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第2話天気予報


 ドアに手が触れる。

「ふぅ……」

 ガチャ。

 帰ってきた家には電気がついていない。リビングに続く廊下は冷たい。机には、冷えたオムライスと置き手紙が置いてある。

『白へ。 会社の飲み会が、午後からあるので行ってきます。オムライスは温めて食べてください。P.S.遅くなる時は連絡を一本くらい、入れてください。』 

 スマホを見ると、千春さんからの電話が掛かってきている跡があった。また、さっき撮った写真が目に入り口角が上がる。思い出に浸っているわけにもいかず、不機嫌そうに進路希望調査票を取り出した。白紙の紙が自分の未来を示しているようだ。ペンを走らせては消してを繰り返していたら、提出期限ギリギリ。現実は思った以上に速く進んでしまう。雑念を振り払い、みんなが求める優しい嘘を書いた。

 第一希望。

『――大学』

 県内ではある程度、有名な大学を書いた。手を見ると何故だか震えている。これでいいのだろうか……頭によぎる考えをそのまま流した。第二、第三と嘘を重ねた、将来の展望は、人生の模範解答のよう。あとは保護者の名前を記入するのみとなった。  プリントを机の上に、無造作に放り投げ、それを横目にご飯を食べる。ケチャップが袖について制服が汚れてしまったが気にせず食べた。


 次の日――

『週間の天気をお伝えします。週半ば、広い範囲で雨が降る予想です。明日二十三日水曜日は、東日本を中心に雨の範囲が拡大をします――』

「……雨」

 流れる朝の天気予報に、心を動かされる奇妙な現象が起きていた。

「何、雨がどうかしたの?」

 千春さんが、私の独り言を聞いて首を傾げる。

「いや、昨日傘持っていくの忘れちゃったから。折りたたみ傘、鞄の中に入れないとなって……」

「あら……玄関にあったと思うから忘れずに入れときなさいね」

「あ……うん」

 会話は広がるわけもなく、呆気なく流れていった……


「ちょっと白これ……」

 家を出る直前、慌てる千春さんの手には、昨日の進路希望調査票があった。

「これ、本当にちゃんと考えたの?」

「考えたよ」

 ぶっきらぼうに答える。

「あなたね……何も話さないのは、結構だけど、私はあなたの事を、何もわかってあげられないのよ……」

「だから、本当に行きたいんだってそこに」

 定期的にいかなければならない祖母の家では、よってたかって大学に行けだの、国立じゃなきゃダメだの言っていたのに、望むものは他にあるのだろうか……

「わかったわ……」

 千春さんの顔はよく見えない。

「……」

「はい。サイン、書いたから……」

「うん。ありがとう」

「いってらっしゃい」

 ガチャ。

 今日は、思ったより早く家を出た。水たまりは、まだ残っている。昨日の振動が耳の中を震わせる頃。風で靡く木々の隙間から木漏れ日が、私の手を照らしていた。

 昨日の出来事でやっと高校生になったような気がしていた私だったが、この教室に入ってしまえば、まだ底辺にいることを思い知らされる。

 一つの体験だけで、大きく人は変われない。自分にそう言い聞かせた。

 喜多川さんは、楽しそうにクラスメイトと話している。かける言葉も見つからない私は、いつものように席についた。

 いつものように始まる授業。

 窓際の後ろの席からはクラスの人の顔がよく見える。でもやけに目に入るのは、喜多川さんのたまに見える横顔。黒板を見るために前を見たはずなのに、ピントは彼女にあってしまう。

 先生がプリントを配り始める。一番後ろである私はそのまま眺め続けていた。喜多川さんがプリントを配るため後ろに振り返る。

(あ……)

 目があった。

 彼女は、ニコッと笑ったが私は咄嗟に視線を逸らした。

 私の視界は、空虚なプリントだけになった。


 四限が終わった。私は逃げるように教室を出た。廊下を走る私の足音が頭の中に響く。校舎裏、ジメジメとした雰囲気は私に合っていた。目の前にある、旧校舎を眺めながら外の階段に腰をかける。


「お腹すいたな」

 教室から出ていくのに必死でご飯を買い忘れてしまった。

 薄く張った雲は、雨をいつ連れてきてくれるだろうか。一人なった今、何故だかそんな考え浮かんだ。


「葉月さん」

 横から声が聞こえる。

「喜多川さん?」

 階段の塀の上から顔が少し出ている。

「なんか、避けてる今日?」

 彼女の手にはパンを四つ抱えている。

「いや、そんなことないけど」

「そう?」

 心を覗き込むように私の目を見た。私はまた目を逸らした。

「ほら、目逸らすじゃん」

「これは、違くて……」

「嫌だった?昨日」

「いや、昨日は楽しかったよ」

 逸らしていた目を合わせた。

「ならよかった」

 彼女はニコッと笑った。そして隣に座りながら言う。

「明日、雨らしいね」

「らしいね……」

「あ。天気予報、見たんだ」

「うん……」

「そっか……」

 彼女は微笑み足をパタパタとさせていた。


 グー。

「あ……」

 顔を赤ながらお腹を抑える。

「葉月さんご飯食べてないんだよね」

「あ、うん……」

「はい、これ」

 持っていたパンを二つ渡す。

「何で?」

「話そうと思ってつけてきたんだけど、葉月さんここに直行するからさ。ご飯ないんじゃないかなって……」

「そうだったんだ……」

「だから、はい」

「あ、うん。ありがとう。どれくらいした?」

「四百円ぐらい?」

「え、ほんとに?」

「まぁ、そんくらいだったから、なんでもいいよ」

「え、あ。うん」

 財布から小銭を取り出し手渡した。購買の商品は最低三百円ぐら位なのに喜多川さんは適当みたい。

「教室で友達と話してたけど、こんなとこ来て大丈夫なの?」

「あー春たち?」

「そう」

 ひいらぎ 春。バレー部のキャプテンで教師たちからも期待されている。キラキラと輝くその姿が、私は苦手だった。

「あーなんか部活で呼ばれてるって、あのあとすぐ別れたよ」

「部活……」

「部活がどうしたの?」

「喜多川さんは部活、入ったことないの?」

「あー、一個だけあるよ」

「そうなの?」

「うん。軽音部に半年だけね」

「軽音部……」

「……」

「なんでやめたの?」

「あ、えーとね」

 表情が暗くなる。

「あ、ごめん」

「いいよ別にそんな大した話でもないし。あんま聞いてもいい気持ちにならないと思うから、言おうか迷っただけ。なんか先輩とね、うまくやれなくて」

「喜多川さんそういうの上手そうだと思ったけど」

「そうでもないよ、空気読めないってよく言われるし」

 彼女はパンを口に放り込み、一口で半分食べた。

「あの時はちょっとバカだったかも私……」

「ばか?」

 私は首を傾げる。

「うん、バカ。『恋愛』とか『好き』とかそう言うものが全然わかってなかったんだよね。――まぁ今もだけど」

 鳥が空に飛ぶ。羽ばたく音が鼓膜を叩き、鳴き声が静寂を切り裂いた。

「先輩の彼氏?みたいな人に私が告白されちゃってさ」

「告白?」

「うん……なんか『好きです』みたいな。私には心当たりがないんだけど、彼女さん曰く距離が近かったとか、まぁなんか私が思わせぶりな行動を取ってたみたい」

「はあ……」

 縁のない世界すぎてよくわからない相槌しか出なかった。

「それで、なんかギスギスして、やめざるを得ない感じになってさ。まぁ居心地悪かったし、いいんだけどね」

「なんか、よくわかんない」

「まぁ、私もよくわかんない。ごめんね、こんな話して……」

「いや、うん。ありがとう」

「ありがとう?」

「変だった?」

「いや別に……」

 私の方に向いていた顔を前に向けた。

「そう言えばあの時だったかも、葉月さん見かけたの」

 前を向いていた顔が私の方へ向く。その時、同時にチャイムが鳴った。

「あ、チャイム急がないと、行こ葉月さん」

「あ、うん」

 差し伸べられた手を握り立ち上がる。

 さっきの言いかけた話はチャイムに遮られて深くは聞けなかった……

 

 次の日――

「あれ、予報だと雨だったのに……」

 朝、リビングの窓から見える外の空は快晴だった。

「晴れの方がいいじゃない。洗濯物乾くし」

「それはそうなんだけど……」

「雨が好きなんて、めずらしいわね」

「んー、雨じたいはそんなに好きじゃないんだけどね……」

 腑に落ちない表情で、学校へ向かう。植物たちが光を一身に集め、風に揺れている。木の葉のざわめきが、私を笑っていた。 四限を過ぎても、残酷に私たちを照らしている。私は、農耕時代さながらの雨乞いを心の中でしていた。思いが届いたか、放課後になると外は、激しい雨に包まれていた。喜多川さんに話しかけようと教室を見渡すが彼女の姿はない。もう、旧校舎に向かったのかもしれない。期待と不安を抱えながら走った。雨の音が私の出す音を閉じ込める。校舎に響く知らない人の話声と私の足音。旧校舎に近づくと、私の足音だけになっていく。


「はぁ……はぁ……」

 ドアにつく小窓から誰も見えない。

 ドアのぶに手をかけるが手が動かない。

 重い手をゆっくりと動かしドアを開いた。

 そこに、彼女の姿はなかった。

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