第6話 (最終話)2人の癒し。
足に違和感を覚えて病院に行った日の事は今も覚えている。
手術をした場合、歩けるようになるのに時間がかかること、歩けても今まで通りとはいかない可能性があること、そして何もしなければ痛みで歩けなくなること。
その時から普通について考えるようになった。
案外普通は難しくて、レアでなかなか手に入らない。
普通を手にしても、維持が難しい。
その気持ちに気づけたからカウンセリングを行ってみた。
人の心は思いの外汚い。
カウンセリングをしていて思い知った。
話を聞いていて巻き込まれた。
心を病みかけてしまった。
最後に話を聞いた吉木優一を見た時に、なんて綺麗な人だろうと思った。
毒親への恨みも、旧友達への怒りもなく、あるのはただ自責の念だった。
彼と恋人同士になって半年、彼は何度も不安を口にするようになった。
それは私を失いたくないから出てくる気持ちで嫌な事なんてない。
「まだ親は存命です。きっと…必ず光さんを不快にさせます」
この足の事を言っているのだろう。
だが、私が彼の生まれや育ちを気にしないのと同じで、私の足を気にしない彼さえ居てくれれば、それでいい。
彼はフリーランスの動画編集者になった。
私は彼の代わりにメールのやり取りや、スケジュール管理をしながら一緒に動画を撮る。
私達の復帰した投稿には、数多くのコメントがついた。
中には「なんだ足か」と心無いコメントが付いたりもした。
私が笑い飛ばすと、吉木優一は目を丸くしたので、「人間なんてそんなものよ。悪く言う人の言葉なんて無視して、大切にしてくれる人を探して大切にするの」と言ったら、「僕にいるかな?」と聞かれた。
「私は?」と聞くと、「そうでした。光さんが居ました」と言って微笑んでくれた。
半年の間にキスをして肌を重ねた。
普通の事が出来たと吉木優一は喜び、その顔を見て私も喜んだ。
今撮っている動画は、「普通を探す」と言うタイトルで観光地を2人で回る。
私は杖が必要な人間として、気がついた点を口にして彼の介助で共に過ごす。
グルメや景色、口にしてはいけないが、民度なんかも視聴者に伝わるようにしたら、皆が観てくれて、吉木優一の編集を褒めてくれる。
その成功体験が彼を癒していく。
そして彼といると、私は癒されていく。
私は未来を夢見てしまうが、彼はどうだろうか?
動画編集者として花開いて、私を捨ててしまうかもしれない。
出来るなら、今度は彼から言って欲しい。
告白も肌を重ねる事も私から言った。
婚約くらいは彼から言って欲しい。
それは過ぎた願いだろうか?
(完)




