1
いつもの朝――。
変わらない登校風景――。
賑やかを通り越して騒がしい教室――。
教室の戸をあけて飛び込んできた光景に辟易しながら、諒は自分の席に向かう。
「あ、おはよう」
声がした、諒は何気なくそちらを見る。
クラスメイトの藤上結羽が、諒の方に笑顔を向けていた。
「っ!?」
突然のことに諒の心臓が跳ね上がる。女子からこのように挨拶をされることなど初めての経験だ。しかも結羽はこのクラスでも美人の類になる。彼が緊張するのは当然だ。
とにかく挨拶をされたのなら、こちらも返すべきだろう――そう思い、諒は口を開く。
「おはよー。結羽」
と、すぐ後ろでそんな声が聞こえた。諒の後から教室に入ってきた女子生徒だ。
それで諒は理解した。結羽は彼ではなくその女子生徒に挨拶したのだ。
危ないところだった。あと少し女子生徒の反応が遅れていればとてつもなく恥ずかしい思いをするところだった。
心の中で、諒は安堵した。
「……俺、あんな死に方は勘弁だな」
「現場、俺んちの近くなんだよ。家にいてよかったよ」
男子同士のそんな会話が、諒の耳に入る。
そういえば今朝、一人の女性が殺害されたといったニュースを見た覚えがあった。
諒の記憶によると、殺されたのは清水仁美という三十二歳のOLで、死体発見現場は被害者の勤務先から一キロほど離れたコインパーキングということだった。
何でも、被害者の死体は全身の皮膚を剥がされていたらしい。しかも恐ろしいことにそれが生きながら行われたという事実で、死因はショック死ということだ。
同じ町内で、そのような残忍な手口による殺人事件が起きたのだから、話題にのぼるのも無理はない。
雑談しているのは二人の男子生徒だった。一人の席が諒のすぐ後ろにあるため、もう一人が彼の椅子に逆向きに跨っている。
「ごめん。ちょっと……」
このままでは自分の席に座れない。二人の会話を妨げることに躊躇しつつも、諒は声をかけた。
「そこ、僕の席なんだけど……」
「ん? ああ悪い。邪魔だよな」
特に気を悪くした風もなく、男子生徒は腰をあげた。
その男子生徒は赤城祐二といい、外見のみならず人当たりも良い。女子からはもてそうだというのが、諒の彼に対する印象だった。
もっともクラスメイトとはいっても友達でもなければまともに話をしたこともないため、あくまで印象止まりではあったが。
普通ならば多少は羨ましいと感じるところだろう。だが今の環境を不満とは思っていない諒には縁のない感情だった。もてるからといって良いことばかりとは限らない。彼には彼なりの苦労もあるだろうと考えるだけだ。
友達を作るのも彼女を作るのも、諒にとっては等しく面倒事でしかなかった。
帰りはコンビニに避難し、しばらく涼むことにした。
学校が終わってしまえば友達もいず、部活に入っていない諒には、予定らしい予定はない。直帰するか、もしくは適当に寄り道するかの二択しかない。
それがつまらないとは思わない。むしろ他人の都合で時間を束縛される方が、諒には我慢ならない。
窓際の棚に並んだ漫画雑誌を手に取り、立ち読みをする。そうしてるうちに体から汗がひいていく。
高校にほど近いコンビニの店内には、制服姿の生徒たちが多い。ときおり入り口の自動ドアが開き、高校の制服を着た生徒たちが友達を連れて入ってきた。
「あ、あれっ! こっち来る!! ぶつかるっ!!」
女子生徒らしき叫び声が、店内に響く。
何だろうか――諒は雑誌から顔をあげる。
「えっ――」
一台のトラックが、猛スピードでコンビニに向かってきていた。
諒は雑誌を放り投げた。逃げようと踵を返す。
直後――凄まじい衝撃が店内を襲った。
重なりあう、いくつもの悲鳴――。
だがすぐに何も見えず、何も聞こえず、何も感じなくなった。
自分が死ぬかも知れないとさえ思う暇もなく――
――諒の意識は、ぷつりと途切れた。