14話 黒く淀んだ悲しみに火を点けてくれ
「玄武神社に来るのは久しぶりじゃのう。思ったより汚いようじゃが......」
「ハアハア、じいさんまじで速すぎだろ」
「さすが......元最強の操者、体力も凄いわ」
石段を上り終えた空羽は何ともなさそうに辺りを見回す。それに少し遅れて二人も石段を上り終えた。智樹は肩で息をしており千影も少し疲れたのか一回大きく息を吐いた。
「陽人。翔琉阿がいないようじゃがどこじゃ?」
空羽は不思議そうに目の前の賽銭箱を見つめている陽人に訊いた。
「......消えました」
「消えた、とは一体どういうことじゃ?」
「僕にもわかりません。ただあそこでハンカチを見つけて......あ、その次にもう一回屈んで賽銭箱の裏を調べていました」
「賽銭箱の裏、か。わしが前に調べたときは何もなかったはずじゃが......」
空羽はそう言うとゆっくりと賽銭箱に近づいていく。
「むやみに近づくと危ないと思いますけど」
「わしもそれぐらい解っとる。出でよ“九尾”」
千影の言葉に軽く返し、空羽は賽銭箱が目の間にある位置で足を止めて力のこもった声を出した。すると空羽の右側に突如炎が現れさらにその炎は全体が白く、先が淡い赤色の九つの持つ狐へと変化した。“九尾”は空羽のすぐ横で空羽の頭ほどまで伸びる尻尾を揺らしながらちょこんと座っている。
「何のようだい空羽?」
甲高い声で“九尾”は空羽に顔を向けて訊いた。
「ちと賽銭箱の裏に怪しいものが無いか調べてほしいんじゃ。お前の鼻なら何かわかるじゃろ」
「解ったわ」
“九尾”は二つ返事で答えると後ろ脚を伸ばし、賽銭箱の近くまで歩いていく。
「スンスン......なるほど」
「何か解ったか」
「これは“神隠し”ね」
「ん? “神隠し”ってあの人が突然消えるっていうあの“神隠し”?」
「そうじゃ。式神“神隠し”。神器協会の中に式神使いがいたはずじゃがどうやら神器協会内の玄武の協力者だったようじゃな。これは少し面倒なことになったぞ」
智樹の問いに空羽は答え、困ったように顎に手を当てて考えに耽っていく。
「“神隠し”?」
薄暗いコンクリートで囲まれた部屋の中で翔琉阿は目の前の男に訊き返した。
「朱雀の操者。貴様は“神隠し”にあい現在“神隠し”の神界の中にいる。外との連絡は出来ず、無論決してここから出ることはできない」
真っ黒で高級そうな質感で装飾が無い簡素な椅子に座っている同じく真っ黒の鍛えられた大柄な肉体がくっきり見える服を着ており、重厚感を出している玄武万亀が静かに、でも低く重い声音で言った。
「玄武、お前の目的は何だ? 何故“神隠し”の神界の中にお前はいるんだ?」
翔琉阿は万亀を睨みながら訊いた。翔琉阿は神器である朱色のパーカーを着ておりいつでも戦える状態だ。
「貴様はこの状況に対して不思議に思わないか?」
「......何が言いたい?」
「私の息子、甲蛇は十四年前に風神雷神の神気暴走で死んだ。貴様も知っているだろう」
「知ってる。それで俺の母さんも死んだ」
「あのとき、私はひどく悲しみそれと同時に一つ確信した。今のまま操者をやっていても無駄な犠牲が出るだけだと......神器協会もお前らも全てを消し、変えなければならない」
万亀は声量を上げ自らの思いを睨みつけてくる翔琉阿に真正面から向き合い話した。彼の言葉や視線から不純さなどは感じられずそれが本気であることは明らかであった。
「俺らを消す......それがお前のやりたいことなのか」
「ただ権力に物を言わせてあぐらをかいている神器協会も、ただ犠牲を出すだけの貴様らも全て私が消す。誰も死なせないためにな」
「そんな勝手なことが許されると思ってるのか! 玄武、俺はお前を止める!」
「出来るのか? 貴様一人でこの私を止めるなど」
翔琉阿の言葉に対し万亀は静かに返した。
確かに俺一人だけであいつに勝てるのか? いや、でもここでやるしか......
「久しぶりじゃのう。万亀」
不意に声が聞こえた。両者とも聞き慣れた少し低い笑い混じりの声。
「うわ。まじで瞬間移動した。これが“神隠し”か」
「“神隠し”の神気を隠すのに神社にある“玄武”の神気を使うのなんて、確かに今まで見つからなかったわけね」
「もうあなたは終わりです。おとなしく僕たちと一緒にここから出ましょう」
突如として左から千影、智樹、翔琉阿を挟んで空羽、陽人立ち位置で四人が薄暗いコンクリートに囲まれた、部屋にたった一つだけある窓からは無限の暗闇が広がり横一列に立つ翔琉阿たちの右端の陽人のすぐ横に一つだけ壁と同じ灰色のスチール製の扉がある部屋に現れた。人数の割には狭さを感じさせないほどに部屋は広く万亀と翔琉阿たちが壁と目と鼻の先の位置にいてもお互いの間に十メートル程ある。
「なるほど。数では貴様らが勝っている。私も少し本気を出した方がいいかもしれん」
万亀は低い声音でそう言い、立ち上がった。立ち上がったことで彼のたくましいからだはより強調されている。二メートルは超えているであろう体躯、引き締まった筋肉、それらは今日この日まで決して己の研鑚を止めなかった証である。
「陽人、あいつの繋がりから冬花の場所はわかるか?」
「え、は、はい。“縁占い”......解りました。扉を抜けた先にいます」
陽人は翔琉阿に言われた通りすぐさま目を青く輝かせしばらく周りを見回すとそう言った。
「ならじいちゃんと陽人の二人で今すぐ冬花のところに行ってくれ」
「え? それだと翔琉阿さんたちが危ないん──」
「陽人、ずべこべ言うでない。わしらで行くぞ」
すぐ横にいた空羽が心配そうにする陽人の言葉を脇で抱えて遮り部屋に唯一ある扉に駆け込んだ。
「さらばじゃ相棒」
「......」
空羽は扉を開けると万亀に一声かけてから奥にいった。万亀はそれを静かに見送った。
「いいのか玄武? じいちゃんたちを行かせて」
「最後には全員いなくなる。順番が少し変わるだけだ。死ぬ準備はできたか若き操者たち」
万亀がそう言うと不意に万亀の体を覆うように漆黒の鎧が現れた。次に足や腕にも間接を避けるように漆黒の防具がつけられ両手には籠手がつけられている。右手だけ手の甲の部分が六角形になっており少しはみ出ている。そして側部に上を仰ぐ蛇が前方には正六角形の装飾がある同じく漆黒の兜がつけられている。一見武士が身に着けていた甲冑を思わせる。
さらに右手には大剣が、左手には盾が現れた。大剣も漆黒で刀身は一メートル越えという常人なら両手で持つのも難しそうな程の大きさで、八の字の切れ目が複数均等にあり剣先の一個下の切れ目からはつるはしのように横に長くなり刀身とは違い、真っ白の尖った牙のようなものがい一対ついている。盾も剣と同じく大きく持っているだけで肩から足の上側が隠れている。形は縦に少し長い六角形で角の先端には白い突起がそれぞれついており。外周から一回り内側のところに六角形が描かれている。
鎧を着ている巨大な体躯、鋭い目つき、剣、盾を持つ姿は威圧感を放っており最早その場にいるだけで気絶してしまうのではと思わせるほどに緊張感が部屋中に広がる。
「いくぞ貴様ら“水月鏡”」
万亀は持っている大剣をコンクリートの床に突き刺した。すると刺した場所から水面にものを落として広がっていく波紋のように透明な水が同心円状にゆっくりと広がっていく。
「“創鉄像”!」
こちらに押し寄せてくる危機感を抱いた千影が叫んだ。すると彼女の右手が光り目の前に彼女よりも高い鉄の壁が七枚、翔琉阿たちを守るように出現した。だが、水は奇妙なことに鉄の壁がまるで元からないかのように速度を一切変えずに壁の下の地面を伝ってきた。
「うお、なんだこれ? 何か変だし」
遂に水が翔琉阿たちの足元に到達し、智樹は少し後ずさろうとした。だが少し足に違和感を感じた。
「どうした智樹?」
「何か滑る、つうか上手く立てねえ」
「確かに上手く踏み込めないわ」
そこで翔琉阿がふと足元の透明な水面を見るとそこから波紋が同心円状に広がっていく。それだけ聞けばただの水と変わりはないのだが靴は濡れておらず神術であるのは明らかだ。
「来ないならこちらから行かせてもらおう。“波紋撃”」
翔琉阿たちが混乱しているうちに何かが水面をはねるかのような音と共に万亀が言った。するとけたたましい音と共に鉄の壁が一枚破壊された。見ると右手の大剣を振り下ろし破壊しいたようだ。だがそれだけでは終わらない。破壊した鉄の壁から伝播すように残りの六枚の鉄の壁にも亀裂が入り崩れた。
「......! “火鳥弾”!」
「っ“龍動木”!」
その光景に少し動揺した翔琉阿と智樹だがすかさず右手から放った炎の鳥とコンクリートの床を貫通して生えた龍の形をした大木をぶつける。
「効かぬ。“波紋撃”」
左側から来る“火鳥弾”を左手に持つ盾で受け、次に正面から来る“龍動木”に大剣を思い切りぶつけた。“火鳥弾”衝突と同時にあっけなく消滅し、それを受けた盾には傷一つない。大剣を受け耐えた“龍動木”であったがそのすぐあとに耐えきれなかったのか大剣で受けた箇所から伝播するように木がほどけていってしまった。
「“波紋撃”」
攻撃を防ぎきった万亀は次に地面に大剣を振り下ろした。すると地面が揺れた。その振動は少し離れた千影にまで届き翔琉阿たちは体勢を崩しかける。
この攻撃のトリックは何だ? さっきの鉄の壁もこの揺れもただ振り下ろしただけでは説明がつかない。一体どういう神術なんだ......
翔琉阿は考えを巡らせながらふと大剣が振り下ろされた位置を見た。
「そういうことか......!」
なんと“龍動木”にも力負けしない程の一撃を喰らったはずの地面は二十センチメートル程えぐれたぐらいであった。
「うお、あれ痛くな──」
「“蛇伸刃”」
智樹が揺れで後ろに倒れてしまった。すかさず万亀がその隙を逃すまいと剣を一旦振り上げ剣先が智樹に向く位置まで振り下ろした。すると剣の切れ目が分裂し大剣の内側にある灰色の曲がる刀身が露わになった。大剣は五メートルぐらいまで伸び、智樹に迫る。
「“龍動木”!」
とっさのところで智樹の目の前に“龍動木”が現れ壁になった。だが、大剣の勢いを殺しきれず“龍動木”の腹の部分に押され灰色の硬い壁に吹き飛ばされた。
「っぐ......」
智樹は苦悶の表情を浮かべるとその場で倒れてしまった。
「次はお前らだ」
「“炎翼”......“火鳥弾”!」
智樹が倒れたのを見て振り返ろうとした万亀に翔琉阿は“炎翼”をはためかせ直接鎧に火球を叩き込んだ。だが、鎧に傷はできず隙をさらしてしまっている。
「効かぬと言っただろう」
「“創鉄像”!」
振り返って翔琉阿に盾をぶつけようとした万亀のさらに後ろに千影は回り込み屈んで床に手を付けた。するとそこから玄武めがけて鉄の壁が飛び出してきた。
「遅い」
玄武は大剣をしっかり握りしめ、左足を軸に一回転しながら翔琉阿と鉄の壁に切りつけた。
「っち......」
翔琉阿は万亀が剣を握りしめた一瞬に身を包むように“炎翼”を前に畳み、何とか衝撃を和らげたがそのまますぐ後ろにある壁に打ち付けられた。
千影も後ろに飛びずさりギリギリで避けた。千影の周りをよく見ると直径四十センチメートルぐらいの足場が複数ありその上を渡ってここまで素早く来たのだろう。
一連の攻防を終え万亀はただ佇む。翔琉阿たちでは技術や経験が大きく劣り三対一のこの状況でも万亀が圧倒的有利であった。
「貴様らは私に挑むには弱すぎる。そのままではどれだけやっても私に勝つことは出来ないぞ」
万亀は低い声音で静かに言った。嘘偽りの無い事実、それだからこそ翔琉阿たちの心には
重くのしかかる。
「そんなこと言っていいのか? お前の神術はあらかた解った。ここからは俺らがお前を追い詰める番だ」
「出来るものならやってみせろ。それが虚栄だと思い知らせてやろう」
翔琉阿と千影の間に万亀がおり挟み撃ちの状態ではある。だが千影も翔琉阿も決めてに欠け、大剣の一撃をもろに喰らえば終わりという緊迫した状況に全員が敵の動きに睨みを利かせる。
くそ、かっこわりい。さっきは俺が助けるとか言ってたのに、動けねえ。体が重え。さっき思いっきり壁にぶつかったしな......
智樹は倒れ伏したへとへとの体で何とか顔を上げ翔琉阿たちを見上げる。
『よお智樹、なんだか困ってるらしいな』
「青、龍......」
虚空から青龍のいつもと変わらない陽気な声が聞こえてきた。
『そんなお前に俺様がいいことを教えてやるぜ。いいか智樹、お前がもしまだ立ち上がれるんなら、まだ戦えるなら、お前のその気持ちを詩にして詠め。それがお前の力になる』
「詩を詠む、それで力が......」
『さあ、どうする? ま、智樹なら一択だろ』
「詩、か......」
智樹は右腕を上げ手のひらを地面につけた。さらに左腕も上げ手のひらを地面につけ体を起こそうとする。
「まだ起き上がるか」
「智樹......」
智樹は片足を地面につけ思いっきり立ち上がった。それに対し翔琉阿と万亀が反応した。
「天差す刃──」
智樹は右手を少し浮かせて一文字一文字丁寧に詠んだ。すると地面から神器である七本の枝の束が生え肩の高さまで伸びた。
「その名を“偃月”!」
智樹は目の前にある枝の束を右手でがっしり掴み引き上げた。すると枝の束は一対の槍へと変化した。柄はもとの木と同じく灰茶色で長くその先には普通の槍とは違い湾曲した幅広の刃がついていた。刃は縦に真ん中で色が別れており刃先は全てを呑み込む暗黒のような黒、棟は海のような濃い青で、枝分かれしたような小さな刃が一対ついていた。
「俺はまだ、戦えるぜ!」
智樹は柄を両手で持ち剣先を万亀に向けて声を荒げた。
「貴様ら、そんなに死に急ぎたいか。よかろう......かかってこい」
万亀は大剣と盾を構え自らを囲む三人に告げた。
14話「黒く淀んだ悲しみに火を点けてくれ」読んでくださりありがとうございます!
遂に玄武万亀との戦闘が始まり本当のクライマックスとなりました。戦闘自体は次回に5000字位使って終わらせる予定です。
次回の更新は3/17(金)を予定しております。感想、評価もよろしければ是非!