2.シードルさんのお家
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シードルの案内で10分程森の中を歩き、二人はシードルの家に到着した。黄土色のレンガの壁に赤い屋根と、いかにもおとぎ話に出てきそうな魔女の家といった雰囲気だ。森の中の家ということもあって所々屋根や壁に緑色のツタが絡みついていて、そのコントラストが一層雰囲気を醸し出している。しかし、整備された庭には井戸や花畑があって、少し歩けば生き物が豊富な湖も近くにあるらしい。存外住み心地はかなり良さそうだ。
「あの、シードルさん。ありがとうございます。こんなにしてもらって…」
そんな家でルカは現在、お風呂を使わせてもらっていた。黄色いバスチェアの上にちょこんと座り、シードルに頭を洗ってもらっている。シードルがごしごしと手を動かす度に、髪で泡立つ石鹸の泡からふわっと花の香りが広がる。とても心地良い感覚に思わず夢心地だ。
「なに、気にしなくていい。疲れたり汚れたりした時は風呂が一番だ。”風呂は命の洗濯”、なんてね」
「わっ、いい言葉ですね。誰の言葉なんですか、それ?」
「ふふふ、さぁ誰だろうな」
談笑しながらルカの頭を洗い終え、次は身体を洗い始めるシードル。どうやらかなり世話好きな性格のようだ。鼻歌を歌いながら上機嫌にルカの全身を洗っていく。
「……」
その最中、ルカの視線はちらちらとシードルの身体に向く。ここは風呂場、お互い一糸まとわぬ裸の状態だ。女性らしい容姿をしたシードル、そして先程男であるという衝撃のカミングアウトをされたこともあり、どうしても興味が湧いてしまう。
こうして改めて見てもやはりシードルの容姿はレベルが高い。今まで村で過ごしていたルカはこれほどの女性を見たことがなかった。服を脱いでもその美しさは変わらず、きゅっとくびれた腰や丸みを帯びたお尻がとても魅力的だ。少し小麦色の肌もブロンドの髪と対比になっていてとても良い。とはいえよく見ると手や足に男性的な筋肉が僅かだか確認できるし、胸はぺったんこ。そして股の間には自分と同じアレが付いている。あくまで男性という土台は最低限残しつつも女としての魅力に可能な限り振り切った、そんな背徳的な魅力を感じさせる身体だ。
「ルカく~ん? 洗い終わったよ」
「……はっ!」
ちらちらと見ていたつもりがいつの間にか凝視してしまっていたらしい。シードルに声を掛けられ、ルカはびくっと身体を震わせた。助けてもらった上にこんなに親切にしてもらっている人の裸をじろじろ見るなんてすごく失礼なことをしてしまった。慌てて謝るもシードルは笑って許す。
「いやなに、嬉しいことだよ。そんなに見てもらえる程この身体を気に入ってくれたということだからね」
「きっ、気に入ったなんて…そんなっ」
「ふふ、照れなくていい。この良さが分かるなんて将来有望だな。ルカ君は」
わたわたと真っ赤な顔で慌てるルカを包むように、ぼふっとタオルを押し付けるシードル。そのまま身体を拭くとシードルはルカに新しい服を用意してくれた。ルカの着ていた服は洗濯をして干している最中なので乾くまでの代わりの服である。白いふわふわの生地にピンク色の花の模様が入ったいかにも女の子らしい服。ルカは恥ずかしがったが、自分の服が乾くまでの辛抱だと思って渋々着た。
「わぁ、よく似合うね。可愛いよ、ルカ君」
「……嬉しくない」
シードルは満足気に笑っていたがルカだって年頃の男。将来は精悍な勇者になることを夢見る少年なのだ。可愛いと言われるのはあまり嬉しくない。ぱちぱちと手を叩いて喜ぶシードルにルカはぷいっと顔を背けた。
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着替えが終わった二人はリビングに移動し、テーブルに向かい合って座って寛いでいた。テーブルにはほかほかと湯気を立てるマグカップがある。シードルが、服が乾くのをただ待っているのは退屈だろうと気を利かせて淹れてくれた紅茶だ。果物の爽やかな香りと程よい甘みがルカにもとても飲みやすく、美味しい。
「あの、シードルさん。どうして僕にここまでしてくれるんですか?」
「おや、気を遣わせてしまったかな? この家にお客さんを招くのは初めてでね、嬉しくて存外張り切っていたようだ」
話を聞くと30年程前、シードルはふらっとこの森を訪れて気に入り、住むことを決めたそうだ。しかし魔術師の家というのは貴重な論文や研究資料などが山ほどある宝の山。猛獣や野盗に襲われたらたまらないということで、使い魔に家の周辺を守るように命じたとのこと。その使い魔というのが”もんじろー”、ルカの目の前に現れたあの大きな黒い犬らしい。
「ただあの子は少々真面目過ぎる性格でね。この家に近づく者は人だろうが獣だろうが容赦なく殺してしまって、いつしか森に誰も来なくなってしまったんだよ」
どうやらそれが村民達の恐れる森の恐怖の正体らしい。新しくここに住み着いた魔術師と使い魔がちょっとやり過ぎてしまっただけのようだ。シードル自身そんなに人と触れ合いたいタイプではないため現状のまま放置していたが、やっぱりこうして久しぶりに人と話せるとなると気分が上がってしまうようだ。
「それにほら、その絵本」
シードルはテーブルの端に置いてあるルカの絵本を指差した。
「それ、『翠の騎士アレン』だろ? 私もその本は好きなんだ」
「え、そうなの!」
今度はルカのテンションが上がった。『翠の騎士アレン』は人気の物語だが所詮は絵本。子供の頃はよく読んだけど今は…、という人間が多く、ルカ程熱量を持って今でも大好きという人は周りにおらず、やきもきしていたのだ。
「ああ。初めてのお客が自分と同じものを好きだとなったら親切にしたくもなるだろう。時に少年、その絵本には原作があることを知っているかな?」
「え、原作?」
ルカが首を傾げると、シードルはぱちんっと指を鳴らした。すると床や天井から緑色のツタが伸びてきて、家の中をごそごそと動き回る。ルカが驚いて目を見開くと、シードルはくすくすと笑った。
「驚かなくていい。これは私の魔法だよ。私は植物魔法を得意とする魔術師なんだ」
やがてツタは奥の部屋から分厚い本を持ってきた。その本をルカの目の前に置き、役目を終えたツタは床や天井に戻っていく。ルカがそのやや古びた本を手に取ってみると、重厚な革製の表紙に『翠の騎士アレン ―蒼穹に誓う者―』というタイトルが刻印されていた。
「ほんとだ、アレンだ。こんな本もあったんだ…」
「『翠の騎士アレン』はそれが原作だ。絵本にはその本の内容を要約した大まかなストーリーが描かれている。子供にも取っつきやすいようにな」
だが、それは同時に原作から省かれてしまった物語もあることを意味している。つまりルカの知らない『翠の騎士アレン』がこの本に記されているということ。ルカの胸の中にワクワクした気持ちが湧き上がってきて目をキラキラと輝かせる。
「シードルさん、僕これ読みたい! 読んでもいい?」
「ああ、もちろんだ。ただちょっと君には難しい内容も出てくるからね。その時は私が解説してあげよう」
そんなルカにシードルは優しく微笑み、ルカの隣に移動した。
こうして二人は美味しい紅茶を飲みながら、日が暮れるまで楽しく読書を続けるのだった…。
・シードルさん。
森に住む魔術師。植物に関する魔法を使う。年齢不詳。美しい女性の姿をしているが男。
初めてお客を家に招き入れ、しかもそれが自分と同じ本が好きなショタということでテンションが上がっていた。植物魔法が得意で、作中出てきた石鹸や紅茶は自分由来の植物から作り出したもの。
・ルカ
ミルフェ村に住む少年。小さい頃から『翠の騎士アレン』の大ファンで、いつかアレンのような勇者になることを夢見ている。
シードルさんと一緒にお風呂に入り、その身体を見てドギマギ。シードルさん好みの可愛い顔立ちをしているショタであり、将来シードルさんによって女装癖を植え付けられる…かもしれない。
・「風呂は命の洗濯」
某特務機関三佐の名言。作者も好きなお言葉。
・『翠の騎士アレン』
小説版は絵本よりかなり濃い内容が描かれている。絵本は子供がストーリーを理解しやすいようにその中から抜粋したもの。けっこう高価で王都などの大きな本屋でしか販売していないため、ルカはその存在を知らなかった。
※二次創作は少々経験のある作者ですが、オリジナル作品にはまだまだ慣れません。自分のペースで好きなように書いていこうと思っています。




