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「それが何ですか」




 周辺は一気にあわただしくなりました。通常業務ももちろんありますから、日々三時間睡眠で乗り切っています。眠らずにすむならそれが一番効率的なのですが、残念ながら神は我々後裔に鋼鉄の体を与えてくれてはいません。普通に疲労がたまります。

 〈祝福〉は餓死さえも防いでくれるものなのですから、やろうと思えば眠らない身体にすることもできたのではないでしょうか。


 まったく気がきかない、と八つ当たりめいたぼやきをこぼしていたところ、ダイカ卿が経過報告に訪れました。

 行動は監視させていますが、怪しい素振りはまったくありません。しごく真面目に大叔父の身辺を調査しているようです。

 そのダイカ卿は、ふと話が途切れた折に、細いため息を吐きました。

 それは感嘆と呼ばれる類のもので、私は首を傾げます。


「何です?」

「いえ……長く動揺は続かないだろうと思っていましたが、すっかり落ち着かれましたね」

「……まるで私が狼狽していたかのように聞こえますね」

「あ、いや! そういう意味では!」


 実際感情をうまく制御できていなかったのは事実であるものの、こうもはっきり指摘されると面白くはありません。

 にっこり微笑んで返すとあわてて否定しましたが、上手い言い訳は見つからなかったようです。

 頭に手をやり、ダイカ卿は気まずげに続けました。


「実は、猊下のご下命で、ラクイラの王子の警護を指揮しておりまして……星下(せいか)にお取り次ぎを頼まれたのですが」

「お断りします」

「……と、仰るだろうとは言ったのですがね」


 その苦笑いには好意がにじんでいたので、私は眉をひそめました。

 なんでしょう。妙に親しげです。


「彼に請われて剣の指導をしているのです。驚くほど筋が良いですよ。多少変わり者ですが、性質はとても素直で、鍛えがいがあります」

「それが何ですか」

「いえ、頭から毛嫌いなさるような男ではないと思うのです。一度くらい――」

「……ダイカ卿」


 私は無感動に笑みを深めます。

 その不穏さに気づいてか、ダイカ卿がぎくりと身を竦めました。


「次にその話題を振ったら、あなたの恋人にあることないこと吹き込みます。主に結婚関係の話をあれこれと」

「わ……わかり、ました。ご容赦を……!」

「ご理解いただけたなら結構です」


 この手のタイプには権力を振りかざしても意味がありません。

 一番効果的であろう材料で脅しつけ、私は笑顔のままお茶のカップを持ち上げました。


「それにしても、やはりそれらしい情報は見つかりませんか」

「あ、ええ。あまり時間がなく……今のところ調べられたのは、本邸の動きだけなのですが。申し訳ありません」

「いえ、それは予想できたことですからね。気にしないでください」


 もとより、彼が手がかりをつかむことを期待していたわけではありません。信頼を置くには立場が微妙です。

 こちらが得ている情報と差異がないことを確かめながら、私は顎に指をかけました。


「マヒト卿はどうです?」

「は……マヒト卿ですか? どうと言いますと……先日星下の件で絡まれましたが、そのことでしょうか」


 ああ、こちらにも絡んでいましたか。

 お疲れ様ですと言いたい気分になって、私は苦笑しました。


「いえ、イコウ卿とのつながりがあるかと思いまして」

「大叔父と? いや、考えにくいですね……星下が神都を離れておられる間の来訪者は全て把握しましたが、少なくとも本邸には訪れていません」

「そうですか。それは残念」


 怪訝な顔をするダイカ卿に、私は口角を持ち上げて目を伏せました。


「いずれにせよ、そろそろ清算の時期ですね。年が変わるまでには片付けたいところです」

「……ええ」


 ダイカ卿は私の言葉にうなずきましたが、うべなう声は苦いものです。

 彼が協力を申し出たのは、職業意識や使命感だけではないでしょう。身内の潔白を晴らしたいという感情も含まれていたのかもしれません。どうにも、律儀な人のようですから。

 これで演技であればさすが第二神官長の血縁だと感心してしまうところですが、その可能性は低そうです。ただ、利用されている可能性は高いでしょう。

 思わぬところで伏兵になられては困ります。そろそろ切り上げどきでしょうか。


「ご心配なく。表沙汰にする気はありませんからね。親族にまで累を及ばせるつもりもありません。助力には感謝していますよ」


 すでに追い込みは仕上げに入っていますが、それは口にしません。

 まあ失脚させるのは本人だけです。あくまで、基本的には、ですが。

 わざと的を外した気休めの言葉に、ダイカ卿はもの言いたげな顔を見せましたが、結局口を閉ざして目礼しました。


 ダイカ卿を送り出して一息つき、私は書類を手に取りました。

 政争にかまけて仕事を滞らせるのは愚の骨頂です。必然的に睡眠時間を削ることになってしまいますが、山ほどのすべきことを整理して片付けていく作業は嫌いではありません。

 忙しいことはいいことです。とくにこういう、面倒くさい厄介ごとを抱え込んでいる時には。

 慣れた手つきで許可と保留と突き返しを繰り返していた私は、ふと一つの書類束に手を止めました。


「……税関改革の検討会ですか……なるほど、このタイミングで」

「ええ。さすがリョウイツ卿ですわ」


 帰国後に、交易を管轄下に置く第六神官長と話をする機会がありましたが、ラクイラの関税制度を話題に上げた覚えがあります。好機だと踏んだのでしょう。予算や規模の詳細な計画だけを見れば前々から準備していたかのような完成度ですが、これを突貫で作ってしまうのが第六神官長派の面白いところです。

 彼は先日、こちらの要請を呑んだばかりです。跳ね除けるわけにはいかないでしょう。

 ざっと目を通してみましたが、なかなか興味深い計画です。

 私は笑みを浮かべてサキに指示を出しました。


「いいでしょう。誰か人を遣わせるよう伝えてください」

「お聞きいただけるようであればすぐにでも、リョウイツ卿ご自身がお運びになるとのことですわ。お招きいたしますか?」

「さすが。本当に行動派ですね」


 なんだか楽しくなって、喉で笑いました。

 この伏魔殿で狸とやりあうだけの政治力を持ちながら、あくまで正攻法を好むご老体は、その宣言通りすぐに私の執務室へ訪れました。

 鍛えられた体躯と力強い笑顔の、そのままに実直な性質は、実力に裏打ちされているからこそ人を惹いてやみません。この人の下にラクイラのガルグリッド卿あたりがつけば、かなり面白いことになりそうだと思う所以です。


「お時間をいただけて幸いです、星下」

「これを後回しにするほど節穴の目ではありませんよ。わざわざのお運びに感謝します」


 お互いにさっくりとした社交辞令を済ませ、話はすぐに計画の中身に移りました。

 ある制度をそのまま、別の文化を持つ別の地域に持ってきたところで、うまく行くはずはありません。それぞれの現状と問題点を洗い出し、考えうる限りの可能性を想定して適応させる作業が必要です。

 今回の税関制度の改善は、主たる目的を密輸の防止に置いたものです。

 一通り議論を交わし、修正点についておおまかな合意を得たところで、サキのお茶に目を細めていた第六神官長が口を開きました。


「そういえば、ラクイラの王子にはお目通りを許されないのですかな」


 危うくお茶を気管に入れるところでした。

 力ずくで嚥下すると、私はひきつりそうな笑顔をどうにか取り繕って、リョウイツ卿を見返しました。


「……唐突ですね。どんなお気向きですか」

「少し話す機会がありましてな。この件についても意見を聞いたのです」

「それはまた。まともな議論にはならなかったでしょう」

「いやいや。これがどうして面白い。確かに知識が足りぬ部分は見られるものの、なかなか楽しい時間でしたよ」


 過大評価です。それ絶対深い考えはありませんよ! 直感八割で話してますよ!

 怒鳴りたい気分を抑えたのは、否定されて話を続けられるのが嫌だったからです。そんなこちらの気持ちなどつゆ知らず、もしくは知った上で堂々と、彼は楽しげに話を戻しました。


「で、お会いにはならないのですかな?」

「……リョウイツ卿」


 頭痛を覚えてこめかみを押さえると、彼は陽気な笑い声をこぼしました。


「いや、失敬。妙に肩を持ちたくなる男でして」

「会う気はありませんよ。彼との話は済んでいますからね。これ以上は不毛です」

「それは残念だ」


 それ以上は食い下がることなく、リョウイツ卿は腰を上げました。

 深い皺を刻んだ顔に、柔和な笑みが浮かびます。それは含みのない、どこか慈しむような表情でした。


「皇配云々はさておき、彼のような友人は得がたいものです。そう切り捨てず、別の道を探されてはいかがかな」






 ……あの人は、一体何をしているんでしょう。

 というより本当に一体全体何なんですか。賭けどうこうの話ではありません。

 「差し出がましいようですが」と前置きをして心底余計なお世話の進言を始めた女官を下がらせ、私は痛む頭を押さえました。


 腹立たしい。そう、度しがたい事態です。


 なにを私のテリトリーで支持層拡大してるんですか! あまり関わるのはどうかと忠告してくる人間と、会ってやれとなだめてくる人間が三七比で押しかけてきているこの状況は一体どうなっているんですか!

 前者はまだわかります、色々利害も絡むのでとても理解できる発言です。だけど後者は本当に度しがたい。鉄炉に押し込めて蓋を閉じた怒りが再燃もしますよ!


 憤然としながら書類を片付けていたところに、サキが複雑そうな顔で姿を見せました。


「アヤリ様。例の、鳥の件なのですが――」


 改まって告げられた報告。

 その内容は、予想外のものでした。

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