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 あくびが止まらない。


 明くる日、月曜日の朝――諒は寝不足だった。

 あれからやってきた警察に死体発見時の状況を訊ねられ、住所と連絡先をきかれ、ようやく解放された。

 そのあと家に帰っても、あの少女の惨殺死体が頭にこびりついて一睡もできなかった。

 昨夜の被害者は松浦希美という、諒と同じ高校の女子生徒らしい。

 死因は、首を絞められたことによる窒息死だった。

 教室においても、好奇心をむきだしにしたクラスメイトに事件についてさんざん聞かれた。

 ホームルームが始まるまで、彼らは諒の席から離れようとしなかった。昨日のことなんて思い出したくもないのに、迷惑なことこの上ない。諒の心配より自分の好奇心を満足することしか頭にないようだ。

 どうせすぐに飽きるだろうし、それまでは何とか凌ぐしかないだろう。

 それにしても、諒以外に事故に遭った二人――赤城祐二と藤上結羽は、いまだに学校に顔を見せていない。彼と入れ替わった赤城も来ていない。

 赤城に関しては重傷なら仕方がないが、もし退院してるなら、せめて出席日数と試験に影響が出ないようにしてもらいたいと思うのは、自己中心的だろうろうか?

 昼休みは質問攻めにあうのを避けて、教室を離れる。同じ学校の生徒が殺されたというのに、のんきにもほどがある。それに不謹慎だ。

 それも、普通の殺され方ではない。殺人に普通も何もないが、犯人はわざわざ希美を殺した後、死体を裸にした上で両目を抉って、更に胴体を切断している。しかも上半身をロープで木から吊るすことまでしている。

 まともな神経で行えることじゃない。人として逸脱している。金銭トラブルや痴情のもつれといったような明快な動機によるものとは、諒にはどうしても思えない。

 犯人はまるで、殺人そのものを愉しんでいるかのようだ。自分のした残虐さをアピールしたいがために殺害後の死体にあんな装飾をしたのではないか?

 自分たちが住む町で、自分たちと同じ学校に通う生徒から被害者が出たのだ。もっとおそれるはずだ。それなのに、まるで他人事だ。自分だけは平気だと理由もない自信でもあるのだろうか?

 あの現場を実際に目にしてないから、あんな態度をとれるのだ。あの死体をじかに見て、あの死臭をじかに嗅いでいれば、とてもではないが平然としてはいられない。

 それに加えて死体を見つけた直後の、あの不可思議な出来事――姿のない人間に見つめられた、あの感覚。

 思い出すと、諒はまた鳥肌が立ちそうだった。

 あれはいったい何だったのだろうか? 心霊体験、というものか? よりにもよって、猟奇殺人の現場で――。 

 日をまたげば多少はましになるかと思ったが、そう甘くなかった。昨日の今日では気分は良くならない。

 食欲がわかず、昼食は抜きにした。教室を出たところで食堂に行く気もなかった。

 事件について語る声があちこちで聞こえる。残酷な手口による犯行というセンセーショナルさに興味を惹かれる生徒は多い。

人一人の命が失われようと、彼らにとってみれば一過性の話題でしかないことに、諒は呆れるやら苛立つやら嘆かわしいやらで、溜息しか出ない。

 図書室に至る渡り廊下手前の階段をあがろうとして、諒は足を止めた。

 踊り場に、二人の女子生徒がいた。何やら話している――というより、言い争っていた。

 いや、片方が一方的に詰め寄っているようだ。ヒステリックな金切り声がきこえるものの、何を言ってるかまでは分からない。

 諒に背中を向けている、問い詰めてる方の女子生徒には見覚えがない。だが壁際でうつむいている、追及されてる方は――。

 

 「笹原…さん?」

 

 聞こえる声は一人だけだった。あずさは何も反論してないみたいだ。

 それにしても、相手は凄い剣幕だ。目を剥き、顔を真っ赤にしてる。いったい何があったのだろう?

 ぱちっ――と、かわいた音がした。女子生徒があずさの左頬を叩いたのだ。

 女子生徒が階段を下りてきたため、諒はとっさに階段の陰に隠れてやり過ごした。それからまた階段の上を見る。あずさは叩かれた頬をおさえている。

 なぜあずさがあんな仕打ちに遭っているのだ? 事情を知りたいあまり、諒はいてもたってもいられずに階段をあがっていく。

 足音で諒に気が付いたあずさが、ゆっくりと顔をあげる。

 

 「赤城先輩……ですか?」

 

 ひどく平坦な口調で、あずさは言った。

 

 「今の……どうしたの?」

 

 「どうしたって……見ての通りですよ」

 

 諒の問いかけにも、あずさの声は変わらず感情がこもってなかった。怒りも悲しみも、その瞳には宿ってなかった。

 ここにいるあずさが、昨日あんなに楽しげに笑っていた少女と同一人物とは思えなかった。

 

 「そ、それじゃ分からないって」

 

 「ああ……そういえば、記憶がないんでしたね」

 

 あずさの諒に対する態度は、あくまで冷淡だった。彼には何が何だか理解できない。

 

 「先輩には、知る必要がないことです」


 言って、あずさは諒の横を通り過ぎる。彼とは目も合わせない。

 

 「覚えてないならそれでいいんです。先輩は、何も思い出さない方が……」

 

 最後にそんな台詞を残し、あずさは立ち去った。

 

 「何なんだよ……だから、どういうことだよ?」

 

 諒には訳の分からないことばりだった。


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