろうが、彼女が大々的に王都に乗り込めば教会内部では大混乱だろう。
しかしパリエスはどこまで本気なのだろう、とホークはふと思う。まさかこの状態で本当にパリエスだとバレないつもりなのだろうか。
「急ぐ。魔王軍、回り込む?」
「ああ。どうせなら参戦は向こうには伏せたいな」
「ん」
創造体の死体をパリエスが浄化するのを見ながらチョロのゴンドラに乗り込み、王都ゼルディアを目指す。
◇◇◇
王都ゼルディアは山城を中心とした都市で、城下町は円錐状の下り坂の上に広がっている。
段々畑のように数層の都市防壁が切り立っており、通常軍やモンスターが城を目指そうとするとだいぶ苦労することになる。
まずこの都市に到達すること自体が外国の軍勢には大仕事であり、その上でこの堅固な城塞を攻略するというのは恐ろしい難易度を誇る。過去、ベルマーダと戦争をした国はロムガルドを始めいくつもあったが、このゼルディアだけは建国以来一度も落ちたことがないというのが国民の自慢の一つである。
が、それは空を飛ぶワイバーンにしてみるとあまり意味のない話だった。
「ワイバーンだ!」
「何か吊り下げて……人が乗っているぞ!」
「それより隣の……なんだあのモンスターは!? 見たことがない!」
だいたい城の兵士はハイアレスで予想したような反応を返してきた。
というか、ハイアレス城はイレーネとレヴァリアのせいで呑気だったため、ある意味これこそが通常の反応、という気もする。
「先にディアマンテを行かせよう。多少攻撃されるかもしれないが、先触れとして話が通せればいい」
「あんまりパリエス様を捨て駒みたいに使わないで欲しいんですが……」
「魔族として尊重してるだろ」
「神様として尊重して欲しいんです」
エリアノーラと軽く横目で睨み合う。
「っていうか、あたしが先に行って話をしてもよくないかな」
「メイ」
ファルはペンダントの魔力の限界なのか途中で眠ってしまい、メイが表に出てきていた。
「っつってもさすがにこの高さと距離から城に飛び移るのは無理だろ」
「お姫様の魔剣あるじゃん。あれ使えばいけるよ、たぶん」
「つってもお前、そもそも魔剣ほとんど使ったことないだろうが」
「空飛ぶの、楽しいってお姫様ゆってたし。ちょっとやってみたいかなーって」
メイはゴンドラに積んでいた鞘から「エアブラスト・改」を引き抜き、そのままよいしょっと声をかけてゴンドラの縁に足をかける。
「いや待て。ディアマンテが行けばいいんだからお前は」
「大丈夫大丈夫。えいっ」
そして、メイは逆手に剣を握ったまま飛び出してしまう。
魔剣を発動……させるのかと思いきや、なかなかその様子がない。
「落ちている」
「あの馬鹿、練習くらいしてからやれってのに!」
ホークは舌打ちしつつ、なんとなくこんな展開になると思って道具袋から出しかけていた鉤付きロープを振り上げ、“祝福”を使いながら投げつける。
もうすぐ地上に落ちそうになっていたメイはその瞬間にロープの鉤を帯の後ろに引っ掛けられ、ぷらんとゴンドラから吊り下がる形で事なきを得た。
「……ふぅ」
「そんなには高くない。もしかしたらメイ殿なら無事に着地できたかもしれんな」
「迂闊にペンダントが粉々になってファルが消えたらどうする」
「……それは困る」
エリアノーラは絶技に控えめに手を叩く。
そんなことをしているうちにパリエスが先に城のバルコニーに着陸し、飛び出してきた警備兵たちに語り掛けている。
それを追うようにチョロを回し、まずはメイ、それからゴンドラ、最後にチョロもバルコニーに降りる。
バルコニーと一口に言っても、城の最上階のそれは、ほぼ「屋上」と呼ぶべき広さになっていた。
広いフロア面積を持つ四階構造の山城に、帽子のように最上階がちょこんと乗っかっている感じだ。その小さな部分以外の全てがバルコニーと言えた。
さすがにドラゴンとなると無理だろうが、ワイバーンなら充分に乗れる広さだった。
「恐れる必要はありません。私はベルマーダの民を守るために立ち上がった怪人マスクド・ディアマンテ。魔王軍と戦うあなた方に協力をするために」
「はいはいはいストップストップストップ! お前はちょっと黙ってろディアマンテ!」
いくらなんでも真面目に構えている兵士に「怪人マスクド」はないだろう、とツッコミを入れたかったのだが、冗長なツッコミをしている間に怒鳴られてしまいそうな気がしたのでとにかく黙らせることにした。
本当はお偉方との対話はホークは不適格だと思うのだが、今しがた投身しかけて今は帯の鉤縄を取ろうと四苦八苦しているメイを真顔でファルに化けさせて前に出すのも馬鹿にしているようだし、全身黒尽くめのロータスも怪しさの点ではホーク以上。レミリスに交渉事など論外だし、エリアノーラはついてきているだけだ。
「俺たちは……魔王軍と戦ってるモンだ。見ての通り敵意はない。ガイラム将軍を呼んできて欲しいんだ」
「ガイラム将軍だと……何故ガイラム将軍が復職したのを知っている」
「ちょっとした縁があってな。まあ、盗賊ホークが来たと伝えてくれればいい」
「盗賊……」
「いいから。その方が通りがいいから。別にあんたらから盗む気はねえよ」
「ホークさん。やっぱりこういうシーンでは“正義の大盗賊”ってしっかり言った方が良くない?」
「言わねえよ。言わねえからな。っつーかほんとそれジェイナスが勝手に言ってただけだからもう金輪際忘れてくれ」
「いやホーク殿は自分でも何度か言っていたぞ。実は密かに気に入っているのではないか」
「かっこいい」
「いいから黙れ。ロータスもレミリスもセンスは全く信用ならねえ」
「……それなら将軍の彫ってた『嵐に向かう若き鷹』って二つ名はどうですか」
「それ二つ名なのかよ。っていうかそれ自分で名乗ってサマになるか考えろ!」
「えー……かっこいいじゃないですか……」
困惑する兵士たちを前に、同行者たちの感性に順番にダメ出しをしていると、ようやく城の中からガイラムが現れた。
田舎町を旅立った時の正装よりさらにゴテゴテとした絢爛たる将軍服を身に付けている。
「……貴様か。またド派手に乗り付けおって。こんな時でなければ、王城に無断で乗り込むなど一大事じゃぞ」
「こんな時だから手順なんざ踏んでられねえんだよ。……お互い無事で何よりだ。早速だが、俺たちも……」
ふと、イレーネの「脇役のつもりでいるな」という言葉を思い出す。
こんな時に「俺たちも協力する」なんて言うのは、脇役だろう。
「……俺たちに協力してくれ。ラーガスを殺る」
「……ここしばらく、魔王軍陣営を荒らし回っておる妙な奴らがおると聞いておったが、なるほど、貴様らか。頼みの勇者はどうした」
「生き返ってもしばらくはナマっちまって使い物にならねえんだそうだ。待ってたらアンタもラトネトラも死んじまうかもしれねえ。置いてきた」
「やれやれ。無鉄砲な若造じゃ。が……ラーガスをやるっちゅうなら、放っておいたら寝覚めも悪そうじゃな」
ガイラムは首を振り、そしてホークに手を差し出した。
「……ま、このままでは厳しい情勢じゃ。黙って磨り潰されるよりはお伽噺に賭けるのもええ。……やろうか若造。ちゃんと短剣は売らずに持っとるじゃろうな」
「たりめーだ。あんな使える武器、そうそう手放してやるもんかよ」
ガッ、と勢いよく老ドワーフの分厚く硬く熱い手を握り返す。
「……で、その変な覆面しとる蛇女は何じゃ」
「ああ、あれは……」
「よく聞いてくれました。私は怪人マスクド・ディアマンテ」
「あぁ……なんとなくわかった、おつむが可哀想な奴じゃな」
「なっ……!?」
「爺さんやめてやってくれ。ああ見えて強いし死ぬほど傷つきやすい」
「なんでそんなめんどくせえの連れて来たんじゃ」
パリエスはぶつぶつと「だ、大丈夫。私はパリエスじゃないの強く華麗で冷酷な怪人マスクド・ディアマンテ、悪口くらいで少しも傷ついたりしない」などと呟いて自我の立て直しを図っている。
パリエス扱いしなければ大丈夫と言っていたくせに、やっぱり全然大丈夫じゃないじゃないか、とホークは嘆息した。