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5

そして――ついに日曜日になってしまった。

 準備らしい準備はまったくできなかった。ネットで女子が喜びそうな店を調べてもいまいちぴんとこない。カフェや映画などが定番というか無難な選択なのだろう。だがそうなると、今度はそこでどんな話をしてどんな映画を観るべきかで悩む。

 結局のところ諒は、当日の雰囲気に合わせた出たとこ勝負で行くしかないと決めた。

決めた――とはいうものの、つまりはノープランだった。

 残る問題は着ていく服装だ。ファッション誌を参考にクローゼットからデートに相応しいと思えるものを選んで身につける。

 ――あとは、デートという名の試練に赴くだけだ。

 緊張のあまり居てもたってもいられなくなり、諒は約束の時間より三十分も早く家を出た。

 自分が待つ分には構わない。だがもし相手を待たせることになったら最悪だ。出だしからつまずくことは絶対に避けるべきだ。

 まだ待ち合わせ場所についてもいないというのに、心臓がばくばくしている。これで失態を犯したら元の子もないと自分に言い聞かせながら、諒はしきりに深呼吸を繰り返す。

 駅前の広場に到着する。ついきょろきょろとあずさの姿を捜してしまう。だいぶ時間はある。まだ来てるはずが――。


 「……え?」

 ――いた。遠目だが、間違いなくあずさだった。広場の中央にある噴水前のベンチに腰かけて、手持無沙汰といった様子で行き交う人々や駅前の時計などに目をやっている。服装もお洒落で、彼女にとてもよく似合っている。

 

「…………」

 

同じ人物で、ここまで外見の印象が変わるものなのか? 

しばらく立ち止まり、諒はその姿に見惚れていた。

と、あずさが諒に気付いた。ベンチから立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 

「ごめん、早めに来たつもりだったんだけどな」

 

「いえ、約束の時間までまだありますよ? 私が早く来すぎちゃっただけですから」

 

「そう……そうだよ、な」

 

「先輩とこうやって一緒に出掛けるのって初めてで……家にいてもそわそわしちゃって、つい」

 

「そっか。僕――俺と同じだな」

 

言葉が口を突いて出る。

 

「え?」

 

「俺も何だか落ち着かないんで、早い時間に家を出たんだよ。それでも結局、待たせちゃったわけだけど」

 

「そうなんですか? 意外です」


「? 意外?」

 

「はい。赤城先輩って、こういうの慣れてるのかなって」

 赤城なら当然ともいえる印象かも知れないが、諒自身は彼女いない歴=年齢だ。

 

「そ、そんなに遊んでるように見えるかな?」

 

「遊んでるっていうか、肉食系男子っていうか……もっと自信と余裕を持ってるイメージではありますね」

 

もしかして自分は失言してしまったのかと、諒は後悔した。

 

「でも、良かったです」

 

「良かった? 何が?」

 

「先輩の意外な一面が見れて、です。それだけでも今日は大満足です」

 

おどけたように笑うあずさに、諒の脳は蕩けそうだった。このままだと直射日光と合わせて熱暴走を起しかねない。

 彼女がいても面倒だと考えていた以前の諒は、すでにどこにもいなかった。

 

「はっ――!」

 

我に返り、諒は自分の頬を両手でぱんぱんと叩く。理性を保たないといけない。こんな体たらくではこの先が思いやられる。自分があずさに手を出すわけにはいかない。

 そんな諒を見て、あずさはぽかんとしている。

 

「先輩? どうしたんですか?」

 

「いや醜態をさらさないように、ちょっと気合いを入れようと」

 

諒がそう答えると、少しの間をあけてあずさはぷっ、と吹き出した。

 

「赤城先輩って、面白い人なんですね」

 

「そ、そうなのかな……」

 

そんな風に言われたのは、諒も初めてだった。

 あずさはひとしきり笑ったあと、

 

「じゃあ行きましょう? 今日は私の行きたい場所に付き合ってくれるんですよね?」

 

どうやらそういう約束だったらしい。デートコースで頭を悩ましたのは杞憂だったようだ。

 アクセサリーショップや雑貨屋などを一緒に回る。とはいうものの、諒はただあずさに付き添っているだけだが。

 女子高生なんてみんな喧しいだけの人間しかいないと、諒は今まで思っていた。偏見も多少はあっただろうが、現実もたいして違いはないだろうと――だが、どうやらそんな考えは改める必要がありそうだ。

 こんな裏表のない天真爛漫な美少女がいるなど、信じられなかった。でも実際、彼女は今も諒のすぐ傍を歩いている。

 デートは完全にあずさのペースだった。だが諒としては、彼女に合わせた方が余計な気を回さずにすむため楽だった。



十二時を少し過ぎたとき、ファミレスで昼食をとりながらいろいろな話をした。とはいうものの大した話題も持ち合わせていない諒は、ほとんど聞き役に徹していた。それでも不思議と退屈に感じなかった。肉類が苦手だったり、高校では演劇部に所属してるなど、あずさ自身についても少しだけ知ることができた。


「…………」


フォークでサラダをつついているあずさの指の爪に、光沢のある淡いブルーのマニキュアが塗られているのが目についた。先日、放課後に会ったときには確かしていなかったように思う。


「……どうしたんですか先輩?」


諒の視線に気付いた笹原さんが手を止める。


「いや、そのマニキュア……」


「ああ、これですか? これはマニキュアじゃなくてジェルネイルですよ」


そう言われたところで、諒にはどこがどう違うのかまるで分からない。


「昨日、友達とネイルサロンに行ってきたんですけど……どうですか?」


「う、うん。似合ってる……と思う」


「ありがとうございますっ! 私も気に入ってるんですっ!」


あずさはぱっと顔を輝かせる。心から喜んでいるようだ。

本当に感情表現が豊かな少女で、諒は見ていて飽きなかった。

昼食を終えて会計をする段になった。

ここは自分が二人分を出すべきだろう――そう思った諒が財布を出そうとすると、あずさが片手で制した。


「私が付き合ってもらってるんですから、それは悪いです」


「いや、いいんだって……それに僕も楽しいし」


諒の返答に、あずさはまじまじと僕の顔を見つめる。


「な、何?」


「……先輩、何だか今日は別人みたいですね」


「えっ……」


どうやらあずさといると、諒はふとしたときに素が出てしまうようだ。それだけ緊張が解れてきている証拠だろう。彼女が意識してそうしてるのかはともかく、こういうところも彼女の魅力に違いない。

あずさに屈託のない笑顔を向けられると、諒もつられて口元がほころぶ。

楽しい、というのは嘘ではない。他人といてこんなに満ち足りた気分になったのは、諒には久しくなかったことだ。

当初感じていたへまをして失望させてしまったらどうしようという不安は、いつのまにか跡形もなく霧散していた。そんなことを考える暇もないくらいにあずさがいろいろつれ回してくれたというのもあるが、喜んでいる彼女を見ていると、諒はそんな不安なんて些末なことのように思えるようになっていた。

あずさがどこまで意識しているのかは分からない。だが彼女の振る舞いは、諒にはとてもありがたかった。


「あ、ごめんなさいっ――悪い意味じゃないんです!」


あずさは慌てて顔の前で手を激しく振った。諒の沈黙を誤解したらしい。


「むしろ私はその、今の先輩の方がいいなって……」


赤城は普段、どんな風にあずさに接してたんだろうと、諒は疑問に思う。

 会計は結局あずさが折れて、諒の奢りということになった。

あずさとのデートに浮かれる一方、本来彼女といるべきなのは自分ではないという思いが、諒はどうにも拭いきれずにいた。

あずさが望んだ相手は自分ではなく赤城だ。彼女が見ているのも、笑いかけているのも緒方諒ではないのだと、現実に立ち返る瞬間が合った。

 まるであずさを騙してるような罪悪感を覚える。たとえ信用されなくても、これなら本当のことを言うべきではないだろうか?

 こんな善良な少女に対して、赤城のふりをして付き合い続ける自分自身が嫌になってくる。


 「……先輩?」


 あずさの声で、諒ははっと我に返る。彼女とデート中に物思いに耽ってしまうなど最低だ。


 「ごっ、ごめん! 本当にごめん!」


 諒には謝ることしかできない。


 「先輩……もしかして無理してます?」


 「……え?」


 「何だか、元気がないように見えるので……」


 「…………」


 「ごめんなさい。私、一人ではしゃぎすぎてしまって……先輩のこと全然、考えてなくて……」


 「ち、違うっ――違うんだよ! 考え事なんかしてた僕が悪いんだ。本当にごめんっ! もう気をつけるよ」


 「…………?」


 なぜかそこで、あずさは怪訝な顔をした。 


 「……そうなんですか? それなら、安心しました」


 言葉とは裏腹に、やはりどこか得心のいかない様子だ。

 今度はどこがおかしかったんだろう? 気にはなるが、あずさに直接きくわけにもいかない。

 やはり諒が詳しくもない他人のふりをするには限界があるのだろう。赤城がその手の経験は豊富そうなのに比べ、彼はまったくの初心者だ。今日だって手探りだ。ただの見よう見まねではどうしたって補えない。

 楽しい時間ほど一瞬で過ぎてしまう――それがどれだけ貴重でも。時間の流れは非情だ。

 夕暮れの訪れとともに、周囲の街並みがオレンジ色に包まれる。それで諒はようやく体感時間と現実時間の乖離に気が付いた。


 「今日はこれで失礼しますね。付き合ってくれてありがとうございました」


 見計らったかのようなあずさの言葉に、諒は顔を向ける。今は彼女と目を合わせても緊張しなくなっていた。


 「それじゃあ先輩、また明日学校で」


 手を振り、あずさはこのまま帰ろうと背を向けた。

 もう少し――もう少しだけでいい。あずさと一緒にいたい。

 諒を突き動かしたのは、そんな気持ちだった。そしてそれは彼の口から、声となって発せられた。


 「と、途中まで……送っていくよ」


 ぴた、とあずさが足を止めて振り返った。目を丸くしている。僕の言葉が心底意外だったようだ。


 「えっ……何もそこまで……」


 「だ、だってさ。最近はほら、殺人事件とか起きてるし……」


 「…………」


 「ごめん、困らせたかな?」


 「あ、いえその……」


 あずさは目に見えて戸惑っていた。諒から目を逸らしたかと思うと、次には様子をうかがうように視線を向ける。


 「そうじゃなくて。先輩はいったい――」


 「?」


 何かを言いかけたものの、あずさは結局口をつぐんでしまった。


 「いいえ、何でもないです。先輩の気持ちは嬉しいですけど、やっぱり一人で帰れますから。家まで人気もありますし、大丈夫ですよ」


 「? そう? だったら、いいんだけど……」


 どうにも腑に落ちないものの、無理は言えない。

 あずさの後ろ姿が雑踏に溶け込むのを待ってから、諒も踵を返した。

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