表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

その3

 鈴の部屋を出た男鹿を待っていたのは、優礼でも月秦でもなく、麗花だった。

 月の光は雲に遮られ、辺りは闇に包まれていて、彼女の顔色を伺うことはできない。

 二人が気を利かせたつもりなのか、彼女が頼み込んだのかは定かでないが、無駄なことをするなと、男鹿は心底呆れていた。

「――男鹿様」

「顔を見せてよいといった覚えは無いよ」

 男鹿はあからさまに顔をそらして言い放つ。話を聞くのは得策ではないだろう。何の話か分からないが、鈴にあれだけ嫉妬していたのだから、おそらくは鈴を途中まで連れて行くと決めた、この度の戦の話だろうかと想像できる。

 けれど男鹿の厳しい一言に屈せず、麗花は宥めるように告げた。

「この度の戦に、姫君を連れて行かれるおつもりなのですか」

 やはりまだ嫉妬しているのかと、男鹿が叱るため振り向く。

 けれどその時感じられた感情は、嫉妬などではなかった。

 男鹿が戦にいく時に見せる、どこか心配そうな感情。だがそれが自分に向けられていないことは分かった。

「……望むのだから仕方がない。だが戦場までは連れて行かない。城までだ」

「お考え直し下さい。城とて安全ではございません。もしこのたびの戦、紅の国が負ければ、城は危険に晒されます。姫君の身に何が起こるか、――ご想像もつくでしょう」

 男鹿は驚きを隠せなかった。

 数ヶ月前まで嫉妬に狂っていたはずの彼女が、今は男鹿と同じくらい、いやそれ以上に彼女を大切にしている。その顔はとても穏やかで、嫉妬の影は一切見えなかった。

(何があった?)

 この短い間で、彼女の身に、少なくとも心に、何かしらの出来事があったことは想像に難くない。けれどあれだけの嫉妬をむき出しにしていた麗花が、どうしてここまで鈴を大切に思うことができるのだろう。

「飢えをしのぐ為だけならば私が共に行きます。姫君は優礼と月秦が説得に行っております。男鹿様、どうかお考え直しを――」

 飢えをしのぐ為だけなら、自分の身を守れる麗花のほうが断然良いだろう。

 だが、男鹿にとって鈴はそれだけの存在ではなかった。

「すまないが、もう決めたことだ。お前の心配は分かるが……」

「では私が姫様を守ります」

 男鹿の言葉を最後まで聴くことなく、麗花が言った。

 それまで男鹿の言葉をさえぎるなど言語道断、男鹿の言葉に純粋に従っていた麗花が、初めて反発した瞬間だった。

「男鹿様にとって大切なお方なのでしょう。私に守らせてくださいませんか」

 いつのまにか雲が消え去り、月が彼女の美しい顔を照らしていた。

 そう告げる彼女の表情は、これまで見たことがないような、とても優しいものだった。

 男鹿は麗花に、「それはだめだ」ということができなかった。彼女なら鈴を任せられるとさえ思ってしまったことは、男鹿のみが知ることである。

2014/08/27

誤字脱字訂正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ