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第12話廻る気持ちの名前


 パタ。

 机にある小さな灯りだけが照らす私の部屋で、そっと参考書を閉じた。この五ヶ月でついた差は大きく、二人で重ねた時間の長さを感じさせる。やってみて思った、私は勉強が嫌いではない。頭では結論が出た。このまま勉強を続け大学に入ろう、別々の大学になったとしても「雨宿り」を続ける方法を考える方向にシフトしよう。でも体は逆の方向に歩く。いまだに続く練習、家に帰ると手に持ってしまうのはペンではなくギター。矛盾した行動は中途半端で前進していなかった。

「私はどこに行ってるんだろう」

 一人部屋で呟いた。

 朝、というか昼。今日は日曜日。夜中に考え事をするものでは無いなと心底思った。昨日出た矛盾の抵抗の策は、結局のところ勉強。私はもう一度ペンを握った。あれ……。昨日あったやる気と決意は、どこに行ってしまったのだろうか。修正した矢印は、いつも通りに戻っている。こんなことを繰り返しても何もないことは、わかっているのに進めない。この進めない状態が心地いいと感じているのが怖い。ペンを置く。徐に私は着替え始めた。どこへ行くのかは決めていないだけど着替えた。

「あれ、どこか行くの?」

 玄関、靴を履こうとしているところに千春さんが話しかけてきた。

「うん、ちょっと」

「雪ちゃんと遊びにでも行くの?」

「いや、一人」

「気をつけていきなさね」

「うん」

「帰り、いつぐらいになるか分かる?」

「ちょっと遅くなるかも」

「帰る時間わかったら連絡して」

「うん」

 そう言った私は、ドアのぶに手をかける。

「行ってらっしゃい」

 小さく頷いた。

 歩き出した足は駅の方へ向かう。歩き慣れた道のりは足が軽い。いつの間にか目の前には『火の実』があった。入るわけでもなくただ店の外に出ている看板を眺めている。人通りは多くなく、たまに後ろに車が通る。今日のおすすめはナポリタンだった。私の口にはあの日食べたプリンの味が広がっていた。私はまた駅の方へと歩き出す。改札前、交通系ICカードをタッチし歩き出す。目の前にくる電車には、見覚えがあった。

 今日は比較的空いている。私は、角に背中を預け外の景色を見た。まだ外は明るい。前見た景色は茜色で、今日見た景色はブルー。

「まもなく、〇〇駅です。お出口は左側です。お降りの際は、お足元にご注意ください。」

 一息吐き、降りた。

 少し歩く。着いたのは、初めての路上ライブした駅。外は前見た景色と重なっていた。

「あれ、白ちゃん?」

 後ろ声をかけられ、振り返る。視線の先には、宇佐美さんがいた。

「う、宇佐美さん」

「えー。なんでここにいるのー。お出かけ?」

「まぁ、そんなところです」

「雪ちゃんはいないんだね」

「はい、今日は一人で……」

「そうなんだ。一人でお出かけね……何の目的もなくここにきたの?」

「そうですね、歩いてたらついたと言うか」

「何。悩みでもあるの?」

「いえ、特には」

「そう……これから予定とかもないの?」

「はい……ないです」

「じゃあさ、私のライブ見てってよ」

 そういえば宇佐美さんの演奏を見たことがない。前、ライブで場所を借りた時は時間的に見ることができなかった。

「何時からですか?」

「いいの?やった。えっと時間はね、十七時くらいからかな」

「まだ少しありますね」

「気にせずぷらぷらしてていいよ」

「いえ、大丈夫です。そこのベンチで座って待ってますね」

「おっけー。じゃ、準備し来るんで。またね白ちゃん」

「はい」

 私はベンチに腰をかける。

「喉乾いたなぁ」

 今まで感じなかった疲労が、座ることによって解放される。立ち上がろうとするが、忙しなく歩く人達の圧で元の位置に戻る。止まることを知らない景色は、あの時の緊張がフラッシュバックして心臓が跳ねた。


 時計の針を見つめていると十六時五十五分を刺した。

「よし、行こう」

 ある一角に、人の塊が出来ている。あれが宇佐美さんだろうか、見えない。

 つま先立ちをして奥を見ると、明るい頭が見えた。やっぱり宇佐美さんだ。

 ギターのストロークが視線を集める。

「今日も来てくれてありがとう。始めての人は初めまして。蘭です。えっと、今日やる曲は私のオリジナル曲なんで、いいと思ったらCD買っていってね。じゃ早速、聞いてください「酔い」」

 甘いギターの音色が耳を包む。ゆったりとしていて心地いい。まだギターしか鳴っていないのに歌っているようだ。ハスキーで癖のある声が重なる、パタパタとなっていた足音止まる。視界が揺れるような歌声で、引き込まれてしまう。波は私の心臓と重なった。次々と歌われる曲。いつの間にか時計の針は十八時を回っていた。

「ありがとーう。今日はこれで終わりでーす。不定期ですが、ここでライブやってるんで、よかったら見に来てくださーい。今日はありがとうございましたー」

 人の塊は一段と大きくなっいる。はけていく人達の流れに逆らって私は一人立ち尽くしていた。宇佐美さんと目が合う。

「どうだった?」

「良かったです……すごく……」

「ありがとう」

「あの……いや何でもないです」

「ん?何どうしたの」

 私は黙り込んでしまった。

「ねぇ白ちゃん。ご飯食べに行かない?」

「え、荷物どうするんですか?」

「あ、来てくれるんだ」

「あ」

「ふふ、荷物はね車に乗せちゃうから大丈夫だよ」

「免許……持ってるんですね」

「駆け出しミュージシャンは。免許ないときついよー」

「そうなんですね」

「近くのファミレスでいい?」

「はい。大丈夫です」

「おっけー。じゃ荷物片付けてくるね」

「手伝いますよ」

「あ、大丈夫だよそんな荷物多くないし」

 前に出した手を元の位置に戻す。空を見上げた。将来、私が立つ位置はあそこなのだろうか。ふわり浮かぶ考えは、朧げですぐに消えた。

「白ちゃん。準備できたよ行こ」

「はい」

 チャリンチャリン

 「いらっしゃいませ」――

「好きなの選んでいいよ」

 メニューの初めのページに、デカデカとおすすめと書かれてあったので、それにした。思った以上に早く商品が準備され、驚く私を見て宇佐美さんがケラケラと笑っていた。 


「宇佐美さん……」

「なに?」

「宇佐美はどうして音楽を続けてるんですか?」

「どうして……ね。んー」

 ソフトドリンクに刺してあるストローをクルクルと回しながら眉を顰める。

「逃避かな。現実からの」

「逃避?」

「うん、逃避。何にも縛られず全てを忘れられて気持ちいいじゃん」

「逃げた先には……何か、あるんですか?」

「先?そんなのわかんないよ。世間一般的に正道と言われる道も先なんてほぼ見えてないよ」

「はあ……」

「はあって、白ちゃんは逃げるの嫌?」

「わからないです。でも見えないように蓋をしてもその時間が、多いだけ負債が積もっていくことは知っています」

「負債……ね。私ならそれすらも逃避するかな。私にとって逃げ道が正道だから」

「逃げが正道……宇佐美さんは、音楽が……好きなんですね」

「白ちゃんは音楽が好きじゃないの?」

「わかりません」

「分かりませんね……実に高校生らしい答えだ」

「そうですかね」

「いや、私も悩んでたなって思ってさ……」

「あぁ、そういうことですか……」

「好きか、嫌いかみたいな話になると、みんな理由を欲しがるけど、最近の私は必要ないなって思っちゃうな。まぁ一個人の意見だけど……もっと適当でもいいんじゃない?白ちゃん」

「適当……」

「深く考えすぎなくても、いいんじゃないってこと」

「そうですか……」

 頭の中に流れる映像。私の見るべきものはどれだろう。


「ご馳走様でした」

「まだ食べたいものとかある?」

「いや、お腹いっぱいです」

「じゃお会計に行こうか」

「えっと何円ですか?」

「いや、大丈夫だよ。お金とか」

「え、でも」

「大人の余裕ってやつ見せていかないと」

「年齢二つくらいしか変わらないでしょ」

「それに、ご飯誘ったの私だしね。払わないのやばいでしょ」

「じゃあ。ご馳走様です」

「はぁい」

「2500円になります」

「カードでお願いします」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございまーす」

 店の外はもう暗い。光る街は夜を忘れている。

「白ちゃんは駅だっけ?」

「はい」

「じゃあここでバイバイやね。じゃあ気をつけて帰ってね」

「はい、今日はありがとうございました」

「うん。またライブ来てね」

「はい、行きます」

「あ、そうだロイン交換しよ」

「あぁ」

「よし、おっけーありがとう」

「じゃあ、また」

「うん。またね」

 揺られる電車の中で宇佐美さんの言葉が頭の中に流れる。

「好き……」

 ガチャ。

 家に着いたのは二十時近かった。

「白、遅かったじゃない」

 心配した顔で扉私を見た。

「ごめんなさい」

「連絡してって言ったじゃない」

「あ、忘れてた」

「もう」

 頭を抱える。千春さんの後ろに人影が見える。

「その子が白ちゃん?」

「あ、梶さん」

「はじめまして。白さん。梶 光希です。」

 仕事ができそうな男の人、これがその人の第一印象だった。端正な顔だち、少し近づきづらい。

「えっと、その……梶さんは仕事の同僚で……」

「あぁ、そうなんだね。じゃあ私部屋に戻るね。その梶さん?初めて葉月白です。よろしくお願いします」

「はい。よろしく」

「白……ご飯はたべた?」

「うん、食べたよ。気にしないで」

 私はそそくさと部屋に戻った。少し時間が経つ玄関の扉開く音がした。あの男の人が帰った音だろう。私はベットに頭を埋める。

「あー」

 枕で口を塞ぎ大き声を出してみた。私はギターを持ち弾き始める。静かな部屋にギター音だけが響いていた。

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