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第13話最後を抱きしめて


 ホームルーム。今日はやけにクラスメイトたちが浮き足立っている。ざわざわと話し声がする中、先生が話し始める。

「今日は文化祭の出しもの決めていくぞー」

 理由はこれだ。高校生最後の文化祭、私たちが高校生らしいことをする最後の機会だ。熱量は尋常じゃないほどに高まっていた。

「あとは学級委員の二人頼んだ」

 「はーい」――

 雪と柊さん(春)が前に出てくる。学級委員の仕事は、ここ最近なくて忘れていたけど、二人は学級委員だった。いつものお茶らけた雪の姿に似つかない役職で、笑いそうになる。そういえばそれを言って怒られたっけ……

「はい、じゃ早速始めていきまーす」

 雪が教壇に立ち話し始める。柊さんが続けて口を開く。

「やりたいことがある人は手を挙げてくださーい」

 クラスの三分の一ぐらいの人間が手を上げた。

「じゃまずは、田辺くん」

 雪が人を指名していく。

「焼きそば」

「はい焼きそばねー」

 柊さんは小さく復唱して、黒板に書いていく。

「なんか地味じゃない」

 クラスの女子が嫌そうに言った。

「じゃあ何がいいんだよ」

「え、私?クレープ屋とか」

「そんな変わんないじゃん」

「はぁ、どこがよ」

「まぁまぁ、早く次に進みましょ。はい、次の案がある人ー」

 柊さんはちゃっかりクレープ屋を候補に書いた。

「はい、じゃあ久遠(奏多)」

「俺は、クラスでなんか出し物したいな」

「具体的には?」

「劇とか」

「あー、劇ね。じゃあ次、行きましょう。はい、ひなちゃん」

「えーと私は、喫茶店をやってみたいです」

 クラスの男子たちがなぜか盛り上がる。

「おー、メイド?メイド?」

「え、あ。普通の喫茶店。お茶とかコーヒーとか」

「えー、メイドじゃないのかよ」

「はい、次。日退くん」

 案は順調に出され、候補は四つに絞られた。

「えっーと。今有力なのが、クレープと、劇と、女装メイド喫茶とクラスの作品展示かな」

「おい、ちょっと待てやばいのが残ってるぞ」

 男子が焦っているが気にせず続ける。

「あとはもう多数決で決めちゃっていいかな?」

「あのー雪ちゃん」

 雪の友達であろう人が手を挙げる。

「ん何?」

「劇なんだけど、みんな塾とかあるし……練習時間が取れないんじゃないかな?」

「あー確かにそうだね。久遠、劇無しでいい?」

「あ、うん、いいよ。去年やったから言ってみただけだし」

「あ、オッケー。じゃあ気を取り直して三つの候補で多数決しましょう。じゃあまずは……」


「うぁぁ」――

 男子たちが膝から崩れ落ちる。

「洋平がふざけるからだぞ、女装なんて。あぁー」

「ごめんって、でも投票したのは女子たちだろ」

「俺たちのクラスの男女比率を考えろ女子の方が多いだろ」

「うぅ……」

「他の案が弱すぎる」

「学級委員の陰謀だー。あー」

「はい、静粛にー。出し物が決まった言うことで、ホームルームを終わります。先生もお前たちの喫茶店楽しみにしてるからなー」

 クラスの空気が重い、現実を受け止められていない人たちは校庭を見て黄昏ていた。男子生徒は十八人程度、その中から十人はメイド服を着ることになる。選ばれたのは屈強なラグビー部と野球部、六人とじゃんけんで負けた可哀想な四人だった。

「ねぇ、奏多くん」

 奏多くんは机に頭を埋めている。

「ん、なんだよ」

「じゃんけん、負けたんだって」

「何、笑いにきたの」

「いや、伝えにきた」

「何を」

「楽しみにしてる。メイド服」

「おい」

「じゃ、また」

「それだけかよ」

「うん」

「やば……」

「そんな事ないと思うけど」

「自覚はあれよ」

「ふふ」

「てか、悩みは無くなったのかよ」

「あー、それは一旦区切りをつけたよ。自分の中の答えを出せたというか」

「お一人でスッキリなさったんですね。それはよかったです」

「え、言い方悪ーい」

「先週は暗い顔してたのに、土日挟んだらケロッとしてやがる。先週はなんだったんですかー?」

「心配してくれてたの?」

「ふ、それなりだよ」

 奏多くんは窓の方に顔を向けてしまった。

「なーに、喋っての」

 雪が後ろから話しかけてくる。

「ん、あー、奏多くんのメイド服楽しみだねって」

「ハハ、久遠。私も楽しみにしてるね」

「もういいよその話、考えたくない。うぅ」

 奏多くんはまた机に顔を埋めた。

 放課後――

 私たちはまた旧校舎に集まり出していた。

「最近、久遠と仲良いじゃん」

「あーそう?」

「うん。自分から話かけるようになった」

「どうしたのそんなこと気にして」

「いや、ただ聞いてみただけ」

「気が合うだよ……少し」

「そう、なんだ……」

「ねぇ、雪」

「何」

「いや、なんでもない」


 部屋に帰るといつもと同じ光景が広がっている。机の上のライトは、文化祭のステージの使用許可書を照らしている。私にとっての高校最後のライブ。雪には伝えられていないけどいつか言わないとな。あのことも。私はギターを手に取る。爪弾く音は形をなさない。ぼんやりとした感情は、音の広がりを失わせていた。

 そんな日々を過ごしていたら、今週も終わりそうになっていた。提出期限は今日の放課後まで。


「久遠ー、それ似合ってるよ。ねぇ白も見てよ」

 振り返ってみるとメイド服を試着した奏多くんが立っていた。

「意外に似合ってるね、奏多くん」

「一言余計だ、白」

「あれ白って読んでたっけ久遠」

「あー初めて読んだかも」

「白呼びダメでーす」

「なんで雪に言われないんだよ」

「私が嫌だから」

「あの、勝手に人呼び名で争わないでくれる」

「いやこれは久遠のと私の問題」

「違うでしょ」

「まぁ呼び方なんてどうでもいいよ。ねぇ白さん」

「そうかな、大事な気がするけど」

「僕はこだわり無いんで」

「奏多くんが好きな呼び方でいいよ」

「白はダメだからね」

「あーはいはい。白さん白さん」

「よし」

「奏多くん、一つ聞きたいんだけど。いつまでその格好で居るつもりなの」

「忘れてた、着替えてくる」

 奏多くんは慌てた様子で教室を出た。


「再来週が文化祭本番かー」

「急に何?雪」

「いや、最後なんだなって、ふと思っただけ」

「うん最後だよ」


 私は何も言えずにいた。


「ごめん。今日練習なしで」

「あぁ……うん。何かあるの?」

「お母さんの退院、今日なんだよね。だからお迎えに行かないといけなくて」

「あ、うん。わかった。」

「じゃまた」

「雪……」

「何?」

「話したいことが……」

「ご、ごめん。ちょっと時間がなくて、次の機会でも良い?」

「え、あ。うん。良いよ」

「ありがと。またね、白」

「うん。またね」

 掴もうとした手は空を切ってしまった。鞄の中でしわくちゃになった紙。それを見た私はいつの間にか、職員室へと向かっていた。扉の前、立つ私は何かに急かされている感覚がずっと心にある。ごめんなさい。心の中でそう呟いた。

 コンコン。

「失礼します。体育館のステージの使用について、ご相談があります」

 やってしまった。なんの許可もなく出してしまった。

 あの時の雪の気持ちはこんなだっただろうか。いや違うか。独りよがりな私は本当にバカだ。直接言うべきか、連絡するべきか私にはわからない。でも体は、通話ボタンを押すことはできなかった。そんなことをしていたら休みは過ぎてしまった。

 今日は行きたくないな。制服の袖は抵抗が大きくなっている。こんな気持ち四月以来……

 朝から雨が降っていた。傘に当たる雨は音をたて、緊張は色を変え濁っていく。

「雪」

 肘を片手で押さえ視線を逸らす。

「あ、おはよ。白」

「ちょっと来て」

「うん」

 人気の少ない屋上の扉前の階段まできた。

「どうしたの白、縮こまっちゃって」

「いや、その。ごめんなさい」

「どうしたの急に?」

「本当にごめんなさい」

「どうしたの変だよなんか」

「……か……だ……ち……」

「え、なんて言ったの?ごめん聞こえなかった」

 雪は、私に身を寄せる。

「なに?」

「勝手に文化祭のステージの使用許可出しちゃった『雨宿り』で。本当にごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 声は少しずつ、小さくなっていく。

「そうだったんだね」

「今からでも、キャンセルしてくるよ」

「あ、いや……」

「ほんとにごめんなさい。ごめんなさい」

「ストップ」

「……」

「これ以上は言っちゃだめ」

「……」

「私は、怒ってないよ」

「いや、怒って良いんだよ雪は」

 震える声で返す。私の視界は滲んでいた。

「ありがとう、白」

「ありがとう?」

「うん。雨宿りに、本気になってくれて、ありがとう」

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