第9話白い糸
『雨宿り』埼玉県 三浦第一高校三年。所属メンバー喜多川雪 葉月白。
「よしこれで大丈夫」
「なんか緊張するね」
「確かに」
雪の笑顔が、私の心を和らげた。
「あと十三日かー、ほんと時間ないね。新曲の方は完成したんだっけ?」
「ちょうど昨日ね。今日から練習はじめれるよ」
「気合い入れてかないとね」
先日までの雪の挙動は気になることが多かったけど、コンテストが決まってからイキイキしている。何にせよ元気な彼女は見ていると気持ちがいい。私たちの十三日間はあっという間に過ぎていった。
「いよいよだね」
雪が声を震わせながら、私に話す。
会場は市内某所の一室。一次試験は、審査員との対面オーディション。そこで勝ち上がると地元のライブハウスでの審査があり、決勝で市民館でのライブができると言うものだった。数十組の高校生バンドたちが控え室に集まっている。他のバンドは四人から五人編成のところが多く、アコギ一本で立っている二人は異質そのものだった。
「な、なんか気まずくない?何も持ってないの、恥ずかしいんだけど……なんか両手にピックいっぱい持ってようかな」
「それはやめた方がいいと思う」
「ダメ?ピックマン」
「ダメでしょ、変質者だよ」
「ダメかぁ」
ふざけた話をしている間に私たちの番が回ってきた。
「三浦第一高校の雨宿りさんこちら部屋へどうぞ」
呼ばれた瞬間、一斉に私たちの方へ視線が向く私は咄嗟に下を向いた。すると手には暖かい感触が広がった。
「行こう」
雪の手も少し震えていた。
「それでは、軽い自己紹介とバンド名と曲名、お願いします」
「三浦第一高校 三年の喜多川雪」「葉月白です」
「バンド名は『雨宿り』で今日披露する曲は『二畳半』です。では」
――「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「ふぅ……」
軽く息を吐き呼吸を整える。冷たい視線に、飲み込まれそうになりながらギターを弾き始めた。初めに響くアルペジオが正しいリズムを刻めたことを喜んでいる暇もなく、雪の歌声が重なった。一音目は震えていた。徐々に調子を戻していきBメロに入るまでにいつも通りになっていた。弾いている途中は上を向くことができない。雪は、大丈夫だろうか。審査員は、私を見ているだろうか。確認する術はない。ただ淡々と音色を刻む。こんなに静かな演奏もないだろう。手拍子も、歩く音も、街の喧騒もない。私たちの音だけが広がっている。それはどこか寂しくてどこか心地よかった。
「ありがとうございました」
私たちの演奏は静かに終わった。
「はい、ありがとうございます。本日の結果はですね一週間以内にですね、合格者のみ電話で連絡させていただきます。」
「はい」
「本日の審査は以上になります。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
私たちは会場を後にした。
「手応えあった?」
不安そうな雪から出る言葉は弱々しい。
「うーんどうなんだろ、私的にはいい感じだと思うけどな」
「私、入りミスったんだよね。どうしよそれで落ちたら」
時より見せる雪の悲観的な一面は、私と重なるところがある。駅から家までの帰り道は今日のオーディションの映像が頭の中でずっと流れていた。
六日後――
スマホは、空を揺らすことはなく静寂を保っている。平静を装うため勉強に取り組んでみたが、あまり効果はなかった。午後、私のスマホが揺れた。見知らぬ電話番号を恐る恐るとると、それは一次審査の合格通知だった。すぐに雪に連絡した。私たちの状態を俗な言葉で表すなら『幸せ』だった。次の審査は九月六日土曜日。喜びに浸られる時間はそんなになかった。忙しなく過ぎる日々は私たちを高揚させどんどんとのめり込ませていた。オリジナル曲の制作は、順調で四曲目が完成した。忘れるように没頭した二週間は、一瞬で景色を変えていった。始業式が開かれみんなは、新しい方向に進み始めている。私たちの踏み出したこの一歩はどこを向いているだろうか。私にはわからない。
「ねぇ白、最近勉強やってる姿見てないけど大丈夫なの?」
心配した様子で、千春さんは、見ているが気にせず返した。
「大丈夫だよ、そっちは上手くやる」
「上手くやるって……ほんとに大丈夫なの」
「だから大丈夫だよ」
ぶっきらぼうに返す言葉は棘が立っている。
「雪ちゃんと何かやってるの?」
「雪は関係ないよ」
「そう……何も言うつもりはないのね」
悲しげな表情に、なんて帰していいか分からず、部屋に戻った。
土曜――
二次審査本番。
「Haley」と書いてあるライブハウスは、街の中で異彩を放っていた。
薄暗いライブハウスには、一次審査とは一目でわかるほど人が減っていた。今日は、お客が入って審査してくれるらしい。私たちの場違い感は、より一層濃くなっているような気がするが、気にしている余裕はない。私たちは端の方でうずくまっていた。そんな私たちに近づいてくる、綺麗に着飾った女性が一人。
「あの、今日一緒にやらせてもらいます。川口女子高校の遠坂 美羅です。バンド名は「glais」って言います。よろしく」
「私たちは、三浦第一高校の喜多川 雪です。バンド名は「雨宿り」です。よろしくお願いします。ほら白も」
「よ、よろしくお願いします」
「お二人で出られるんですか?」
「そうなんですよ。やっぱり浮いちゃってます?」
「いや、そうじゃなくて。同じ女子バンドだから仲良くしたいなって」
「あ、確かに。他の所は男性多いですもんね」
「そうなんですよ。少し居づらくなって話しかけちゃいました」
「あはは、同じですね。私たちも居づらくて居づらくて。ほら今もこうやって角の方でうずくまっていたんですよ」
「そうだったんですね。あのミースタ交換しません?」
「あ、いいですよ」
「公式の方のなんですけど」
「あ、ごめんなさい、個人のでも大丈夫ですか?」
「はい、もちろん」
「あー、五人で活動されてるんですね」
「そうなんです。あっちにメンバーは座ってるんですけど。よかったら遊びに来てください」
「はい。あ、そろそろいい時間ですね。「glais」の皆さんも頑張ってください」
「ありがとうございます。ではまた」
「はいまた」
「え、フォロワー1000人弱いるじゃんこれやばいかもね。あ、同い年だ」
雪は、スマホを見ながら何か驚いている。
「なんで話かけて来たんだろう」
「さっき男性グループにも話しかけてたから、フォロワー稼ぎかもね」
「え、そうなの」
「まぁそんなもんだよ。あ、時間やばい準備始めよ。」
「それでは雨宿りさん、音お願いします」
「はい、あーあー」
私たちのマイクチェックはすぐに終わった。これは、少人数バンドの強みなのかもしれない……
お客さんはゾロゾロと入り始め元々薄かった空気がもっと薄くなる。
「大丈夫、白。顔色悪いけど」
私たちは、まだお客さんというものに触れたことがないに等しい。路上も、審査もお客さんではなかった。その場合、今回が初ライブになるのでないかそんなことを考えていた。
「ねぇ白。出番だよ」
今回は一人で立って歩けた。決して多くない人の量だが、全員が私たちを見ている。一歩後退りをしてしまった。そんな中雪の声が響く。
「私たち少人数バンドの「雨宿り」です。今日やる曲は「いと」です。ではよろしくお願いします」
mcが終わると雪が歌い始める。この曲は、雪のアカペラから始まる。耳を貫く一つの音が、視線を集めた。一息空いたあと激しいギターが返事を返す。閉じていた目が開くように、私たちの音が重なった。二人の音は、形を成し人を包む。私たちの曲は手拍子もできない、掛け声もない独りよがりなバンドだけれど今は少しだけ交れた気がした。
「ありがとうございました」
静寂。遅れてくる拍手の波に押されながら私たちはステージを降りた。結果発表まで数組の演奏があったが、漏れた音を聞くだけだった。
結果発表――
騒めく人たちの一部となり、司会の声に耳を傾ける。
「今回勝ち上がれる一組は……」
ためて私たちを煽る。
「「glais」の皆さんです」
アンコールステージ「glais」たちの曲は煌びやかで華があった。それ以上の感想はない。
「負けちゃったねー、白」
「……」
「どうしたのだまっちゃって」
「なんて言えばわからなくて」
「全力でやったのに届かないって、くるものがあるよね」
ここで「glais」の人たちを悪く言わないのは、雪の優しさのだろうか。
「glais」は確かに凄かった。だが個人的には、技術や想いも負けているところは無いと確信できる。自分の中で思っていて負け犬の遠吠えにしかならないのが現実だった。
プルル。
「あれ、白電話?珍しいね」
「誰だろう」
そこには身に覚えのある番号が映し出されていた。
「もしもし」
「雨宿りの葉月白さんのお電話でお待ちがございませんか」
「はい、間違いないです。……どう言ったご用件でしょうか」
「うちのプロデューサーが立ち上げた新プロジェクトに葉月さんとして参加してみませんか?」
「はい?」
「「高校生自己プロデュースバンド」と言うプロジェクトを立ち上げておりまして、参加してみませんか?詳細は一次試験会場でもあった「zaynymusic」本社にて説明させて頂きます。日程なんですけれども……」
「ゆ、雪は?」
「いえ、これは『雨宿り』としてのオファーではなく、葉月さん個人でのオファーになります」
一瞬音が消えた。音が戻っていく過程で雪の顔が目の端で映ったが、あまり見えなかった。
「申し訳ないのですが、そのプロジェクトに参加することができません」
「そうですか。また機会がありましたらお声かけしますね」
「はい、ありがとうございます」
「何でもなかったよ」
取り繕うように言った言葉は、雪の耳には届いていないようだった。笑顔と悲しみが混ざった顔は、触れたら溶けてしまいそうだった。何も言わず、立ち去る彼女にかける言葉は見つからなかった。
月曜日――
憂鬱さは夏の暑さと呼応して深みを増している。雪になんと声をかけるべきか一日考えたけれど、答えは出なかった。できれば雪から話しかけてほしい。この日雪は体調不良で学校に来ることはなかった。一人暮らしの雪にとって体調不良は死活問題。精神的な理由なのか、身体的な理由なのかわからない以上動くことができない、なんて考えていたが、私の足は雪の家まで向かっていた。
「あ、着いちゃった」
インターホンを押そうとする手は重い。左手には差し入れのつもりで買ったスポーツドリンクはすっかり冷めてしまった。
「ふぅ」
一息吐きインターホンを押す。
ピンポーン。
玄関先で鳴り響く空虚な音が昔の私と重なった。慌てて二回目のベルを鳴らした。
ガチャ。
雪の額には、冷却シートが貼られており。首元には、汗が溜まっていた。
「白なんで」
「え、あ。心配だったから」
「私なら大丈夫……」
雪は、膝から崩れ落ちた。
うずくまる雪と同じ視線まで下げ話す。
「全然大丈夫じゃないじゃん」
「いや、ほんと大丈夫だから」
「何でもいいからベッド行こう」
雪は、小さく頷き私の肩に手を回した。
ベッドに寝かした後、キッチンまで行くとそこには、洗われた食器があった。
「雪ご飯食べたの?」
雪は小さく頷く。その後に続けて。
「大丈夫だから帰っていいよ今おと」
何やら喋ろうとしていたが被せるように雪の背中に額を寄せた。
「風邪、移っちゃうよ」
かける言葉がないからただ身を寄せた。
ガチャ
誰もいないはずなのに雪の部屋の扉が開いた。
「雪、スポーツドリンク買ってきた……よ」
「え?」
知らない男性。
「誰……」




