表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/38

その2

「――姫」

 朝になり、いつも月秦が食事を運んでくる時間、久しぶりに男鹿は部屋を訪ねてきた。

「お久しぶりです、男鹿様」

 久しぶりの対面で、尋ねたいことがないわけではなかったが、鈴はつとめて何事もないように振舞った。

 あくまで自分は“生贄”なのだと、彼がそう思っているから顔を出さなかったのだと身に染みて感じていたからだ。

「そうだな。すまなかった」

「え?」

 男鹿は真剣な眼差しで鈴を見てから、素直に言った。

 そして鈴に近づき、座っている鈴の頬を覗き込むように持ち上げた。鈴を見つめる男鹿の目は、極めて真剣だ。先程の謝罪は聞き間違いではない。彼はどこか困ったような顔をしている。

 そのようすがどこかおかしく、鈴は慌てて男鹿に呼びかける。

「男鹿様?どうかされましたか……?」

 鈴の表情をじっと見つめた後、納得したような、安心したような様子で手を離すと、男鹿は微笑んだ。

「月秦や優礼に怒られてね。僕らにとっては短い時間でも、君にとっては長く感じるのだと。……君を放っておいたつもりはないんだ」

 鈴の横に腰掛け、そっと鈴に身体を寄せる。

(やはりこの人は良い人なのかもしれない。)

 男鹿を疑っていたわけではないが、男鹿にとって自分は”生贄”でしかない。だから心底信頼していた、というわけでもなかった。月秦たちの様子を見れば、決して鈴を粗末にするつもりでないことは想像できていたが、だからと言って大切に扱われているとは思えなかったのだ。自分でもそれが何故か分からなかったが、城の主である男鹿と顔を合わせていなかったからだろうか。

「戦に、出るのですか」

「……月秦か。あれほど黙っておけといったのに…」

 鈴から目をそむけ、そう吐き捨てるように呟くと、鈴と顔を合わせることなく告げた。

月秦が遠慮がちに告げたことからも見当はついていた。おそらくは固く口止めされていたに違いない。だが鈴がいつも男鹿について尋ねるので、彼も身を削る思いで鈴に教えてくれたのだろう。

 だが男鹿はどうしても隠しておきたかったようである。その態度からして、あとから月秦が咎められることは察しがついたが、それよりも男鹿の身の上が案じられた。

「大したことではないよ。僕らにとっては一瞬の出来事だ」

 安心させようと言う、その声はどこか覇気が無かった。

 いつも自信気な、強い意思を感じられる声は、今は弱々しいものだった。

「……共に行きます。せめて、国までは」

「姫――」

 振り向き、何か言おうとする男鹿の声を遮るように、鈴は言葉を続ける。

 たとえただの生贄だとしか思われていなくても構わなかった。

「戦場までとは申しません。出来るだけ側にいさせてください」

 男鹿の瞳をしっかり見据え、はっきりとそう言うと、男鹿はいつもの表情に戻る。諦めたように溜息を零している。

「国までだよ。その先は、駄目だ」

 そう一言言って、部屋を去っていった。

2014/08/27

誤字脱字訂正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ