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紅炎の空中戦

 闇の中、燃える廃屋と朧な月光に照らされて空にある鳥人の影は三十は下るまい。

 頭上を取られているという威圧感は強く、また視認も難しい山林の宵闇の中では、彼らの実数以上のプレッシャーを感じる。

 いくらイレーネがいないとはいえ、30や40の敵など、今のメンバーで恐れることなどないはずなのに。

「ファル、敵は見えてるな」

「はい」

 狼人族由来の暗視能力で、ファルは昼間と遜色ないくらいによく見えているはずだ。

「囲まれないように注意しながら敵を追い払え。深追いするなよ、孤立が一番敵にとっておいしい展開だ」

「わかりました」

 ホークは背後を取られないように木の幹に身を寄せつつ、ファルをけしかける。

 ファルはいざとなれば「エアブラスト」で飛ぶこともできるし、豊富な魔剣は飛び道具代わりになる。現状においては鳥人部隊に対して最も不利が少ない仲間と言える。

 対してホークは、最も危なっかしいといえた。

 ロータスの隠密力も、レミリスの魔術とチョロの援護も、エリアノーラの怪力と回復力も、パリエスの地力の高さも、鳥人たちは手を焼くだろう。だがホークはたった二度、両腕を犠牲にして捨て身で欲張っても四度だけ、確定で仕留めるチャンスがあるきりだ。

「さてさて……畜生め」

 ファルが「エクステンド・改」を振り回し、鳥人たちの弓による狙撃を迎撃している音を聞きながら、ホークは身を小さくして次の一手を考える。

 現実的には、パリエスやファルが敵を引き付けるのを利用するしかない。それにロータスの「スパイカー・改」や「ロアブレイド」による対空射撃、あるいはチョロの暴れを加えて、ホークは無茶をせずに状況の把握と作戦指示に努めるべきだ。

 が、それだけで済むほど鳥人たちが都合よく墜ちまくってくれるなど有り得ない。

「ただの鳥人による泥縄処置……いや、そんなことのために鳥人を集めて温存してたわけじゃねえよな。鳥人部隊は、もっと大事に使うはずだ」

 ラーガスが噂ほど知恵が回るなら、1000人の部隊すら蹴散らしたホークたちの追撃に、この程度の数の鳥人を差し向け、完勝できるなんて甘いことは考えないだろう。

 多少ホークたちの数を減らせたとしても、虎の子たる鳥人部隊を無駄に損耗するだけだ。

 とはいえ、毎日気まぐれに数十マイルも移動するホークたちを追う動きに、鳥人以外が随伴できるはずもない。

 ならば、鳥人たちは見た目以上の戦力を持っていると考えるのが自然か。

「気味が悪いったらねぇな」

「貴様らが我が軍を襲っていた、ふざけた連中だな」

「……!」

 ホークは闇を見る。黒い体毛の烏のような鳥人が、いつのまにか近くに忍び寄っていた。

「返答が必要か、汚ぇトリさんよ」

「いらん。何と答えようが殺すだけだ」

「そうかい」

 ホークは弓を放り捨て、短剣を構える。

 鳥人のくせに飛ばない。だが、それはこの戦場において一種の正解でもある。

 空を飛ぶというのは圧倒的有利のようでいて、その実、不自由な側面もある。

 翼の幅の大きさのせいで狭所には迂闊に入れないし、隠れた相手と射撃戦をする場合、飛行速度と正確性は反比例する。高速で飛びながらの弓攻撃はまず当たらず、かといってホバリングしながらの射撃は致命的だ。空中停止から急に回避するのは、魔法でも使わない限り動きが遅くなりすぎる。

 結局、地上で白兵戦をする方がいい、という場面は多い。

 そして、ホークは“祝福”を使わない限りにおいて、せいぜい街のチンピラより多少マシ、という程度の白兵戦能力しかない。こういう場面では特に並み以下だ。

 じり、と黒い鳥人が細剣を構えてにじり寄る。ホークは半歩下がる。

 すぐにでも“祝福”を使ってしまおうかと考えるが、まだ戦いは始まったばかり、敵の総戦力も見えていないのに切り札をいきなり切るのは躊躇われる。

「じゃあ……もう少しおふざけに、付き合えよ!」

 ホークは短剣をギュッと握り……力強く、背にしていた木を斬りつける。

 黒い鳥人はピクッと剣先を跳ねさせるが、何を考えているのか、と訝しげに目を細め……そして、一抱えもある木がズズズ……と倒れ始めるのを見て驚愕する。

「なっ……」

「ありがとよ、爺さん」

 短剣を一回転させつつホークは逃げ出す。

 ミスリル合金の短剣の凄まじい切れ味の賜物だ。鉄でも岩でも、というガイラムの言葉通り、大木をすら気合一閃、一刀両断だ。

 まともに剣の扱いなど修めていないホークが使ってこれなのだから、ラトネトラのような武人が振るえば、ガイラムの武器はさぞや神がかった力なのだろう。

 ホークの逃走を見て他の鳥人が追おうとするが、ホークの肩をかすめるように背後から飛んで来た何かが鳥人を刺殺。

「ホーク殿!」

「ロータス!」

「離れるな。こやつら、何かがおかしい。我々を嬲っているというより……何かを待っているようだ」

「やっぱりか」

「気付いていたか。さすがだ」

「いや、単に類推だ。いくら魔王軍がアホでも、せっかくまとめた鳥人部隊をこんな適当に取り回すわけがねえ」

「……なるほど。言われてみればそうだな」

 ロータスは右手に「スパイカー・改」を持ち、再使用時間が満たされ次第、鳥人を狙って刺す。だいたいは当たるが、さすがにこの部隊は手練れなのか、かわしたり致命傷を免れる鳥人もいる。

 それにしても、確かにせっかく襲ってきたのに動きが鈍いのは気になった。

「襲ってから待つってのはわからねえな……こっちが動こうとしていたわけでもないのに、準備不足のまま襲ってきたのか?」

「うむ。……手際が悪いのか、それとも……」

 ホークたちのうち、誰かを潰してから、という腹積もりなのか。

 パリエスを見る。飛行戦力が一人しかいない中、鳥人たちの弓を高速飛行で避けつつも、光り輝く魔法弾をバラ撒いて鳥人たちに反撃を繰り返している。だが、彼女に全戦力を傾けているのか、というと、そうでもない。

 そもそも鳥人部隊は、その翼で長距離移動するためには大重量はご法度で、あまり強力な武器を持ち運べない。魔法の鞘や道具袋を利用しても、持てるのはグレートソード未満だろう。

 そんな武器でチョロや魔族を相手にするのは難しいはずだ。しかし、魔剣使いがいるならとうに前に出てきているはず。

「ディアマンテ! 気を付けろ、こいつら動きがおかしい! 何か狙ってる!」

 パリエスにも注意喚起しつつ、ホークとロータスは木陰を縫って走り、レミリスたちのもとへ急ぐ。


 チョロは無事だった。

 チョロをやられれば今までのような機動戦術は難しい。だから、チョロから狙ったのかとも思ったが、違ったらしい。

「……それで、この鳥人たちはどうやって倒したんだ」

「と、投石で……」

 エリアノーラが小さく目を反らす。そこらに鳥人が7~8人も頭から血を流して倒れていた。

「マナボルトとかでやらねえのか」

「そういうのはレミリスさんにお任せして、私は牽制のつもりだったんですが」

「全部、当てた。バケモノ」

「よ、避けると思ったんです!」

「なんで当たったのにキレるんだお前は。……まあいいけど。ロータス、処理するぞ」

「うむ」

 ホークはロータスと手分けをして倒れている鳥人たちの首を落として回る。

「こ、殺さずにっていうわけには……」

「いくかよ。俺たちは捕虜を扱えるような勢力じゃねえ」

「うぅ」

 エリアノーラがバツの悪そうな顔をする。間接的には彼女が皆殺しにしたようなものだと思ったのだろう。

 甘いとは思うが、口には出さない。神官は甘いくらいでちょうどいいだろう。

「敵の狙いが読めない。レミリス、チョロの聴覚で敵の会話とか、おかしな別口とか、見通せないか」

「……多分、イレーネ」

「は?」

「イレーネ、このあたり、いない。……鳥人、混乱してる。きっと、あいつ」

「イレーネ殿が何かをやった……そうか、わかった」

「どういう事だロータス」

「イレーネ殿が出て行った直後、鳥人たちが慌てて襲撃してきた。つまり、いち早く気づいたイレーネ殿が……敵の最大戦力を連れ去ったのだろう。そこで敵はこちらが続いて仕掛けてくるものと思い、慌てて攻撃開始したのだ」

「……あいつ」

 もう協力を打ち切るのかと不安になることを言いながら、その実、一人で危険な敵を引き付けていくなんて。

「まだこっちの借りも返し終わってねえのに、何カッコつけてやがる」

「追うぞ。敵が浮足立っている理由がそれならば、こちらが引け腰になる理由もない」

「おう。……ロータス、少し手を貸せ」

「む?」


       ◇◇◇


 ファルは手持ちの「エクステンド・改」による斬撃と「エアブラスト・改」の風斬撃を併用し、鳥人たちの部隊と一進一退の戦いを続けている。

 押せば引き、引けば押す。

 ホークに言われた通り、分断され、敵に包囲されることを避けるために、パリエスと一定の距離を保ちながら戦っていたが、敵の注目が集まって不意を打てなくなると、決め手がなくなってしまった。

「あまり射程の長い武器は使いづらいのですが……そうとばかりも言っていられませんね。『ムーンライト』を借りておくべきでした」

 個人的な好みで、ファルは完全な飛び道具の間合いで戦うよりも、「エクステンド」のような中距離までの戦いを得意としている。

 幼いころから高名な剣術師範に寄ってたかって鍛えられ、その下地の上に魔剣使いの才能を乗せているせいだった。「切り結ぶ」という感覚の薄れる遠間の戦いは、相手の攻撃感覚がズレてしまって集中しきれない。

 しかし、森で鳥人の飛ぶ高さは30フィートをゆうに越える。20フィートまでしか伸びない「エクステンド」では、捉えられない。

 迂闊にも油断していた最初の数人は大ジャンプでなんとか斬れたものの、それ以降はファルが近づこうとすればすぐに引かれてしまうせいで、決定力の低い「エアブラスト・改」の風斬撃を使って手を出すくらいしかできない。

「エアブラスト・改」の風力でいつも通り飛ぶことも考えたが、それは相手の土俵に乗る行為だ。

 魔剣に頼って飛ぶのは、当然ながら鳥人よりも空中行動に不慣れな点が露呈する。取り巻かれたら致命的な事態にもなりかねない。そんな無茶はできない。

 戦術的な判断力という点においては、ファルは指揮官としてホークよりも豊富な知識と経験を持っていた。

「困りました……ねっ」

 カキン、とファルは見もせずに矢を一本打ち落とす。

 メイの知覚は冴えている。ファルネリア本体よりも正確に異物の接近を理解し、しなやかに反応できる。

 とはいえ、あまりまごついていれば不測の事態も起き得る。戦いは勝敗が決するまで、決して油断できないものだ。

 ファルは無理押しの必要性を認識し、それに合わせて「フラッシャー」を手に取った。

 魔法かアミュレットで闇に対応していても、光にはどうだ。

 ……と。

「よく持たせた。ファル」

「あとは我らにお任せを」

 ホークとロータスが戻ってくる。

 背後ではパリエスの空中戦にレミリスとチョロ、そしてエリアノーラが加わり、一気に流れが変わろうとしている。

「敵の数を数えてくれ。見当たるのは八人でいいのか」

「え、ええ」

「よし。あらかた落とす。ロータス」

「承知」

 ロータスはホークに頷き、鞘から「キラービー」を抜く。

 そして、眼前に立てて念じると、その目の前に縦に輪を描く六本の「複製」が浮かび上がる。

 ホークはそのロータスの眼前にやにわに立ちはだかると、腰の道具袋から短刀二本も引き抜きつつ、複製された「キラービー」に手を伸ばして……一瞬、ファルの前から消える。

 いや、ポーズが何の途中経過もなく変わっただけだ。

 そして、一拍置いて8つの落下音が森に連続する。

「……こっちは、終わりだ」

「お見事」

 ホークはロータスの「キラービー」を、直接取って投げつけたのだ。“祝福”で。

 手持ちの短刀と合わせて八本、ちょうどファルに対していた敵が全滅する。

「あとは、あっち……だな」

「ホーク殿が無理することもない。あとは我々でやれる」

「……急いでくれ。イレーネを、追わなきゃ」

「えと、ホーク様? イレーネさんが、どうか……」

「多分、あいつが先に手を出してくれたから楽になってる。ラーガスが知恵者なら、こんな戦力で俺たちに喧嘩なんか売れるはずないんだ」

「……そう、ですね」

 ファルはようやく理解する。違和感はそれだったのだ、と。

「もう、我々が囲む側ですね」

「ああ。……思う存分、やってやれ」

「はい」

 ファルは頷き、空中戦を続けるパリエスとチョロの舞い飛ぶ廃屋の炎の上に、「エアブラスト・改」で飛び立つ。

 ロータスの「スパイカー・改」と「ロアブレイド」が地上から援護する。


 戦いは程なくして終わった。

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