1話 君は神を信じる?
炎の檻の中にいた。鳥籠のような形をしているが隙間はなく、遠くが見渡せない程の燃え盛る炎があるだけだ。熱さは感じず、ここがどこかはわからない。少し懐かしい気もするし、初めて来た気もする。
「汝よ、時は満ちた」
不意に重厚感のある声が聞こえた。辺りを見回しても燃え盛る炎があるだけで声の主は見えない。
「汝よ、目覚めるのだ」
その声が聞こえた途端、周りの炎が激しくなり、目の前の炎が変形していく。炎の塊は巨大な鳥になった。体全体は燃え盛る炎の様に赤く、羽や尾は炎に包まれ、鋭い眼でこちらを見下ろしている。ここに居るだけで気圧されてしまいそうな威圧感があった。
「汝よ、我が下へ来い」
炎の鳥はこちらを見据え、そう言った。
「ジリリリリッ、ジリリリリッ」
部屋中にベッド脇にあるアナログな目覚まし時計の音が鳴り響く。いつの間にかさっきの炎に包まれた空間ではなく見慣れた自室にいた。押し入れの中には神ヶ丘高校の緑を基調としたブレザー制服が入っている。
「ジリリリリッ、ジリリ……」
目覚まし時計に手を伸ばしアラームを止める。さっきの夢の事を気にしながらも時計を見ると針は七時を指している。夢のことは一旦気にしないようにし、ベッドから出て洗面台へ向かう。
顔を洗い終わり、上げると鏡には色白く背格好は同年代より高く少し筋肉質だ。
目は赤く目つきは鋭い。髪は眉まで伸びていて、少し幼さを感じさせる顔つきの少年が映っている。名前は朱雀翔琉阿。
「翔琉阿、飯が出来たぞ」
下の階から聞き慣れた男性の声が聞こえた。
「すぐ行く」
翔琉阿は短く返し、自室の制服と机の上にあるスマホを取り、足早に階段を降りていく。
階段を降りると、ダイニングキッチンへと入る扉の横にある仏壇の扉を開け、一礼する。仏壇の中にはまだ若い二十代前半の女性の写真が置いてある。翔琉阿の母である朱雀杏だ。
「おはよう母さん」
仏壇を閉めダイニングキッチンに入ると父、朱雀猛がいた。四角い黒縁の眼鏡を掛けており、やや翔琉阿よりも背が高く穏やかな雰囲気の男性だ。食卓には二人分の食事が置いてあり、猛が食事の準備を済ませていたようだ。二人は向かい合って食卓に着いた。
「「いただきます」」
二人はそう言うと、黙々と朝食を食べ始めた。
「最近、学校はどうだ?」
猛が視線を向かいで静かに食事をしている翔琉阿に向けて訊いた。
「普通」
「友達はちゃんといるか?」
「いるよ」
「本当に大丈夫か?」
「うん」
「本当にか?」
猛は全く目を逸らさずに翔琉阿に言った。
「……本当に大丈夫だよ、友達もちゃんとできたし弓道部の先輩も優しいよ」
根負けした翔琉阿が呆れたように言った。それを聞いた猛は安心したように顔を引っ込めて食べ始めた。
いつまでも子離れしない親だな……
「ごちそうさま」
食べ終わった翔琉阿が手のひらを合わせ言った。すると自分の食器を片付け、リビングの机の上にある鞄を持ち玄関に向かった。
ふとスマホを見ると七時二十分になっていた。
「行ってきます」
靴を履き、食卓の方を見て言い玄関を出た。
「車に気を付けろよ」
食卓の方から猛がこちらに顔をのぞかせて言い、翔琉阿が出たのを確認すると片付けに戻った。
翔琉阿が通う四神市立神ヶ丘高校は住宅街のすぐ近くにあり、少し町の外れにあるこの家から歩いて三十分程の位置にある。入学してからの二ヶ月間、翔琉阿は歩いて登校している。
翔琉阿はふとあの夢は何だったのか疑問に思う。夢にしては本当にあの鳥が目の前にいて話していた感じがするし、とても鮮明に覚えている。でもあの空間が実際にあるわけがなく、いくら考えても謎は深まるばかりだ。
あれこれ考えていると交差点に来たので目線を上げると目に入ってくるものがいた。
道路を一つ跨いだところに体格は小柄で金髪のショートのセーラー服を着ている少女がいるが、顔はよく見えない。彼女の服装を良く見ると神ヶ丘高校の制服だとわかった。
少女がこちらに気づいたのか顔をこちらに向けた途端、足早に去っていく。
あんなやつうちの学校にいたか? ま、学校に行けば多分会えるか……
歩いている内に翔琉阿は学校に着いた。この学校は最近出来たばかりで校舎は綺麗だ。正門を抜けた場所に三階建てのH型の校舎があり、正門から見て右側が特別棟、左側が通常棟で翔琉阿の教室は通常棟の二階にある。
「おっはっよ!」
正門を抜けると肩への衝撃と同時に溌剌とした声が聞こえた。
「っ……おはよう」
振り返ると同じクラスの林田智樹がさわやかな笑顔でこちらを見ている。目線は翔琉阿と同じ位、赤茶色の目と同じく赤茶色の短めの髪を走ってきたのか爽やかな汗が滴っている。この突拍子のない行動から解る通りのお調子者でよく翔琉阿とくだらない掛け合いをしている。
「お前、普通に挨拶しろよ」
翔琉阿が智樹を睨みながら言う。
「悪い悪い。でも何かお前あんまり元気無さそうじゃん。友達として活を入れてやろうかな、みたいな」
智樹は舌を出して冗談半分に言ったがそれを聞いた翔琉阿は少しはっとした。
「そんなにか?」
「まぁ、うん。え、もしかして悩みとかある感じ?」
「いや、別にちょっと考え事してただけだから気にしなくていい」
「ま、何か悩み事あったら言えよ」
翔琉阿達が話していると教室に着いた。翔琉阿の席は一番窓側の後ろから二番目で、後ろに智樹の席がある。
「あ、そういえばあれさぁ知ってる?」
智樹が面白い話があるかのように訊いてくる。
「あれって何だよ」
「ほら、あの最近広まってる噂だよ。何か感覚が現実みたいで目の前に何かが来て話しかけてくる夢を見る、ていう噂だよ」
今朝見た夢と合致するところがあり、不思議に思った。
「いや、知らないな」
「そうか......でもなんか不思議じゃね?」
「まあ、確かに」
翔琉阿も興味深く思い、話に乗る。すると、
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴り、二人とも話を中断し、体を教室の前にある教卓へと体を向ける。すると前の扉が開き、眼鏡を掛けた若い男性教師が入ってくる。このクラスの担任である桐島透だ。
「お前ら、ホームルームを始めるぞ」
透が低い声で言う。
「と、その前に伝える事があった」
クラスが少しざわめく。
「なんとこのクラスに転校生が来たぞ」
「おい、どんな奴が来ると思うか?」
智樹が少し前屈みになり、翔琉阿も背もたれに寄りかかって聞いた。
「お前は可愛い子が来ればいいだろ」
興味無さそうに返す。
「まあな」
ニヤリと笑いながら返す。
「入っていいぞ」
扉を見てそう言った直後、廊下から一人の金髪で髪は短く、小柄な少女が堂々と入ってくる。それは翔琉阿が朝学校に来る途中に見た少女だ。
「えーと、みん──」
「私の名前は白虎千影。これからよろしく」
少女は桐島の言葉を遮り、栗色のくりっとした目を向けて笑顔で教室中に聞こえる元気な声で言った。
「え、えーとみんな仲良くするんだぞ」
少しひきつった顔で透は言い、廊下側の一番後ろの席に千影を促した。
「あの千影って子、面白くね。あと、可愛いよな」
席に移動する千影を見ながら智樹がにやけながら言った。
「後者は置いといて度胸があるか、礼儀が無いだけだろ」
興味が無い翔琉阿は思った事をただそのまま言う。その様な会話をしたり、授業を受けて時間が過ぎていくと下校の時間になった。
「んぅぅぅっはあぁぁ、授業終わったあ。何か今日はいつもより疲れた…… 」
智樹が大きく伸びをした。
「お前毎日それ言ってるだろ」
「学校は来るだけで疲れるんだよ」
「でもお前弓道部だといつも張り切ってやってるじゃん」
「部活は部活、授業は授業で別だから」
翔琉阿は呆れながらも智樹の謎理論を聞いていると廊下側からこちらに歩み寄ってくる人影がいた。
「あんた朱雀翔琉阿でしょ」
上から目線な言い方で白虎が訊いてきた。
「そうだけど、どうかしたか?」
今日転校してきたばかりで接点が全く無いと言って良い人物に急に呼ばれたため、少し不思議に思った。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、この後時間ある?」
「え、まあ、あるけど」
「じゃあちょっと来てくれる?」
「わかった、ちょっと待ってくれないか」
「今すぐにじゃなくて、今日の夜七時に朱雀神社に来てね。じゃ」
そう言い残し千影は帰って行った。それにしても何故話かけてきたのかが謎だし朱雀神社に来いというのも余計に謎だ。
「何、お前ってあいつと知り合いなの?」
今の会話を帰り支度の手を止め、静かに聞いていた智樹が訊いてきた。
「今日会ったばかりのはずだけど」
確かに千影とは今日会ったばかりだが、そういえば彼女は俺の名前を知っていた。名乗ったわけでもないし誰かから聞いたのか? ……
「で、結局その朱雀神社に行くの?」
朱雀神社はここ四神市の南側に位置する神社で最近はあまり参拝客が来ず巷では心霊スポットの一つにされている。翔琉阿の自宅からは然程遠く無く、歩きでも行ける位の距離だ。
「行くつもりだけど何か裏が有りそうで怖いな」
「安心しろ、いざという時は俺に連絡しろよ。そしたらすぐに向かってやるからな」
智樹は胸を張って元気付けるように言う。
「何かあったらそうするよ」
「おう、じゃあさっさと帰ろうぜ」
翔琉阿達は帰り支度を済ませ帰路につく。既に時刻は四時過ぎだ。日が沈みかけている中しばらく歩き家に着いた。
「ただいま」
明かりは点いておらず猛はまだ帰っていない。翔琉阿は自室で七時まで時間を潰すことにし、制服から着替えてベッドに横たわる。その瞬間──
『汝よ、我が下へ来い』
今朝の夢で聞いた言葉が蘇る。
今のは何だ?何で今思い出すんだ?そもそも「我が下へ来い」て何だ?何処へ行けば良いのか全く見当がつかない。
「は! ……」
何を考えているんだろう。夢は夢だ。だが、もしあれが夢じゃなく現実だったら……いや、そんなはずが無い。無いがこの違和感は何だ?あの炎の鳥は……そういえば千影は朱雀神社に来いと言っていた。確か朱雀は赤い炎の鳥の見た目をした神だよな。夢の鳥と特徴が一致する。千影は何か知っているのか?あいつに聞けば何かわかるかもしれない。時間になった。行く価値はある。
翔琉阿は緑のジーンズと黒いTシャツの上にお気に入りの紅色のパーカーを羽織った格好で朱雀神社へと向かう。
鳥居の前に来た。その奥を覗けば長く続く階段がある。この神社は翔琉阿がまだ十歳に満たない頃に猛と来たことがあるがそこまで大きくもない寂れた神社のためこれといった用事もなくそれからは一度も来ていない。
「この奥にあいつがいるんだよな」
翔琉阿はそう呟くと鳥居をくぐり一段一段石段を上っていく。
「ここに来たってことは気になることがあるんでしょ」
やっと石段を上りきろうかというころ、学校で聞いたばかりの高い少女の声が聞こえた。
「やっぱり何か知ってるんだな。早くあの夢のことを教えてくれよ」
石段を上りきった翔琉阿は目の前で少し口角を上げている千影を真っ直ぐに見て問いかける。
「勿論教える気だけどあんたはこれを知るために死ぬ覚悟がある?」
言ってる意味がわからない、死ぬ覚悟?こいつは何を言いたいんだ?
翔琉阿が黙りこくっていると千影がさらに問う。
「あんたが今知ろうとしてることは知ってしまったら後戻りができないし、死ぬことだってある。それでも良いかって聞いてるのよ」
千影は冗談なんて言う余裕を与えずに話す。
「死ぬって一体お前は何を知ってるんだよ?」
「この町の秘密について、そして神について。今は何を言ってるかわからないかもしれないけど私を信じてほしい」
真剣な表情で千影は言った。
神……こいつは何を言ってるんだ? でも聞かないと何も始まらない……
「……わかった。俺はお前を信じる」
「覚悟は決まったようね──」
千影はその言葉を待っていたと言わんばかりの表情をして言った。
「“創鉄像”」
千影がそう言った瞬間、彼女の右手が光り手元にさっきまでは無かった柄の無いナイフを握っていた。
「え、今何が……」
目の前の現実ではあり得ない現象に理解が追いつかず、声が漏れた。
「あんたは神を信じる?」
千影は少しずつこちらに寄って来る。
「なるほど面白え。さあ始まりだ」
翔琉阿はそう言い、千影を信じて逃げも隠れもせずナイフを握る千影を真っすぐ見た。そのすぐあとナイフが翔琉阿の腹を刺した。
気づけば炎の檻の中にいた。見間違うはずがない、ここは今朝の夢で見た場所だ。
「我は炎を司る神、朱雀」
目の前の炎が巨大な赤い鳥の姿を作っていき、夢の時と変わらない口調でそれは言った。
「汝よ、よくぞ我が下へ来た」
炎の鳥、いや──朱雀はこちらを見据えそう言った。
「君は神を信じる?」がやっと書き終わりました。自分としても慣れないことやミスの連発でとても疲れました。
それと最初は「あんたは神を信じる?」でいこうか迷ったんですけどなんかしっくりこなかったので「君は神を信じる?」にしました(^-^)
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