山村の戦い
戦いは終わった。
7人では追撃にも限界があり、1000人の敵を全て殺しきれたわけではないが、組織戦闘力は既に存在しないだろう。
「お疲れ様でした。私とエリアノーラで死体と魔毒汚染の浄化は進めておきますが、しばらくはこの道はアンデッドへの注意を喚起した方がいいでしょうね」
パリエスはそう言いつつもしゅるしゅると動き回り、せっせと浄化の魔術をあちこちにかけ続ける。
「放っておいても良いと思うがのう。どうせ獣の危険とアンデッドの危険はほぼ同義じゃろ。そこまで儂らが何もかも片付けてやることはない」
「そうかもしれませんが、過去の魔王の中にはアンデッドを意図的に利用し、惨禍を広げた者もいますからね」
「……ああ、そういうこともあったのう。まあ、そのせいでパリエス教会も勢力がだいぶ伸びたと聞き及んだが」
「私はそのどちらにも与する気はありません」
森にも分け入り、死者を浄化し、瀕死の敵も死の光でトドメを刺していくパリエス。
降参など聞き入れない。受け入れることができないのだ。
降った魔王軍兵を管理する能力は、ホークたちにはない。
逃げ去ることだけが彼らにできる生存への道だった。
そして、それこそパリエスが意図したことだった。
◇◇◇
そして、ラーガス軍は「急に出現した謎の魔族たち」によってその一翼を崩され、警戒を高めることを余儀なくされる。
マクレフ周辺を特に警戒したが、結局のところそれは無駄に終わる。
ホークたちは、その翌日すぐに別の魔王軍宿営地を襲撃したのだった。
◇◇◇
「ひとつ無茶苦茶したんだったら、次にやる前にベッドで寝るくらいのご褒美はあってもいいと思うんだがな」
「ベルマーダを救いたいのでしょう。私たちの脅威度をラーガスに印象付けるためには初動こそが大事です。どこでも安全ではないのだと、彼らに恐怖させなくてはなりません。イレーネの魔毒はそれをやるに充分な凶悪さを持っています」
「まあ、アレは確かにヤバいよなあ……」
マクレフから20マイル。山を三つ越えた先にあって魔王軍に占拠された村、ローヴェン。
ホークたちは夜のうちに空を翔け、その宿営地を襲撃した。
無論、その主軸は再びイレーネ。そして、前回の戦いでパリエスにその戦闘力を見せたロータスとファルも作戦に組み込まれている。
今回はホークはエリアノーラとともにパリエスの横で待機。敵の規模がせいぜい200名程度であり、イレーネが先陣を切れば充分に蹂躙できると踏んでの布陣だった。
「意外とパリエスも強いって聞いたが、突っ込んでいかないのか」
「パリエス? 誰のことです?」
「……怪人マスクド・ディアマンテも強いと聞いたが」
「ここにこうしていることも後詰としての待機。後始末を考えずにひたすら突入するのは戦術とは言えません。イレーネが本営を叩き壊し、魔剣使いの二人が隊伍を蹴散らす。兵が四散してからの追撃が大切です。そこを私とあなた、それにレミリスさんでやるんですよ」
「……この女神官はサボリか」
「彼女はあなたの護衛に使います。常に彼女を温存して下さい。余力を保つことが安定した戦果の秘訣です」
パリエスの言う通りに、イレーネが本営と化した村長屋敷の屋根を吹き飛ばして魔毒を叩き込み、地獄に変えて開戦。
飛び出してきた敵兵が素早く弓を射掛けようとするのを、横合いから暴風を吹き付けて邪魔するファル、その間にロータスも「スパイカー・改」で物陰から次々狙撃刺殺し、指揮を渡された順に死ぬという恐怖を味わわせる。
ならばと手の届くファルに巨人兵たちが襲い掛かり……その時、ファルが急にパタリと倒れてしまった。
「おいっ!」
「魔法……いえ、違う。魔具のマナが尽きた……!?」
「なんだそりゃ!」
「あのペンダントです! ファルネリアの意識を支えるには一定量の魔力が必要なのですが、あれはそれほど高い蓄積量も回復力もない……」
「だからいつも不安定なのか、あの二人は!」
ホークは言いながらも駆け出す。ロータスが援護はしてくれるだろうが、意識を失ってしまったファルに巨人の棍棒でも叩き付けられたら一撃だ。
「ま、待ってくださいっ!」
「待てるか馬鹿!」
慌てて追いかけるエリアノーラに叫び返しつつ、ホークはファルまでの残り距離を計算。ことによっては“祝福”で状況の悪化を防がなくてはならない。
それは移動に使うか。あるいは投射攻撃に使うか。
走りながらも視野を広く持ち、ホークはその瞬間を吟味する。
果たして、ロータスの「スパイカー・改」の自在の狙撃を警戒した巨人兵は、倒れたファルに直接攻撃するのを諦め、その辺にあった角材を投げ飛ばしてきた。
角材と言っても人の太ももより太く、長さも10フィートはあるものだ。柱か何かとして使う建材だろう。直撃すれば人の頭など容易に潰れかねない。
(ここか……っ!)
ホークはその角材を止める手段を探す。あれは簡単には止められない。ファルまでの距離はまだ遠く、“吹雪”と“砂泡”の二段を使っても現場に辿り着くのが精一杯、ファルを抱えて逃れるには足りない。
短剣や短刀など投げつけてどうにか、と思ったが、あの重そうな代物を手投げの道具で逸らすことなどできるのか。
もう角材は宙に浮いている。迷う時間はない。あれをどうにか。どうにかしなくては。
焦りながらホークは材料を探して……ふと、すぐ背後を走る女神官の怪力を思い出す。
「っ……!」
意図を伝える時間もない。ホークは彼女の手をガッと掴み、思い付きを実行する。
“吹雪の祝福”で、めいっぱい走る。
当然、足りない。
「えっ……え、何がっ……」
「エリアノーラ!!」
そこから連続して“砂泡の祝福”を発動。
ホークは彼女を引いてファルまで辿り着く……のは、イメージの中で成功できなかった。
だが、彼女だけを。
エリアノーラだけをファルの隣まで「届ける」のは、感覚的に「できる」と直感していた。
そしてそれは、成就する。
「はっ……う、うわわわわっ!?」
エリアノーラは飛んできた角材を突き出した両手で受け止め、跳ね除けた。
「何させるんですかぁ!?」
「……そ、そいつを……守れっ……! 回収、しろっ……!」
ホークは“吹雪”の終了地点で膝をつきつつ、気力で叫ぶ。
連続は、やはり体力の消費が大きすぎる。
そして、密かに「届けられた」ことに、驚愕もする。
(今の……何だ?)
明らかに、ホークの認識しているルールとは違う現象。
ホークが「超高速で動いて」その結果を生み出す、というルールからは、かけ離れた結果。
周りの者は「またホークのチカラか」と、毎度の奇跡に納得してしまっているようだが、ホークは内心で混乱していた。
自分で使ったチカラなのに、想像を超えてしまった。
これをどう分析すべきなのか、まだ皆目わからない。
そして、そんな無防備なホークの姿に、これ幸いと槍を手に駆け寄ってくる魔王軍兵たちの姿がある。
が、それは上空から急降下したチョロが阻む。
「レミリス!」
「ホーク。掴まって」
「悪い。動けねえ」
降下ついでの一撃で槍兵を踏み潰しつつ、続く他の兵を巨大な牙で威嚇したチョロは、レミリスからの使役術による命令を聞いて、しぶしぶといった感じでホークの首根っこのあたりを噛み、持ち上げる。
「お、おおおいっ!?」
「我慢」
「これ落ちるだろ!? せめて足で掴むとかさあ!?」
「着陸しづらいから」
「服ビリッて言った! 破けてる! 落ちる!」
「あばれない」
レミリスは離陸して村外に退避。
そして、その間にファルは髪が銀髪に変化する。
「っ……こんなタイミングなんて……」
「ファル……さん?」
「違う。メイ」
メイは背負っていたエリアノーラから身軽に飛び降りると、腰に付けていたファルの鞘をエリアノーラに押し付ける。
「ちょっとこれ、持ってて」
「えっ……ええと」
「全部ぶっ飛ばしてくる」
瞳孔が細まり、肉食獣の目になったメイの静かな宣言に、エリアノーラは戦慄。
そして、弾かれたように駆け戻ったメイは、まず自分を狙った巨人の胸にジャンピングパンチ一発。
その胴体を背中側に破裂させつつ、近場にいた巨人にも回し蹴りを叩き込んで両脚まとめて折り、無力化。
泣き叫ぶ巨人を放置し、背を向けたまま瞬間移動のようなステップで手近にいた獣人兵に近づき、肘打ち。刺さった獣人兵は血を吐きながら数十ヤードも吹き飛んで民家の壁を割って埋まり、メイはそれを確認もせずに次の兵士に襲い掛かり、拳打掌打を次々に繰り出す。
「魔剣だの、魔法だのっ……みんな、雑すぎるよっ!! こんな奴ら、一人ずつやっちゃえばいいだけ!」
メイの動きの速さに、魔王軍兵たちは対応できない。
なまじに囲もうとすればイレーネやロータスによる魔毒と狙撃の餌食になり、縮こまっていてはメイの弱点であるリーチの差を作れない。
何より、命令者も初期に殺戮されて、ここを死守しても誰も称えてなどくれない。
大がかりな攻撃の後の肉食獣の狩猟により、魔王軍兵たちはようやく逃げ散るという選択肢以外ないということに気づく。
残りの兵士たちは逃げ出した。
「ここからの追撃が、本来はホークさんの役目だったのですが……仕方ありません。私とレミリスさんでやりましょう。周囲2マイル以内に残れぬよう、徹底的に探して討ちます」
「ん」
ワイバーンと蛇身の魔族が翼を広げ、離陸する。そして彼女のいた場所に、ホークはビリビリに裂けた服を纏ったまま大の字。
「……死ぬかと思った」
ぽつりと呟く。味方のピンチはともかく、自分が一番感じた命の危険がチョロの口による空輸だった。
「私が繕いますよ。こう見えて縫い物、得意なんで」
エリアノーラが帰って来ていた。
ホークは、そういえばメイもロータスもレミリスも縫い物は不得意そうだな、とぼんやり考える。
多分その中ではロータスが一番やれそうではあるが、ちくちくと他人の服を縫っている家庭的な姿はいかにも不似合いだった。
「……助かる。あと、今本気で動けないんで警戒頼むわ」
ホークはごそりと腰の下に手を入れ、短剣を引きずり出してエリアノーラに渡す。
それを見てエリアノーラはぱちくりと目を瞬いた。
「……それ」
「あー……お前のひいひいじいさんの作品」
「なんでそれを早く見せないんですか」
「え、いや」
「よく見せて下さいっ」
「おい。いや、いいけど」
それ使って代わりに戦ってくれ、という意味で渡したのだが、エリアノーラは手にした短剣を裏返し裏返し、宝物を愛でるように指で撫ぜる。
「……確かに、ガイラム将軍の……ちゃんとあなたの名前も刻んである」
「え、マジで」
全く気付かなかった。というか、ホークもよく見たつもりなのだがちっともそんな形跡は見えなかった。
「“嵐に挑む若き鷹に祝福を”……かっこいい……」
「待て。俺あの爺さんに名乗ったの別れ際だぞ」
「本当にそれまで名前調べないわけないじゃないですか。あなたが無作法な人なのはわかりましたけど」
「なんで謎のメッセージなんか隠してんだあの爺さんは。そもそもそんな直接的なメッセージなのか。造りのフィーリングとかでなんとなく伝わる感じのあれじゃないのか」
「ドワーフ文字って知らないんですか? 鋳物金物にドワーフが残すんです。一般的に紙に書く文字と全然違うんで読めない人は一生読めないらしいですけど」
「それを読めるお前は何なんだ」
「1/8ドワーフのパリエス神官ですよ?」
「色んな意味でメイとかジェイナスよりわけわからねえなお前!」
◇◇◇
ローヴェンの魔王軍兵は追い散らされ、家畜のように虐げられていた村人たちは奇妙な救世主たちに涙とともに礼を述べる。
特にパリエスは、村に数人いた長命種の古老たちにまじまじと見られることになった。
「あの……失礼ですが、あなた様は……」
「私はさすらいの魔族マスクド・ディアマンテ。光の魔術が得意な単なる怪人です」
「はぁ……いや、しかし……」
彼らはパリエス教会が勢力を広げる前、素朴に人々を救済をしていたパリエスを知っているらしい。
が。
「少々似ている魔族がいるらしく、よく間違えられます。が、決してパのつくあれとは間違えないでください。不愉快なので」
「あ……はい……」
強引にパリエスは誤魔化した。
ホークたちのゲリラ活動は、続く。