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第7話遥か彼方


「雪。次のライブどうする?」

「昨日があんな感じだったし、やる場所はもうちょっと考えた方がいいかもね」

「そう?」

「……」

 雪は黙ってしまった。昨日のライブは、成功か失敗かで言えば、失敗よりだけれど、こんなに落ち込む雪は初めて見た。

「あれ雪と白さんじゃんこんなとこで何してるの。今日、中庭は暑くない?」

 後ろを振り向くと奏多さんがいた。

「あ、久遠」

「何の話してたの?」

 ベンチの背もたれに手を置く。

「んー秘密」

「何それ――白さんも、久しぶり。なんか雰囲気変わった?」

「いやそんなことはないと思うけど」

「明るくなったような気がする」

「そう……かな」

「久遠は、ここで何してるの?」

「あ、えーと、ちょっと呼び出されてて、今からいくところ」

「なぁに?告白かなんか」

「さあ……」

「わかってるくせに」

「じゃ、そろそろいかなきゃ行けないから」

 なんとも言えない表情で奏多さんは去っていった。

「奏多さんってモテるの?」

「え、何?あいつに気があるの」

「いや、そんなんじゃないけど。ただ気になっただけ」

「んーどうだろうね。高校に入ったあたりから私もわかるくらいにはモテてたような気がするけど」

「そうなんだ。いつから、友達なの?」

「小学校からかな?」

「長いんだね」

「まぁ、確かに他の人に比べて長いかも。あ、でも春は幼稚園からだから一番長いかも」

「雪は、さ。奏多さんのこと好きなの?」

 一瞬、驚いた顔を見せ真顔に戻り、微かな微笑みを浮かべる。

「白もそう言う話するんだね」

「雪だからだよ」と言い終わる前に言葉が被さる。「元彼氏的な……感じなんだよね」

 雪は手を見つめ、苦い過去を噛み締めるように言葉をこぼす。

「え、はい?元彼?え、いつの」

「中学のとき……まぁ元彼と言うほど長かったわけでもないけどね」

「どれくらいなの?」

「あぁ。んー、どれくらいだったかな、五ヶ月くらい?」

「思ったより長いね」

「まぁ、確かに学生にしては長く続いたほうなのかな?ま、でも何もしなかったけどね」

「何もしなかったって、どう言うこと?」

「はーい、これでこの話はおしまーい」

 取り繕うような笑顔で手を叩き話を遮る。

「え」

 雪は手に持ったパンを口に放り込んだ。


 帰りのホームルームが終わり、一息ついていると、雪が話しかけてきた。

「今日さ、家の用事あるから早めに帰るね」

「あ、うん。またね」

「うん。またね」

 小さく振った手を彼女は見ずに、教室から出ていった。


 質素な街並みを一人で歩くのは、久しぶりだ。何もない空を見上げ、今日の出来事を振り返る。二人の表情が気がかり足の進む速度が遅くなる。いつも通り掛かる公園が、目に入った。一年の頃、新しい家に慣れず帰るのが億劫になって、よくここで時間を潰していたことを思い出す。思い出頭の中を駆け巡ると、自然に足が公園の方に動いていた。

「久しぶりだなー、このベンチ」

 座りながら独り言をこぼす。湿ったベンチ、触り心地は昔とあまり変わらない。遊具は少なく、あるのはブランコと鉄棒くらい。見える景色は、公衆便所と大きめの時間が合っていない時計。雪と初めてあった時に言っていた、私の演奏している姿を見たとういうのは多分ここの事だろう。思い出は持っているギグバッグのチャックに、手をかけさせた、その時。

「あれ、白さん?」

 急に後ろから声をかけられる。「へぇ」変な声が出てしまって恥ずかしい……

「か、奏多さん?」

「今日は二回目だね。何してたの?」

 また、ベンチの背もたれに体重を預ける。

「思い出に浸っていました」

「なんか、すごい……回答だね」

「そういう奏多さんは、何をしにここへ?」

「んー、そうだなー。僕も思い出に、浸りに来たのかもしれないね」

「変な答えですね」

 二人の間に笑みが溢れた。

 奏多さんは、隣に座りながら聞いてくる。

「敬語使うんだ」

「あっ、その嫌でした?」

「嫌とかじゃ無いけど、昼はタメ口だったから、ちょっと気になっただけ……」

「あー雪がいたから、つい」

「あーね」

 煮え切らない答えが返ってくる。余裕ない表情は、悲しげだった。

「何かあったの奏多くん?」

「あー。うん。その何かあったわけじゃないんだけどね。」

 首を手で撫でながら答える。

「じゃあ、何か悩んでるの?」

「悩んでるか……ねぇ白さん、あの恋愛相談乗ってくれない?」

「恋愛相談?」

「あ、ごめん急すぎた。忘れて」

 持っていた鞄を抱え、ベンチから立ち上がり出口に向かおうとする。そんな背中に私は声をかける。

「雪のこと?」

「え?」

 動きを止め、吠えられた犬のような顔をしながら振り返る。

「その奏多くん……の好きな人って雪のことだよね」

「ち、ち、違うよ」

「それ隠してるつもりなの」

「あ、えっと、バレてた?」

「なんとなく」

「恥ずいな、なんか」

 耳を掻きながら、目を泳がせた。

 そんな姿を見ていると自分の行動が少し申し訳なく思えてきた。

「いや、その。ごめんなさい」

「急に何?」

「雪と奏多くんが付き合ってたって、今日聞いちゃったの……」

「別に白さんが謝ることじゃ。てか話したんだ雪……」

「うん……」

 雀の鳴き声が聞こえ、目の前を通り過ぎる。植えてある木の葉音が耳の中を通り抜けた。

 沈黙が長く続き、重たくなった口を私は開く。

「聞かせてよ、昔のこと」

「いや……」

 私は、ベンチをぽんぽんと叩いた。

「おしえて……」

「はぁ……」

 進めた足を戻し、元の位置に座り直した。

「んー、どっから話そうかなぁ……」

「最初から」

 目を見ながらゆっくり話す。なぜだかこの話は聞けば、私の知らない雪に触れられる気がした。ずるい私はそんな言葉を吐かずに目を見た。

「最初……最初ね、会ったのは、小五の時だったかな……」

 今とそこまで変わらない雪は、今以上に熱しやすく冷めやすかったという……


 昔の僕は今よりもずっと暗くて、地味な格好をしていた。度の強いレンズは顔を歪ませ、見えているはずの綺麗な世界は褪せていた。雪という人間の存在は知っていたけど、どこか近寄り難くて喋ることはない。そんな小学校生活。そんな時、僕が通っている、書道教室に雪が入会してきた。そこは、少人数で僕と低学年男女が5人程度。少数派である僕たちは隣に座った。

「奏多くんだよね」

「喜多川さんだっけ?」

「そうそう。同じクラスの」

「あーよろしく」

 書いている途中の字をジロジロと覗き込んでくる。

「奏多くんって字上手いだね、いつからやってるの?」

「小学校始まる時ぐらいからかな。でも母さんが勝手に入れたんだけどね」

「えー長ーい。なんで、続けてるの?」

「さぁ、なんでだろうね」

「私だったらすぐ辞めちゃうなー」

 雪の第一印象は、うるさくて、デリカシーのないやつだった。

 それから、学校でもしゃべりかけてくるようになり、不定期で一緒に帰るぐらいの仲になった。どこに興味をもったのか、自分にはわからないけれど、雪の何かに触れたらしい。雪は書道を初めてから四ヶ月ほどが経ち、教室を辞めてしまった。理由は、飽きたからだそうだ。喋る機会が減ってしまうと思ったがそうでもなかった。


 小学校六年生の夏――

 学校からの帰り道。川からの光の反射が眩しい。

 落ちていく太陽は二つの影を作っていた。

「ねぇ奏多、四谷バスケ教室に体験行きたいんだけどいっしょに行かない?」

「女友達といけよ、どうせ男女別でやるんだから意味ないだろ」

「美咲も、春も、愛美も全員嫌だって」

「お前嫌われてんの?」

「そんなこと……ないよ」

「なんで自信ないんだよ」

「私は嫌われてない」

 手を腰に当て、胸を張り大きな声で言った。

「自信ある風に言って情けないのは変わってないぞ」

「そんな感じならもういいよ。違う人に頼むから」

「いや俺は一言も行かないなんて言ってない」

「行く意味ないって言ったじゃん」

「それは、そうだけど」

「なにその顔。ひひひ。行きたいなら最初から言えよー。ツンデレなんだから」

 腕こづきながら揶揄う雪に少しだけ殺意が湧いた。

「あーもういいです。うん。一人で行ってください」

「ごめんってぇ」

 結局流されて体験についてきてしまった。

「おー上手いね君。何年生」

 そこの教室の先生が話しかけてくる。

「六年です」

 小柄な僕は、よく四年生ぐらいと間違われる。この先生も多分、年齢の割に動けないと勘違いしたのだろう。

 一方、雪は持ち前の運動神経とあの明るい性格からもうあの輪に溶け込んでいる。手にあるボールは体に対して大きすぎる。分けられたコートが世界の切れ目のように見えた。

「どうだった奏多」

「うーんよくわからない」

「私入会するから、奏多も一緒にやろうよ」

「え、もう決めたの」

「うん、楽しかったから。奏多は楽しくなかったの?」

「まぁ、楽しかったよ」

「じゃあ、やろうよ」

「仕方ないな」

「やった」

 全く楽しいとは思わなかったけれど、雪と接点をもてるなら……

 この時は、この感情の名前をしらなかった。


 中学一年の夏――

「あれ、奏多メガネ外したんだ」

「うんバスケの邪魔になるしね」

「あーそっか、部活バスケ部にしたって言ってたよね」

「雪はどこの部活に入んの?」

「まだ、決めてないんだよね。奏多が居るならバスケ部のマネージャーでもしようかな」

「来んなよ」

「ひひ、嬉しいくせに」

 いつものように肘で小突かれる。

 雪の言葉は冗談ではなく、本当にバスケ部のマネージャーになってしまった。

「今日からマネージャーになります。喜多川雪です。よろしくお願いします」

 部員全員が集まった中で一人立つ彼女の姿に、釘付けになる。

 目が合った。彼女は小さくピースをした。


 中学二年――

 雪のマネージャー姿も板につき始めていた。

「はい、水」

「あ、ありがと」

「なんか最近のプレイぼーっとしてない?どうしたの」


「雪のことが好きだから」


「何言ってんの?冬はまだ先だよ」

 慌てた顔は、どこを見ているのだろう。

「いやそういうことじゃなくて。喜多川 雪が好きだから。まぁ、そういうこと。じゃあ俺先練習戻るね」

「いや、いやちょっ、待って。え、なに私のこと考えてぼーっとしてたの?」

 手を前に突き出し、固まっている。

「そう言ってんじゃん」

「は?」

 困惑する雪を横目に、僕は部活に戻った。

 その日は、それで終わった。終始顔を赤らめながらいう彼女の姿は今で記憶に残っている。

 あれ以来目も合わせていない、唐突すぎたのがよくなかったのか、わからないがひとまずこれでやっと思いに一区切りついたと思っていた。

「奏多……」

 雪が帰る準備をする僕を静止する。

「話あるから」

 連れられたの学校から少し離れた公園。そう今僕がいる公園。多分この時から僕の歩みは止まった。

「あの、考えたの奏多気持ちに応える方法」

「それを考えてたから一週間、目も合わせなかったの?」

「そうだけど、悪い」

「ぷっはは」

「何笑ってんのこっちは真剣に考えて」

「いや、雪ってそう言うとこは真面目なんだよな」

「それ褒めてんの?」

「うん。褒めてよ」

「あっそう。で考えたんだけど私たち付き合わない?」

「は?」

 雪は、人に恋心を抱いたことがなく、何が恋で何が友情なのか分からないらしい。分からないのに切り捨てるのは、僕の心に対して誠実ではないと思いこの結論に辿りついたようだった。あまりにも突飛な提案に言葉が見つからないが、せっかく出来たチャンスをみすみす逃すわけには行かず、その提案を了承した。

 こうして僕たちは付き合い始めた。

 付き合ったからと言って何変わることはない。変わったと言えばクラスが二日ほどザワザワしていたことくらいだった。

「雪、一個聞いていい?」

「何?」

「俺以外に言われてたらどうした」

「普通に断ってたと思うよ」

「そう……」

 五ヶ月間の中で彼氏らしいことしたのは一回だけ、十二月のクリスマスデートの日。手に触れた。今まで避けてきた彼女との触れ合いは、ただ逃げて来ただけだと。私は知っていた。

「ねぇ奏多、友達に戻ろう」

「……うん」

 それからは自然と時間が関係を構築し直してくれているように思えた。僕は新しい彼女を作ったりして気を紛らわしていた。振り払う粉雪は水になってはくれなかった。

 高校――

 僕は雪と同じ場所を受けていた。残像を追いかける僕は惨めで、作っていた彼女とは縁を切った。変わらない関係を抱きしめるように、僕は日々を送っていた。

 高校二年の夏県大会直前――

 前十字靭帯断裂。

 病院からは復帰するには早くて八ヶ月はかかると言われた。身長は、小学生の頃から伸びたが今は172cmほど、バスケ部の中では小柄な方だった。やっとの思いで掴んだレギュラーのチャンスも呆気なく消える。八ヶ月で開く実力差は、考えるまでもなく、それに時間も残されてはいない、完治しても三年春頃全てが遅すぎる。松葉杖は膝だけを支えている。不思議と涙は出なかった。

「おい、何凹んでんの奏多」

「雪?」

「足怪我したの?」

「うん、やらかした。練習中の接触で怪我なんて笑えるよな。ハハ」

「悔しいときは泣いていいじゃない」

「くやし、くなんか。ク、う……」

 冷たくなる頬の代わりに手は温もりに包まれていた。

 

「こんなこと話してなんになるんだろうね……受験もあるって言うのに」

「……」

「いや、黙らないでよ」

「なんで話してくれたの?私に」

「あ、うーん……雪に似てたからかな」

「え、雪に?」

「あぁ、うん。仕草というか、なんというか、一瞬……雪に見えた」

「そう……」

「ここ最近雪と仲良いよねなんかあったの?」

「まぁ、いろいろ」

「いろいろね……秘密ってことか」

「話聞いてて、似てると思ったよ」

「ん?誰と誰が?」

「私と奏多くんが」

「似てないよ……」

「いや、似てるよ。似てる……」

「似てるね……」

 奏多くんは、膝を見る。

「じゃあ、私帰るから」

「え?俺の話聞かれただけじゃん」

「ん、じゃあ私なりの答えになるけど……忘れずに持っておけばいいんじゃない気持ち」

「何それ……なんも解決にもなってないじゃん。望みないのないものに時間をかけても何も生まれないよ」

「そんなことはないと思うよ」

「わかったようなこと言って」

「分かんないよ別に。分かんないから、わかる」

「何言ってるの」

「分かんない」

「え?」

「ふふ」

「何笑ってんだよ」

「いや何でも。今日のお礼にさ、いつか聞かせてあげる私と雪の話」

「え、いつ?」

「わかんない」

「ダメじゃん」

「じゃあ約束しようよ。はい小指」

 指切りげんまん 嘘ついたら

 針千本飲ます

 指切った

 重なる指は、熱を交換し合ったような気がした。

「古風だね」

「うるさい」

「て言うか。白さんの話がお礼って釣り合ってんの?」

「わかんないけど。多分いける」

「多分って」

「じゃあまたね」

「あ」

 晴れ間の空。歩くスピードは思ったより速かった。

 遥か彼方にある私の結末はどんなものになるのだろうか。

 そんな不安は、この空に溶けていった。

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