終わった日常 弐
「失礼します」
いつも以上に凛とした真剣さを帯びた顔でこちらに歩を進めてくる。外では雨が降り出したかのような音が聞こえだしていたが、今はそんなことを忘れるぐらい彼女の動作一つ一つに目を奪われていた。
正直心の整理がついていない今の状況でこいつと話すのは勘弁願いたかった、ただここまで準備されていた以上逃げることは叶わないとみていいか。嵌められたと少なからず思ったが、逆に言うとここまで真剣なのかと事態の重さを再確認した。
「では私は退席します、何かあれば職員室まで来てください、しっかりと話を聞いてあげてね」
最後の一言は俺に向けられたもので、そのまま先生は廊下へと消えていった。
ぱたんと扉が閉められ彼女と二人きりになる……あれこの状況は本当にまずくないか?彼女の存在をしっかりと認識するほかなく、自然と鼓動が早くなる、更に彼女特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり頭の芯の部分が麻痺してしまいそうだ、というかなんでそもそも先生は二人きりにしたんだよ。同席してくれていたらよかったのに。
「ごめんなさい時間を取らせてしまって、後いきなり突拍子ない話を聞かされて混乱していないかな?」
彼女はいつものような慈愛に満ちた声で俺のことを気遣ってくれる。
「あー正直混乱してるよ、烏丸先生にはまだ説明されていないことも多いし、いきなり二人きりにさせられるし……」
「あ、ごめんそうだよね、いきなり私なんかと一緒に話してって言われても困るよね……」
「いやっ違うんだ、そういう意味じゃなくて、その……緊張するというかなんというか……ともかく!!嫌ってわけじゃないから安心してくれ」
死ぬほど早口だった気がする、果たして彼女は聞き取れているのか怪しいレベルだ。
「え、え、えーととりあえず大丈夫ってことで話し続けてもいいのかな?」
彼女もこの話題を続けないほうがいいと感じたのかそう提案してくれる、ありがてえ。
ただそれと同時にふと冷静になった、こんなにも俺を気遣ってくれる夢ヶ島だが、ほんとは内心かなり悩んでいるのだ、それなのに俺が取り乱していちゃ彼女悪いということに気が付いた。
自己嫌悪に陥りそうだったが、それこそ彼女に申し訳ないので気合で気持ちを修正する。
「ああごめん、ちょっと冷静じゃなかったみたい、もう大丈夫だから話してくれていいよ」
「うんわかった……とりあえず、話を聞いてくれてありがとう、少し前から烏丸先生に相談していてね、それから烏丸先生から聞いたと思うけど、頼みごとがあって嬉野君をここに呼んでもらったの」
ということは発案は先生ではなく夢ヶ島ってことか。
「ちなみにどうして烏丸先生だったの?担任の君島先生じゃなくて」
「ああそれは先生が私の遠い親戚なの、この学校に来る決断をしたのも烏丸先生がいるってことだったから」
おーそれは結構衝撃的な事実、この二人の血の中には美人が生まれる細胞でも含まれているのだろうか。
「そういうことね……じゃあ次の質問だけど、どうしてそれが俺なの?一応席は隣同士だけど、それ以上に接点があったとは思えないんだけど」
「…………」
そう聞いたが、夢ヶ島はなかなか話しだそうとはしなかった。え、そんなに言いにくいことなのか。……まさかねぇ。
「……ちょっとごめんなさい、この話は後でもいいかな、理由は後で必ず言うから」
……まあうん、後で話してくれるならいいか、ええでもこの反応はまさかなぁ。
「まあいいや、とりあえずじゃあ今どういう状況なのか話してくれる?」
「うんありがとう……烏丸先生から私がストーカーの被害にあってるっていう話は聞いたよね?今までそういう人は何人かいたんだけど危害を与えてきたり、あんまりしつこい人ってのはいなかったのよ、だから私もそこまで危機感を持たずに過ごしてきたんだけど、彼だけはちょっと違うかったの。」
どこか、得体の知れないものに恐怖を覚えたような顔で彼女は続ける。
「同じクラスメイトだった勝野圭君って言うんだけど、普通にお話しするぐらいで、これといって他のクラスメイトと変わったことはなかったんだけど、中学3年の10月辺りに急に告白されたの、その時は……というか今もか、嬉野くんは知ってると思うけど、誰かと付き合おうとは思わなかったから申し訳ないけどお断りしたの」
なるほど、やはり中学の頃からそういった告白は多くされていたのか、モテすぎるのもしんどいものがあるとは、人によっては贅沢な悩みって言いそうだ。
「問題はそこからなの、断った後はこっちが心配になるくらい憔悴しきった様子で、そこからしかも一週間ほど学校を休んでしまってね、流石にみんなも心配していたんだけど、10日目に普通に登校してきたの、しかも本当に何事もないように皆と接していて、楽しそうに笑ってるの」
んーそれだけ聞くと吹っ切れたように聞こえるけど、皆に心配されるぐらいの信頼関係は結べていたみたいだし。
「ただ私にだけは異常に絡んでくるというか、それこそ本当に付き合ってるかのように親しくしてきたの、ただ別に危害があるわけではないし、邪険にするわけにもいかないからほどほどに接していたんだけど……少しすると彼は私のプライベートにも関与し始めてね……流石にちょっとおかしいなと思い出して、周りの人異常だと感じ始めたのか軽く注意はしてくれたのだけど、私関係のことになると全く耳に入らないみたいで……」
考えられる原因としては振られたことがショックで、現実が受け止めきれなくなったってところか、それにしても振れ幅が大きすぎる気もするが。
「ただね、私から彼に話しかけようとしても絶対反応がないの、いざ会話が始まれば返答あるんだけど、会話の始まりは必ず向こうだったの、だからなんというか……私に向かって話しているというよりかは、何か私のようなものに話しかけているというか……ごめんなさいよくわからないの」
……それはなんともわからん、皆が異常と言い出すのもこれが原因か。
「あと細かいことはいくつかあったんだけど、彼に関しては大体こんな感じかな……ああもう一つあったか、私がこの学校に来た理由説明してなかったね」
「あれ?それは烏丸先生がいるから来たんじゃなかったの?」
「それはこの学校に通うと決めた理由で、引っ越しをする原因は他にあるの……高校の進路を決める段階になってね、本当はその時住んでたところの近くの公立に行こうとしていたんだけど、彼がそれを調べているて同じ学校に来ようとしていることが分かって、それを危険に思った両親とも相談した結果こっちに引っ越すことに決めたの」
「誰も彼にそのことは教えなかったの?」
「うん、そもそもこっちに越してくることを知っていた人のほうが少なかったし……多分私が元々行こうとしていた学校に居なくてびっくりした人のほうが多いじゃないかな?」
つまり今でも知らない人は多いのか、ただこの流れからすると……
「そうなの、わかったと思うんだけどその勝野君がね、1週間前に私の前に姿を現したの」
どうもロースです。
お読みいただいてありがとうございます。
だいぶ説明が長くなってしまって感がありますが、物語の始まりとしてはまだ少ないくらいかもしれません、テンポアップを目指して投稿したいと思います。
評価感想を頂けると今以上の作品を作れるようになると思いますので、よければよろしくお願いします。