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神話領域

「お前ら」

 一度身に刻まれた傷を、しかしジルヴェインは一瞬で「戻す」。

 心臓を打ち潰すような拳の痕も、切断された両腕も、幻のように元に戻っていた。

「どういう……まさか、リプレイスを隠していたというのか!」

 初めて焦った顔をする魔王に対し、狼耳の少女と双剣の王女は、示し合わせたように答える。


「ホークさんに何度も説明してもらったよ。どんなチカラなのか。どんな感覚なのか。……どうやって使うのか」

「あなたが言う真理への気付きによって、神域の扉が開けるのであれば……逆もまた真。何故あなたにできることが、私たちにはできない理屈があるのです?」


 そして、二人で背中合わせになるように同時に半身を引き、狙いを定める。


「じゃあ、魔王。覚悟して」

「私たちは、あなたを殺すための剣。……仕留めさせてもらいます」

「……小娘どもが、少し使えるようになった途端に思い上がるか!」

 二人が再び、ジルヴェインに襲い掛かる。

まるで体全体がひとつの拳のように、爆発的な速度でジルヴェインに突撃するメイ。ジルヴェインはそれを魔法障壁を展開して受け止めようとするが、純粋な暴力概念の結晶たる拳は、人外の魔力をもってしても防ぎきるには至らず、ジルヴェインの腕を前腕上腕まとめてヘシ折り、後ろに大きく弾き飛ばす。

 そこに、両剣にさまざまな魔剣効果を多重交差したファルネリアが、翼を広げるように空から襲う。

「『アクセル』『エクステンド・改』『キラービー』『ムーンライト』……『イグナイト』!」

 滝のような攻撃が、右の魔剣の一振りによってジルヴェインに襲い掛かる。

 高速化し、多重化し、分裂し、光刃となった斬撃が爆熱を孕んで魔王に集中する。並の魔族なら完全に消滅する一撃だ。

 メイに突き破られたジルヴェインはそれをまともに受けることをせず、ファルネリアの背後に「リプレイス」で転移。

 だが、そこでレミリスが呟いた。

「かかった」

「……!?」

 何もない空間が、爆ぜる。

 レミリスの不可視の爆裂魔術があらかじめ仕込まれていたのだ。何が起きたのかわからず直撃し、浮き上がるジルヴェイン。

 振り向きながら左の魔剣を振り抜くファルネリア。

「『ブロッサム』『オーシャンフューリー』『ロアブレイド』『エアブラスト』……『デストロイヤー』!」

 マナ放出系の古代三魔剣に烈風の勢いを乗せ、破壊の力でまとめあげる。

 ジルヴェインは直撃し、消滅し……直後、その肉体を「リプレイス」で再構成。

「小賢しい……邪魔だ、死ね!」

 頭上に振り上げた腕を打ち払う。

 ファルネリアとメイ、そしてホークやレミリスさえも、「リプレイス」の力で一刀両断され……。


「だから、無駄だよ」


 メイが、即座に「戻した」。

「……何故だ……何故、今しがた『リプレイス』に触れたばかりで、それが……!」

「そういうものなんでしょ。見てればわかるよ。……やれるということさえ理解できれば、あたしには不可能なんてない」

「……努力すらなく、モノにするのか……ただ見ただけの小娘が、破壊神の因子を!」

「小娘小娘って、うるさいよね」

 メイの目は肉食獣の瞳。

 それは、己の野性の全てを制御した証。

 殺意も怯えも、欲望も絶望も、彼女の最高効率の「狩り」を妨げることはできない。

 その瞳に、ジルヴェインはついに恐れを抱く。

「あんただって、おっぱい魔族や真っ黒女に比べたら尻に殻のついたヒヨコのくせにさ」

 メイは拳を揺らめかせ、放つ。

 純粋な暴力を、「リプレイス」でジルヴェインに、絶対命中で叩き込む。

「が……ぁっ……!!」

「……嫌な疲れ方しちゃうね、これ。直接殴る方がいいや」

 メイは顔をしかめて、再びジルヴェインに近づき、殴る。

 下から突き上げる拳を腹筋に突き刺しながら、体が浮き上がることを許さず、殴ってめり込んだ拳をグイッとねじり、さらに踏み出しながら地面に叩き付ける。

 それを「リプレイス」で「戻し」、空中からメイの脳天に強烈な闇の魔術を打ち込もうとするジルヴェイン。

 だが、それを滑り込んで「エビルミラー」で撃ち返すロータス。

「……勇気がいるな、これは……!」

「真っ黒女!」

「参戦させてもらうぞ。私は神域には踏み込めないかもしれんが……それでも、私はこのために生きてきた!」

「黙れ、虫が!」

 ジルヴェインは天から手刀を打ち下ろす。ロータスを捉えるかと思われた一撃だったが、横合いから飛び込んできたジェイナスが「ボルテクス」で受け流し、ジルヴェインの体ごと弾き飛ばす。

「……何が何だかわからんが、ひとつだけ理解した。……お前は一人で、俺たちは多い」

「……それがどうした……! 雑魚が何十何百、いや、何万、何十万いたところで……!」

「逆だ、魔王」

 ジェイナスは笑う。

「お前に負けられない理由がある奴がこんなにいるんだぞ。お前から誰かを守るために、昨日までの何もかもを投げ捨てて変わる理由がある奴が」

「……そんな御託で強くなれるものか!」

「なってるだろ?」

 ジェイナスは不敵な笑みを浮かべ、魔剣を深く引いて低く構える。

「ここは、そういう領域だ」

 ジェイナスの構えは、守りの構え。

 そして、彼の見る魔王の向こうには、メイとファルネリアが迫っている。

 ジェイナスの存在感に気を取られ、ジルヴェインは反応が遅れた。

 綺麗に線対称を描いた二人の蹴りが、ジルヴェインをカタパルトで発射したように大きく吹き飛ばす。

「ぐ……だ、が……『リプレイス』を付け焼き刃で使える奴が増えたところで……!」


「もう充分だろ。イタチごっこはもう終わりにしようじゃねえか」


 傷を「戻し」、立ち上がるジルヴェインの前に、ホークが立つ。

 ガイラムの短剣を突き付けるように差し伸ばし、彼を哀れむような目で見下ろし。

「……終わりにするならそちらの方だ、正義の大盗賊とやら。俺はこのチカラある限り、死なん」

「…………」

 ホークはクルリと短剣を一回転させ。


「……じゃあ、なくそう」


 一閃。

 ジルヴェインの背後で、ホークは短剣を鞘に入れて一息。

「……なっ」

「お前に敗因があるとすれば……『それで充分』だったことだ。ジルヴェイン。魔王もどき」

 ホークは振り向き。

 片腕を落とされたまま目を見開き、断続的に力を入れようとし続けるジルヴェインを見る。


「お前の“祝福”は、もうナシだぜ」

「な、何を……何をした……!」

「没収だよ。邪魔でしょうがねえんだ、そういうのはさ」


 メイやファルネリアが“祝福”の領域に踏み込めるならば。ここまであっという間に追いつけるのならば。

 神域のチカラが、それほどまでに自由であるのならば。

 ……ホークの“祝福”だって、そこで終わりだとは限らない。

 あまりにも反則的で、ジルヴェインですらも今あるだけで充分だと感じるほどの神秘のチカラだが……同じチカラの振るい合いになった時、互いに同じように「戻し」あうばかりでなく、相手のチカラをどうにかすることはできないのか、とホークは自らに問うた。

 そして……ホークの実感は、あるいはジルヴェインに言わせるなら「真理」は、それに手ごたえを返した。

 できる。

 ホークは自分のチカラを、「リプレイス」と同種と理解しながら、あくまで“盗賊の祝福”と規定した。

 だから、本質的には未だ名のない可能性の塊は、ホークにその先を示したのだ。


「言ったろ。俺は正義の大盗賊だ。……盗みが俺の仕事でね」


 あと一撃。

 ホークは限界を感じながら、ジルヴェインにトドメを刺そうと再び短剣に手をかける。

 あるいは自分でなくてもいい。メイやファルネリアでもいい。ジェイナスでも、イレーネやロドだっていい。

 あとは、殺すだけだ。


「くはは……直接、チカラだけを狙う……そんな手で、俺を……だが!」


 片腕を失い、よろめきながら、ジルヴェインは壮絶に笑う。

 そして、残った腕に魔力を集める。

 彼本来の恐ろしいまでの量のマナが、ジルヴェインの手に集中する。

 ゾクッとした。

「メイ! ファル! ……殺れっ!!」

 ホークはもはや、“祝福”で一発で決めるだけのチカラもおぼつかない。数歩の距離なのに、目算を誤って空振りして終わるかもしれないほどに使い切っている。

 メイとファルネリアは、反応してジルヴェインに拳と魔剣を叩き込み……いや。

 打ち込まれながら、ジルヴェインは耐えた。

 血を吐きながら、彼は二人を見た。


「……褒美だ。……連れて行ってやる」


「え……」

「な、っ……メイさん、離れて!」

 ヴンッ、とジルヴェインが黒い球体に変化する。

 離れようとしたメイとファルネリアは、身を引き切れずに球体に飲まれた。

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