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「なんだ、八つ当たりか」




「出かけるぞ。だれてないで仕度しろ」


 さも当然のように言い放った唐変木に、私は胡乱な目を向けました。


 渦中の王子殿下が私の部屋を訪れたのは、朝食が終わるかどうかといったタイミングでした。おかげで逃げ遅れました。

 てっきり明日に迫る新月祭の準備に追い回されているところだと思っていたのですが。

 既に頬の腫れは引いていますが、顔を合わせたい気分でもなかったので、私は頬杖をついたまま、ふいとそっぽを向きました。


「お断りします。一人で行ってください」

「それだと意味がない」

「だいたい仕事はどうしたんですか。すべて片付けたとでも?」


 言って従者のリドに目をやれば、予想外なことに肯いて返されました。


「いつもこれくらいやっていただきたいほどの勢いで片付けられました。いつものお忍びではありませんので、よろしければ、少しばかり殿下にお付き合いいただけると……」

「よろしくないので嫌です」

「えぇえ!?」


 従者が悲鳴を上げましたが、知ったことではありません。

 私は再び頬杖をついて、窓を見ました。自然とため息も出てきます。何もこんな時に頑張って仕事しなくてもいいんですよ。おとなしくサボって怒られていればいいのに。


「どうした、何か悩み事か?」

「ええ。今ちょうど、あなたの鳩尾に拳を叩き込みたいという衝動を抑えているところです」

「なんだ、八つ当たりか」


 うっかり言葉に詰まってしまいました。

 ちょっとそうかもしれないと思ってしまったのです。

 いやいや、違う。違います。これは正当な苛立ちです。何しろ全ての元凶はこの人ですから。

 私は再び大きな溜息を吐いて、彼をかえりみました。


「殴りたさが増したので殴っていいですか?」

「遠慮する。お前は全力でやりそうな気がするからな」

「だから我慢してるんですよ。逆撫でしないでください」


 むすっと唇を結んで、私は窓の外に目を投げました。

 よく晴れた空を、白い鳥が飛んでいきます。

 そういえば、以前ギーが捕らえようとした鳥は結局あれから見ていません。あの異質な色が魔法によるものだったことは間違いないようですが、たかだかそれだけのために魔法を使う酔狂な人間は、そう存在しないでしょう。

 やっぱり探させてみましょうか。


 そんなことをぼんやり考えていると、ギーがけろりと言いました。


「わかった。なら出かけるぞ」

「人の話聞いてましたか……」


 こめかみを押さえて返したとき、唐突に抱え上げられて、私は息を詰めました。

 し、心臓に悪い。びっくりしました。よく悲鳴を上げなかったものです。


「……ちょっと、ほいほい持ちあげるなって言ったでしょう!」

「こもって考え込んでもロクなことにならないだろう。とりあえず動け。後で考えろ」

「先に考えるべきだと思いますけどね……! 特にあなたは! 国交悪化させたくなければ降ろしなさい!」

「じゃあ歩け」

「嫌ですよ! 止めてください、そこの二人!」


 ひょいとばかり担がれて助けを求める私に、リドから何やら耳打ちを受けていたサキは、にっこりと手を振りました。


「お気をつけていってらっしゃいませ」

「ちょ、サキ!?」

「仲良くデートしていらっしゃるとよろしいですわ。どこぞの小娘も身の程を思い知るでしょうから!」

「私の意思はどこに!」


 思わず悲鳴を上げました。

 よほど私を引っぱたかれたことが腹に据えかねているようです。だからって私を裏切るのはどうなんですか!

 もちろん、そんな嘆きなど構いつけてもらえるはずもありません。

 街では例の噂が満遍なく行き渡っているところ。神官衣のまま連れ出されるのはごめんだったので、私はしぶしぶ折れました。

 まったくもって腹立たしい話です。なんだかんだで思うように動かされている気がしてなりません。 


 結局私を城下に連れ出したギーは、確かに言葉通り身分を隠してはいませんでした。

 最低限の護衛もちゃんとつけています。

 ですが――


「殿下! これ明日の露天で出すんだけど、どうだい? 味見してみてよ!」

「あー殿下だ! なに、遊んでていいの?」

「ねえこっちマジ忙しいんだけど! 人足りない! 誰か回してよ!」


 ……ほぼ呼び方が変わっただけじゃないですか。

 私は頭痛を覚えてこめかみを押さえました。それでも護衛がついているだけ、普段より物理的な距離は保たれているのですが。

 人に囲まれるギーを見て、自然とため息がこぼれました。


 しかし、いかにも楽しそうです。壁などどこにもなく、すっかり人になじんでしまっている。

 フィフィナ姫は、ギーが私を特別視しているようなことを言っていましたが、そうではないのだと思います。

 違うのは、単純に距離でしょう。フィフィナ姫もきっと、最初からあの素をさらけ出して接していれば、今こんなふうにこの王子の笑顔を見ていたのかもしれません。


 ……ああ、めんどくさい。

 もう惚れた腫れたはいいです、本当に心底から面倒くさい。なんで私がそんなことに煩わされないといけないんですか。


 策略に策略で返すのなら、何のためらいもありません。

 けれど、人の感情を策略で踏みにじるのは、何というか……そう、どうにも気が進まないのです。国益に関わってくるなら構いつけはしませんが、今回はどっちに転ぼうが皇国に害はないわけで。なんだか梯子を降ろされた気分です。


 折角ここまで積みあがった計略を捨ててしまうのは、ちょっともったいない。かといって、最後の一手を打つ気にもなれない――まったく、無駄にやる気を出すのではありませんでした。

 せめて、フィフィナ姫がもっと憎々しい人だったらよかったのですが。

 かわいいんですよね……むしろ私、ギーより彼女のほうが好きかもしれません。ちょっとちょっかいをかけたくなる程度には気に入っています。

 ぐるぐるする思考にうんざりしていると、人垣の中心に、数人の子供たちが突撃していきました。


「ギーでんか! ちょっときて! たすけて!」

「たいへんなの! ランがまけそうなの!」

「なんだなんだ」


 小さな子供に服や手を引かれながら、ギーはためらう素振りもなくついていきます。

 私は呆れて、見覚えのある衛兵に声をかけました。


「いいんですか、止めなくて」

「……止まりませんので」


 たしか、ウォルという名前だったでしょうか。存在感の薄い護衛官は無愛想に応じました。

 ……もっともです。止めるだけ気力の無駄のような気もしますが、護衛がそんなんでいいんでしょうか。

 ともあれ、放っておくわけにも行きません。

 子供たちに先導されて行き着いたのは、小さな広場でした。各々に店を出すスペースなのでしょう。明日の祭りに備えて、組みかけの屋台がいくつも並んでいます。

 その端っこに、人だかりができていました。

 ぎゃいぎゃいと言い合っているのは、大人と子供。祭りにはつきもののトラブルのようです。


「で、どうした?」

「聞いてよ殿下! おれらが先に来てたのに、おっさんたちがどけって言うんだ!」

「何言ってやがる、ガキが一人寝こけてただけじゃねえか!」


 大人の方は船夫か何かでしょうか。かなり立派な体格です。それに食って掛かる少年の後ろで、気の弱そうな少年がしゃくりあげています。

 なるほど。先に来たのは子供たちが先、しかし眠ってしまって場所取りをしているとはみなされず、大人に取られてしまったと。どちらにも一理ありますね。

 さてどう片付けるだろうかと眺めていると、ギーは首裏を掻きながら、思案するように視線を上げました。


「……大体わかった。じゃあとりあえず、力比べで決めたらどうだ」

「えー!」

「お。話が分かるじゃねぇか」


 悲鳴を上げたのは子供で、にやりと笑ったのは大人です。

 それはそうでしょう。結果は火を見るより明らかです。私は顔をしかめましたが、ギーは軽く手を振って言いました。


「差がありすぎるから俺が代わりにやる。いいな?」

「うん? そりゃいいが……全力でやるぜ、殿下こそいいんだな」

「構わん。ああ、お前らも負けたら諦めろよ」

「……え、なんでおれらに言うの!?」

「自信ないのかよ!」


 自陣営であるはずの王子の言葉に、当然ながら子供たちから轟々の批難が飛びました。

 確かに情けない話ではありますが……ちょっと無理もないような気が。腕の太さからして大違いですよ。勝負になるんでしょうか。

 騒ぎはいつの間にか祭りの前哨戦のようなものになって、小さな広場の中央にはあっという間に舞台が整えられました。

 それと同時に、観客も増えています。押し合いへし合いになりながら群集が見守る中、ギーと船夫は、向き合って木箱の上で腕を立てました。

 審判に指名されたウォルが「始め」と淡白な掛け声をかけ、勝負は始まりました。


「いけ殿下ー!」

「おいケラン! 負けたら承知しねぇぞ!」

「殿下、俺殿下に賭けたかんな! 頼むぜ!」


 あちこちから野次が飛びます。いつの間に賭博なんて準備したんですか。

 勝負は意外にも拮抗し、二人はぎりぎりと睨みあいながら腕に力を込めていました。

 ここまで粘るとは予想外だったのでしょう。初めこそニヤニヤ笑っていた船夫は、笑みを消して本気で歯を食いしばっています。

 筋力でも体重でも負けていそうなのですが、ギーは体で腕を圧迫して、うまく体重をかけているようです。全体的にバランスよく力を使っている印象ですが……なんで勝負慣れしてるんでしょう。だいたい予想はつきますが。

 そうこうしているうち、驚いたことにギーの方が相手の腕を倒しにかかりました。

 群衆がどよめき、歓声と悲鳴が交錯して広場を揺らせます。

 船夫も真っ赤になって盛り返そうと粘りますが、一度拮抗が崩れてしまうと体勢を立て直すのは難しいでしょう。とうとう、彼の手は木箱に押し付けられました。

 子供たちが歓声を爆発させます。

 賭けの勝者が踊り出し、敗者と船夫の仲間からはブーイング。

 そんな喧騒の中で、負けた船夫は頭のバンダナをむしりとって、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回しました。


「……ああクソ! なんだよ、やるじゃねぇか!」

「そうでもない。肝が冷えた」

「ったく、しょうがねぇ。殿下に免じて坊主どもに譲ってやんよ」


 苦笑いで言い、船夫は仲間のところに戻っていきます。負けた罰に、全員に麦酒をおごるはめになったようでした。

 広場は大盛り上がりです。もしかして、祭りに水を差したくなくてこんな方法を取ったのでしょうか。主に子供たちと賭けに勝った人々から祝福を受けていたギーは、ようやくこちらに戻ってきました。


「片付いた。じゃあ次、本命だ。行くぞ」

「いや、そろそろ時間切れじゃないんですか?」

「大事ない。リドを置いてきた」

「いやいやいや」


 どこが大事ないのでしょう。責任者がいないだけで困りそうに思うのですが。

 かの従者の胃の痛そうな顔を思い出しましたが、そういえば出掛けにサキが私を見放したのは彼のせいでした。

 ……うん、ちょっと報復しておきましょう。

 一人うなずき、私は首を傾けるギーに了諾を返しました。

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