第17話 これでも宿泊施設?
トレイルレース出場の為、現地を訪れたときの宿の事である。
レース前日は会場近くの民宿に宿泊できたが、当日はゴールが関門ギリギリになりそうなので連泊をしたかったが不都合との事で、2キロ離れた別の山荘に宿を取っていた。
予想違わず関門間際にゴールした後、マラソンバスでスタート会場まで戻ってきた。ここから2キロ先の山荘まで徒歩30分のところ、途中の韓国レストラン経由で21時過ぎに無事山荘に到着した。
敷地内には二棟の建物が建っていたが、一棟は薄暗くもう一棟は玄関に電灯が灯り、『……山荘』と書かれた看板が掲げられていた。早速、玄関に入り声を掛ける。
「こんばんは」
「………」
「ごめんください」
「………」
フロアに上がり、卓上にある呼び鈴を押してみる。やはり、返事はない。
兎に角、汗だらけの身体を洗い早くさっぱりしたい。近くの部屋のノブを回してみるがロックされている。嫌な予感が脳裏を掠める。次に電話を掛けてみた。玄関にある電話機が鳴った後すぐに転送されたが、留守電になった。
向い側に浴室らしいのがあり『男性』と書かれた木札がドアノブに掛かっている。半ば本能的にノブを回してみたが、こちらもロックされている。
すぐ横にある『女性』と書かれた方のノブを、神に祈る気持ちで回してみる。開いた。良かった。これで兎にも角にも、身体はさっぱりでき、疲れた足腰はほぐせる。
脱衣所の明かりを点け、湯舟のドアーを開けてみた。何と言う事だ。お湯が張られてない。洗い場のシャワーの蛇口を捻ってみた。水は出る。お湯はどうか? だんだん温かくなってきた。ほっと一安心。これで汗だけは洗い落とせる。
少し落ち着きを取り戻し、荷物を取りに玄関に戻った後、隣室の様子を見てみようとしたら、自分の名前の書かれた紙札がドアノブに掛かっているではないか。
(ああ、良かった。これで、布団で寝られる!)
この時は心底ほっとした。
部屋に入り、着替えのパジャマその他を手にして、念の為に『男性用』と『女性用』を取り替え、『新男性用』の浴室でシャワーを使った。
浴室から出た後、『元男性用』の浴室を見ると、先ほどまであったスリッパが無くなっている。どうやら先客が居たようだ。誰も居なくて無防備だから、ロックしてたのか。
昨夜はレース前夜の所為で交感神経が働き過ぎたとみえ寝つきが悪かったが、今夜は副交感神経がリベンジしそうだ。ゆっくり休もう。
翌早朝、洗面所で音がする。例の先客であろう。トイレにたつ時挨拶を交わした。話は朝食の時にゆっくりできる。しかし彼とはこの時が最初で最後であった。残念、少し話したかった。
8時過ぎに部屋の外からモーニングコールがあった。食堂に行ったら60代後半ぐらいの爺さまが用意をしてくれていた。
「昨夜、9時過ぎに着いたんですよ」
と言ったら、
「9時前まで居ました」
とまるで何事も無かったかのような返事。
「私の他にもう一人居たんですね?」
に対して
「そうみたいです」
とまるで他人事のよう。
後からやって来た30代後半と思われる娘さんによると、もう一棟に家族で住んでいるそうである。
昨夜の到着時の事を話すと、
「(住んでいる棟の)玄関に呼び鈴を押すように書いてます」
と涼しい返事。
そちらに家族で住んでいる事など、リピーターじゃないのだから分かる筈がない。何をおいても、山荘の玄関に状況を説明すべきメッセージが必要であろう。
このオヤジにしてこの娘有りか!
もう二度とこの山荘に宿泊する事はない。