9話 嵐は静かに動く
神ヶ丘高校は突如出現した巨大な竜巻に呑み込まれた。その周りでは日光は分厚い雲に遮られ、まだ昼下がりだと言うのに日が落ちた夕方の様に暗く、街灯がちらほら点き始めていた。さらには横殴りの雨が降り、外に出ている人は殆どいない。だが、この嵐の中で、竜巻へと向かう二人の人影があった。
「翔琉阿は大丈夫かしら?」
千影は走りながら一歩後ろを走っている少年に話しかけた。
「解りませんが......今僕たちに出来ることは風神雷神の神気があると思われる神ヶ丘高校に先に行った翔琉阿さんに、一刻も早く追いつくことだと思います」
陽人はしっかりとした口調で言った。
「それにしてもあんたの“縁占い”もそうだけど、式神の“煙々羅”も凄いわよね」
「今も“煙々羅”のおかげで濡れませんからね」
この嵐の中を走っている千影と陽人だが、服や体に全く水滴がついておらず二人の周りをよく見るとうっすらと白色の煙のような物が二人を囲っていた。
その正体は陽人の式神である“煙々羅”である。一見するとただの白い煙だが、その煙そのものが“煙々羅”であり、形を自由自在に変えることができる。二人を囲うように形を変えることで雨風から二人を守っていた。
「このまま走って早く翔琉阿に追いつくわよ」
「はい!」
朱雀神社から出発してから五分経過、神ヶ丘高校に到着するまでおよそ二十分。
竜巻の目に位置する神ヶ丘高校の下駄箱に、地面から生えた太い枝で編まれた高さが一メートル程の籠のようなものがあった。その木の籠は隙間が小さく中は良く見えない。
「ミシッ、ミシミシ......」
不意に籠から軋む様な音が聞こえた。すると編まれている枝がほどかれていき、中から座り込み腕で顔を隠している茶髪で制服を着ている智樹が出てきた。
「......何が起こったんだ?」
智樹はきょろきょろと周りを見て不思議そうに言った。
下駄箱にある靴が何足か出ていたり、廊下にある窓が殆ど割れている。その窓があったところから来る光は薄暗く、すっかり先程までの晴天は分厚い雲に隠されていた。だが、それよりも奇妙なのが智樹を囲うように七本の太い枝が地面を貫通して生えており、動物のようにうねうね動いているのだ。
『これは俺様の神器だぜ』
突如、智樹の脳内に陽気な声が聞こえてきた。
「神器ってこれなんだよ? それに何かさっき動いてたし......」
『智樹! 詳しい説明は後だぜ。すぐにここから離れるぞ!』
青龍が声を荒げた。だが、智樹が動くよりも先に、強風が吹いた。
「......お前は誰だ?」
先程まで校庭の中心に背の低い初老の男性といたはずの長身の男性が目の前に来ており、智樹を鋭い視線で睨みながら言った。身長は智樹よりも高く、百九十センチメートルはありそうだ。深緑色の長い髪の毛と淡い緑を基調とした袴のような服装をしている。また、両腕に黒い輪っかがついており、右腕で大きな袋を抱えている。顔は整っており灰色の顎鬚が生えている。
「さ、先に名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかよ、おっさん」
突然の出来事に戸惑いながらも必死に言葉を紡いで智樹は目の前の男性に言った。だが恐怖からか、汗が智樹の頬を流れ落ちていく。
「ふむ......お前のその度胸に免じて答えてやろう。私の名は俵屋風太。まあ覚えなくともよい。お前はこの後死ぬのだからな」
そう言うと袋の口を智樹に向けた。
「......なんすかそれ。ていうか何で俺が殺されなきゃいけないんだよ」
「お前がこの場にいること、何故かは知らんがお前が青龍の神器を持っていること。それが理由だ。万亀様から操者は全て殺すように言われているからな。精々自分の運の悪さを憎んで死ぬがいい」
吐き捨てるように俵屋は言った。だが、そう言った瞬間に智樹の周りにある全ての枝が俵屋へ伸びていった。
「なんだこれは......!」
地面から伸びている枝が足や胴体をぐるぐる巻きにされ身動きがとれなくなった俵屋は予想外の事態にたじろいでしまう。
『智樹! 上に行け!』
青龍が声を荒げ、それを合図に智樹は一番近くにある階段へと走り出した。
「サンキュー青龍!」
智樹はほっとしたように笑った。
「ただで逃げれると思うな!」
枝に拘束された俵屋が悔しそうに言った。
「うるさいやーい。精々自分の運の悪さを憎むんだな」
勝った気満々で智樹は笑った。
「“断ちきる風刃”」
そう言うと俵屋が持つ袋から一対の風の刃が飛び出した。すかさずそれに反応し、胴体を拘束していた枝が一対外れ、智樹の体を横に軽く押した。
「お、と......!」
体を押されて少し驚いた智樹だが、そのすぐ後に風の刃が顔の横を通りすぎ一瞬言葉が詰まる。風の刃が来た背後を振り返ると今しがた手から袋を落とした俵屋が鬼のような形相で智樹を睨みつけていた。智樹はすぐに前を向きなおしてそそくさと階段を上り始めた。
『おい智樹、油断するんじゃないぞ。今のは不意打ちだから逃げれたが次はもう無いぜ』
「おお。ていうか今階段を上ってるけど上に向かって何があるんだ?」
『今、智樹がいる場所は竜巻の目で周りにある分厚い風の壁に囲まれてて外に出ることはぜってえできねえ』
「はあ!? ここが竜巻の目って何かの悪い冗談だろ」
冗談交じりに少し苦笑しながら智樹は言った。校舎の最上階である三階に到達した智樹はさらに一個上の屋上へと階段を上る。
『こんなやばいことを起こしたのはさっきの二人組で間違いねえ。それに、ここから抜け出すにはあの二人組を倒すしかねえ訳だぜ』
「倒すっつったてどうするんだよ?」
『今、お前のよく知ってる友達がすげえ速度でこっちに向かってきてるぜ。どんどん神気が近くなってきてるのが良く解る。まずはそいつと合流してからだ。今屋上に向かってんのもそいつに出来るだけ早く会うためだからな』
「友達って......もしかして翔琉阿のことか。そういえばあいつらが何か話してたけど関係あんのか?」
『智樹、お前はこの俺様、青龍の操者だろ。で、その翔琉阿ってやつは朱雀の操者でお前はそいつと協力してあの二人組をぶっ倒す必要があるってことだ』
「え、あいつも操者だったのか! てことは千影さんも?」
『そうだぜ』
「青龍は何でそんなことたくさん知ってんだよ」
『俺様は神界っていうこことは別の異世界みたいな場所からここを見てたからな。色んなことを知ってるんだぜ』
「やっぱ神様ってすげえな。ところで肝心の翔琉阿はいつ来るんだ?」
屋上に行く扉の前に着き、立ち止まって確認した。扉についている小窓からは日の当たらない薄暗い屋上と空まで届く風の壁が見える。
『良いから目の前の扉を開けてみろ。そしたらすぐ会えるぜ』
「......わかった。行くぞ」
外のお様子のまだよくわからない智樹は恐る恐る扉を開け、屋上に着いた。
「陽斗の言ってた通り神ヶ丘高校にあったな」
竜巻のすぐ近くに、炎で出来た翼を広げている少年が雨に打たれながら竜巻を見上げていた。雨は翼を通過しており、この悪天候の中でも朱色に輝いている。
「朱雀、この竜巻ここから動かないぞ......おかしくないか?」
翔琉阿が神ヶ丘高校を囲むようにある竜巻を見上げながら虚空へ聞いた。
『汝よ、どうやらこれは神気暴走ではなく神術の一種だろう。神気が安定している』
翔琉阿の脳内に朱雀の重厚感のある声が聞こえた。
「てことは風神雷神の操者がこの近くにいるってことか。早く探さないと」
『否、我はこの竜巻の中つまり神ヶ丘高校に少なくとも三つの神気を感じる』
「三つ? 風神雷神を入れても二つだ。あと一つは何だよ?」
『......恐らく青龍だろう』
「青龍!......神ヶ丘高校にある青龍の神気、その正体がもし操者だったら智樹か?」
朱雀の言ったことに驚き、はっとした様に言った。
『この竜巻で我にも良く解らない。だが、その可能性は大いにあるだろう』
「なら急がねえと、な!」
膝を曲げ腰を低くした後に体を一気に上に伸ばし、その反動で飛び上がった。翼をはためかせ竜巻を超える勢いでどんどん上昇していく。前回の神気暴走風よりも風の抵抗は少なく、すんなり雲を突き抜け、荒れる風の渦を下にし、晴天を拝む。
「眩しっ」
翔琉阿は小さく呟き下を向き直し翼を閉じて急降下する。竜巻の中に入ると雷撃が翔琉阿めがけてくるが全てを避けて竜巻の目へと入った。目の前には風の壁のに囲まれた神ヶ丘高校があった。
「あ、あれは!」
翔琉阿は屋上に人影を一つ見つけ、そこへ行こうとさらにスピードを上げた。
「智樹、大丈夫か?」
屋上に近づいてきたところで翼を広げて屋上に足をつけ、目の前で唖然としている智樹へ声を掛けた。
「と、翔琉阿か! 何か肩からでてるし、すっげ、これが神器ってやつ?」
翔琉阿に駆け寄って智樹は嬉しそうに言った。
「朱雀の神器はこの服だ。神器のことを知ってるってことはお前、青龍の操者になったのか......お前の神器は見当たらないけど?」
「神器なら下駄箱でこの竜巻を引き起こしたやつの一人を捕らえてるぜ」
「ん? やつの一人ってことはやっぱり敵は複数人いるのか?」
「確か校庭にもう一人いた筈だけど......」
顎に手をあてて考えこむ様に智樹は言った。
『おい。まずいことになったぜお前ら』
青龍の声が二人の脳内に聞こえた。
「お前は?」
聞き覚えのない声に翔琉阿が問いかけた。
『俺様は青龍。自然を司る神だぜ。そんなことよりあいつの拘束が解けた! すぐに来るぜ!』
青龍がそう言った途端、強風が吹いた。
「......朱雀と青龍の操者か、二人まとめて殺してやろう」
翔琉阿達の前に大きな風袋を持った和風な服装を着た初老の男性が現れ、翔琉阿達を睨みながら言った。
「智樹、すぐに戦う準備をしろ。こいつはやばいぞ」
翔琉阿が右手の手のひらを俵屋に向けなが言った。
『汝よ。何か接近してきているぞ』
「何かって──」
「ピシャーンッ」
翔琉阿達の後ろ、校庭の方から雷が鳴るような音と共に光が翔琉阿達の間を通っていった。さらにその光は周りにある雲からではなく明らかに下、つまり校庭から来ていた。反応することが出来ぬ程の速さで音を聞いた時にはその音の正体が翔琉阿達の目の前、俵屋風太の隣にいた。
「空から何か落ちてきたと思ったが朱雀の操者だったのか。ヒャハハッ、飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだなぁ」
雷鳴と共に突如、高らかに笑いながら俵屋よりも年老いて見える男性が現れた。百六十センチメートル程の身長だが、猫背なため身長はより低く見える。狐色を基調とした和風の服装をしており腰の周りに湾曲した橙色の棒で連結された片方に二つずつの計、四つの小太鼓があり両手に桴を握っている。髪は殆ど禿げており頭のてっぺんに上に伸びる太くて長い白髪の束があり、同じ色の口髭があり、目は細く顔はしわだらけだ。
「お前らは誰だ?」
翔琉阿が俵屋達を睨みながら言った。
「ふむ。そちらの小僧には既に言ったが......自らを殺す者の名前位知りたいだろう。私の名前は俵屋風太。こちらの私の相方が......」
「宗達雷人だ。と言ってもお前らはもうすぐ死ぬけどなあ! “穿つ雷撃”!」
宗達が持っている桴を両手同時に振り下ろしらがら言った。すると叩いた太鼓から雷撃が一対ずつ一直線に翔琉阿と智樹に向かってきた。
「“火鳥弾”!」
宗達が言い終わるのとほぼ同時に翔琉阿が叫ぶと右手の手のひらに火の球体が現れ、それが鳥の形へと変形しながら宗達へと飛んでいった。
「青龍!」
智樹がそう言うと二人の前に七本の枝が屋上を貫通して生えてきてそれらが編まれていき、簡易的なバリケードとなった。雷撃はバリケードに当たり、木の枝は少し焼け焦げ、雷撃は消えた。
「ぐっ......」
宗達へと飛んでいった炎の鳥は既の所で躱されてしまった。
「“断ち切る風刃”」
俵屋がそう言うと彼の持つ袋から四対の風でできた刃が飛び出してきた。それはバリケードを避ける様に動き、バリケードの上、左右から二人に襲い掛かる。
“炎翼”を使えばぎりぎり避けれるが、智樹は無理だ。今の俺に人一人運べる程の技量も力も無い......
翔琉阿がこの場を切り抜けようと頭を働かせるがいい案が浮かばず風の刃はすぐそこまで来ている。
「“創鉄像”」
どこからか聞き慣れた高い声が聞こえたかと思うと翔琉阿と智樹を囲むように鉄でできた壁が現れ、風の刃を防いだ。
「あんた達大丈夫?」
「助けに来ました!」
背後にある校庭の方を振り向くと薄い煙の様なものに乗っている千影と陽人がいた。
「千影さん! まじ助かった!」
「......全員揃ったな。さあ、始まりだ」
翔琉阿は俵屋と宗達を見つめながら不敵に笑った。
9話「嵐は静かに動く」読んでくださりありがとうございます!
今回でガチの戦闘を始めようと思ってたんだけど……思ってたよりその前にやりたいことが多すぎてガチの戦闘は次回になっちゃいました。
10話は11月中に出す予定です!
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