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3 婚約破棄はしたくない!

というわけで第三話です。


 彼女は珍しく呆然とした顔をしていたが、


「……いっいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。それここで言う? あたしの気をひいて味方につけようって匂いがぷんぷんするんだけど!」


「そんなこと考えてないぞ! だって、こんなに俺のこと親身になってくれる相手を今更、味方にする必要ないじゃないか!」


「そ、それは、その、真面目な相談されたし、あんたがその、あれよ、破滅するのも見たくないし……すっ好きとか急に言われてもっ、きゅ、急すぎるでしょ!」


「だ、だって、お前と結婚するのは決まってたし、その、そういうものだと思ってたから、でも、お前が誰か俺じゃない奴と結婚したらって思ったら、すごくイヤで、だから」


「だからそれは、ほら、あたしの家がお金だけはあるからでしょ? それだけでしょ!?」


「じゃあお前はどうなんだよ。考えてみてくれよ。俺以外の奴とホイホイ婚約したいのかよ」


「それは……」



 彼女は気を落ち着けるように座り直すと、指をくちびるに当ててしばらく考えていた。


 ずいぶん長い時間だったけど、ほんとうのところは判らない。


 ただ俺にとって、生まれてこの方味わったことのない時間だった。



 彼女は何度か俺を見て、すぐ目を伏せて、また見た。すぐ逸らした。


 そして、指をくちびるから離すと、俺を見ないまま、ようやくささやいた。


「……あたしだって……あんた以外の男と今更婚約するなんてイヤよ……イヤだけど、でも」


 俺には、それで十分だった。


「イヤなのか? 俺以外じゃイヤなのか!?」


「い、いやよ! でも、あんたがあたしを好きなわけないじゃない!」


「そんなことないぞ。あっ愛してるぞ!」


 頬がなんか熱い。


 めちゃくちゃにあわない恥ずかしいこと口走ってる。


 借金まみれの男爵家から借金をチャラにするために差し出された3男が、言っていい台詞じゃない。


「うっうわうわっ。あ、愛とかそのなによあたしらみたいな地味めな人種にはありえない言葉でしょ! なに必死になってるのよ!」


「必死だよ! 心臓ばくばくだよ! でも仕方ないじゃないか、気づいちまったんだから!」


「う、うそよ! そもそもが、借金と血筋の取引じゃないの! だから貴族のあんたが、成り上がりの商人の娘ごときにっ!」


「ああそうだよ。最初はそうだったよ! 初めての顔合わせの時、あんまり顔が地味なんでメイドかと思ったさ!」


「なによ! あたしだって、貴族の息子のくせに冴えないのが来たなって思ったわよ!」


「それは悪かったな! 週に一度は顔出してたのだって、両親に捕まえておけって言われたからだったさ!」


「やっぱりそうなんじゃない! なによ、愛してるとか急に言い出して、一瞬でも――」


「でも、今では仕方なくじゃないんだ! 会うのが楽しみで来てるんだ!」


「あっありえないわ!」


 彼女は俺を見た。やっと見た。


 泣きそうな顔に見えた。


「あたし、ずけずけ物言うし、口うるさいし、右の頬打たれたら間違いなく打ち返すタイプよ! それどころか打たれる前に打っちゃうかも!」


「こんなに俺のこと知ってて、ちゃんと考えてくれる人なんて他にいない。それに、お前、理不尽に人をぶったりしないだろ」


「するわけないでしょう! そういうあんただって、あたしの話ちゃんと聞いてくれるし、貴族なのに商売のこともバカにしないし、女がかしこぶってるとか笑わないし! それと同じよ! 特別なことじゃないわ!」


「そういうのが普通じゃない奴がいっぱいいるんだよ!」


 あの取り巻きどもみたいな奴らが。


「知ってるわよ! 商人の娘だものよーく知ってるわよ! 世の中はクズばっかりだって!」


 彼女は音をたてて机に手をつくと、勢いよく立ち上がって上から俺をにらみつけた。


「だから、あたしにとってもあんたはずいぶん前から特別だったわよ!」


 俺もつられて立ち上がった。


「俺だって!」


 彼女は勢いよく頭を振った。結った後ろ髪が馬の尾のように揺れる。


「そんなのありえないわよ! あたし、顔は地味だし、元は漁師の娘でしかないし、腕だって脚だって、ぼたっとしててみにくいもの!! 背だってあんたと同じくらいあんのよ!」


 なぜか俺たちはにらみ合って怒鳴り合う。


「じゃあ俺はどうなんだよ? お前から見て見てくれで、なにか惚れる要素とかあんのかよ!」


「なかったわよ! でも、今ではそんなのはどうでもいいわよ!」


 ないんかい! 無いだろうとは思っていたが、きっぱり言われると、ちょっと辛い。


「でも、あんたがあたしにそんなこと言ってくれる要素なんてない! それともこの胸!? 昔から男がいやらしい目で見るこの胸? これ目当て!?」


「ああ、そりゃ確かにお前の胸は立派だよ! やわらかそうだな、とか触ってみたいなと思うさ!」


「思ってるんじゃない!」


「でも、そう思うようになったのは最近だよ! 意識する前は、そんな目で見たことなかったよ! きっとちいさくても触ってみたいと思ったろうしな!」


「判ってるわよ! あんたがあたしの胸、ちらちら見るようになったのはごく最近だもの! じゃあ、なんなのよ!? お金!?」


「なんでそんなに必死に否定すんだよ! 俺が一度でもお金せびったことあるかよ!」


「ないわよ! 今まで一回も! 冗談にも言ったことないわよ! そうよ認めるわよ! だから怖かったんじゃない!」


「俺のどこが怖いんだよ!」


「だって、わけがわからないじゃない! あんたがあたしを意識してるような気がしたこと何度もあったわよ! でも、そんなの気のせいに決まってるじゃない!」


「気づかれてたんかい! 俺は、そんな風に見られたくないだろうって思ってたから隠して――」


「だからことさら肌が出ない体の線がでにくい地味な服着て、お化粧もしないでいたのよ! こんな地味な女が恋するとかされるとかありえないもの」


 最近、輪を掛けて地味になっていたのはそういうことだったのかよ!


「じゃあ……ずいぶん前から俺のことを……」


「だけど、あんた何にも態度変わらないし、ますます意識されてる感じがするし、こっちはそれが錯覚だって判ってるからますます惨めで……でもそうじゃなかったのね」



 俺たちは見つめ合っていた。


 泣きそうな顔の彼女はたまらなくかわいくて愛しかった。


 ずいぶん前から、おそらく年単位で両思いだった俺たち。


 不思議な気分だった。


 バカと婚約者殿の間には愛も恋もなかった。


 バカと頭お花畑の間にもやはりなさそうだ。


 だけど、全然脇役チックな俺たちの間には、あったらしい。



「あたしも、あんたと結婚したい。あんたじゃなくっちゃいや。あんたの気持ち知ったら、あきらめられない」


 まっすぐ言われると、胸がいっぱいになって言葉が出ない。


 そのかわり、俺は彼女にキスをした。


 彼女はこばまなかった。


 小鳥がついばみあうようなキスだったけど、体中が軽くなって空を飛べそうだった。


「……初めて好きになった相手にキスできるなんて思ってなかったわ……」


「俺も……」


 だけど、これでハードルが上がってしまった。


 俺は失踪できない。退学もできない。そうしたら婚約は解消される。


 だけど、明日以降学園にとどまれば、俺はいやでも共犯にされて、バカの道連れで破滅へ一直線。


 せっかく両思いだとわかったというのに! 世は無情!



 いや。



 ひとつだけある。あるじゃーありませんか!


 俺はこの子と結婚して、実家の借金がなくなれば他のことはどうでもいいのだ。


 ならばある。


 不祥事起こして、学園を放逐されて、それでも目の前の女の子と結婚できる方法が!


 彼女さえ受け入れてくれれば!


「こ、これから、その、あの、婚前交渉しよう! するしかない!」


「はっ!? なななななに言ってんのよいきなり! 結婚前にそんなことしたら――」


「だからこそだ! 不祥事だよ不祥事!」


 彼女は俺を好きで、俺は彼女を好きで、互いに互いとだけ結婚したいと思ってる。


 俺は机を回って彼女に近づいていく。


「ちょ、ちょっと! もうすぐパパが帳簿回収しに来ちゃうわよ! だめよ! せ、せめて人目につかないところでっ! じゃなくて、だめっだめっ」


「だっだからこそだよ! 俺たちが不祥事してるのを目撃すれば、パパ大激怒! 俺の実家に噛みついて、俺は学園追放! そのあと、責任をとらされてお前と結婚できる!」


 これしかないっ! もうこれ以外ないんだ!


「おおお落ち着いてよ! なんかそれおかしいわよ! あ……」


 俺は彼女の肩に手をかけた。あたたかかった。ふるえていた。


 困ったような、悲しいような、戸惑ったような、でも、拒んでいる表情じゃなかった。


「ぜぜぜ絶対に責任はとるから、逃げたりしないから、単なる遊びでも、好奇心でもないから! 信じてくれ!」


 俺はかがんでもう一度キスした。


 彼女はうけいれてくれた。オッケーってことだよな? そうだよな? 


「だめよ……ああ……こんなのだめなのに……どうしたら……」


 震える指先で、彼女の服のボタンを外していく。


 隠れていた豊かな胸の谷間が覗いていく。


 汗のにおいがする。彼女の汗のにおいが。


 好きな女の子のにおいは、汗のにおいまですてきなんだ、なんてバカなことを思う。


「パパが怒ったら……ぜんぶ俺のせいだから、俺に襲われたって言えばいいから、俺が責任を」


「あ」


 灰色の地味な服を開くと、少し汗ばんだクリーム色の肌が、下着だけに守られていた。


「きれい――」



 ばちーん。



 俺の頬で音と痛みが炸裂した!


 ぶ、ぶたれた! 親父にもぶたれたことなかったのに!


「はぁはぁはぁ……だ、だめよ! こんなの何の解決にもならないわよ!」


「どうして! もうこれしかっ! これしかっ――ぐわっ」


 いい具合に入った平手に、俺の体は宙を舞い、床にくずおれた。


 痛い。彼女がこんなにいい平手をもっていたとは……。


「落ち着いてよっ! うちのパパがその程度で、あたしって駒を手放そうとすると思う!?」


「いや、そりゃ、だって、娘を傷物にされれば……」


 さっき開いた服が、目の前で閉じていく。ああ。おっぱいが……。


「あんたバカよ! しっかりしてよ! うちは貴族様じゃない商人なのよ! たたきあげの正直に言えば、お金だけラブなごうつくばりの男なのよ! まさしく金の亡者なの!」


「お、おい。実の親にその言い方はないだろ!」


「親だからこそよ! わかっちゃうのよ! パパにとってあんたは、貴族って肩書き以外眼中にないわ! 少なくとも今のところは!」


「くっ、それは……」


 今の何者でもなく何事もなしてない俺の立ち位置が容赦なく突きつけられる! 圧倒的現実!


「そんな相手に、しかも実家を追い出されて貴族でなくなったあんたに、ちょっと手を出されたくらいであたしを渡すと思う?」


「まさか……そういう話があったのか?」


「何度もあったわよ! お貴族サマからはないけど、パパの商人仲間から縁組みの話が! だけど、あんたが先約済みだったからパパも変な気を起こそうにも起こせなかっただけよ!」


 そいつらが、処女とかにこだわるとは思えない。


 まぁ、厳密に言えば、貴族でさえ隠しようも無く露見さえしなければ、見て見ぬふりなんてよくある。


 俺がここで彼女に迫ったところで、別の男のものに……。


「頭ひえた?」


「ああ……でも、いやだ」


「あたしだってイヤよ……でも、よくわかったわ。あんたはあたしと結婚したいだけなのね。貴族とかにはこだわらないのね? 本当にそれでいいのね?」


「あ、ああ。俺は3男だから、バカ王子の騒ぎに巻き込まれさえしなきゃ実家はなんとかなるだろう」


「それと、あと必要なのは、実家の借金チャラの部分ね? それから、いつまでも床に座ってられると落ち着かないんだけど」


「お、おう」


 俺は椅子に座り直した。敗残兵ってこういう気分なのだろうか。


 彼女は、肘をつき、くちびるに指をおしあてて、考えに沈んでいる。


 だけど。方法なんてあるのか?


 奇跡でも起きて、バカの気が変わってくれる以外の?


 彼女の指が、くちびるから離れた。


「あんたが貴族でなくなってもいいならあるわ。ただ……あたしのパパを納得させないといけないわよ」


 つまりそれは、


「地位とか血筋とかと関係なく、才覚でってことか?」


「そうよ。貴族でもないあんたに価値があるって認めさせるのよ」


 目の前が真っ暗になった。


 いきなり。明日までに。ムリ。


「だいじょうぶよ。将来可能性があると思わせるだけでいいの。手付けみたいなもんね」


「それで……いいのか?」


 それですらずいぶんとハードル高いけどな。


「あんたはパパに大もうけのネタを提供しさえすればいいのよ。それをあんたは既に知っている」


「俺が? 知ってる?」


 さっぱり判らなかった。


「教えてくれよ! その目は思いついてるんだろ!」


 彼女は悪い笑顔を浮かべた。それすらも、今の俺には好ましく見える。 


「あのね。あたしの好きな人は、それくらいは判る人なの。だから怠けないで自分で考えなさいな」



 少し考えてみれば、簡単なことだった。


 俺の前には最初から答がぶらさがっていた。


 だけど、十全の確信はなくて、おそるおそるそれを告げると、彼女は晴れやかに笑った。


「正解」


 それはつきあってから、はじめて見た表情で。俺にしか見せたことのないであろうものだった。



誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。


宜しくお願い致します。

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