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6

 駅から電車に乗って十五分――。

 自宅のある駅についたときには日没後で、空には太陽の代わりに星が瞬いていた。

 ひやひやしたものの、充実した一日だった。思い返すとつい一人で頬がゆるんでしまう自分がいる。

 あんなに良い彼女を持つ赤城が、諒は羨ましく思う。あずさは可愛いだけではなく、よく気も配ってくれる。彼が緊張してるのを察して明るく振る舞い、たくさんの話題を振ってくれた。

 諒はあずさにリードされっぱなしだった自分を、正直男として情けないと反省していた。もし次の機会があったら、何とか挽回したい。

 だが、あくまであずさは赤城の恋人だということを忘れてはいけない。

 もし自分が赤城ではなく、本来の外見のままだったとしたら、彼女は見向きもしなかっただろう。地味で目立たず、冴えない自分のことなど――。

 いつになるかは分からないが、諒はそのうち元の自分の体に戻る。そのときにはあずさとの関係も終わる。今のうちから覚悟して、あまり彼女に惹かれすぎないようにするべきだろう。割り切りは大事だ。

 舗道からそれて、公園内に足を踏み入れる。迂回するより中を横切った方が近道だ。

 木製の柵で囲まれた中央の池の外周にそって、反対側の出口を目指す。

 街灯があるおかげで、暗くても周りは見通せた。


 もし明るくなければ、諒は〈それ〉に気付かないまま通りすぎていたかも知れない。


 池の手前に生えている木々のうちの一本――その根元に、なにがなんでも妙なものが見えた。

 白っぽい物体だった。諒は足の向きを変えてそちらに近付く。よく目を凝らしてみる。


 「――うわっ!!」


 諒は叫び、その場から飛び退いた。


 「な、なんっ……何だよ、これ?」


 〈それ〉には両足があった。地面に投げ出されて、ぴくりともしていない。


 白く見えたのは肌だった。いっさい衣服を身に付けてない、全裸だ。おそらく女性だろう。


 その女性は木の根元に横たわっているようだった。


 諒には、それぐらいしか分からない。それは――


 それは――女性には、上半身がなかったからだ。


人体としてはあまりにも不自然な有り様だった。乱暴に切られたせいか、へそのすぐ上にあるいびつな断面が夜風にさらされている。

出血が少ないようなのは、死後に切断されたからだろうか?


 「…………?」


 そのとき諒は、女性の下半身の脇の地面に、点々と血の跡が滴っていることに気付いた。

上? 上から落ちたのか?

 止せばいいのに、諒は顔をあげて木の上を見てしまった。


 女性の残る上半身が、太い枝からぶら下がっていた。見たところ、まだ十代くらいの若い少女だ。

 少女は血塗れの顔を、諒へと向けている。

 その両目――少女の目があるべきところは空洞になっていた。顔の血は抉りとられたときに、その両目の穴から流れたもののようだ。


「うっ……ぷ」


 強烈な嘔吐感にいきなり襲われて、諒は口をおさえる。胃の内容物が一気に押し寄せてくる。


 「う……おっ……おええぇっ……」


 たえられなかった。諒は膝をつき、地面に吐いてしまった。

 胃の中身をあらかた戻してしまっても、吐き気はなかなかおさまらなかった。


 しばらくげえげえとやったあと、胃酸で喉が痛んで涙目になりながら、諒は警察を呼ぼうとスマートフォンを取り出す。


 ――と、背後から気配がした。


 「っ!」


 ぞぞっ――と、背筋に悪寒が走った。

 誰かが、いる。

 誰かが今、自分のすぐ後ろに立ち、何も言わずに、じぃっ――と見つめている。


 「だっ……」


 必死で声を絞り出す。喉がからからに渇いていて、唾液が喉にくっついているせいでうまく喋れない。


 「誰……だ?」


 情けないくらいに声が震えてしまっている。全身に粘つく汗をかいてるのは、暑さだけではない。


 「…………」


 後ろにいる者からの返答はない。物音どころか、わずかな呼吸音すら聞こえない。

 異常だ。これは異常だ。

 初めは少女を手にかけた殺人者かとも考えた。だが背後の存在はそれとはもっと別種の――いうなればこの世のものからは隔絶した雰囲気を身に纏っているような――はっきりとは言えないが、諒の本能がそう感じとっていた。

 その何者かは立ってるだけで諒をどうかしようというのではないようだ。だがそこの気温だけが極端に低下して、彼の身を震わせる。

 そこに何がいるのか、確かめるのはおそろしい。だがいつまでもこうやって膠着状態でいるわけにもいかない。何しろ死体を前にしてるのだ。

 生唾を飲み込み、諒は意を決して振り向く。


 「――――っ」


 誰も、いなかった。

 先ほどまで、背後で諒を見つめていた存在はどこにも姿がない。


 「…………」


 気のせいなのだろうか? いや違う――確かにいた。あの気配、あの視線、あの寒気――それらがすべて自分の勘違いなんてことはありえない。いくら死体を発見して動転してたとしても。

 だとしたら、あれは何だったのか? 誰もいない以上、あれの存在を証明することはできないし、その正体について言葉で説明することもできない。


 「…………」


 考えていても仕方がない。とにかく今は他にやるべきことがある。

 スマートフォンを目を戻し、諒は改めて警察に通報した。

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