表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純白の勾玉と漆黒の花嫁【改稿版】  作者: 篠宮 美依
第6章 前を向いて
35/38

その4

「―――その者を放して持ち場へ戻れ」

「! しかし……」

「羅威様より許可が出た。納得いかぬのならここから去るが良い」

 男は声を低くして、冷酷に言い放った。羅威、という名に反応したのか、捕らわれていた縄は解かされ、控えていた兵士たちは一目散に逃げていく。

「度重なる無礼、申し訳ありません。貴方のお名前は?」

「―――あずまだ」

 文を従者に手渡されてから、東は人目を気にせずにかけてきた。人間であればまだここにいれるはずもない。夜中、兵たちが休んでいるときに押しかければ、 だれとて捕まえたくもなるだろう。萃香の文をこの男が持って行った後、少々油断している隙に捕らわれてしまっていたが、そのこともこの男は承知していたのか。

「東殿、お疲れのところ申し訳ないが、ここには文を書けるような道具はないのです。なので、口頭になるが、紅の白部に言伝を頼みたい。“その誘いにのってやる”、と」

「きちんと読んでいただけたようだな。中身を知らぬのが残念なところ。すぐ、伝えましょう」

 男が少し休んでいけばいい、と言ったが、東はそれを断った。人間たちからすれば、自分は異端者でしかない。これからある戦に向けて、神経も鋭くなっているようだ。不要な疲れを溜めさせたくはない。

「この戦が―――とっとと終わってしまえばいいと、思っておりましたよ。主も、今回ばかりは嫌気がさしたようです。蒼の国が戦を起こすのは、これが最後になるでしょう」

 それは弱音のようだった。否、おそらくは弱音なのだろう。この男は、ずっと羅威に仕えながらも、主の心の揺れを感じ取っていたのかもしれない。けれど主を裏切ることはしなかったのだ。たとえ主が間違いを犯していても。

「そのようなこと、申してよいのか。まだ勝敗は分かぬよ」

「いえ。もう、主は腹を決めたようですので。あとは紅の領主の寛容な対応を望む限りです。……機会があるならば、それもお伝え願いたい。主の望みです」

「紅の白部なら、機会はあるだろう。お伝えするよ。では」

 東は体が訴える疲れを無視しながら、闇の中へ駆けていった。行きと同じくらいの速さは望めないだろうが、1日もあれば戻れるだろう。これで丸2日かかったことになるが、それくらいは許してもらいたい。

「これでやっと、この争いも終わるんだな。お前の死も報われる」

 たまたま居合わせた蒼の国と他国との戦で妻が命を落としたのは、いったい何年前の出来事だっただろう。国を転々として暮らしていた当時、まさか近くで戦が繰り広げられているとは知らず、林を抜けたときにその命は絶たれた。

(もう戦は懲り懲りだ。もっと、白部が増えればよいのに)

 白部のいる国は、原則として無駄な戦をしないことになっている。なので紅の国も、自分たちから戦を仕掛けることはないし、戦で勝ったとしても、相手の国の民の扱いには十分気をつけている。他国ではまだ、敗戦国の民はぞんざいな扱いを受けることがあると言う。

(紅の国のように、他の国もなっていけばよいのだが……)

 蒼の国のほかには、もう争いからは身を引いている小国しかない。小国は既に村のようなもので、実質的統治は他国に任せていることが多い。

 今回の戦が、世界を変えるきっかけになればいい。それはおそらく、東だけの願いではないはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ