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「すみません。性分なので」




 ギーとフィフィナ姫の会談は、無事にまともな形で終わったそうです。

 影の薄い従者の報告は、どうにも目を逸らしながらのものではありましたが、よい兆候でしょう。


 それはともあれ、私は正直なところ、時間を持て余していました。


 仕事を趣味にしている人間から仕事を取り上げると、休むどころか途方に暮れるといいます。それを己のこととしてまざまざと実感しました。困ったものです。

 なにしろラクイラ王妃からの依頼はもう特にやることもないのです。仕方がないから暇潰しにこの国の関税制度をあれこれと調べてみたものの、それも大方終わってしまいました。

 神殿では分刻みのスケジュールをこなす身です。こんな風に時間が有り余ることなどまずないだけに、どうにも持て余してしまいます。

 要するに暇です。暇で仕方がありません。今なら、その暇を優雅に過ごせる王侯貴族に心から感心できそうです。

 フィフィナ姫からお茶会のお誘いがあったのは、そんな絶妙のタイミングでした。


「なるほど。お茶会ですか」


 フィフィナ姫にも危機感があるのでしょう。ギーは頻繁に私を連れ歩いていますし、それ以外は催事の準備で多忙です。加えて、彼女の支持者が嫌がらせに走っていることも気付いているはず。それを止めるために、姫君はかなり苦心しているところでしょう。

 真っ向から批難して、支持者を失うわけにはいかない。

 かといって、このまま放っておけば決定的な不利を招く。

 頭を悩ませた末に選んだ方法が、私とご令嬢がたを引き合わせることとなれば――これは私のイメージアップ作戦ですかね。

 もはや反感を煽る必要はありません。自分で蒔いた種とはいえ、フォローの場をいただけるならありがたいです。

 しばしの思案ののち、私は笑顔で頷きました。


「わかりました。出席のお返事をしておいてください」






 お茶会には十人ほどのご令嬢が訪れていました。

 城の南側にある広いテラスは、小春日和のあたたかさに包まれています。

 本当ならとても居心地のよいであろう空間に、私が席を連ねることで気まずさを持ち込むのは少しばかり申し訳ない気分にもなります。

 そんな私を、フィフィナ姫は花のような笑顔で迎えました。


「来てくださったのね。嬉しいわ」

「お招きありがとうございます」


 敬語を取り払い、まるで友人のように親しげに、姫君は私を席に招きます。

 私の席は彼女の隣です。さらにその向こう側に腰掛けていた令嬢が、私を見て席を立ち、微笑みかけてきました。

 フィフィナ姫の心の壁をほどくような笑顔とは違う、知的で社交的な笑顔です。


「ご紹介するわ。こちらはニーナ・トレンティン嬢。トレンティン侯のご息女よ」

「お初にお目にかかります、星下(せいか)


 ドレスの裾を引いて、ニーナ嬢は優雅に会釈しました。


「トレンティンというと、もしやトレンティン商会のご令嬢ですか?」

「はい。先日の夜会の折には、父とともにユークスに残っておりまして……ご挨拶が遅れましたこと、どうぞお許しください」


 先日の国際会議に彼女も随伴されていたのでしょう。

 彼女の笑顔はどこか硬質な気の強さを感じさせるもので、好感を覚えます。


「星下のご尽力に感謝いたします。おかげさまで、ギアノ交易はわが商会が手がけることとなりました」

「いえ、あなた方が真っ当な取引をなさっていた結果です。お礼を言っていただくようなことではないですよ」


 リシェール自治領から出た希少資源ギアノ。期限付きの自治を採択された際、ついでにその取り扱いを行う商会も決定していたのです。

 トレンティン商会は老舗とは言いがたく、まだまだ新興の部類に入ります。彼らが選ばれたのは、実のところ消去法でした。三者いずれとも歴史的な確執がない国の所属で、リシェールを足場にするだけの組織体力があり、価格が正当で、ついでに賄賂を使わなかった商会。いくつか残った候補から選んだのです。

 彼女もそれは理解していたのでしょう。にこりと笑みを深め、「今後とも精励いたします」と続けました。


 その後も次々にその場のご令嬢を紹介されましたが、その名前を頭の中のリストと照合して、私は苦笑を押さえました。

 嫌がらせの実行犯と目される名前が、三名ほど足りません。

 まだまだやる気満々なのか、それとも事が露見することに怯えたか、はたまた正面から喧嘩を売ってしまうのを恐れたか。さて、どれでしょうね。


 さておき、お茶会ははじめ、ぎこちない空気の中で始まりました。

 警戒と不安。どんな顔をしていいのか分からないという困惑。

 けれどそれらを綺麗に拭い去ったのは、フィフィナ姫の笑顔と話術でした。

 二杯目のお茶をいれる頃にはすっかり緊張もとけて、時折笑い声も上がっていたほどです。


「そういえば、星下(せいか)のお父上はどのような方なのかしら」


 フィフィナ姫の発言に、ご令嬢がたが表情を輝かせました。


「わたくしもお聞きしたいわ」

「そうね、噂ではうかがっていますけれど……」

「あまり人前にはお出にならないのでしょう?」


 若い女性の好きなお話といえば、恋のお話と相場が決まっています。

 私は顎に指をかけ、さてどう話したものかと考えました。


「そうですね、ものすごく普通の人です。私は父に似ていますから、容姿としてはそんな感じを想像していただければ。あ、けっこう丸いです」

「え、ええと……それは、ご気質が?」

「いえ、体型が。性格ものんびりしてますけどね」


 何とも言えない空気が流れます。

 それはそうでしょう。絶世の美女と名高い猊下の夫がその辺にいそうな十把一絡げと言われれば、なんだか複雑な気分になるのが普通です。が、世の中そんなものです。


「ただですね、面白いことに、猊下の方が父を見初められたそうなんです」

「まあ……!」

「本当ですの!?」

「ええ。夫候補には美形なのも有能なのも山といたようなんですが、見向きもされなかったようで……」


 なかなか痛快な話です。

 その様子を思い浮かべ、ご令嬢がたは、ほうっと熱のあるため息を吐きました。


「素敵。よほど素晴らしい男性だったのね」

「そうですね。人間的には、尊敬のできる方だと思いますよ」


 逆を言えば本当に、性格一択だと思うんですが。まあ、それは猊下のご趣味ですから。別に私がとやかく言う事ではありません。

 恋をした相手を夫に選んでも、それをいささかの不利にもしないだけの力が、猊下にはありました。

 揺らぐことのない神威と才覚。類まれなる麗質。誰もがあの方を統治者として戴くことに疑問を持たない、この国を統べるために生まれたかのような存在。

 本音を言うなら、娘である私は苦労します。もう何をやっても比べられますから。

 まあ、美貌は受け継がれませんでしたが、それでも能力は十分に与えていただきました。感謝しています。逆よりはよほどましです。

 劣等感がないとは言えません。けれど、私は私のやり方でやればいい。そう思わせてくれたのは、他でもない両親でした。

 ……その結果がこの性格なので、父はちょっと後悔しているようですが。


「星下も、ご両親のような家庭を築かれたいとお思いかしら?」


 フィフィナ姫が、ひどく静かな声で訊ねました。

 何かの意図を潜ませるでもない、純粋な疑問のような声音。

 やや置いて、私は苦笑を返しました。


「そうですね。否定はしません。けれど、もっと大切なものがあります」

「何かしら」

「国を守るにはどうすべきか。その一点ですね。皇国を栄えさせ、豊かにするのに必要なもの……それを持っている人を選びたいと思っています」


 それはめずらしく、紛れもない本音でした。

 息を飲んで見守っていたご令嬢がたを見渡して、私は笑みを見せました。続けるのは八割がたのお世辞です。


「ギルバート王子には不思議な魅力があります。人を惹きつけてやまない、妙な引力が。それこそが、これからの神殿に必要なものなのかもしれません」

「……ラクイラの民を悲しませることになっても?」

「そう、そこが問題です。実際のところ、彼を皇配にするのは難しいでしょうね」


 苦笑で言った私に、驚いたような目が集まりました。

 十分に理解しながら、私は言葉の先を続けます。

 それは、終わりのための言葉でした。


「そして、彼もこの国を出ることは望まないでしょう。それが全てです」






 お茶会は和やかな雰囲気のままお開きとなりました。

 やれやれです。とりあえず最低限の印象回復は果たせたようで、肩の荷が降りました。

 席を立った私は、ふと、フィフィナ姫がなにか言いたげな目線を向けていることに気づきました。

 言いたいことはわかるような気がしますが、あっているかどうか。

 どうするかなと思っているところに、女官が私に言付けを持ってきました。


「失礼いたします。殿下から、こちらをお渡しするようにと」

「ギルバート王子が?」


 首を傾げながら手紙を広げると、地図付きの呼び出しです。

 指定場所は、どうやら城外れの別棟のようですね。

 ……なんとも疑わしい。あの王子がこんな回りくどいことをするわけがないでしょう。ペンを取る前に押しかけてきている筈です。


 ここまで見え見えな罠だと、ちょっと踏んでみたくなります。

 嫌がらせを仕掛けている令嬢本人が出てくるならそれもよし。手の者に会えば使い走りにはできるでしょう。意図的に攻撃しやすい空気を作っていたとはいえ、本来ならば御家取潰しの一大事です。ラクイラに多少でも好意があるなら、そろそろ釘を刺しておいた方がいいでしょう。

 私は顎に指をかけてしばらく考えると、とりあえず部屋に戻りました。


 サキはまだ戻っていません。仕方ないので別の神官に伝言をお願いして、指定の場所に向かいました。

 どうやらあまり人が寄り付かない位置にあるようです。その辺の女官に訊ねながら、ようやく地図に示された待ち合わせ地点に到着した頃には、空は鮮やかな夕暮れに染まっていました。

 予想していたよりもこぢんまりした建物です。ただの倉庫なのでしょう。

 扉は開いていたので、とりあえず入るときだけは警戒して、足を踏み入れました。


 中は無人です。ほとんど使われてないようで、砂埃を含んだ空気に咳払いしました。掃除はされているようですが、やはり頻繁に空気を入れ替えることまではしていないのでしょう。

 棚を見上げながら奥に進んでいくと、不意に、扉がけたたましい音を立てて閉まりました。


「あれ」


 暗くなった視界に続いて、重いものがぶつかるような音が響きます。

 さて、と腕を組んで、相手の反応を待ちました。

 ですが足音は離れていったきり、一向に戻ってきません。顔をしかめつつ倉庫の中をうろうろと巡りましたが、やはり人っ子一人いません。

 そこでようやく現状を理解して、思わず声を上げました。


「……って、本当に閉じ込めるだけですか!」


 想定していたものの中で一番つまらない内容です。暇つぶしに来て、さらに暇になるとは思ってもいませんでした。

 やれやれと肩をすくめて、私は適当な箱を引っ張り出すと、適当に払って腰掛けました。

 倉庫の中は薄暗く、明かり採りの窓が高い位置に一つあるだけです。

 魔法で発光した灯石の橙色が、ぼんやりと私の周囲を照らしました。


 どうやら王家のごく私的なものが収められているようです。おざなりな管理のしかたからしても、見てまずいものはないでしょう。

 箱を一つ開けてみると、虫除けの樟脳の匂いがしました。衣類かと思いきや、中身は子供向けの絵本です。

 この際、本なら何でも構いません。

 ため息混じりに冊子を開き、目を疑いました。


 本の中身は、騎士が姫を助けに行く、ありふれた冒険譚だと思われます。展開にはおそらく何の意外性も持ち合わせていないでしょうが、それは全く構いません。

 問題は、お花畑でにこやかに微笑んでいるはずのお姫様に、角と牙と髭があったことです。

 青いクレヨンで豪快に書き込まれた落書きの犯人は、どう考えてもこの国の王子でしょう。


「お姫様に何か恨みでもあるんですか、あの人……」


 頁をめくると、どうやら動機は怨恨ではないらしいことがわかりました。

 姫君をさらった化け物にはにょろにょろと蛸の足のようなものが生えていますし、騎士の頭には大きな赤いリボンが二つ。そしてクライマックス、敵を倒さんと走る騎士の行く先に崖を作るのはいかがなものでしょう。そこから顔を覗かせているモグラには何か意味があるのでしょうか。

 子供というのは往々にして意味のわからない論理を持っています。それがあの規格外ならなおさらです。

 自分はどうだったかと比較検証しようとして、そもそも絵本をまともに読んでいた記憶がないことに気づきました。


 どうでもいい思考を途切れさせたのは、自分のくしゃみでした。

 いつの間にかすっかり日も落ちて、辺りは秋夜の肌寒さに包まれています。

 しまった、防寒対策を忘れていました。魔法の灯りは温度はないので、暖を取るには使えません。膝掛けくらい持ってくれば良かったです。

 何かないかなと神官衣をぱたぱた叩いて、手応えを感じました。

 すっかり忘れていました。サキが暇つぶしに焼いたというビスケットを貰っていたのです。ちょうどお腹もすいてきましたし、ありがたくいただきましょう。

 ほくほくとビスケットをかじりながら、私は別の本を手に取りました。

 そのときです。

 人の足音が聞こえたかと思うと、何か重いものを動かすような音がしました。

 誰何する間もなく、扉が勢いよく開きます。


星下(せいか)! こちらにおいでですか!?」

「あ」


 勢い良く扉を開け放ったのは、花のようなフォーリの姫君でした。

 すっかり息をきらせて、煌めくような薔薇色の髪をいささか乱しています。

 彼女は本を広げてビスケットをかじっている私の姿に呆然とし、そして、ふつふつと湧き出る怒りに震えながら顔を伏せました。


 な、なんだかちょっと、これはまずい気がします。

 どうしようかと硬直していると、普段の鈴を振るような美声とはかけ離れた、地の底を這うような声が彼女の方から聞こえてきました。


「……さぞ辛い思いをしているだろうと、必死になって、探していれば……! どういう了見なの!?」

「すみません! ちょっと寒くて辛くなってきてたとこでした!」


 思わず勢いで謝ってしまいました。

 怒りに肩を震わせるフィフィナ姫には、なんだか妙な迫力があります。この威圧感、ちょっと猊下を彷彿とさせます。


「だいたい、罠だとわかっていたのでしょう!? どうしてほいほい乗ったりするの! 危機感が足りていないのよ! いくら〈祝福〉があったところで、下衆に辱められるようなことになったらどうしようもないじゃない!」


 なんかすごいこと言いましたよこのお姫様!

 ずいぶんと印象が違います。びっくりしましたが、もしかしてこちらが素なのでしょうか。

 いや実はその辺りもちゃんとカバーされていてですね、などという言い訳をしたら、火に油を注ぎそうな烈火の勢いです。


「も、申し開きもありません……というか、本当によくご存知ですね?」


 フィフィナ姫は苦いものを食べたような顔になって、唇を結びました。

 〈祝福〉のことは神殿でも限られた人間しか知らないことです。キリルアル公の廃嫡の件といい、彼女はいささか内情に詳しすぎます。

 こちらがいずれにせよ調べるつもりだと察したのでしょう。姫君は硬い声で答えました。


「わたしの名は、フィフィナ・ルチナ・フォーリ。聞き覚えがあるでしょう?」

「……ああ!」


 思わず手を打ちました。

 〈廃星〉ルチナ。何代か前に、恋人と駆け落ちをした〈星〉です。


 どこかの貴族になっていたはずなのですが、いつの間にかフォーリの王家に入っていたんですね。ひっそり暮らしているようなので、さっぱり気づきませんでした。

 つまるところ、彼女は私の遠縁ということになります。遠慮がない理由がよくわかりました。


「なるほど、あのルチナの後裔ですか。それは詳しいでしょうね」


 情報は武器です。かの姫が婚家にそれをもたらしていたとしても、何の疑問もありません。なにしろ、非常に僅かな可能性ではありますが、万一の場合には血を引く彼女らが再び〈神后〉となる可能性もあるのです。

 納得する私に、フィフィナ姫は自嘲気味に目を伏せました。


「……軽蔑するのかしら、あなたなら。役目を捨てて恋を取った、愚かな女の(すえ)だと……」

「いいえ? むしろよく逃げてくれたと思いますよ。一番悪いのは、男に操られて国を害することですからね。彼女は正しい決断をしたと思います。適性がないならそれは仕方ありませんから」


 しごく素直に答えると、フィフィナ姫が顔をひきつらせました。

 それでも美人なのだから、造作の綺麗な人は得です。


「……そういう話じゃないでしょう! どこまで理屈っぽいの!?」

「すみません。性分なので」

「最悪だわ……! どうしてあなたが来たりするの!? わたしがどれだけ苦労したと思ってるのよ! ここまで外堀埋めるの、本当に大変だったのよ!? それがもう、あなたが出てきたせいで全部おじゃんよ!」

「おじゃんというほどではないと思いますけど。内務卿もフォーリとの縁談を歓迎しているようですし、味方もいっぱいいるじゃないですか」


 縁談を根本からひっくり返そうとしているのはさて置いて、私はとりあえず慰めの言葉を口にしました。

 ここまで真正面から怒られると、ちょっと悪いことをしたような気になります。よっぽどストレスが溜まっていたのでしょう。

 彼女は唇を噛み、傷付いたような色に瞳を揺らせました。


「……だけど、ギルバート王子は、あなたに惹かれてるわ」


 思わず、ぽかんとしてしまいました。

 フィフィナ姫は顔を真っ赤にして、泣き出しそうな顔で私を睨んでいます。


「……は?」


 しまった、ちょっと間抜けな反応だったかもしれません。

 委細構わず、美しい空色の瞳が、決壊間近に涙を湛えて私を射抜きます。


「この半年、どんなに頑張ってもわたしにはあんなふうに笑ってくれなかった! あなたは彼を愛してないのに、なのに、どうして……!」

「え、まさか本当に慕ってらっしゃるんですか」

「何かいけない!?」


 ドレスのスカートを握り締め、姫君はぼろぼろと透明な涙を零します。頬は上気して、まるで、小さな女の子のようでした。

 取り巻きの中心で優美に笑っている彼女とは、かけ離れた姿。

 どんな顔をして言いのかわからなくなって、私は、思わず口元を緩めてしまいました。


「何を笑ってるのよ!」

「ああ、いえ、かわいらしいなあと思いまして」

「ッ!」


 手を振りかぶるのが見えましたが、避けられませんでした。

 私の頬を張った次の瞬間、彼女ははっと我を取り戻しましたが、すぐに唇を結びました。


「……最低! あなたなんて大嫌いよ!!」


 そのまま、フィフィナ姫は踵を返して倉庫を出ていきました。

 ……悪い意味じゃなかったんですけど。

 そう取ってもらえなかったのは、私の性格のせいでしょうか。挑発になってしまったかもしれません。なんだかちょっとへこみます。

 その顔のまま部屋に戻ると、サキが本気で悲鳴をあげて、今すぐに刺客を向かわせると息巻くので抑えるのに苦労しました。

 それはまあ、一大事なのでしょうが――なんというのでしょう。私は結局、彼女を気に入ってしまったのです。


 一途でひたむきな思い。飾らない真っ直ぐさ。丸裸の癇癪は、いつか遭遇したスコールを思わせるような清々しさがありました。

 私には、できません。きっとしたいとは思えない。

 それでもどこか、それは羨望に近い感傷で。


 ため息を吐いた私は、自分が迷っていることを理解していました。

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