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作者: 岡林リョウ

雰囲気だけのもの。

なあご、


顔を向けると、猫が居た。人の眼をして居る。


顎のあたりを掻いてやると、猫のように喉を鳴らした。


どこから入ったんだろう。


からん、と音がして、庭木戸が揺れる。女が居た。


憮然とした様子で、こちらを見詰める。猫は益々身を摺り寄せてきて、膝にあげてやると、そのまま丸くなり、白い息をしはじめた。


顔を向けると、縁先迄女は来ていて、片手を突いて眼差しを向ける。


何、それ


知らん、勝手に入ってきたのだ


何で膝に乗っているの女はもう片方の手をぐっと伸ばした。思ったより距離は無かった。


鷲掴みにされた猫は、声も立てずにぶらさがった。


捨ててくるわ


女は猫の眼をして居た。黄昏の空気が少しばかり濁った。


私は抗う事も無く、したい様にすれば良い、と言った。


からん、


女の姿が消えると、庭の緑を強く感じる。遠くで何か売る声がする。


庭木の影が長くなって、木戸の辺りを曇らせている。

なあご、


顔を向けると、猫が居た。

人の眼をして居る。


もう顎は掻くまい、と目を背けると、もう膝に登っていて、白い寝息をたて始めた。


何、それ


女が居るのはわかっている。目を向けずとも、手は伸びてきて、猫は消える。わかっている。女は猫の眼をして居る。


ごつん、と音がした。


畳が目に迫った。止めど無く流れる血潮が、目玉を黒く染めてゆく。


左目を僅かに上げると、太い足首が在って、その上にあの女が居る。


左手の刃物が、油気を帯びて輝く。


妻の後ろには若い女が居て、呆けた様な顔をしている。裸だ。鈍い痛みが襲ってきて、遠く蝉の声を聞きながら、背を震わせる。沫のはぜる様な音が口唇から漏れ出て、やがて意識は痺れる様に、消えて行く。


消えて行く。


ぱちりと音がして、気が付くと眠り込んでいた。頭の後ろに柔らかい布の感触が在って、湿った体温が伝わって来る。額に手を遣ると、潰れた蚊が僅かな血を撒いていた。優しげな眼差しを見上げると、口元が僅かに上がるのが分かった。


良く眠って居たわ。


・・・良く眠った。


もう夕飯の支度をしないと。


・・・うん、俺が作る。


そそくさと立ち上がると、背を丸めて庭先へ出た。振り向くと薄暗い部屋に座る妻が見えた。紺色の絣が黒い畳に溶け込んで、白い顔だけがぽっと浮かんで居る。つと背に走るものがあった。


ああ、猫の眼だ。



了(2000/6)

雰囲気だけのもの。

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