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1.シードルさんは男らしい。













 ハルニア王国の外れにある村、ミルフェ村。ここは見渡す限りの草原の中にある典型的な田舎であり、牧場や農業が盛ん。暖かな自然の風の中で皆のんびりゆったり生きている村である。

 そんな呆れ返るほど平穏でのほほんとしている村だが、一ヶ所だけ村民が恐れて近づかない場所がある。それが村の北側に位置する薄暗い森だ。この森は以前までは獰猛な猛獣がうろつき、行商など近くを通りかかった人間が襲われる被害が度々出ていたのだが、30年程前にぱったりとその姿を見かけなくなった。それだけならただ安全になって喜ばしい話なのだが、奥へ進もうとすると途端に何者かに襲われ、帰らぬ人となるという噂が後を絶たない。

 何か良からぬものが棲みついたのではないか、そう考えた村民達はいつしかこの森に不用意に近づくことがなくなったのだ。


「ふぅ…ふぅ…もうちょっとかな」


 しかし、そんな森の中を一人歩いている少年がいた。歳は大体7歳か8歳といったところ。茶髪に素朴な服といかにも村の少年といった出で立ちだ。抱えるようにして持った絵本を時々ペラペラ捲りながら森の奥へ奥へと進んでいく。

 彼の名はルカ。ミルフェ村に住む少年だ。普段はギルドで冒険者見習いとして働いており、依頼書の整理整頓やギルド内の掃除などを行っている。大事そうに抱えている絵本、『翠の騎士アレン』の大ファンであり、いつの日かこの本に出てくる勇者アレンのように人々を救う英雄になりたいと考えている。

 そんなルカは今日いつものギルドの掃除の最中、耳寄りな情報を聞いた。『翠の騎士アレン』にも登場する非常に珍しい花が噂の森の中で咲いているところが目撃されたというのだ。絵本を何度も読み込んだルカとしては居ても立っても居られない。一目だけでも見ようとこうして森へ足を運んだというわけだ。


「この森って思ってたより広いな…。どの辺りで見たんだろう?」


 村を出発して1時間。少し休憩しようとルカは地面から飛び出た大きな木の根っこに腰掛けた。

 お目当ての花は”聖樹の花”と呼ばれることもある神秘的かつ希少なものだ。純白の花びらが淡く翠色の光を放っていることが特徴で、その蜜には非常に高い治癒能力があり、高価な治癒薬の材料に使われるという。

 非常に価値のある花だが、どのような環境で育つのか未だに分かっていない。種を入手することも栽培することも困難なため、自然に発生しているものを採取するしかないという極めて珍しい素材なのだ。曖昧な目撃情報だけでこの薄暗い森の中を探すのは少々無謀だったかもしれない。ルカは木の根の上でため息をついた。




_ズシッ……ズシッ……_


 その時、今まで静かだった森から足音が聞こえてきた。何か大きくて重いものが大地を踏みしめる、そんな音だ。バキバキ、メキメキと枝や草むらを踏みつけながらその音は徐々にこちらへ近づいてくる。

 その音を聞いてルカはびくりを身をこわばらせた。もしや噂の、森の奥へ足を踏み入れた者を襲うという何かがやってきたのだろうか。花を一目見たらすぐ帰るつもりで、森の奥へは入らないから大丈夫だと軽い気持ちで来てしまったが、いつの間にかその何かを怒らせるような領域へ入ってしまったのだろうか。

 一刻も早く逃げた方がいい。そう思いつつもルカの身体は恐怖で硬直してしまって言うことを聞かない。本を握りしめる手にぐっと力が入り、全身から嫌な汗が吹き出てくる。そうしている間にも足音はどんどん近づいてきて、とうとうルカのすぐ後ろまで来たようだ。ルカはごくりと唾を飲み込み、恐る恐るゆっくりと振り向く…。




「グルルルルッ……!」


「ああっ…あっ……」


 そこにはルカの体躯の5倍以上はある巨大な犬が立っていた。ルカの身体くらい簡単に丸呑みできそうなサイズだ。全身が黒い毛で覆われていて、まるで炎が燃えるようにゆらゆらと蠢いている。真っ赤な目からはルカに対する殺意を真っ直ぐに放っていて、大きな口から涎をぼとぼと垂らしながらゆっくりルカに近づいてくる。

 あまりの恐怖にルカは声を出すこともできない。腰が抜け、ぼとりと地面に尻もちをついた。数秒後、自分はあの剣山のような歯に噛み砕かれてこの犬の餌になってしまう。その未来を想像して絶望と恐怖のあまり失禁までしてしまった。それを気にする余裕もなくガチガチと震えて歯を鳴らす。


「うわっ!? へっ……?」


 その時、突如としてルカの身体がぐわっと宙に浮いた。足首の辺りを何かに掴まれて逆さまに持ち上げられた感覚がある。見ると先ほどまでルカが座っていた木の根っこが地面から飛び出し、ルカを持ち上げたようだ。根の先がぐるぐるとルカの左足首に巻きつき、犬の届かない高さで宙ぶらりんに拘束している。一体何が起こったのか。ルカは思わず先ほどまでの恐怖を忘れて困惑した声を出した。



「もんじろー」


 するとそこへ何者かの声が聞こえてきた。凛とした雰囲気を孕んだ少し低めな中性的な声だ。ルカがそちらに目を向けると、ついさっきまで誰もいなかったはずの場所に一人の女性が立っていた。

 村ではまず見ない、美しい女性だ。腰まである長さのブロンドの髪は少しウェーブがかかっていて、毛先にいくにつれて淡い緑色のグラデーションになっている。苺のように紅い瞳を内包する目はパッチリと大きく、まつ毛も長い。太ももを露出させる程短くて青いスカートと黒いニーソックスを着用し、上は白いシャツに赤いネクタイ、白衣と特徴的な服装をしている。

 その女性は優しい声で黒い大きな犬に語り掛けた。


「いつも言ってるだろう? 食べていいのはこの森を荒らすような礼儀を知らない大人だけ。子供は見逃してやれ」

「ぐるぅ…」


 あれだけ大きく恐ろしい犬に対してペットのように話す女性。もんじろーと呼ばれた犬の方もお利口にお座りをしてしゅんと反省していた。


「また今度ベアイノシシの肉でもご馳走してやるから、今日のところは向こうで遊んでな」

「わふっ」


 女性の言葉に元気よく返事を返したもんじろーは尻尾をぶんぶん振って森の奥へ消えていった。先ほどまでの恐ろしさとは一変、よくしつけられた子犬のような仕草にルカは思わずぽかんとしてしまう。


「さてさて、大丈夫だったかな? 坊や。すまないね、うちのもんじろーが」

「…あ、いえ。僕の方こそごめんなさい、勝手に森へ入ったりして」


 ルカを掴んでいた木の根がするすると動き、女性の目の前で降ろしてくれた。どうやらこの木の根は女性が魔法で操っていたようだ。


「いやいいさ。子供はこれくらい好奇心を持っている方が健全だ」


 くすくすと笑う女性。近くで見ると猶のこと分かる美しさにルカはたじろいでしまう。しかも今更自分が失禁していたことに気づき、バッと急いでズボンを隠した。湧き上がる羞恥心にルカの顔は真っ赤だ。


「おやおや服を汚してしまったようだね。ちょうどいい、近くに私の家があるんだ。招待するよ」


 そのことに気づいた女性がルカにそう提案してきた。命を助けてもらった女性に粗相の世話にまでなるのは恥ずかしくて死にそうだったが、このまま村に戻るのも嫌なのでルカは小さく頷いた。


「うんうん、素直が一番。さ、行こう」


 ルカへ手を差し出す女性。ルカもその手を静かに取って歩き出した。いたたまれない気持ちの中、ルカはこれだけは伝えておこうと口を開く。


「あの…、お姉さん。助けてくれてありがとうございます」


 その言葉を聞いた女性は不思議そうな顔でぱちくりと瞬き。そしてすぐに合点がいったという顔をするとニヤニヤと笑い始めた。


「そうかそうか、そういえば君と会うのは初めてだったね。そんな反応は久しぶりでつい忘れていたよ」

「? あの、お姉さん?」


 首を傾げるルカを見てさらに愉快そうに笑う女性。やがて息を整えるとルカに向けて改めて自己紹介をした。


「私の名はシードル。この森に住む魔術師だ。こんななりをしているが……男だよ」

「………………え゛」


 衝撃のあまり、ルカは言葉を失って立ち止まってしまった。








・シードルさん。

 森に住む魔術師。植物に関する魔法を使う。年齢不詳。

 肉体年齢は大体17歳くらい。女性らしい服装を好み、麗しい美女の姿をしているが歴とした男。その趣味から変人として見られている。


・ルカ

 ミルフェ村に住む少年。小さい頃から『翠の騎士アレン』の大ファンで、いつかアレンのような勇者になることを夢見ている。『翠の騎士アレン』のことなら突っ走っちゃうオタクタイプのショタ。今回は運よくシードルさんに救われた。

 シードルさんの性別にびっくり。石のように固まってしばらく動けなかったらしい。


・『翠の騎士アレン』

 100年程前、この世界で実際に起きた出来事を綴った英雄譚。絵本だけではなく小説や劇にもなっている。

 内容は王道中の王道。人々を苦しめる魔物と魔人族の軍勢を、精悍な勇者アレンが仲間達と共にやっつけましたよというお話。




※このような完全オリジナル作品を作るのはまだまだ不慣れです。どうか温かく見守ってください。

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