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エリカの葛藤

――五人の盗賊は、全員動けなくなっていた。


 重傷には至らぬように調整していた。

 骨を折らず、急所も外している。

 しかし、それは並の剣士にできる芸当ではなかった。


 ロープ代わりの革紐を拾い、手足を縛っていく。

 逃げられぬよう、身体の可動に関わる部分を意図的に拘束する。


 息を切らしながら、エリカはひとりで全員を村へ引きずっていった。

 背後からは、満足に歩けぬ盗賊たちの呻き声だけがついてくる。


 夜が明けかけたころ、村の中央広場に彼らを並べると、村人たちは次々と顔を出した。


 誰もが驚き、そして、次第に歓声が混じってくる。


 「……やったのか」

 「五人とも、生きてる……? 信じられん」

 「これで村は……守られたのか……!」


 やがて、年配の村長らしき男が前に出た。

 深く、頭を下げる。


 「……嬢ちゃん、本当にありがとう。だが……これで終わりじゃねぇ」


 村長は、革袋に入った短剣を差し出した。


 「こいつらは処刑せねばならん。ここの掟だ。――殺ってくれ」


 エリカは、その刃を見つめた。


 村の子供たちが怯えるように、広場の影から顔を覗かせていた。

 その眼差しのなかには、“期待”と“恐れ”が混じっていた。


 「待ってください。……処刑は、本当に必要なんですか?」


 エリカの問いに、村長はうなずいた。


 「国の法にもある。盗賊は、その場で命を奪ってもよいと」


 「でも……今、彼らはもう戦えない。ただの人間です」


 「人間? 嬢ちゃん……あんた、何も知らないんだな」


 村長の顔に、怒りにも似た悲しみが浮かぶ。


 「こいつらは三度目だ。最初は家畜を、次に子供を連れ去った。俺たちが何度、血を流したと思ってる」


 「……だからって、殺さなきゃいけないんですか?」


 エリカの声は静かだった。

 だが内心では――胸がきしむほど、迷いが渦巻いていた。


 たとえ、国の法律が許していても。

 たとえ、被害に遭った人々の心が望んでいても。


 (私は、“人”を斬ることを正当化してしまっていいのか?)


 エリカの目に、倒れている盗賊たちの姿が映る。

 かつての自分と、重ねてしまった。


 居場所を失い、力だけにすがっていた時期。

 もし誰かが救ってくれていたなら、自分はどうなっていただろう――


 手は、震えていた。

 革袋の短剣を握る指が、汗で滑る。


 村人たちの視線が集まる。


 「嬢ちゃん……殺れよ。俺たちは、もうあんな奴らと一緒に暮らす余裕なんて、ないんだ」


 エリカは、小さく息を呑む。


 この世界の“正しさ”と、自分の中にある“正しさ”。

 それは、まったく同じではない。


 (私は――どうする?)


エリカは、差し出された短剣をゆっくりと革袋に戻した。


 「私は――この手で“人”を裁くことはできません」


 沈黙が広がる。

 それは、雨よりも冷たいものだった。


 村人たちの間にざわめきが走る。

 「どういうことだ」「それじゃ何も変わらねぇ」

 「また来るかもしれねぇぞ……!」


 その声の波に、エリカはかき消されそうになった。

 だが、彼女は一歩、踏み出した。


 「確かに……彼らは、罪を犯しました。人々を傷つけ、奪った」


 「けれど、それを“法”と呼ぶのであれば――法の場で裁かれるべきです」


 村長が、険しい顔で言った。


 「ギルドに渡してどうする? 牢に入って、数年でまた出てきたら、今度こそ皆殺しにされるぞ」


 「ならば、その“法”を変えるのが、この国の役目です。……私の役目じゃない」


 エリカは、手を広げて見せた。

 しなやかで傷ひとつない、戦いの後とは思えぬほど静かな両手。


 「私は剣士です。命を奪うことではなく、命を守るために――私はこの力を使いたい」


 その声には、怒りも涙もなかった。

 ただ、揺るぎのない意思だけが、雨の中に立っていた。


 沈黙。


 長く、深い沈黙の末、村の老婆がそっと口を開いた。


 「……あの子は、剣を抜かなかった。あたしらのために、血を流させずに守ってくれた。……それで十分じゃろう?」


 誰かが泣き崩れた。

 誰かが頭を垂れた。


 村長は黙って盗賊たちを一瞥し、重々しくうなずいた。


 「……嬢ちゃん。あんたのやり方を信じてみよう」


 翌朝、エリカは盗賊たちを連れ、村を出発した。

 ギルドの管理支部があるという隣国の町へ向かう。


 その背に、村人たちの視線と、希望のようなものが――確かにあった。


 鉄製のドッグタグが、静かに揺れていた。

 「エリカ・ウォルター D級」

 その名はまだ、世に知られていない。

 けれど、たしかに“無銘の剣姫”の伝説は、この日、始まった。



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