97)“彼”
“玲人……玲人……”
眠っていた玲人は、自分を呼び掛ける声により目が覚めすと、いつの間にか修一の住まうログハウスに来ていた。
そしてログハウスの家主である修一に声を掛けられる。
「やぁ、玲人。来てくれて嬉しいよ」
「ああ、父さん、さっき振りだ」
玲人と修一は丸太のテーブルセットに向かい合って座った。先程と同じ様に玲人はコーヒーと、修一はレモンティーを飲んでいる。
穏やかな時間が過ぎる中、先に声を掛けたのは修一の方だった。
「……急に呼び出してゴメン。実は……外の暗闇の秘密が少し分ったんだ」
「暗闇の秘密?」
玲人は、修一が別れ際にログハウスの外に突如生じた、という暗闇の世界について調査すると言っていた事を思い出した。
玲人は修一に連れられてログハウスの外に出た。其処は広大で真黒な世界だ。ログハウスは巨大な山の頂上にあったが、その山は相変わらず定期的な地震が発生していた。
「玲人、僕はこの暗闇の世界を調べながら、小春ちゃんが言っていた“彼”を探してみたんだ」
「父さん、それは石に封印されていたというアーガルムとかいう存在の事か?」
「そうだ、小春ちゃんの言った事は僕達も無関係じゃない。小春ちゃんの中にマセスっていう人? が居たならこの暗闇の世界のどこかに、僕達を救ったという“彼”が居る筈だと思って、この暗闇の世界を探索しながら探した……そして“彼”が居ると考えられる場所を見つけたんだ」
「そうなのか、父さん? その“彼”は一体何処に?」
「今から其処に行こう」
修一にそう言われた玲人はログハウスの外に出る。其処はログハウス以外、明かりの無い恐ろしいまでの暗黒の空間だ。
「玲人、“彼”はこの下に居ると思う。空を飛べるかい?」
修一に言われた玲人は、能力で自身を浮かせた。この世界でも能力の発動は問題なかった。
「ああ、父さん。問題ない」
「それなら、先ずは下に降りよう」
修一に促され、玲人は自身を浮かせて後に続いた。修一は別れた時の様に、ダクテッドファンを搭載した無人機に乗っていた。そして修一の姿はさっきまで制服だったがサファリジャケットとサファリハットに着替えている。玲人は修一の後に続きながら聞いてみた。
「……その、父さん……どうして無人機に乗ってるんだ?」
「あはは、本当は君と同じ様に自分自身を浮かせて飛べるんだけど、君の目を通じて見たこの無人機が気にいってね。武骨で丸っこいデザインが良い感じなんだ。だから敢えて使わして貰ってる」
「……そうか」
そんな話をしながら山の頂上にあるログハウスから山の切り立った崖の淵まで来た。崖の淵は切り立ってはいるが丸みが有り、人工物の様なおかしな形の崖だ。
崖の下は底が見えず、漆黒の闇だけが広がっている。ふと見ると崖の一面が光っている。
「見えたかい、玲人? 多分“彼”はあそこに居る。二人で会いに行ってみよう」
そう言って修一は崖の下を降りて行く。玲人も修一に続く。
崖の斜面は真黒い黒曜石の様な巨大な一枚岩だ。幅50mは有るだろうか、緩やかにカーブを描いておりどう見ても、自然に出来たモノとは思えない。
(何だ……この違和感は……嫌な、感じがする……)
玲人が崖の斜面をそんな風に見ながら、崖を降りていくと、やがて白い光を放っていた崖の一面に辿り着く。
「此処だよ、玲人。この壁の向こうにきっと“彼”は居る」
修一は玲人に光っている壁を指差しながら玲人に話す。
「……この光は壁を透かして、外に漏れ出ているのか……中は見えないな、壁は相当分厚い。入れる様な扉も無しか……父さん、俺は少し調べて見るよ」
「…………」
そんな事を言いながら玲人は光っている崖の斜面を調べ出す。対して修一は何も言わない。まるで既に知っているかの様だ。
「光で山の形が朧げだが分るな……この形はまるで高い塔の様だ。材質は黒曜石の様に真っ黒で滑らかだ。高さは、ダメだ……地面が見えず分らない。其れにしても、おかしな形の山だ……この形状は……まるで、人間の……まさか!!」
玲人は違和感の正体に気付き、山の壁から大きく距離を取り、山の全体像を見渡す。壁からの白い光で山の形が何となく理解出来た。
――その形は巨大な腕だった。
丁度、玲人達が見ていた白い光が見える山の斜面は手の甲であり、指を組んだ状態で真上を向いていた。正確には手首、つまり肘から上の部分が塔の様に建って居る様だ。手首の下の肘や肩が有るのかどうかは暗くて見えない。見えないがその下の部分が有るならば想像を絶する巨大さになると思われる。
巨大な腕は暗闇で高さが全く分らないが見えてる手首部分だけで150mは有ろう。其れは垂直に向けられており、良く見れば腕は2本だけでなく、其れ以外に4本の巨大な腕が互いの腕に寄り添う様に密着している。まるで巨大な6本の柱の様だ。
一番奥に有る2本の上腕の手の平は何かを包む様に組まれており、寄り添う4本の上腕の手の平は組まれた手を守る様に添えられている。ログハウスは組んだ指の平らな部分に設置されていたのだ。
白い光は組まれ、そして沿われている巨大な手の平より透ける様に漏れ出ていた。恐らく、組まれた手の中に何かが居て、それが光っているのだろう。
「……一体、此れは……何なんだ!?」
流石の玲人も眼前の巨大な腕の存在に圧倒され呟く。その玲人の横に修一がやってきて声を掛ける。
「驚いただろう?」
「……此れは何だと、思う? 父さん」
「流石に分らない。アレは腕を象った巨大な塔の様だ……」
「……父さん、此処は心の世界だろう? 暗闇の世界に、巨大な腕で出来た塔……何でこんなモノが俺達の中に有ると思う?」
「僕にも……分らない。だけど小春ちゃんから聞いた状況から予想すると、この世界は“彼”が作っていると思う。暗闇も、この巨大な腕も……手の中の光の方に行けば“彼”と話せるかと思うんだけど、どう見ても入口らしい所は無い。小春ちゃんの中に居た、マセスって人の様に眠っているかも……」
「そう、だな……」
玲人はそう言って考え込む。その様子を見た修一は笑って玲人に語る。
「玲人、今日の所は引き揚げよう。僕は君にこの世界の秘密を共有して欲しかったんだ。それと“彼”の存在についても。 だから今日の所は十分だ。僕は近い内に暗闇の世界を更に探索してみるよ」
「ああ、分った。父さん、ログハウスに戻ろう」
玲人と修一はログハウスに向かった。二人が見たこの状況を整理する心算だった。




