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第6話捨て猫に傘を


「曲できたし、ライブしたいよね。どこかできるとこないかなー」

 帰り道、横を歩く雪は背伸びをしながら私に話しかけた。

「学校は?」

「それ白が一番嫌でしょ」

「それはそうだけど……」

「路上ライブとかどう?知ってる人なんかいないし気が楽かもよ」

「え、でも許可とか取らなくていいの?なんか大変らしいよ、一般人が許可取るのって……」

「あぁ、そっかぁ……」

「ライブハウスは?」

「場違い感半端なくない、女子高生デュオバンドだよ私たち尖りすぎでしょ」

「確かに……」

「んーじゃあ、一旦保留か」

「そだね」

 影は別れそれぞれの場所に足を踏み出した。

「ライブ……ね」

 落ちる夕日を見ながら私は呟いた。

 


 次の日――

 学校にて、雪が勢いよく話しかけてくる。

「ねぇ、見てこれ」

 雪のスマホの画面にはトーク履歴が映し出されていた。

 宇佐美うさみ らん

「えーっと、この人、誰?」

「軽音部の先輩」

「え、仲悪いんじゃないの?」

「いや、この人はねー仲良いの」

「あぁそうなんだ。で、これは何?」

「もう、ちゃんと読んでよ」

「ん?」

 するとそこには……

「路上ライブ?!」

「yeah」

「yeahじゃない、yeahじゃない。なんでこんな話になってるの?」

「なんか前、この人の路上ライブ見に行ったことあって。その時にいつも同じ場所でやるみたいなこと言ってたなぁと、ふと帰りながら思い出したから。連絡してみた」

「行動力……」

「いや、まだ決定じゃないから」

「や、これは決定でしょ文章の感じからして」

「えぇ?」

「雪こそちゃんと読んだこれ?」

「え、嘘だー。んん」

「ほら見てよここ、日にちまで送られてきてるよ」

「そ、そんぐらい普通じゃない……」

「もう適当にメッセージ打つから……」

「白はやりたくない?ライブ」

「んん……」

 腕を組み考える。

「嫌?」

「嫌でないんだけど……」

「じゃあ」

 雪は顔を明るくするが、私はそれに言葉を被せる。

「まだ、怖いよ……人前で演奏するの」

「あぁ……」

 教室の喧騒がより一層濃くなる。耳に残る雑音が私たちの会話を止めた。

「でもね……」

 雪は小さく話始める。

「白の曲、知らない人にも聞いてほしいよ、私」

「んん……」

 私は頭をかく。

「だめ?」

「……ちょっと、考える」

「ほんと?」

 小さく頷く。

「ならさ、今日行ってみない?ライブする場所」

「……わかった、放課後ね」


 放課後――

「ねぇ、どこまで行くの?」

 目の前を通りすぎる電車を見ながら声をかける。

「えーとねー」――


「ちょっと遠くないここ」

「四十分ぐらいかな、かかった時間」

「まぁそんぐらい?」

「どうでもいいから早く行こ」

「ちょ、待ってよ……」


「人多いな」

 肩がすぐ隣にあって、声が耳のすぐ横を通り過ぎる。

「みんな家に帰る時間だしね。私たちがライブする時間は、二十時くらいだって言ってたから。そん時には落ち着いてるんじゃない」

「そうだといいけど……てかまだやるって決めてないよ」

「もう、やっちゃおうよ。やってみたらそうでもなかったりするって」

「そう?」

「あ。」

 雪は予定の場所まで走り立つ。

「どう?」

「どうって何?」

「想像できた?なんかライブの感じ」

「んー、なんかポーズしてみてよ」

「え、こんな感じ」

 左手にマイクの代わりにスマホを持ち、耳に髪をかける。見える頬は、赤く染まっていた。

「ぷっ」

「何笑っての白」

「いや、ごめんごめん。本当にやってくれるなんて思ってなくて」

「もう……」

「ちょっともう一回やってくれない?」

「えー、これでいい?」

「あ、うんうん。いい感じ」

 パシャ

 ぎこちない新鮮な雪のポーズ。

「今、撮った?撮ったよね」

「えー撮ってないよ」

「流石に嘘、ちょっと見せてよ」

「え、嫌」

「見せてって」

「いやー」

 見せてという彼女に少しばかり抵抗してみた。走り出した私たちは無数の人たちの一部となり街の中に消えていった。


 電車に揺られながら、変わり続ける景色を見る……

 座っている私の横で、ポールを抱きしめながら雪も外を見る。

「ねぇ白、どうする?」

 私の頭上を雪の声が通りすぎる。

「うーん、どうしようかなぁ……」

 暗くなる街並みと明るい電球、相対する二つの景色が私の視界の中に収まっている。

(どうしようかな)それしか思い浮かばない。

「おーい」

 目の前で雪の手が、パタパタとしている。

「んぁ」

「すごいボーッとしてるけど、どうした?」

「あ、うん。考えてた」

「決まったの?」

「雪はさ、してみたいの?」

「うん……でも白が嫌ならやらなくてもいいよ。なんか私、ライブとかやんなくてもいい気がしてきた」

「え、急に?」

「駅にはさ、いろんな人がいて。確かにみんなに聞いてほしいって気持ちもある……けど、それと同時に独り占めしたいって気持ちが大きくなっちゃった」

「へ」

「え。今、白笑った?」

「いや、笑ってないよ」

「でも、顔はニヤニヤしてるよ。そんなおかしかった?私……」

「いや、違うよ……」

「ん?」

「そう……ね。嬉しかったんだと思う。なんか、こう、言葉にできないけど」

 雪は、頭を掻いた。

「私やってみたいかもライブ……」

「ウェ!?」

「ウェって、何驚いてるの?」

「私もうてっきり、やらないのかと……」

「やらないつもりだったよ……でもなんか自信ついたて言うか、安心したって言うか。んー、わかんないけど、まだ続くんだなーって思ったらやりたくなった」

 自分でも何を言ってるかわからないけれど、出てきた言葉はそれだけだった。

「まぁなんか、よく分かんないけど、分かる気がする」

 雪は自信ありげに肯定する。

「でも……歌詞できないよねあの曲」

「そう?あのままでもいいと思うけど」

「納得いってない箇所があって」

「そう……まぁ白が、納得するのが一番だしね。困ったら言ってよ、なんの助けになるか分かんないけど」

「ありがとう」


 喫茶『火の実』――

「歌詞、できた?」

 お菓子を食べながら、改良中の歌詞の進行具合を尋ねられる。

「んーまだ」

「そっか……」

 沈黙の中描き続ける歌詞は、どこか凡庸でつまらない。何かが足りないのに、足りない何かが見つからない。イヤホンをつけ、擦り切れるほど、自分の声を聞いても答えは見つからなかった。

「ここの歌詞いいと思うけど」

 彼女は指をさす。

「そこ前のやつと一緒だよ」

「んー。じゃあ変えない方が……」

 遮るように音を出す。

「いやそれじゃ、つまらないよ……」

「白はさ、これで何が伝えたいの?」

「……」

「そこがはっきりしないから書けないんじゃない」

 何も返す言葉がない。綺麗な言葉の羅列のような歌詞は、情景も、思いも伝わってこない。言葉の陰に隠れる、自分の思いはどこにあるのだろうか。鎧が私を守り、傷つくのを避けていた。

「一回さ、今の歌詞歌ってみてよ」

「ここで!?」

 彼女は、目を丸くする。

「あ、ダメか……」

「私の家は?今家、誰もいないよ」

「じゃあ、雪の家行ってもいい?」

「おっけ」


 店を後にし、雪の家まで向かった。駅からは、それほど遠くなく、数分で着いた。

 雪の家はマンションの一室。部屋番号は203。玄関の中には、雪の幼少の頃の写真が飾られてある。香る匂いは、いつもと同じ柔軟剤の匂い。日当たりのいいリビングには、入らず。手前の部屋へと案内される。

 雪の部屋は、等身大の高校生女子だった。机の上に綺麗に並べられている、名前がわからない化粧品たちを横目に、床へ腰をおろした。

「なんか女子って感じだね」

「何その感想、白も女の子でしょ」

「いや、そうなんだけど」

「白ってさメイクとかしないよね」

「うん。やってもファンデーションだけかな」

「え、もったいない。こんな綺麗な顔してるのに」

 顔をわしゃわしゃと揉まれる。彼女はぺっちっとほっぺを叩き言う。

「そうだせっかくだから、メイクしようよ。今から」

「え、でも今日は、歌詞を考えるためにきたんじゃないの」

「心機一転何かわかることがあるかもよ」

「そう?」

「じゃあとりあえず顔、洗おうか」

 いつもながら強引に始まる。連れてこられたのは洗面台。バシャバシャと水をかけ顔を起こす。

 洗顔を終え適当に、スキンケアを終わらせる。

「ちゃんと乳液まで塗らないとダメでしょ」

「そうなの」

「はい……」

 あまりの興味のなさに、彼女は少し引いていた。

「あ、ありがと」

「なんでこんなやつの肌綺麗なの、不平等すぎる」

「雪の方が綺麗だよ」

「そんな話はしていない、ほら部屋に戻って」

 ヘアバンドをつけた私の間抜けな顔は人に見せていいのだろうか。

「まずは下地から」紫がかった液体を顔に塗りたくられる。何の意味があるのだかわからないが、流される勢いに身を任せた。

「あとは、チークを塗ったらおしまいと――できたよ」

 鏡に映る私は、知らない人だった。

「誰?」

「ん?白だよ」

「いや、知らない人だよこれ」

「ちゃんとすれば、とんでもなく化けるんだよ女の子は」

「そんなものなのかな……」

 私はじっと鏡を見つめた。

「なんか思い浮かんだ?歌詞?」

「いや、あんまり効果ないかも」

「えー」

「えーとか言ってるけど、雪楽しんでたでしょ結構」

「まぁ、それはそうかも」

「じゃあ、一回歌ってみて」

「あ、そっちが目的だったね。忘れそうになってた。えっとー、私がこの歌詞で歌えばいいのね――Ok」

 歌い始める雪の口びるが揺れる。空気に広がる音が頭の中に、言葉が浮かぶ。

「ちょっと待って」

「何?まだ歌い始めて数秒だけど」

「歌詞、書き直す」

「あぁ……そう」

 緊張が、急に解かれて拍子抜けな表情をしている。導き出された答えは簡単なものだった。簡単な答えには意味がなく、難しい答えにこそ意味があるという勘違いをしていた。ひねった頭から出るアイディアは、どれも素敵な言葉だけど、魅力がない。小難しい言葉は羽のように軽いから。『傘』ふと思いついた曲名に全てが詰まっていた。

「できた……」

 完成した歌詞は、あの日のことを書いていた。そう、初めて会ったあの日。

 ずっと黙ってみていた彼女も、疲れて寝てしまっているみたいだ。

「起きて、雪」

「ん?できた?」

 半開きの目が私を見つめている。

「うん。できたよ。いい歌が」

 どこからきた自信だろう。これは多分メイクのおかげかな。そういうことにしておこう。

 寝ぼけながらも真剣に彼女は目を通していた。

「うん。いい歌だね」

 彼女はいつものように笑顔を見せた。


 放課後、旧校舎――

 雪がライブの日にちを見て独り言のように言葉をこぼす。

「普通に考えて、七夕の日に雨宿りとか洒落にならないよね。織姫かわいそう」

「一人で何言ってんの雪。練習始めるよ」

「はーい……」

 

「そこもっと感情込めた感じの声にできる?」

「こう」

 彼女はワンフレーズ歌ってみる。

「んー実際に感情を込めるっていうより、感情出してるように歌ってほしいというか、なん言うか」

「感情込めたらどうなるの?」

「ピッチがズレる?」

「あー確かに」

 試行錯誤する時間は、楽しく、すぐに七月七日がきてしまった。


 ギターケースを持ち乗る電車。外は夕暮れ時。出番は二十時ごろだそうだ。出番と言っても、歌う前にスペースを貸して貰うだけだが……

 窓の映る雪の顔は、不安を滲ませていた。揺れ動く電車が目的地に到着するまで、二人はイヤホンを外すことは、なかった。

「まもなく、〇〇駅です。お出口は左側です。お降りの際は、お足元にご注意ください」

「おりよ」

「うん」

 目的地は、ここから少し離れた駅の広場私たちは、言葉を交わさず歩き続けた。

 

「緊張する?白」

「当たり前でしょ」

「そうだよね」

「誰もみてくれなかったらどうしよう」

「悲しいねそれは」

「そだね」

 外は蒸し暑い。学校帰りの人が目の前を通り過ぎていく。あそこの高校は、頭がいいなとか。あそこは、あんまりいい噂聞かないなとか。どうでもいいことばかり考えてしまう。目の前に座ってスマホを見ている人に家庭がある。家族構成は何だろう。娘が一人いそうだな、なんちゃって。限られた思考のリソースは、目の前の視界にさかれた。

「あ、白。来たよ。私の先輩」

 歩いてくるのは女性。背がすらっと高く、肩ぐらいの髪がよく似合っている。染めてあるのか、色が明るい。

「おー雪ちゃんお久しぶり、元気してた?急に連絡してきたから何事かと思ったよ」

 ハスキーな声……雪とはまた違った声色で、どんな歌声なのか聞いてみたくなった。

「あはは、ごめんなさい」

「この子が言ってた白ちゃん」

「そうです紹介しますね。えー」

「葉月 白です。雪と同じ高校……三年生です」

「私は宇佐美 蘭。二十歳。よろしくね白ちゃん」

「よろしくお願いします。宇佐美さん」

「そんなことより、白ちゃん綺麗な顔してるね。ぜひ私の……」

 何かを言いかけたその時、雪が遮る。

「もーなに言ってるんですか。宇佐美先輩。ほんと冗談は程々にしといてくださいよもー」

「あはは、ごめんね。雪も忘れてないよ」

「そういうことじゃないですー」

 後輩の顔をする雪を見るの初めてなんか新鮮だった。

「時間までちょっとあるけどどうする?飲み物でも買いにいく奢るよ」

 宇佐美さんは自動販売機を指差す。

「大丈夫です」

「気使わなくいいのに……雪ちゃんは?」

「私も大丈夫でーす」

「今時の高校生は気遣いやが多いな。時間になったら呼ぶからここで待ってて、じゃ、よろしく」

 周りの喧騒が私の耳を通るたびに、心臓が波打つ。いつも通り。いつも通り。言い聞かせる言葉がすでにいつも通りではない。焦燥感が胸の奥にずっと残っている、取り払う言葉は……

「白、行こう」

「うん」

「頑張ってね『雨宿り』」

 ――「はい」

 マイクとスピーカーが2個。通り掛かる人たちは見向きもせずにスマホを見ている。耳には白いイヤホンだらけ。雪がマイクテストを始める。

「あー、あー。えっと、『雨宿り』です。私たちは、高校三年でバンドを組み、これが初めてのライブとなります。皆様足元には、お気をつけてください」

 一音目。私のギターから始まる。キレのあるコードストロークは豪快で、感情が音になる。部屋以上に響かない音は、誰かの耳に届いているだろうか。数秒の間に初めましてが五回くる。色づかない景色の中、そこに息がかかった雪の声が乗る。二つになる音はどこまで届くような気がした。上がる息も味になるだろう。混ざり合う音は、もう一つの色となっている。灰色だらけのビル街に色づいた一滴の雨が落ちる。だが、足を止めるものはいない。『私を見て』雪の歌声はそんなふうに聞こえるが、答えてくれるものはこの街にはいなかった。横でギターを鳴らす私にはどうしようもうなかった。

 曲も終盤にさしかかった頃。歌詞に呼応するメロディが一人だけの足を止めた。でもそこで、私たちの演奏は終わった。止まっていた足もいつの間にかどこかに行ってしまった。

「ありがとうございました」

 返ってこない拍手が、現実だった。

 すると後ろから拍手が聞こえてくる。さっき足を止めてくれた女性だった。

 若い、メガネをかけた気の弱そうな女性。でも拍手は力強かった。

(私だ……)雪と初めてあった時の私と重なった。


「よかったよ二人とも」

 宇佐美さんが拍手しながら近寄ってくる。

「ありがとうございます」

「何そんな暗い顔してるの。アマチュアのライブなんて聞かず通りすぎるが当たり前なんだから、気にしない、気にしない。さっきの女性おとなしそうだったけどしっかり拍手してくれたじゃんその人のことを大切にしなさい」

 ――「はい」

 言葉が目の前に落ちた。

「あ、あの」

 後ろを振り返るとさっきの女性がいた。

「演奏、すごくよかったです。えっと、それでは」

 逃げ去る女性の背中に私たちは思わず声をかける。

 ――「ありがとうございました」

 重なった声は宙を舞う。

「バンド、頑張ってください」

 ――「はい」


 誰かにさそうと思っていた傘はいつの間にか私たちの頭上に広がっていた。

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