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その4

「……君にとって姫は何だい?」

 立ち去ろうとする麗花を止めるかのように男鹿が尋ねると、僅かに振り向きながら、麗花は迷いなく答えた。

 迷うことなく、その言葉は発せられる。

「それはもちろん、男鹿様ですわ」

 意味が分からない。男鹿が意味を読み取ろうと考えていると、麗花は再び口を開いた。

 その顔は寂しさを滲ませている。けれど男鹿はそれには気づかず、首を傾げるだけだった。

「男鹿様と同じくらいーーいえ、それ以上に大切な方です」

 その顔に嘘は見られず、男鹿はそれまでの彼女の行動から思っていたことを口にした。彼女が嫉妬していたことも、そんな彼女に変化が訪れたことも分かっている。その原因は何か、尋ねたかった。

 今までにないくらい穏やかな顔をした彼女は、それまでの嫉妬がどこに行ったのかというくらい、機嫌よく答えている。

「それ以上に? 君は、彼女に嫉妬していたのではないのか」

 訝しげに眉をひそめながら男鹿がそう尋ねると、麗花は微かに笑んで目を細める。

 男鹿はそれを言いながら、彼女と会話したのはこれが初めてかもしれないと思った。少なくともこれだけ自然に会話が成り立っているのは、麗花自身の変化の賜物と言えるだろう。

「男鹿様にしては随分はっきりと仰いますね」

 会話が成り立っていることは、彼女も感じているのだろう、どこか嬉しそうにそう呟いて、穏やかに、しかしきっぱりと言った。

「違いますわ。最初から私に望みなんてありませんでしたもの」

 細められた目が悲しげに歪む。しかし必死に堪えているのだろう、麗花のそれから涙は出なかった。

 自分より定期的に”食事”が必要な月秦や優礼のために呼んだのが麗花だった。紅の国から人間を、とも思ったのだが、体の弱い人間よりも、同じ吸血鬼であり、回復力が高い麗花のほうが、何かと都合が良かったのだ。

 彼女の気持ちには男鹿も気づいていた。けれど、知らないふりをしていた。紅の国へ生贄を再び要求するようになったのは、彼女を諦めさせる為でもあった。もちろん、自分の食糧を手元に置いておきたいとも思っていたのは確かであるが。

「麗花」

 自分を落ち着かせるように目を閉じ、胸に手を当て、麗花は言葉を続ける。

「私が願うのはただひとつ、男鹿様の幸せだけです。男鹿様にとっての幸せを守ることは、私の指命です」

 先ほどの泣きそうな顔はすっかり消え、そこには幸せに満ちたりたような、穏やかで優しい笑顔があった。

「男鹿様が望む限り、私はお二人の味方です。たとえこの世の全てが敵にまわっても、私だけは味方であり続けますから」

 何か意味深な言葉を残したまま、麗花は下がっていった。

 去り際に見えたその顔は、重荷から解放されたように、爽やかなものだった。

2014/08/27

誤字脱字訂正しました。

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