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気力という名の剣、この世界の剣

焚き火の赤が、夜の闇にゆらゆらと揺れていた。


 森の静寂が、ただ焚き火のぱちりという音と、風のわずかなそよぎで満たされるなか、カイルは小枝を火にくべながら口を開いた。


 「……お前がこれまで勝てた理由、少し見えてきた気がする」


 エリカは、少し離れた切り株に腰かけていた。膝には脱いだ戦闘用の上着をかけ、無言で焚き火を見つめている。


 「なぜ、あなたがそれを語れるの?」


 冷えた声だった。彼女はまだカイルに心を許していない。そのことはカイルにも伝わっていた。しかし彼は気にした様子もなく、薪を崩しながら言葉を続けた。


 「お前がこれまで戦った相手、全部“魔力系”の剣士だったろ?」


 「……そうね。そうだったかもしれない。でも、それがどうしたの」


 「魔力系は、魔力を使って身体を強化したり、剣に属性を纏わせたりして戦うのが基本だ。でもお前には魔法が通じない。つまり、やつらは自分の力の半分も使えてなかったってことさ」


 エリカは眉をひそめた。


 「つまり、私は幸運だったと?」


 「いや、違う。お前が強いのは間違いねえ。俺が言いたいのは、相性の問題だ。魔力が効かねえ相手に、魔法の剣は無力だ」


 その言葉に、エリカは沈黙した。彼女は自分の異質性を理解している。魔導が通じない。魔力が侵入してこない。だがそれは、自分が特別だからではなく、どこか“欠けている”からではないかという不安を、どこかで抱えていた。


 「……私に魔法が効かないのは、“魔力を持っていない”から?」


 「たぶんな。魔力を体内で生成できないんだ。俺たちの体には“魔核”っていう器官がある。魔力を蓄積し、練り上げ、放出する……でも、お前には、それがねぇ。つまり、“魔力そのものに干渉されない構造”なんだよ」


 「なるほど……合理的な説明ね。納得はできる。でも、それなら──私はただの、欠陥品じゃない」


 「違ぇよ」


 カイルは即座に否定した。その声には、焚き火よりも熱い真摯さがあった。


 「魔力を使えねぇなら、それ以外の方法を探せばいい。俺が使ってる“気力”ってのが、まさにそれだ」


 「気力……?」


 「魔力と違って、生まれつきの才能はいらねぇ。必要なのは、感覚と技術と、少しの根気だ。……俺の流派も、その教えに基づいてる」


 「あなたの流派?」


 「ああ。《翠天流》ってやつさ。気力を循環させて“斬撃”に変える、山岳の古流だ。地味で実戦向けだが、命は拾える」


 エリカはその言葉を黙って聞いていた。彼の話には、見栄も飾りもなかった。ただ、生き延びるために積み上げてきた剣士としての誇りがあった。


 「まずは座れ。目を閉じて、呼吸を整えろ。感じるんだ。空気の流れ、土の温もり、草の匂い、木々のささやき……それらすべてに、エネルギーがある。それを、お前の中に探せ」


 エリカは戸惑いながらも、言われた通りに足を組み、背筋を伸ばし、目を閉じた。


 風の音が耳に触れる。草がこすれる音が遠くで聞こえた。


 (……これは、瞑想? いや、違う。もっと……深く感じろということ?)


 エリカは深く息を吸った。そして──


 世界の“呼吸”を感じた。


 風の中に流れる“ぬるい水”のような存在。木々が蓄えている“温かな膜”。

 目には見えないが、確かに“ある”何かが、彼女の皮膚に触れ、心を揺らした。


 「……感じたわ」


 カイルは目を見開いた。


 「マジか。今、もう?」


 「ええ。わかる。“そこにある”ってことが」


 「……普通の奴なら、一年かかるぞ。感じ取るだけでもな」


 エリカは静かに頷いた。彼女にとって、それは特別なことではなかった。むしろ、ただ自然に、直感的に理解しただけだった。


 「次は、それを自分の中に吸収する。呼吸に合わせて取り込む。力を“飲み込む”イメージだ」


 エリカは言われた通りに息を吸い、意識を深く沈めていく。

 温かい流れが、肺から胸、腕へと向かう──


 だが、途中で止まった。


 「……動かない。体に入ってくるのに、動かせない」


 「それで普通だ。気力は外から借りた力だ。血肉にするには時間がかかる。……だが、お前なら」


 カイルは手を開き、拳を握る仕草をした。


 「血管のように、体中に張り巡らせろ。一本一本、糸を紡ぐように……ゆっくり、確実に」


 エリカは静かに呼吸を整え、意識を集中させた。


 心臓から四肢へ。指先へ。背中へ。頭の奥へ。


 ──流れが生まれた。まるで新しい回路が、体内に繋がっていく感覚。


 「……できた」


 呟く声が静かだった。


 「張れたわ。……まだ細いけれど、確かに“ある”」


 カイルは驚愕を隠せなかった。

 彼がこの感覚を得たのは、修行を始めて三年後だった。


 (……何者なんだ、この女は)


 エリカの気力は、今や常人の数倍の力を瞬時に発揮できるレベルにまで達していた。

 彼女の筋力も反射神経もその“循環”により底上げされており、今後さらに制御が進めば──達人級の者が発揮する“常人の数百倍”の力に至ることも、決して夢ではない。


 焚き火の赤が、彼女の横顔を照らしていた。

 金色の髪が静かに揺れ、透き通る青い瞳が、どこか遠くを見ていた。


 その姿はまるで──夜に舞い降りた、孤高の“剣の精霊”のようだった。

夜が深まり、森に静寂が満ちる頃──焚き火の傍で、ふたりは向かい合っていた。

 火は赤々と燃え続け、薪がはぜる音が沈黙を埋めていた。


 「そろそろ、話しておこうと思ってな」


 カイルが口を開いたのは、空が星で覆われたころだった。


 「この世界には、いくつかの“剣の流派”がある。流儀も思想も、まるで違う。お前がこれから剣を学ぶなら……知っておいて損はない」


 エリカは静かに頷いた。彼女の目は、焚き火越しにカイルの瞳をまっすぐに捉えている。



 「まず、《鋼剣派こうけんは》──鉄壁の重装備と、重い一撃を重ねる、いわば“戦車”みたいな剣術だ。防御と持久戦に特化していて、騎士団にも多い」


 「次に、《斬迅流ざんじんりゅう》──速度と機動力を重視した“斬り捨て御免”の流派。一撃の速さで決める。主に東方の剣士が好む」


 「《魔導剣派》──剣に魔力を纏わせて戦うスタイルだ。剣術と魔法の融合ってやつだな。だが、お前には向いてない。というより、使えない」


 エリカは少しだけ口元を歪めた。「それは、よく分かってるわ」


 「他にも、《騎剣術》《双剣式》《風刃流》……いろいろあるが」


 そこで、カイルの声がひときわ静かになった。


 「だが、そのどれにも属さない、“異質な流派”がある」


 「……無刃流ね」


 カイルは驚いたように目を見開いた。


 「もう知ってたのか」


 「少しだけ、あなたが話していたわ。刃を抜かずに勝つ、って流派だと」


 「そうだ。気力を鍛え、研ぎ澄まし、相手を“斬らずに斬る”。……剣士の理想とも、戯言とも言われてるがな」


 「理想でいい。私は、その理想を選ぶ」


 エリカは、まるで自分の在り方を見つけたかのようにそう言った。

 カイルは、しばらく黙って彼女の顔を見つめ、やがて小さく笑った。


 「お前になら……向いてるかもしれない。無刃流は、力に呑まれない奴だけが扱える剣だ」


 やがて言葉が尽きると、ふたりは再び焚き火を見つめていた。

 火の粉がふっと舞い上がり、星々に消えていく。

 その時間のなかで、エリカは少しだけ目を伏せ、ぽつりと問いかけた。


 「……どうして。あなたは、どうして私にそこまでしてくれるの?」


 唐突な問いだったが、彼女の声は柔らかかった。

 冷たく切り捨てるような棘はなく、どこか戸惑いと温もりが混じっていた。


 この数日、彼女の態度は変わりつつあった。

 以前のように、警戒一辺倒ではなくなっている。

 少しずつ、言葉のトーンが和らぎ、視線が長く続くようになった。


 カイルはしばらく黙っていた。


 焚き火の赤が、彼の横顔に影を落としていた。


 やがて──


 「……一目惚れだったんだ」


 その言葉は、思いのほか真っ直ぐで、飾りがなかった。


 「初めて見た時……その目を見た瞬間に思った。強くて、美しくて、でもどこか壊れそうで……それで、放っておけなかった」


 エリカは目を見開いた。


 「……冗談?」


 「本気だ。剣士としてだけじゃない。……女として、お前に惹かれてる」


 焚き火の灯が、彼の真剣なまなざしを照らしていた。


 エリカはすぐに返事をしなかった。ただ少しだけ、俯き、そして小さく笑った。


 「……あなた、案外まっすぐなのね」


 それは初めて見せた、少女のような微笑みだった。


 そして、その夜、ふたりの距離は──ほんの少しだけ、近づいた。

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