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「一秒たりとも考えてない!」




 だがしかし、です。


 ラクイラ唯一の王子は私の想定する王族という枠組みを、むしろ常識という名の規範を、はるかに大きく飛び越えた人物だったようです。

 ある意味父である獅子王を超えているかもしれません。大物です。あくまで、ある意味で、という但し書きがつきますが。


 なにしろ翌日、正式に〈星〉として紹介を受けたその場で、ギルバート王子は目を丸くしただけであっさりと言い放ったのです。


「なんだ、お前か」

「……」

「……ん?」

「……それだけですか!」


 思わず叫びもします。

 何ですかこの薄い反応は! 腹立たしいにもほどがあります。

 もうちょっと驚いてくださいよ、青ざめて這いつくばって非礼を詫びろとまでは言いませんから!


「ギルバート! なんという無礼な……!」


 王妃が顔色を変えて叱咤します。

 ギルバート王子は今気付いたとばかりに、首の裏に手をやりました。


「……失礼した。第一王子のギルバート・セイン・ラクイラだ」

「クレオンブロトスのアヤリと申します。昨日は色々とありがとうございました。えぇ色々と」

「礼には及ばない」


 駄目です、厭味さえ通じません。

 こめかみを押さえた私に、王妃は不安げなまなざしを向けました。


「申し訳もございません、息子の不調法をお詫びいたします。本当に、いつまでも子供で……」

「子供扱いか、母上」

「子供でしょうとも。立場をお弁えなさい」


 ぴしゃりと言って、王妃は頬に手を当てました。


「あの……まさかもう、何かしでかしておりましたか……?」

「いえ何も?」


 私はにこやかに返しました。ただちょっと、屋根から降ってこられたり町に引っ張り出されたりお前呼ばわりされたりしただけです。最後のは自分でばらしてしまっていますが。というかこの期に及んでまだお前呼ばわりですか。

 嫌がらせは不発に終わったとはいえ、約束は約束です。隅っこで胃の痛そうな顔をしている彼の従者に免じて、黙っておきましょう。


「ご心配なく。猊下がお引き受けになった依頼は、きっちり! 速やかに片付けますから! では失礼」


 きっぱり笑顔で告げて踵を返すと、サキが呼応して部屋の扉を開けました。素晴らしいタイミングです。

 色んな人々のあわてる空気を置き去りに、私はさっさと部屋を後にしました。

 なんとも腹立たしいです。面倒事を頼んでいる自覚がないんでしょうか。まったくもって面白くありません。あれだけ平然とされると、こっちが怒っている方がおかしいかのようです。

 ぷりぷり怒りながら廊下を歩いていると、二つ足音が追ってきました。

 少し遠い方はあわてたような小走りです。そしてもう一つは……乱雑ではありませんが、無遠慮な歩き方。

 相手に察しがついてしまって思わず顔をしかめたとき、背中から呼び止められました。


「おい」

「誰が『おい』ですか」


 振り返らずに答えました。

 裏表がないのは結構ですが、礼儀もなっていないのはどうかと思います。

 憮然として足を速めたものの、あっさりついてこられました。どうやら歩幅がかなり違うようで、余計に腹立たしいです。


「分かった。だからとりあえず止まれ」


 命令形かと眉間に皺を寄せたとき、ふと、サキが私たちの間に割って入りました。


「……失礼。気安くお触れいただける方ではございませんわよ?」


 にこやかな声で刺される棘に、ようやく気付きました。腕か肩でも掴んで引き止めようとしたのでしょう。

 追いついてきた彼の従者が、引きつった声で謝りました。


「も、申し訳ありません! どうかご寛恕を……!」

「うふふ。嫌ですわ、一国の王子ともあろうお方がこのようなお振る舞いをなさるようでは、国そのものの品格が疑われましてよ?」

「なんだ、お――」

「殿下は黙っててください! ええ、ええ、それはもう仰る通りで……!」


 従者が平身低頭に謝りますが、ちょっとやりすぎです。このまま黙っていてくれそうな王子ではありません。

 そのままだとサキが本気で喧嘩を売りつけそうでしたので、私はしぶしぶ振り返りました。


「何のご用でしょう、ギルバート王子」

「……何か怒らせたか?」

「いろいろあると思うんですけどね! 胸に手を当てて考えてみてくださいよ!」

「わからんから聞いている」

「一秒たりとも考えてない!」


 頭を抱えたくなりながら、私は両手を腰に当てて、深すぎるため息を吐きました。

 ……なんだか段々、怒るのが面倒くさくなってきました。とりあえず呼び方は直してもらった方がいいと思うんですが。あとこの人には国の代表者としての立場云々を徹底的に叩き込む教師でもつけたほうがいいと思いますが。

 もういいです。痛い目を見るのは、本人とこの国です。

 うんざりしている私をしげしげと見て、ギルバート王子……いえ、なんだか腹立たしいのでこちらもギーと呼ばせていただきます。そのギーは、なにやら納得したように腕を組みました。


「それにしても、まさか本人だとは思わなかったな」

「そうでしょうね。私は父似ですから」


 どうにも、美貌を謳われる〈神后〉の娘ならさぞかし、と思われてしまうのです。地味なのは自覚していますから、猊下の艷麗なお姿との落差に愕然となるのでしょう。

 それは仕方がありません。さすがに楽しい気持ちにはなりませんが、まあ事実です。

 従者は顔色を失っていますし、サキが再び噛み付きそうな顔になっていますが、私としてはいちいちこれくらいで怒ってはいられません。


「で、殿下、何かフォローを……!」

「何がだ?」

「いやあの、何と言うかですね!」

「冷酷無比な大狸だと聞いていたからな。普通に面白くて驚いた」


 意表を突かれて、私はギーを見上げました。

 畏れを知らない黄金色の目には、からかう素振りも、気をつかうような色もありません。


「……褒めてます? けなしてます?」

「褒めている」

「……それもあまり嬉しくないですね……」


 顔をしかめた私に、ギーがおかしそうな笑顔を見せました。

 くつくつと肩を揺らす様子は、心底楽しいとでも言いたげです。


「実際のところ、俺は喜んでるぞ。とりあえず退屈ではなさそうだ」

「退屈なほどの平和が一番だと思います。むしろあなたは無駄に波風を立てそうで、嫌な予感しかしないんですが」

「波乱万丈な平和か。面白い。よし、それを目指そう」

「無理です。人はそれを矛盾と呼びます」


 いちいち真正面から受けて立っていた突飛な発言も、受け流すことを覚えれば、まあそんなに腹の立つものでもありません。


 惰性のまま実のない立ち話をしていると、不意に、鈴を振るような声が彼を呼びました。

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