「その通りですけど原因は誰でしょうね!」
ラクイラの美術は華やかでわかりやすく、色彩豊かなのが特徴です。
この国の風土や気質をよく表しているといえるでしょう。ヴィーレあたりの、堅くて暗くて難解な――失礼、荘厳で意味深く抽象的なものに比べると、あまり芸術に理解のない私にも馴染みやすいです。きっぱり好き嫌いで判断できますから。
賓客の来訪のため、いつになく厳重な警備が布かれたラクイラ王立美術館。
リッダ・ラクイラ港の夜景を描いた大きな絵を前に、私は傍らに立つ王子へ訊ねました。
「で、どこが気に入らないんです? かなりの美人じゃないですか」
「胸がない」
「……なるほど。わかりやすい回答をありがとうございます」
うんざりと返し、私はこめかみを押さえました。
言われてみればフィフィナ姫の胸のふくらみは、華奢な体に釣り合った控えめなものではありましたが――あっさり答えるところじゃないと思います。本気で好みの問題なんですね。
それにしても、あげつらえる欠点なんてそれくらいです。
痩せぎすというわけでもないのですし、他の美点で十分補えるものだと思うのですが。
「……もしかして、あなたも王妃殿下のような女性がお好きなんですか?」
「母親をそんな目で見る趣味はないが」
「あったらますます反応に困ります。好みの話です」
「ああ……どうだろうな。細っこいのよりは丸いほうが好みだが、自分でもよくわからん」
なんともいい加減な言い分です。それで弾かれたほうは堪ったものじゃないと思うのですが。
「まあ冗談だ。本気にするな」
「冗談ですか! 悪趣味ですよ!」
「半分くらいは本気だ」
なんともたちの悪い。
私は姫君に同情のため息を吐き、この話を切り上げることにしました。
「もういいです。むしろどうでもいいです。そろそろご事情の方をお聞かせ願えますか」
「聞く前に出て行っただろう」
「その通りですけど原因は誰でしょうね!」
思わず顔を引きつらせて返すと、ギーはぽりぽりとこめかみの辺りを掻きました。
顔立ちは端正ですが、そういった仕草に幼さを感じます。あちこち歩き回っているからでしょう、礼儀作法の教師が見たら悲鳴を上げそうなことを彼はちょこちょこやっていますが、不思議とそれがしっくりきてしまうあたりが困りものです。
「あれと結婚しろとあちこちから言われて困っている」
「すっとばさないでください。最初からです、最初から」
「最初か。半年前、フォーリから縁談の打診があった」
「ふむ」
「で、俺は断った。だが、大臣が揃いも揃ってえらく乗り気でな。いつのまにか行儀見習いだか留学だかで城に居着いている」
えらい言われようです。かわいそうに。
しかしそれにしても、なかなか面白い情勢です。フォーリはいろいろと問題も抱えている国で、ここ十年ほどあちこちと諍いを起こしているところ。ラクイラとの利害関係は少ないので、国際社会における味方を増やしたいという意図があるのでしょう。
ラクイラとしても、姻戚となることで因縁をつけられる可能性を抑えられるなら上々です。フォーリはトラブルだけではなく、資源を多く抱えているので、交易中心のラクイラとしては悪くない縁談です。
問題は、王子の個人的な好みだけ。しばらく馴染ませて情を芽生えさせようというのは、なかなかいい手です。うまく既成事実でもこしらえてしまえば完璧です。
王妃はそれを憂えて猊下に助けを求めたわけですが、私がこの国の高官なら向かっ腹を立てているところですね。こっちは譲歩してやってるのにと。
「うーん……実際、悪くないと思うんですよね。美人ですし、気立てもよさそうですし、なにより人心を掌握する手腕がある。あとはあなたが食われなければいいだけです」
「何を言いたい」
「ぶっちゃけてしまえば、彼女で手を打つことも考えてはいかがですか? 彼女はいい王妃になると思いますよ」
フィフィナ姫と一緒にいたお嬢さんがたは、話から察するにラクイラの貴族です。
国から取り巻きを連れてきたわけではなく、たった半年で支持者を得て立場を確立しているのだから大したものでしょう。夫となる相手のことも理解しようと努力しているのがうかがえますし、逆に欠点らしきものが見当たりません。……胸以外は。
私の率直な勧めに、ギーは憮然とした顔を見せました。
「俺は嫁に関しては譲る気がないぞ。俺が惚れた女で、俺に惚れてる女がいい」
「わがまま言わないで下さい。王族の結婚は政治ですよ」
「知ったことか。そんな小細工が何の役に立つ」
「……あのですねえ……」
「第一、王が不幸な国の民が幸福だと思うか?」
うっかり、言葉を飲んでしまいました。
良いか悪いかは別にして、私には思いつかない観点だったのです。
平和で豊かな小国ならではの発想ですね。確かに下手な外戚を持つよりは――いや、そんな深い考えなどあるとは思えませんが。
「……政略結婚が必ずしも不幸に繋がる訳ではないと思いますよ。気持ち次第です。あと努力」
「そうだろうな。だが、俺の夢は、嫁を自慢し倒して新婚生活を惚気倒すことだ」
「アホですかあなた」
思わずばっさり切り捨ててしまった私に、話はこれで終わりだとばかりギーが右手を振りました。
しれっとした顔で乙女のような夢を語られても困ります。
次の展示へいざなう彼を、私は呆れ混じりに見送りましたが――まあいいです。私がラクイラの盛衰に気を揉む必要はないわけですからね。内乱になるような火種とくれば別ですが。
戦争で国どころか大陸が沈んだ暗黒時代ならいざ知らず、皇国が各国を支配下においているこのご時世では、外交に失敗したところで国が滅びることはありません。
そういった意味で、彼の言葉も一理なくはないのです。
ともあれ、猊下がこの縁談に多少の差し水をなさるとお決めになった以上、少なくとも相応の意思がなければ予定を変えることはできません。
あの姫君は個人的にとても印象がよかったのですが……やむを得ないでしょう。
私は一つため息を吐き、次の展示に向かいました。