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闇の逆襲

 ホークたちのゲリラ戦闘は10日目に入った。

「本当に足止めになってりゃいいんだがな……実感がねえ」

「現時点で5000ほどの兵力を私たちで潰していることになります。たとえラーガスが断固とした態度でこちらを無視していても、戦略的にはそうはいきません。それに、私たち以外にもベルマーダ側の軍は戦ってます」

「そいつらへの援護になってりゃ……ってことか」

「あくまで二次的な目的ですが」

 元の住民は魔王軍に殺されてしまった廃屋で、ホークたちはエリアノーラが持っていた地図を囲んで作戦会議をする。

「ラーガス軍は兵力としては8万程度。ただし、他種族混成軍であるために実態の戦力とは乖離があります。対するベルマーダ軍の残存戦力はかき集めても約2万。そのうち8割は王都ゼルディア近郊にいるはずです」

「王都の守りが最優先ってか」

「局所優勢戦術とも言えます。少ない戦力で全土を守るのは無理でしょう。しかし進軍しづらいベルマーダの険路は、大部隊の一挙展開が難しい……ゆえに、少ない平地では先に展開していた方が一方的に敵を袋叩きにできるメリットもあります。その場だけでも戦力差があれば被害を抑えた一方的勝利も難しくない」

「ゼルディア周辺がその数少ない平地で、そこに構えていれば敵も迂闊には進めないってわけか」

「ただし、それは通常の場合。魔王軍はそんな定石を無視します。これで盤石というわけではありません」

「考えられる反則は?」

「創造体や魔物投入による混乱が先立てば、局所優勢など容易に崩れます。そういったイレギュラーに対応できる強力な遊撃班がこの国にはありません」

「……一応、この国にも魔剣ムーンライトの使い手がいた気がするんだが」

 いつか話した、ジェイナスの「デイブレイカー」に対抗して名付けられた魔剣の使い手……の一人が、確かベルマーダにはいたはずだ。

 が。

「ドノバン卿なら初戦で死んじゃったって話ですよ」

 エリアノーラがあっさりと言った。

「この前の虎人が手にしていた魔剣、あれのどちらかがその魔剣ムーンライトとやらではないのかのう」

 イレーネが干し肉を齧りながら言う。

 ホークは奪った魔剣を改めて探して出した。

「これか」

「うむ。あの虎人、元は一刀流の使い手という印象の身のこなしじゃった。急造の二刀流なら、どちらかは最近手に入れたものじゃろう」

「……まあ、どっちかムーンライトだとしたら、こっちだろうな」

 赤と青の魔剣のうち、青の方を取る。

 そしてそれをロータスに投げ渡す。

「ほらよ」

「私は必要ないな……これよりロアブレイドの方が使い勝手がいい」

「一応古の魔剣なんだけどな……最近ダブついてきたなあ」

「パリエス殿に強化してもらったおかげで、量産魔剣もだいぶ決定力が増したしな。ムーンライトはガイラム殿に会ったらベルマーダ王家に返納してもらえばいい」

「そうするか。こっちのはどうだ」

 もう一方の赤い魔剣も渡すと、ロータスはしばらく眺めて溜め息。

「扱いの難しい剣だ。炎を操るようだが」

「なんだ、よさそうじゃないか」

「炎の質が問題だ。なんというか……脂を塗りつけるような感じというかな。一種の呪いだ」

「?」

「好きな方向に火の手を伸ばすことができるが、一度火がつけば水でも砂でも鎮火しそうにない。たとえ可燃性ではない、ただの土や岩でも、これで着火すれば丸一日は燃え続けてしまうだろう。無論、人間なら確実に死ぬまで消えんだろうな」

「……なんか邪悪な感じだな」

「敵を殺すだけならいいが、下手にそれ以外を燃やそうとすれば自分でも手が付けられない結果になる。最悪、自分自身にも着火しかねん。そうなれば滑稽な結末になるな」

「駄目じゃねえか……」

「この手の魔剣は結構あるのだ。ロムガルドの技術研究所ではハズレと呼んでいる。運用上のリスクやデメリットが高すぎるものは封印、最悪の場合は古の魔剣同士でもって破壊処分にしている」

「あの虎人は平然と振り回しておったがのう」

「貴重な魔剣使いをも使い捨てられる魔王軍ならではといえよう。……そういえば魔王は、魔剣の才能は誰にでも付与できるという話だったな」

「ああ」

 イレーネは干し肉飲み込みながらつまらなそうに言う。

「簡単な人体改造じゃ。魔剣は本来、誰にでも扱えるように作られている。今の人類はそこからズレておるだけじゃからの」

「……なんと。ロムガルドの者たちがどんな顔をするやら」

「じゃが、人の才能を強引に曲げる行為じゃ。感性や人格にも影響はある。……例えば、ホークにも魔剣を使わせるようにもできるが、その代償に“盗賊の祝福”を失うことにもなろう。人格も壊れて、こんな可愛らしい童貞小僧ではなくなってしまうじゃろ」

「おい。そこは関係あるのか」

「強引な覚醒の結果、女と見れば殴って犯すような奴になるかもしれんからの。そういうお前では誰もついて行かぬ」

「…………」

「才を曲げられた結果、そういう変貌をした者は多く見た。儂ならやらぬ」

 イレーネは酒を取り、行儀悪く煽る。数日前に救った村から献上された良い酒だったはずだが、あまり美味そうには見えない顔をしていた。

「……そういえば、メイってどうなんだ? ファルは魔剣使えるけど、メイの体の方も才能あるって思っていいのか?」

 一応会議を眺めてはいるものの、あまり興味はなさそうなメイに話を振る。

「使えるみたいだけど、あたしはいいや」

「いい、って」

「剣で切るってめんどくさいし、殴った方が確実だし」

「……そんなんでいいのか」

 あえて使っていないらしい。多分魔剣を使い分けたりして工夫するより、拳の方が文字通り早いのだろう。彼女にとっては。

「そもそも、燃やしたりへんなの飛ばしたりっていうのは、派手だけど倒した確認しづらいじゃん。そんなに執着するものじゃないと思うんだよね。お姫様も、乱発すると力が抜けるとかあるってゆってたし」

「……メイ殿にとってはそのようなものか。まあ、気持ちはわかるが」

 ロータスは頷く。

 そういえばロータスも、必要がなければ魔剣ならぬ刀で戦おうとする傾向があるな、とホークは思い至る。

 イレーネはその通りと頷いた。

「魔剣はロムガルドの連中が考えるほど絶対的な力ではない。人はそんなものに頼らずとも戦える」

「だが、現状はその魔剣使いのジェイナスに頼るしかねえのが俺たち人類だ」

「いいや、違う。違うじゃろ」

 イレーネはホークをじっと見た。

「誰かが主役になってくれる。脇役は脇役なりにやればよい。……そんな考えを、いつまで続ける?」

「おい」

「いい加減にそれは卒業せよ。もうお前たちの手の内もパリエスに伝わったじゃろう。儂のサービスも、そうは続けんぞ」

「……って、待てよ、お前がいなくなったら……」

「元より、儂は好きにやるだけと言うておるはずじゃ。儂に頼るな。儂は魔族じゃ。……人では、ない」

「…………」

 ホークは浮かせかけた腰を落とす。

 確かに、その通りだった。

 イレーネには過剰な負担を強いている。それは、当然の義理があってのことではないのだ。

「私も、ベルマーダの民は出来る限り守ります。ですが、それ以上には手を広げる気はありません。私は決して神ではないのです」

 パリエスもそう宣言する。

 ホークは全能感にも近い戦果の確認から一転、自分が所詮は少数の抵抗者でしかないことを今さら思い知る。

 魔族の二人は、あくまでそれぞれの行動理由が今のところホークと食い違っていないだけなのだ。

「あのジェイナスとやらも、強さの拠り所たる魔剣を失っておる。前と同じ働きはできんのじゃろう。それでもお前は頼り切るのか、ホーク。あやつが来るまでの繋ぎが自分だ、と言い張るのか。負けたらそれで諦めるつもりでいるのか」

「……それ、は」

「儂がここにおるのはお前がそれだけではないと思うからじゃ。時代の運命に無力なコソ泥では終わらぬと思うからじゃ。……そろそろ、真面目に考えよ。そのあたりをな」

 そう言うと、イレーネはふらりと立ち上がって廃屋から出て行こうとする。

「どこに行くんだ」

「さてな」

 ひらひらと手を振って、イレーネは行ってしまう。

 追いかけようとして、パリエスに呼び止められる。

「ホークさん。……イレーネの言う通りです。少し、彼女に頼り過ぎています」

「パ……ディアマンテ」

「戦略を変えましょう。ラーガス軍をこのままイレーネの力で削り続けても、それは正しい戦い方ではありません」

「正しいも何も、あるのか」

「魔王戦役は魔王と人の戦い。それ以外の魔族は傍観者です。そして、私たちはただびとより強いとは言っても、決して無敵ではない。私たちの力で魔王軍を平らげられるわけでもありません。あくまで人がやらねばならない。何より、そうでなければ、次の魔王たる者が黙ってはいない」

「……第八魔王がすぐにでも生まれる、ってことかよ」

「魔王戦役がそういうものであるというのは、レヴァリアから聞いたのでしょう」

「…………」

 ホークは硬い表情をするしかない。

「幸い、地上に降りてきてからニジマキヘビの反応が良くなっています。今まではそれほど遠くの蛇には繋がらなかったのですが、現在はかなり遠くから情報が得られます。そのアドバンテージと、あなたたちの能力があれば……」

「待って。囲まれた」

 部屋の隅で黙って魔術書を読んでいたレミリスが鋭い声を出す。

「誰にだ」

「へ、蛇たちは何も」

「羽音。たくさん」

 ホークは短剣を抜いて素早く窓に近づく。木戸の隙間から空を見れば、確かに月夜に黒い何かが空を舞っている。

「チョロは大丈夫なのか」

「寝たふり」

「そのままにさせとけ。気付いたことを悟られたくない」

 外で待機しているはずのチョロが襲撃者たちに反応すれば、なし崩しの戦いが始まってしまう。

 ほんの僅かでも開戦までの時間が稼げるに越したことはない。

「鳥人部隊だろう。今まで、ラーガス軍から引っこ抜かれたままだったせいで見当たらなかった連中だ」

「鳥人は夜目が利かないはず……」

「そんなん魔法かアミュレットでも作ったんだろ。それでもフォロー利かないほどの問題なのか?」

「……あっ」

 パリエスは「その手が」という顔をした。

「抜かったな」

「まさか、こんな風に鳥人を使うなんて……貴重な機動戦力を」

「魔族頼りの俺らの戦術に比べれば、まだしも真っ当だ」

 ホークたちが毎晩ねぐらを変えるせいで、この山岳では鳥人以外の部隊を取り回せなかったのだろう。

 蛇から情報が入ってこなかったのは、基本として蛇は空の見える場所には潜まないせいか。

「狼狽えるなよ。奴らはきっと火でもかけてくる。この家が燃えても惜しくはないが……迎撃策、作れるか」

「え、ええとっ……私とレミリスさんで迎撃するのが主になりますよねっ……あ、ロータスさんも『スパイカー』を使えば……」

 別人になり切っても、やはり予想外が来ると動揺してしまうらしい。パリエスに指示をさせるのを諦めて、ホークは自分で指示することにした。

「……もういい。メイ、空中戦だからファルに代われ。エリアノーラはレミリスと一緒にチョロに乗れ。多分レミリスは狙われるから護衛ついでだ。ロータスは臨機応変。俺は弓を使う。ディアマンテは落ち着け」

 ホークは道具袋から合成弓を取り出し、弦を張る。

 ほどなくして、屋根や窓に火矢をかけられる音がした。

「よし、ロータス、お前から出ろ!」

「承知!」

 ロータスは疾駆して窓の木戸を突き破り、外に飛び出す。敵の矢が集中して地面に突き刺さる音がしたが、ロータスなら全てかわしているだろう。

「次、ファル、それと俺だ。出たらトリどもを牽制してレミリスたちの脱出を援護。最後はディアマンテ、もう天井でもブチ破って派手にやってくれ」

 そして、ファルに変わったメイと一緒に、ロータスとは逆の方角の扉を蹴り抜いて飛び出す。

 当然、狙われているが、ファルはその桁外れのダッシュで攻撃を逃れ、ホークは合成弓に鏑矢をつがえて放つ。

 ハイアレスで補給した物資の中に入っていたのだが、何故こんなものが混ざっているのかわからず、そのうち味方への合図にでも使おうと思っていた。しかし、こういう逆奇襲の脅しにはちょうどいい。

「そんなに燃やしたいならっ……お望みどおりに、してあげますっ!!」

 ファルは「フレイムスロウ・改」と「エアブラスト・改」で、「魔剣交差」を使う。

 ファイヤーストームが巻き起こり、豪炎が空を薙ぐ。以前とは段違いの規模の炎だ。

 何人かの鳥人が空で火達磨になり、落ちた。

 ホークは転げ出て次々に矢を放つが、元々腕など素人同然なので牽制にしかならない。しかし、今はそれでいい。

 とにかく全員が脱出し、戦闘態勢を整えないと話にならない。

 燃える廃屋からレミリスが、エリアノーラの背中に背負われて一気に脱出。

 そして、最後に残ったパリエスが、炎に包まれた家からホークの言う通りに真上に魔法を撃ち上げつつ、蛇身を伸ばして離陸。

「……イレーネ、無事だろうなっ……?」

 呟きながら、ホークは周囲を囲む鳥人部隊に矢をデタラメに放った。

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