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押し入れで

作者: 耕路

 恭介は久しぶりに実家に帰った。実家では老いた両親が生活していた。母親の方は足を悪くして歩行に苦労していた。週に二度、ヘルパーの女性に来てもらって買い物を頼んでいる。父親は何もしない人だったが、少し認知症の兆候があった。

 両親のことは気にはなったが、ついつい帰ってくる機会を逸してしまう。

『留美子さんは元気なのかね?』 

 ダイニングでお茶を飲みながら父親の礼次郎が訊いてきた。

『変わりなく暮らしてるよ』

 恭介は返答した。留美子が礼次郎に素っ気ないそぶりを見せることは恭介は承知している。恭介と留美子の結婚に礼次郎が不服だったことを、留美子は今でも覚えている。世間では、この程度の不和はよくあることかもしれないと、恭介は思ってあきらめていた。

 恭介は、二階の自分の部屋だった四畳半に入った。学生時代の学習机がそのまま放置してあった。畳は赤茶けていた。壁にはアイドルの切り抜きが昔のままにピンで留めてあった。久しぶりにこの部屋に入ると昔を思い出す。

 押し入れの襖を開けた。

 雑貨がそのままになっている。

 学校の技術の時間に作った本立て、集めていたダイキャスト製のモデルガン、壊れたラジコンカー、それらが雑然と置かれていた。

(懐かしいな・・)

 恭介は、押し入れの前にあぐらをかくと、それらの品物を手にとって、しげしげと眺めた。

 そのとき、押し入れの奥から、こそりと音がした。不思議に思って恭介は押し入れの中に潜り込んだ。

 奥から、光が漏れている。おかしなことに光はだいぶ遠方に見えた。

(なんでこんなに中が広いんだ?)

 恭介は、這って歩いた。やがて光の漏れ出る場所にたどり着いた。そこには一枚の襖があった。光は一寸開いた襖の向こうから射しているのである。手をかけて静かに襖をあける。

 信じられない光景だった。

 部屋がもうひとつあるのだ。しばらくして、恭介は息をのんだ。それは恭介の部屋だった。それも、鏡に映したように間取りが正反対になった恭介の部屋だった。

 机に向かって誰かが座っている。

 そこには中学生の頃の自分が座っていた。

(若い頃の俺だ!)

 恭介は押し入れの中で混乱してしまった。俺は過去の自分を見ているのか。暗闇の中で自問自答した。


 学校の予習を机に向かってやっていると、押し入れの中から、何か物音が微かに聴こえた。

 恭介は、なんだろうと、不安に思って襖を開けた。

 そこには、中年の男が、あぐらをかいて座っていた。

 押し入れの中年男は、恭介に向かって困ったような笑顔を浮かべて言った。

『やあ、久しぶり!』

読んでいただきありがとうございました。

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