雨宿り
季節は梅雨真っ只中、私たちはいつものように集まっていた。
「ねぇ、葉月。なんか最近、私たち毎日集まってない?」
椅子の前足を浮かせ、ふあふあとさせながら聞いてくる。
「まぁ、梅雨に……入ったからね」
「どうした、なんか表情、暗くない?また、お得意のマイナス思考?」
「いや、そんなんじゃないけど。これっていつまで続けられるのかなって」
「あー、確かに私たちってどこに向かってるんだろうね」
淡々と進む話は重みがない。
「……」
パンと手を叩き静寂を破る。
「まぁ、いいや。今日も始めよう」
「……うん」
不安の結露は、行き場をなくし空中に霧散していく。
弱々しいギターの音色は、指に力が入っていなかったからだろう。体調不良を言い訳に私は、早めに家へ帰った。
夜は、寝付けず天井の皺を数える。
「はぁ……」
目を瞑った先には、何も見えなかった。
朝、目に入る濡れた窓の角には、カビが生えてる。
嫌な暑さが私を布団から追いやった。
「なんか最近帰り遅くない?」
朝の支度を終え、コーヒーを飲みながら聞いてくる。
「友達と遊んでて」
「あれ白、友達いたの?」
「私をなんだと思ってるの?」
「いや、去年なんて、学校終わって三十分もしないうちに帰ってきてたのに」
「最近……できたんだよ」
「そうだったの、なんか少し嬉しいなって」
「嬉しい?」
「あ、でも、受験勉強もあるんだからそっちをおろそかにしちゃダメよ」
「あぁ、うん……」
消えそうな声で返事をして、席を立つ。
「ちょっと、ちゃんと聴いてるの?」
「聞いてる、聞いてる」
「はぁ……」
千春さんの大きなため息が、私を見送る言葉だった。
「あ、雨」
ドアを開けた先には、梅雨の景色が広がっている。
私は大きめの傘をさし、一歩目を踏み出した。
キンコンカンコン キンコンカンコン
3限目 公民。
「4人で一班を作ってもらって、SDGsについてのレポートを作ってもらいます。今日の授業も合わせて二時間で完成させてください。それでは、移動お願いします」
「葉月」
私には一つ大きな変化があった。
喜多川さんと普通に教室で喋るようになったのだ。でもそれには大きな問題がある。
私は、喜多川さんの声に呼ばれ机を抱え近づく。
「あ、白ちゃん」
白ちゃん……
目の前にいるのは柊 春。喜多川さんの友達。そして……
「白さん、おはよう。なんか今日元気ない?」
久遠 奏多、この人も喜多川さんの友達。彼の言葉は会った時からずっと羽のように軽く話し辛い。
「あ、いや、そうでもないですよ。元気なさそうに見えちゃいました?」
「う、あー。表情が少し暗く見えただけ、元気なら良かったよ」
「ご心配ありがとうございます」
「あ、うん」
「はい、じゃ、役割から決めようか」
喜多川さん開始の合図を出した。
私達は作業に取り掛かった。
「今更だけど白さんって、部活とか入ってるの?」
奏多さんに話かけられ、動いていた手が止まる。
「私は部活とかは入ってないです……」
「そうなんだ、てっきり軽音部かなんかに入ってるもんかと思ってた」
「ああ、ギター」
「そそ」
「それは、なんか癖というか」
「癖?」
奏多さんは首を傾げる。そこに喜多川さんが割り込んでくる。
「おい、奏多そこのペン取って」
「奏多?」
「もう、どうでもいいでしょそんなのはやく取って久遠」
「ああ、うん……はい、これ」
手渡す。
「ありがと」
「で白さんさっきのは」
奏多さんは懲りずに追及しようとするが、言葉を被せて私は質問した。
「奏多さんは、部活やってるんですか?」
「あ、僕。僕は、バスケ部のマネージャー」
「マネージャー……」
「そそ、前はね選手だったんだけど膝壊しちゃって、今は見る専」
「あ、そうだったんですね……ごめんなさいなんかデリケートなところ聞いてしまって」
「別にいいよそんな。部活の話ふったの僕だし」
「あ、あ、はぁ」
なんて返したらいいか分からずとりあえず音を出した。
「白さん……」
「ほら、そこー無駄話はそれぐらいにしてねー」
喜多川さんが話を遮断し、そのあとは黙々と作業が続いた。
キンコンカンコン キンコンカンコン
「いやーお腹空いたね。葉月は、今日何食べる?」
「あれ、二人は?」
「部活の呼び出しだって」
「そうなんだ」
購買。
「えー。ほぼ残ってないじゃん」
購買は、獣に食い荒らされた後のようになっている。残っているの、人気のないあんぱんと、陳列されているのが不思議なバナナメロンパンだけだった。
「じゃあ。私は、バナナメロンパンにしよ」
彼女は、珍妙なパンを手に取って、嬉しそうにこちらを見る。
「え。それにするの?」
「葉月嫌いなの?バナナメロンパン」
「食べたことないから、わかんない」
「一回食べてみてよ。美味しいから」
「ほんとに?」
全く信用はできない。だが彼女は自信満々だった。
「まぁ食べてみ。じゃあこれで決まりね」
彼女はもう一つパンを手に取る。
「あ。勝手に」
「お会計お願いします」
勢いに押され、よくわからないパンを買わされた。
いつも通り中庭に足を向けると、手を掴まれる。
「ねぇ、屋上行こうよ」
「そんなとこ行って大丈夫なの?」
「んー。多分ダメ」
「じゃあダメじゃん」
「なんかね鍵壊れてて誰でも入れるってクラスで噂になってて一回行ってみたかったんだよねー」
「それ、大丈夫?」
「まぁ大丈夫だよ多分」
「朝、雨降ってたよ。ビチャビチャなんじゃない?」
「今は止んでるから大丈夫だよ。ほら行こう」
抵抗も虚しく、屋上へと引っ張られてしまった。
「あ、開いた」
彼女の顔は明るくなる。
開いたドアの隙間から光が目を刺す。咄嗟に目を閉じた。
「あ、誰もいない……」
外を見渡し彼女が呟く。
「そりゃそうでしょ、ビチャビチャなんだから」
「わー。これ凄いよ葉月も来なよー」
彼女は人の話は聞かず、目を輝かせ外の景色を見ていた。
それに引き寄せられる形で外に出た。
「わ……こわ……」
こんな身近に非日常が存在するたんだと不思議に思う。
目の端に映る山がいつもより情けなく見えた。
「ねぇ見て、人が小さいよ」
柵に捕まりながら一段高い所に登っている。
「ちょっと危ないって」
「大丈夫だよ、ほら」
ピョンピョンと跳ねる。
「いや、ほんとに危ないって」
「もう、ごめんって」
「ごめんじゃないよ、もう。早く食べようよこれ」
「あれ?気になってんのそのパン」
声のトーンが上がり、揶揄うような笑みを浮かべる。
「どうでもいいでしょ。ほら早く」
「はい、はい」
呆れたように返された。
――「いただきます」
一口入れた瞬間、言葉に表せない不思議な味が口に広がる。よく言えば複雑な味わい。悪く言えばグチャグチャ。決して不味いと言うほどではないがこんなものを好んで食べる人は、正気ではない。
「やっぱこれ、うまいよ。ねぇ葉月もそう思うでしょ」
横にいた……
「どうしたの変な顔して」
パンを睨みつける私を見ては首を傾げる。
「逆にどうしたらそんな顔して食べられるの」
「美味しいじゃんこれ」
「私に変な人とか前言ってたけど、十分喜多川さんも、変だよ」
「そんなこと言ったっけ?」
彼女は口にパンを含みながら話した。
「食べながら話さないでよ。行儀悪い」
「ほいほい」
口に入ったパンを飲みこみ話だす。
「そんなことより今日暇?」
口の周りに食べかすをつけながら私を見た。
「はぁ。特に用事はないけど」
「じゃあ、遊ぼうよ放課後」
「遊ぶってどこで?」
「まだ決めてない」
「何それ」
「なんかね、今日は遊びたい気分なの」
「よく、わかんないけど。放課後までに決めといてね」
「うん。じゃあ約束」
放課後。
十七時のチャイムが街中で鳴り響き、校門に溜まっていた人はいつの間にか姿を消している。校舎の壁に貼り付けてある時計の針の進む速度は遅かった。
「葉月ー」
駆け足で駆け寄ってくるシルエットは近づくたび熱を帯びていく。
「はずき……お待たせ」
息が上がり、前屈みになる。
「遅いよ」
「ごめん、ごめん。委員会思ったより長引いちゃって」
下を向きながら手を前に突き出し弁明する。
「喜多川さんが学級委員なんてちょっと変だよね」
「急に何、喧嘩売ってる?」
「いや、面白いなーって」
「ちょっとバカにしてるでしょ」
「いやいやしてないよ」
「キー。そうですよ。私は形だけ学級委員です。はいはーい」
「そんな感じなら、断ればよかったんじゃないの?」
「んー、春がやりたいって手あげたけど、他の人が誰もあげなくて、可哀想だったから。って、葉月も見てたでしょ、あの誰かやれよみたいな雰囲気」
「私は寝てたから覚えてない」
「おい、ちゃんと参加しろよ」
「……喜多川さんは優しいんだね」
「お、何、急に褒めても何も出てこないよ」
「いや、ただ思っただけ。てか今日、どこに行くか決めたの?」
「あ、言ってなかったね『火の実』って言う喫茶店があるんだけどそこ行かない?」
「そこ好きなの?」
「うん。そこのプリンがめちゃくちゃ美味しいの」
目を輝かせながら私を見る。
「わかった、そこ行こ」
「O Kじゃ出発ー」
私たちは、学校を後にし、喫茶店に向かった。
いつも通っているこの道が、目的地によってこうも色が変わるのは、私だけだろうか。一歩前を歩く喜多川さんが凄く近くて遠く見えた。
「その『火の実』はどこにあるの?」
「駅から少し行ったところ」
「ちょっと遠くない」
「まあまぁ我慢しなさいな」
私の肩をポンポンと叩いた。
「えい」両肩を持ち押されながら、一緒に走り出した。
着いた店は、古びてはいるがまだ生き生きと呼吸をしている。内装は外の雰囲気とはまた違う。数年前に改装されたような、綺麗な机や椅子が並んでいた。
——いらっしゃいませ。
「いらっしゃいました」
「や、やめてよ、ほんと」
「大丈夫だって。聞こえてないから」
「はぁ」
テンションの上がった彼女の悪ふざけに頭を抱える。
私の気も知れず、どんどんと奥に進んで行く。彼女は、端の席に腰をかけ、私は向かい合う席に座った。
「その、しっ」「ご注文はお決まりですか?」
彼女は何かを言いかけていたが、店員さんに遮られてよく聞こえなかった。
「あ、あっ葉月は何する?」
「私、喜多川さんのおすすめでいいよ……」
「あ、じゃあ。コーヒーを2杯と、特製プリン2個でお願いします」
彼女の目はなぜか泳いでいた。
「ミルクとお砂糖はお入れしますか?」
「どうする?」
「ミルクお願いします」
私は体が小さくなった。
それを見て彼女は、ニヤリと笑った。
「私はブラックで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「さっきの注文の仕方可愛かったよ」
「何、はずかしいんだけど……」
「ンフフ」
軽口を叩く彼女の表情は柔らかい、でもずっと何か言いたげだった。
「もうそういうのはいいから。どうしたのなんか様子が変だよ」
「そんなことは……ああもう言うか」
大きく息を吸いかしこまった雰囲気で話始める。
「ねぇ、いっしょにバンドやってくれない?」
「うん」
私の答えはシンプルだった。もはや答えになっているのかも怪しいけれど肯定であることは間違いないなかった。
「うんってどう言うこと、それどっちなの」
「いいよってこと」
「え?あ、え?……一応だけど私たちって受験生だよね」
「そうだね」
「あ、うん。そうだよね」
私たちの会話は一瞬止まり、店のBGMと話し声が鮮明に聴こえる。静寂の中にある困惑は、彼女の顔を歪ませた。
「ほ、本当にいいの?邪魔になるかもしれないんだよ」
「いいよ」
「本当に?」
「いいよ」
「本当の本当?」
「しつこいよ」
「あ、ごめん……」
「断って欲しかったの?」
「違う!違う……」
「じゃあ一応聞くけど、なんで誘ったの?理由……あるんでしょ」
不安そうな顔でコクリと頷く。
「どこに向かってるんだろうって、ずっと思ってた。そこで答えというか、なんというか、この関係に名前をつけたかった。その、たのしかったから……」
ぽつりぽつりと落ちる言葉。床にできた思いの水たまりに反射するのは私の顔だった。
「私も同じ、全部」
微笑む彼女の目には私が写っている。
「雪……」
「え?」
「そのバンド組むのに苗字はあれかなって……」「白」
彼女の声が私に重なる。
喫茶店中に私たちの混ざった微笑みが広がる。
「ねぇバンド名……何にする?」
雪が、聞く。
私の頭には一つ言葉が浮かんだ。
「んーなんかあるかな?私達らしいもの、雨?二人?んーなんかある白?」
私は、乾いた口を動かした。
「雨宿り」




