プロローグ‐2 『その時』とは
はい! まだプロローグでございます。ここのお話もまた短いのですが、後の伏線だったりします。
覚えておくといいかもしれませんね。
そこは『古き世界』ヴァナーム。その東部に位置するコントラット大陸中央にはミズガール王国という国があった。
この王国は、ヴァナームに存在する計19もの国々の中でも一際目立つ国だ。なにせ、あの【寝たきり勇者の冒険譚】の主人公の出身地なのだから。
ミズガール王国王都民の少年は今年で12歳になる。この年になると、【寝たきり勇者の冒険譚】を再び読み返す事。それが、【寝たきり勇者の冒険譚】が紡がれた聖歴3220年から続くヴァナームのしきたりとなっている。
少年の両親達は、「今日は100年に一度のクリスマスだ! 勇者様も張り切っていらっしゃる!!」と言って朝からはしゃいでいた。………いい大人がはしゃぐなんて……なんだかかっこ悪いな…と、少年は思う。
10;30を回る頃に少年は両親二人の、いつになく高いテンションを思い出しつつ中央街道を歩いていた。その時……ふと足が止まる。妙な感覚だ。何かに呼ばれているような……されど危機感を煽らない、そんな感覚。
「なんだろ、これ。……そっちに行けばいいの?」
少年は独り言ちながら、中央街道から続く小さな路地に入っていく。その足取りは確かなもので、少年自身の意志を感じさせる。そう! もはや少年は、自らの意志で路地を進んでいるのだ。
————何分経ったのだろうか、少年は気付くと、いつの間にか路地の奥まで進んでいた。………そして、そこには奇妙な光景が広がっていた。そこはちょっとした広場になっていて、その中央にフード付きのローブを身にまとった人物がいた。フードを目深に被っていて顔は分からない。
更に妙なのが、ローブの人物を中心にして、若い子供たちが集まっている点だ。自分と同じくらいの少女から、15、6は行っているであろう青年もいる。彼らは一体何をしているのだろうか? 自分を呼んだのは彼らなのか? 少年がそのような疑問を頭に浮かべていると、ローブの人物が言葉を発した。
「最後の一人が訪れた。では、約束の通りに語り聞かせよう」
不思議な声だった。男でも女でもないような中性的な音。しかし、その音が成す『声』はとても美しかった。少年の乏しい人生経験でも、この人物が何者であるのかが、直感的に理解できてしまうほどに。
しかし、少年は何がなんだか分からない。当然、疑問の声を上げた。
「待って! なんの話をしてるの? 全然分からないよ!!」
ローブの人物は優し気な声色で答える。まるで、幼子をあやすように、丁寧に。
「君は今日がなんの日か知っているかな?」
「知ってるよ! 100年に一度のクリスマスでしょ? お父さんとお母さんがはしゃいでたから覚えてるよ」
「そう、今日は100年に一度のクリスマス。勇者様のお誕生日だ。この日は世界中でお祝いをするんだ。何故か分かるかな?」
「……分かんないよ。それに、なんで100年に一度なの? お誕生日なら毎年でいいでしょ?」
「いい疑問だね。それについても教えてあげよう」
いつの間にか、少年はローブの人物のそばまで来ていた。しかし、周囲の子供たちは静かだ。……不気味なほどに、静かだ。だが、おかしな様子はない。少年はきっと気のせいだろうと思って、意識を再びローブの人物に向けた。
「まず、何故クリスマスを祝うのか。これは簡単だ。今日は勇者様の誕生日。それも、寝たきり勇者様の、ね。彼は魔王を打ち倒すどころか、このヴァナームに古くから巣くっていた邪神を倒したんだ。神話の存在を倒した彼は讃えられ、いつしか彼の誕生日は特別な日となった。これがクリスマスにお祝いをする理由だよ」
「じゃあ、なんで100年に一度なの? 僕にはよくわからないや……」
少年の疑問はもっともだ。ミズガールの民だけでなく、他国の者達も同じ事を思っているに違いない。そんな疑問にローブの人物は——
「それはね、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■だよ」
——答えなかった。いや、正確には違う。『聞き取れなかった』のだ。まるで、町の喧騒が小さなおしゃべりを邪魔するように、雑音のようなものがかかって……いや、『知らない言語で答えられた』とも言えるかもしれない。とにかく、少年にはローブの人物が発した『返答』を理解することはできなかった。
「え? なんて言ったの? よく聞こえなかったよ?」
「そうか、まだ話せないのか。まだその時ではないわけだね」
一人で何かに納得しているローブの人物にもやもやしながら、そういえばと辺りを見回す。すると、子供達の困惑した表情が見えてきた。どうやら彼らにも理解できなかったらしい。そんな様子に気付いたのか、ローブの人物は子供達に声をかける。
「すまないね、どうやらまだ話せないようだ。しかし、今日のうちに話せるようになるだろう。その時を共に待とうじゃないか。何、心配はいらないよ。『その時』が来るまで【寝たきり勇者の冒険譚】を語り聞かせよう。丁度、今日はクリスマスだからね」
ローブの人物は頷きながらウキウキと話し始める。
「おっと、自己紹介をしようか。私は……そうだな、《語り部》とでも呼んでくれ。私はこの【寝たきり勇者の冒険譚】を語るため、ここへ来たと言っても過言ではない。これから語るのは、今よりずっとずっと昔のお話。御伽噺のくせに歴史にも裏付けられた過去の実話。そんな物語を、私は語る——」
こうして、【寝たきり勇者の冒険譚】は語られる事になる。
書き終わりました!! ここはかなり重要なシーンだったりします。かなり後でここの謎が明かされますのでお楽しみに!