僕の名前を当ててみてよ
夕暮れ時、帰り道を急ぐ少女の前に現れたのは、言葉を話す一匹の蛙だった。
気味が悪いと思いつつも、どこか憎めないその言葉に足を止めた少女は、近づいてくる不気味な地鳴りの音に気づく。
これは、村を守る水の神「かわず様」と、生意気な少女が紡ぐ、一瞬の奇跡と災厄の物語。
『僕の名前を当ててみてよ』
目の前に立ちはだかる蛙の妖怪が偉そうに口を開いた。
「こいつ、日本語を喋(社べ)れるようね」
あたしは独り言のようにそう呟いた。
遠くで地鳴りのように、ひゅーどん、ひゅーどんという音がずっと響いている。
「名前って?知る訳ないでしょ。有名でもない妖怪の名前なんて」
あたしは少し怒った。耳鳴りのような音が近づいてきているようで怖かったのだ。早くこの場を立ち去った方がいいのだろうか━━?
でもせっかく妖怪に出逢えたのだから、もう少し会話とスリルとを愉しみたくもあった。
もう夕暮れ時で、辺りは闇に包まれつつあった。また道草食うとお母さんから怒られてしまうかもしれない。しかし蛙は、引き下がってはくれなかった。
『神様の名前を知らないんだったら ここは通さんど』
私は暑さもあって イライラとしてきた。━━は強行突破してしまうのがお利口というものか?
まあ待ちなよ」
思考を断ち切るように、蛙はぬるりと手をかざした。
「わしは蛙の姿をした水の神。この村の旱魃かんばつを救った『かわず様』じゃ」
唐突な告白に、あたしは毒気を抜かれて足を止めた。ひゅーどん、という不気味な音がまた一つ近づく。
「……かわず様? なら、なんでそんなに焦ってるの?」
「あの音が聞こえんか。日照りの末の、でかい土石流じゃ。神の力だけでは、少女一人守れん」
蛙は誇り高き目を細め、道端の小さな祠ひこらを指さした。
「わしの祠へ入れ。小さく見えるが、中はお前の家より広いはずじゃ」
あたしが半信半疑で身を投げ入れると同時に、頭上で凄まじい地鳴りが轟いた。闇と泥の嵐が、祠の外を通り過ぎていく。
狭い空間の中で息を潜めながら、あたしは呟いた。
「助けてくれたんだ。ありがとう、かわず様」
隣に並んだ蛙は、誇らしげに小さく胸を張った。
「名前を覚えてくれたなら、それで十分じゃ」
【了】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「僕の名前を当ててみてよ」という少し生意気な問いかけから始まった二人の物語、いかがでしたでしょうか。
不気味な地鳴りと夕闇が迫る緊張感の中、どこか憎めない「かわず様」と少女の短いけれど奇跡のような交流を描きました。名前を知り、呼ぶことの温かさを少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
作品を温かく見守り、お付き合いくださった読者の皆様に心から感謝申し上げます。
また次の物語でお会いしましょう!




