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「はい、プリエ、プリエ、グラン・プリエ。ルルベからパッセ、大きく伸びて、ポール・ド・ブラ。はい軽やかに、白鳥のような気分で」
地下の体育ホールに、フラウ・ユーリエ・ミュンヒの歌うような声が響いた。助手のマルタが弾くピアノは跳ねる音階を奏で、旋律は伸ばした指先に、妖精のようにひらひらと戯れる。
バレエは小さい時から習っていたが、フラウ・ミュンヒが教えてくれるバレエはトゥ・シューズを履かない。踊りというよりは、身体の感覚とバランスを鍛えるためのレッスンだった。
アーデルハイトは踊ることが好きだ。踊っていると、自分が何か別の存在になれるような気がする。王女さまや妖精、白鳥や遠い異国の踊り子……。つまらない現実の自分を忘れ、体の隅々から生きる喜びが溢れてくるのだ。
ここに来てから一週間が過ぎたが、《白薔薇十字団》での生活にはすぐに慣れた。寄宿舎生活をしたことのないアーデルハイトだったが、ミュンヘンの家よりのびのび出来るくらいだ。ラテン語や数学といった学問はやはり苦手だが、それ以外は楽しめる。
軍事教練は今、銃の分解と組み立てを勉強している最中だ。初めて触るヴァルターP38は冷たく重い鉄の塊で、何か別の意思を持った生命体のようだった。模範を示したアッシェンバッハ少尉の手の中で、それが瞬く間に分解された時は巧みな手品を見ている心地がしたものだ。アーデルハイトのたどたどしく拙い手つきにも、少尉は忍耐強く教えてくれる。
(大丈夫だ、慣れてさえしまえば、目をつぶっても組み立てられる。君はなかなか筋がいい。頑張りなさい)
そう励ましてくれた。
ピアノの音がなだらかに、滑るように歌い、アーデルハイトは優雅なアラベスクをぴたりと決めた。
「いいですね、アーデルハイト、とてもいいですよ」
フラウ・ミュンヒが嬉しそうに手を叩いた。
アーデルハイトは初めて授業を受けた時のことを思い出す。 レッスンの後、彼女になかば真剣な顔で訊ねられた。
「フロイライン・フォン・マイヤー、貴方小さい時から習っていると言っていたけれど、貴方の先生は本格的なレッスンを受けるようにおっしゃらなかったの?」
後ろめたさを感じながら、アーデルハイトは答えた。
「いいえ、フラウ・ミュンヒ。そのような事は一度も」
本当は違う。もっと本格的なレッスンを受けて、バレエ学校に進むことを何度も進言されたのだ。その度に、父にあえなく一蹴されてきた。
「ハイジ、貴方踊るのがすごく上手ね、ビックリしたわ。ちょっと見とれてしまってよ」
クララにも驚かれたものだ。
「本当、意外だよね。ニンゲン、やっぱり何かしら取り得はあるんだなあ」
グレーテルには変な褒め方をされ、カオルにも
「心を動かされるものがある」
と簡潔かつ明瞭な称賛をされた。
バレエの先生がしきりに勧めるので、学校への進学の件はハンナも何度かラインホルトに口添えをしてくれたのだが、頑固な父の意見は変わらなかった。
「父は、『バレエ・ダンサーなんて、カバレットの踊り子と変わらない。ヤクザな商売だ』って言うの」
初めてのレッスンが終わり、午後のお茶の時間でアーデルハイトは皆にそう告白した。父の娘に対する希望は、党の方針と寸分たがわない。なるべく早く結婚し、アーリア系の子どもをもうけ、良き妻良き母となること。夫を陰ながら支え、出しゃばらず、慎ましやかであれ。
そんな父にとってみれば、バレエ・ダンサーになりたいなど一笑に付される戯言だ。
「そうだったの。お父様が心配されるのも分かるけれど、ちょっと勿体ないような気もするわね」
クララがカップを受け皿に置いて、気の毒そうに言った。
「でも、きっとバレエ学校に行っても、私より上手い子は他にたくさんいるから。むしろ諦めがついて良かったし」
少し自嘲気味にアーデルハイトは笑う。
「それよりもほら、バレエ・ダンサーって体重制限が厳しいでしょ? ご飯をお腹いっぱい食べられないのは辛いかも」
みんながそこで笑ってくれたのでほっとした。本当は、もしバレエ学校に行けるのなら、大好きなお菓子を我慢することだって出来るだろう。でも叶わないと分かり切っているのなら、そういうことにしておいた方が気楽だった。
バレエ教師のフラウ・ミュンヒはもともとドイツ系のアメリカ人で、バレエのためにフランスのバレエ学校に留学し、その後、ベルリンでドイツ人と結婚したという経歴の持ち主である。英語とフランス語、ドイツ語の三か国語が話せるため、バレエの講師だけではなく、堪能な語学を生かして党本部で秘書もやっているという才媛だ。
レッスンが終わると、いつもちょっとした雑談になる。その日の話題は、フラウ・ミュンヒの出身校についてだった。
彼女が若い時留学した先は、パリのディアギレフ・バレエ学校という、かなり有名なバレエ学校だ。その校長のマダム・リュボフ・エゴローヴァはゼルダ・フィッツジェラルドに個人教授もしたことがあるのだと、フラウ・ミュンヒは誇らしげに語った。
「誰よ、そのゼルダ・フィッツジェラルドって」とグレーテルが訊ねる。アーデルハイトも知らない名前だった。バレエ・ダンサーの一人なのだろうか。
「スコット・フィッツジェラルドの奥さまですよ。ほらあの『ザ・グレート・ギャツビー』の」
フラウ・ミュンヒの言葉に(知ってる?)と皆は顔を見合わせた。一番の読書家であるクララが、残念そうに首を横に振る。
教え子たちの反応に、フラウ・ミュンヒは何とも悲しそうな顔をした。フラウ・ミュンヒによれば、スコット・フィッツジェラルドはアメリカでは知らない人はいない程の、有名な作家だったらしい。
その奥さんのゼルダは類まれな美貌と天衣無縫な行動で、フラッパーと呼ばれるアメリカ娘たちの象徴的な存在だった。その彼女がバレエ・ダンサーになろうと一念発起し、師事したのがマダム・エゴローヴァだったということだ。
「で、その奥さん、ゼルダはバレエのレッスン受けて、ダンサーになったの?」
グレーテルの問いにフラウ・ミュンヒは肩をすくめた。ゼルダのその後は彼女も知らないらしい。察するに、多分なれなかったのだろう。
有名な作家の夫がいて、輝くような美貌の持ち主で、お金も余るほどある彼女が、何故バレエ・ダンサーなど目指したのか、アーデルハイトには良く分からなかった。父に聞いてもたぶん分からないだろう。父は裕福なら女が外で働く理由などないと思っている。
そう……。もしかしたらゼルダは、自分を越えた何かになりたかったのかもしれない。夫に依存するのではなく、自分の足でどこか遠くへ、未知なる遥かな高みへと駆け上がりたかったのかもしれない。誰かの妻でも母親でもない、ただ一人の自分として。
もし自分が成長し、父の望みどおり立派なドイツ男性と結婚したのなら。そして、アーリア系の子どもをたくさん生み、聡明で慎ましやかな妻であり母となったら、そんなことは一切考えず、望みもしないのだろうか。
バレエの授業が終わり、皆と昼食を取りながらそのようなことをぼんやりと考えた。女性の自立など、党の方針から考えれば「堕落した資本主義の非アーリア的な」思想だろう。
だが、マレーネ・ディートリヒなどは颯爽としてカッコいいし、テストパイロットのハンナ・ライチュだって「女だてらに」空を飛んでいる。ライチュは女学校ではマクダ・ゲッベルスに次ぐ人気者で、友達だって皆憧れている。
二人の生き方はマクダさまとは対極的だが、ああいう生き方があってもいいのではないだろうか。それともこのようなことを考えること自体、自由主義に毒されている証拠なのか。考えれば考えるほど分からなくなってくる。
そうは言っても、アーデルハイトにとって全てはまだ遠い先のことであり、未来は芒洋とまだ不確定のものだった。とりあえず午後の歴史学の方が、より切実な、当面の考えるべき事柄だった。
そして何より、午後の授業で春の睡魔と戦わねばならないという、彼女にとっては大いなる危機が待ちかまえていたのである。




