今日もお見合いに失敗した侯爵令息は幼なじみの伯爵令嬢の所へ愚痴を言いに行く
色とりどりの花が咲き乱れる伯爵家の庭園。
その一角に用意されたお茶会の席で、侯爵令息ジェードが盛大に吼えた。
「何故だ!? どうして上手くいかないんだ!」
その様をこの家の娘にして、伯爵令嬢のルチルが紅茶を飲みながら冷ややかな目で見つめる。
もしこれが初めて、もしくは2回目くらいなら、ルチルも生暖かい目でそれなりに親身になって相談にのっていたかもしれない。
しかし、同じことがすでに7回。今回で8回目ともなると、さすがに「またか」とうんざりして来るというものだ。
「自分で言うのもなんだが、俺ほど将来有望な男はそうそういないぞ? 侯爵家の嫡男で侯爵位を継ぐことは確定済みだし、財力はあるし、顔だって、容姿だって、頭だって悪くない。剣の鍛練だって欠かさず行っているからひ弱でもない。年齢は23と、やや若輩の嫌いは否めないが、若すぎるということはないし、むしろ今後の伸び代に期待できる。これほど好条件の男が果たしているか? いや、いない!」
「その自信過剰な性格じゃないですか? すべての敗因は」
長々と己の自慢話を語る5歳年上の幼なじみを、爵位も年齢も下の伯爵令嬢ルチルが冷めた目で、ばっさりと切り捨てる。
「ジェード様は、もっと謙遜を覚えるべきです」
「何を言う。俺は事実しか口にしていないぞ。それに十分謙遜しているではないか? 本来なら、文武両道、眉目秀麗。家柄、性格ともに非の打ち所のない完璧な人間だと自画自賛したいところだ」
これが冗談ではなく、本気で言っているのだから救えない。
ルチルは手にしていたティーカップを静かに置くと、ハァと盛大なため息を吐いた。
「それならば、どうして非の打ち所のない完璧な人間が8回もお見合い相手から断られるのでしょうね?」
「うっ……」
さすがの自信家ジェードもルチルの情け容赦ない正論に返す言葉がない。
「それで、今回はいったいどんな失言をして振られたんですか?」
これまでの経験から、お見合いが上手くいかなかった原因はジェードの余計な一言であると、ルチルは確信していた。
◇ ◇ ◇
最初のお見合い相手の時は酷かった。
お相手のご令嬢は、まずジェードの容姿を褒めたらしい。
褒められて悪い気のする人間はいない。
だから、好意を持たれたい相手のことを褒めるのは理にかなっている。
その点で、相手のご令嬢に非はない。
しかし、あろうことかジェードはこうほざいた。
「そんなことは、とうに知っています」
その話を聞いたルチルが「お前はどこのナルキッソスだ!」と頭を抱えたことは言うまでもない。
その後ジェードはルチルから、これでもかというほどダメ出しを食らって、意気消沈と帰って行った。
◇ ◇ ◇
2回目のお見合い相手の時は、ルチルの助言のおかげで何とか序盤は無事に乗り切ったらしい(ただし、これはあくまでジェードから聞いた話なので、ルチルはかなり疑っている)。
その後、会話の流れで相手のご令嬢から「ご趣味は何ですか?」と尋ねられたそうだ。
もしかしたら、結婚するかもしれない相手の趣味を知りたいと思うのは、当然の事だ。
その点で、相手のご令嬢に非はない。
しかし、あろうことかジェードはこうほざいた。
「特にありません」
この段階でルチルは頭痛がした。
たとえ本当に趣味がなかったとしても、そこは無難に読書とか剣の鍛練とか言っておけよと。
しかし、ここで終わるようなジェードではなかった。
相手のご令嬢が気を利かせて「よく読書をされていると聞きますわ」とか「欠かさず剣の鍛練をされていると噂で聞きましたわ」とか、何とか話を広げようと努力してくれているというのに、とうのジェードはこう宣った。
「それは、将来侯爵となった時に必要な事だからです。勿論、それらが嫌いというわけではありませんが、絶対に必要な事柄を趣味と言うのは如何なものかと。そもそも趣味というのは――」
その後は、ジェードの独擅場だったらしい。
そこまでジェードから話(愚痴)を聞いたルチルは、頭痛だけでなく目眩まで感じて匙を投げた。
◇ ◇ ◇
ジェードが3回目のお見合いも失敗したと聞き、ルチルは「もしジェードが愚痴を言いに来たら、門前払いしてやろう。もう付き合いきれるかっ!」と決意を固めていた。
本来なら、爵位が下の伯爵家が侯爵家の令息を追い返すなどあってはならない。
しかし、ジェードが年下の幼なじみであるルチルに甘いことは周知の事実であり、もし本当に門前払いされたとしてもジェードは大事にしないだろうとルチルは踏んでいた。
だが、敵もさる者である。
ひょっこりと伯爵家を訪ねてきたジェードは、有名店のスイーツを手土産として携えていた。
そろそろ手ぶらで行ったら追い返される頃だと読んでいたのだろう。
ルチルがジェードの行動を読めるように、ジェードもまたルチルの行動が手に取るようにわかる。
その後、ジェードが伯爵家へ愚痴を吐きに行く時は、手土産持参が2人の暗黙の了解となった。
◇ ◇ ◇
それから、4回目、5回目、6回目、7回目と順調に振られ続けたジェードの愚痴を、ルチルは手土産のスイーツを頬張りながら適当に聞き流していた。
それでもスイーツ分だけは、ジェードにアドバイスをしてあげるあたりルチルは意外と律儀である。
例えば「失言のせいで振られるのなら、返事は短く簡潔に。最悪『はい』か『いいえ』で答えたらいいんじゃない?」とか「会話に困ったら相手に何か質問すればいいんじゃないかしら? 間違っても自分自身の話はしないように」とか「褒められて嫌な気分になる人はいないんだから、髪でもドレスでも瞳の色でも何でもいいから、褒めて褒めて褒めまくりなさい」とか、ある程度親身に考えてあげていた。
結論からいうと、さすがはジェード。期待を裏切らない。
どんな質問にも「はい」か「いいえ」で答えた結果、馬鹿にしているのかと相手を怒らせ、「好きな花は?」と問い相手が名前を上げた花を延々と貶し、色々褒められて気をよくしたご令嬢に「一番好きなのはどこ?」と言われバカ正直に「どこでもいい」と答えるという体たらく。
最早、手の施しようがない。
◇ ◇ ◇
「それで、今回は何を言ったんですか?」
律儀なルチルは、忘れず手土産を持って来たジェードに先を促す。
それでようやくジェードは、今回の目的である8回目のお見合いの愚痴を話す機会を与えられたのだ。
爽やかな風が吹き抜けていく柔らかな光が射す庭園で、ジェードは目を細めながら、手土産のスイーツを頬張り、自分の話に耳を傾ける可愛い幼なじみをそっと見つめた。
「――いいですか? 女心という物は不合理の塊なんです。それを合理的でないと、あっさり切り捨てるから駄目なんですよ」
「なるほど。次からは善処しよう」
「是非そうして下さい」
ジェードの手土産のスイーツを平らげ、紅茶を飲み干したルチルが満足そうに笑う。
それを見て、ジェードが席を立った。
「そろそろ失礼するか。次の見合いの対策も練らないといけないしな」
「それじゃあ、次はノワールの1日限定20個のチーズタルトでお願いします」
「げっ! 開店30分で売り切れ必至の人気スイーツじゃないか。……って、おい。何で振られること前提なんだ?」
「もし上手くいったら、1時間でも、半日でも、何なら1日中だって自慢話を聞いてあげますから。勿論、手ぶらで構いませんよ」
「その言葉、忘れるなよ」
意気揚々と帰って行ったジェードが、ノワールの1日限定20個のチーズタルトを携えて伯爵家の門をくぐったのは、それから僅か5日後の事であった。
(完)
自分で書いておきながら「お前らもう結婚しろよっ」と思っていたのは内緒です(笑)
おそらくこの後もジェードはひたすらお見合い相手から振られ続け、ルチルは人気スイーツを貢がれ続けることでしょう。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。